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悲鳴が聞こえた原因は、すぐにわかることになります。
ホールでダンスを楽しんでいた人達の中心に外套を着た男性が現れたかと思うと、それが燃え上がり、その姿が露わになったそうです。
私とディランさんがそこに行くと、呪物をグルグルに巻き付けられた男性が、会場の真ん中に置き去りにされていました。
周囲にはもう、誰もいません。
殿下を含めた皆さんの避難は完了したのでしょうか?
ダニエル様の近くにはお姉様やアリソン様の姿も見えたので、とりあえずは、一つ、心配が減りました。
私が恐る恐る近付くと、壮年の男性は涙を流して震えていました。
「ディランさん……エレンさんを呼んでもらえますか?ここに念のため、結界を張った方がいいです」
「わかった。お前を残して、大丈夫か?」
「はい」
「入り口は、騎士団の奴が見張っているから」
ディランさんはすぐに動いてくれました。
「動かずに待っててください。私も一緒にいます。大丈夫です。貴方を助けます」
この呪物の解除は、私が行わなければなりません。
男性は、泣きながらもこくこくと頷いていました。
待つ時間は長く感じるものですが、エレンさんは想定した時間よりも早く来てくれました。
ホール全体をエレンさんが結界で覆っているので、被害が増える恐れはありませんが、もし失敗すれば、そのエリア内はどうなるか。
でも、外部からの刺激で呪物が暴発することは防げました。
呪物は、色々な属性で構成されていて、それが複雑に混じり合って、暴発寸前でした。
正直、たくさんの属性の余波で気持ち悪くなりました。
魔力が強い人ほど、この影響は濃く出るはずです。
なので、エレンさんは顔を顰めて入り口辺りまで下がっていました。
作業に取り掛かろうとすると、背後で足音が聞こえました。
そちらを見ると、ディランさんが戻って来てくれていました。
心配そうに私を見ながら、すぐそばまで来てくれます。
「できるのか?」
「はい。複雑に絡み合っていますが、時間をかければ。もう少しだけ、頑張ってください」
男の人に声をかけました。
私も不安でいっぱいでしたが、ディランさんの顔を見ると、不思議と落ち着けました。
「ディランさん、一応、結界のエリア外に出ていた方がいいですが」
「ここにいる。だから、そこのあんたも、落ち着いてこいつに任せろ。お前が動揺すると、こいつも焦る。いいな?」
男の人は、コクコクと頷いています。
ディランさんの落ち着き払った態度のおかげで、男性の不安が少なくなった事には安堵していました。
ディランさんが私を信頼してくれている。
目の前の事に集中します。
癒着状態にある呪物を一枚一枚丁寧に剥がしていきます。
少しずつ魔力を吸収しながらの作業です。
わずかでも魔力の乱れが起きたら、それが起爆を引き起こします。
私も、この人も、そして後ろにいるディランさんもただではすみません。
一枚剥がすごとに、指先にバチっと雷撃のような痛みを感じました。
綺麗に整えてもらった爪がわれています。
指が弾け飛ばないだけマシだと集中しますが、痛みを耐えるのに唇を噛み締めてしまっていた為、また、目の前の人には不安そうな顔をさせてしまいました。
長い時間をかけましたが、私はちゃんとやり遂げる事ができました。
被害に遭った男性は、エレンさんに付き添われて運ばれて行き、上手くいったことに安心すると、腰が抜けて立てなくなっていました。
「ステラ、よくやった。頑張ったな」
ディランさんが、私の横にしゃがんで、声をかけてくれます。
「あの、気が抜けて、しばらく立てそうにないので、ディランさんは先に戻っててください。報告がありますよね?」
それを伝えると、ディランさんは、それはそれは意地の悪い笑みを浮かべました。
「そうかそうか。先に帰っていいんだな?気付いていないようだが、エレンの魔法は解けているぞ?」
「え?わっ」
ディランさんは、ニヤニヤしながら私を見ています。
たくさんの時間をかけましたから、今朝、エレンさんに来ていただいて、わざわざかけてもらった魔法の効果が切れるのも、当然と言えば当然の事でした。
「もう間も無く、学生達の野次馬が来るかもしれない。その中にはエステルもいるだろうな」
「ディランさん」
やっぱり置いていかないでと、思わずディランさんの袖を握り締めていました。
頭からジャケットをかけられると、体が浮き上がるのを感じます。
運んでくれるにしても、もっと丁寧な方法があるでしょうに、片腕で、肩に担ぐように抱えられていました。
雑すぎます。
フワッとしていたドレスの裾を、邪魔と言わんばかりに腕でぐっと押さえ込まれていて、人を何だと思っているのですか!
「もったいない」
「え?」
頭に被ったジャケットをしっかり押さえて聞き返しました。
「そのドレス姿、よく似合っている。もっと他の奴らに見せびらかしたいとも思うし、他の誰にも見せたくないとも思っている」
ディランさんがどんな顔でそれを言っているのかは見えません。
「エレンの所に連れて行く。指先、痛むんだろ?それと、唇を噛み過ぎて血が出てる」
「……ちょっとだけ、痛いです。ジャケットに血が付いてしまって、ごめんなさい」
「そんな事は気にするな。お前はよく頑張った。一人の人間を救った。誇れよ」
とっても胸が熱くなっていました。
ディランさんに認められて、褒められて、とても嬉しい。
魔法士団の営舎に戻るまで二人とも無言でしたが、ディランさんの言葉を頭の中でずっと繰り返し思い出していました。
「ディランさん。もう、恥ずかしいからやめてください」
「ちゃんとケアしろ」
植物園で向かい合って座ると、私の手を取ったディランさんが指先にオイルを塗り込んでくれていました。
その行為は、もちろんとても恥ずかしい事で、エレンさんに指先の怪我は治してもらったのですが、酷使した指をケアするべきだと、高級オイルを持参したディランさんが、私に座るように促して、今に至っています。
爪が割れて、指先が裂けて、血が滲んで、みっともない手になっていたから、尚のこと心配したのだと思います。
私の手を見たエレンさんは、悲鳴をあげていましたから。
「近いうちに、また家に連れて行く。うちで、その爪塗ってもらえ」
「いえ、もう、必要ないので」
「似合っていたのだから、また塗ってもらえ」
「ディランさんがその方がいいと言うなら……あの、大丈夫でしょうか」
「お前がむしろ大丈夫じゃないだろ」
「そうではなくて、隣国と、何かこれ以上問題が大きくならないかと」
「どうだろうな。今、親父達が警戒を強めている」
あの呪物事件は、まさか伯爵家が起こしたものではと思っていたら、さらにまさかの隣国が起こしたテロ事件だそうで、一気に国境周辺の雲行きが怪しくなっていました。
その国境を守るミラージュ家、ディランさんの家族を心配するのは自然の流れではありました。




