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刀使い  作者: とりちゅう
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三章:その一歩は重く、遠く④


 薄暗い階段から鉄製の扉を抜けると、どこかの室内だった。

 コンクリートの壁には亀裂が走り、崩れたコンクリ壁からは錆びた鉄骨や鉄筋が剥き出しになっていた。窓ガラスはすべて割れ、破片が床に散らばっていた。ガラスのない窓枠には植物の(つる)が這い、風が葉を揺らす。窓や朽ちて崩れ落ちたコンクリートの隙間から太陽の光が差し込み、室内の埃が光を受けて舞う。


 静寂の中、蔓植物の葉が風に揺らされ、葉擦(はず)れの音が室内を支配する。


 唖然とした顔が並ぶ。まさか階段を上がって出たさきが、どこかの部屋の中だとは誰も思ってはいなかったからだ。呆気にとられ、足が止まっている俺たちを置き去りに、諫早(いさはや)さんが室内に入っていく。コンクリートの破片を諫早さんの戦闘用長靴(ブーツ)が踏み、音が響く。その音に我に返り、慌てて大きな背中を追って室内に入っていく。


「まさか何もないところに出るとでも思っていたか?」


 うなずいてみせると、諫早さんが笑った。


「それじゃ囚俘(しゅうふ)に扉破られて極東支部内に侵入されちゃうでしょ。だからカモフラージュです」

「ちなみに囚俘に扉を破られても問題ないよう、しっかりと対策はしてありますので、そこはご安心を。さらにこの場所に囚俘が近寄れないように対策もしてありますので、バレたとしても問題なしです!」


 諫早さんの言葉を(あまね)さんが補うように言葉を足していく。

 朽ちた室内に違和感。


「あの、一階に下りる階段が、ない……?」

(あまね)が言ったろ? 色々と対策してあるって」


 困惑している俺を背に、諫早さんの足は崩れた壁に向かう。ひと一人が通れるほどの大きな亀裂の前に立つ。差し込む陽光が諫早さんの輪郭を淡くする。


 (たくま)しい背中。ジャケットの背には赤い蓮の華を貫く刀の印。顔だけをこちらに向ける諫早さんは不適に笑っていた。


「ここから飛び降りるぞ。たった五、六メートルの高さだから刀を抜かなくても問題ないだろう」


 刀使いの身体能力は常人より遙かに高く、さらに訓練で鍛えた体は刀を抜かなくても、常に抜刀状態に近いものになる。骨の強度に筋肉の発達、神経伝達速度に自己防衛による反射反応。十メートルくらいの高さから飛び降りることくらい、刀を抜かなくても体にかかる負荷はない。


「それでは小型囚俘(しゅうふ)獣種ハウンドヘッド、五体の討伐任務を開始いたします。十時の方向二〇〇メートル先に対象一体を確認。周辺に敵勢力ありません」

「了解。まずはそいつからだな」


 普段とは違う、凜とした声音の周さんが周辺状況を伝える。これがオペレーターとしての周さん。両手に力が入る。


「行くぞっ!」

「「「「はいっ!」」」」

「応っ!」

「了解です」

「了解」


 雄々しい諫早さんの号令にそれぞれが答える。

 建物の二階の高さの約六メートルから飛び降りた諫早さんは、膝を(たわ)めて無音で着地。その後を(なら)ってカイル、マリと飛び降りていく。着地の衝撃を減殺できず、二人で受け身の前転。悔しそうに服についた土埃を(はた)くカイル。マリも無言で服についた土埃を叩いて落とす。少々耳が赤い気がした。


 ギルフォードとサイはさすがだ。諫早さんみたいに無音で優雅に着地をきめていた。俺も追って飛び降りる。膝を(たわ)めて衝撃を減殺するが、バランスを崩し前に倒れそうになるのを右手五指を地面について支える。まだまだだ。


 ティリエラが丈の短いスカートの裾を押さえながら飛び降りる。着地に失敗。尻もちをついて小さい悲鳴があがる。尻もちをついたことに顔を真っ赤に染め、急ぎ立ち上がって身なりを整える。恥ずかしそうに金糸の髪の毛先を指に絡めて、何もなかったように笑ってみせた。


 ユエラウはスカートでも気にせずそのまま飛び降りた。舞い上がるスカートの裾を右手で押さえ着地。(たわ)めた膝を伸ばし立ち上がる。ユエラウは意外に身体能力が高いことに驚く。


 怖いもの知らずの子猫のしーちゅが、ユエラウを追って約六メートの高さから飛び降りた。そのとんでもない行動に、俺とマリが慌てふためき、しーちゅを受け止めようと両手を伸ばすが、しーちゅは俺の額を経由して無音で地面に着地。とてとてと幼い足取りでユエラウの元へと歩み、褒めて欲しそうに「みゃー」と鳴いた。


「あの、何か……。すみません」

「いえ、子猫でも立派な猫でしたね……」


 しーちゅの頭を撫でながら気まずそうにユエラウが謝る。俺は愛想笑いを浮かべる。横目でマリを見ると、橙色の瞳と出会った。互いに早計な行動を恥じて顔を赤くしながら笑って誤魔化した。


 頭上から「くぅ~」と悲しげな鳴き声。見上げると美夕(みゆ)がその場で右往左往していた。鼻を鳴らしてその場に座ってしまった。右前脚を挙げ、ユエラウに戻ってきて欲しいと手招きしているように見えた。


「忘れてました。美夕は高いとことが苦手です!」


 真剣な眼差しで今さらなことを口にしたユエラウ。もう上に残っているのは美夕しかいないのに……。

 諫早さんが軽く息を吐いて、満面な笑顔で天を仰いだ。現状から逃避をする遠征チーム第八班の長を見上げて「今日もいい天気ですね……」と声をかけるしかなかった。


「大切な妹の大事なこと忘れないでよっ!?」


 マリに怒られて、何度も頭を下げるユエラウは「すみませんっ。すみませんっ。どうしよう、どうしよう」と姉も右往左往しはじめる。ユエラウの不安に満ちた声に、美夕が怯えてしまい、身体を震わす。


「漏らしてね?」


 カイルが指差し先に、コンクリートを濡らして広がる水は、太陽の光を反射して燦然と輝きながら下へと(したた)る。水源は美夕の脚の間からだ。


「分かってても女の子の失敗を口に出すなっ。だからデリカシーがないっていってんのよっ!」

「そうですっ!」

「カイル最低です……」


 マリ、ユエラウ、ティリエラに責められ、さすがのカイルも女子三人の圧に気圧(けお)され後退る。が、負けじと反撃に転じようと口を開いたカイルの視界にサイの姿が映り込む。美夕を見上げていたサイの視線がカイルを一瞥(いちべつ)する。眼が合ったと思い喜ぶカイルだが、視線はすぐに美夕へと戻っていた。感情のない紫電の瞳が、その一瞥が、まるでカイルを軽蔑するように冷ややかに感じた。


 カイル撃沈。


 カイル自身もそう感じたのだろう。両肩が下がり、ふらふらな足取りで諫早さん大きな背中に隠れる。ジャケットの裾を摘まんで、諫早さんの背中に額を当ててもたれかかる。あまり弱さを見せないカイルの珍しい姿だった。相当ショックだったのだろう。諫早さんが苦笑してカイルの頭を軽く叩いて慰めていた。


 震えて動けなくなった美夕を不安に満ちた瞳で見上げるユエラウ。両手は祈りを(かたど)り、指先が白くなっていた。


「どうしよう、美夕が……」


 妹を心配する姉の姿に、俺の胸が鈍く痛んだ。ふっとした瞬間にあの惨劇が蘇る。思い出しては傷を(えぐ)られ、痛みを生む。まだ乗り越えることができていない……。

 でも今は、その痛みを無視。


「美夕、怖いかもしれないけど必ず俺が受け止める。だから、おいでっ!」


 俺は美夕に向かって両手を差し出す。美夕はまだ俺を信用していない。でも仲良くなりたいし、真摯(しんし)な態度で示せば、必ず想いは届くと信じている。合法的に美夕に触れるなんて下心は、今の俺にはないっ! なんてことはないっ!!


「おいでっ!」

「お願い美夕。リュウさんを信じてっ!」


 もう一度強く声をかける。ユエラウも援護も加わり、二人で美夕に声をかけ続ける。

 白銀の重い腰が上がった。

 震える脚は一進一退を繰り返し、視線は左右に泳いで定まらない。長い尻尾は股の間で震えていた。飛び降りる決意が揺らいでいるのが分かる。


「「美夕っ!」」


 俺とユエラウの声が重なる。

 跳躍。

 美夕がコンクリートの床を蹴って跳躍。俺に向かって飛び降りた。のではなく、足場となる瓦礫を見つけて器用に下りてきた。地面に着地。股の間にあった尻尾は千切れんばかりに振られ、ユエラウの元へと駆けていく。


「美夕ぅ、よかったぁ~」


 嬉しさに美夕を抱きしめるユエラウ。ぶんぶん尻尾を振り回す美夕はユエラウの頬を舐めてる。微笑ましい光景だが、俺に両手はどうしたらいい?


 俺の右肩に気まずそうに視線を逸らしたマリの左手が置かれる。左肩には撃沈から復活したカイルが、嫌な笑みを浮かべて右手を置いた。空中に差し出された両手を、慈愛に満ちた微笑みのティリエラの両の繊手(せんしゅ)が握り、下ろしていく。俺は今、なんともいえない苦い顔をしているだろう。


 ユエラウの謝罪の視線がさらに苦味を生む。その隣でふんっと鼻を鳴らした美夕。下心がバレてしまったのか、お前に頼るくらいなら自力で克服してやると言わんばかりの眼で俺を睨み上げてくる。美夕との距離が遠のいた、気がした。


「お前等……。一応ここは敵地だからな? 今回討伐のハウンドヘッドは眼がない分、嗅覚に優れ、聴覚もそれなりに良いからな?」


 呆れた諫早さんから注意を受ける。そうだったと思い出す。美夕が心配で討伐任務であることを忘れていた。こんなことは初めてだ。任務一瞬でも忘れるなんて……。


「すまない周。再度周辺情報をチェックしてくれ」

「りょ、了解です」


 周さんの声音も呆れを含んだものだった。


「討伐対象、依然動きなし。確認地点より移動していません」

「了解した。そんじゃ移動するぞ」


 その場にいる全員が諫早さんにうなづいてみせる。


「緊張しないことはいいことだが、ある程度の緊張というのは命を守るという意味で必要だ。ここからは気配を消して風下を進む。各自慎重にな」


 優しく微笑む諫早さんの言葉を胸に、強く顎を引く。左手で右肩にある<核>に触れる。硬質で冷たい<核>は静かに力の開放を待っているようだった。

 歩を進める諫早さんの足音は無音。足音にも気をつけつつ、俺たちはようやく任務へと向かいはじめる。



  ******



 ゆっくりと白雲が流れ、陽光を遮り通り過ぎていく。穏やかで暖かな午後の空気の中に、動物の声や虫の音は聞こえない。静寂に道路の亀裂の間から伸びた草花が風に揺れる。


 高層ビルが林立していただろうこの場所は、今では崩れ落ち、風が抜けるたびに悲しい声を響かせる。亀裂や穴が穿たれた道路には、骨格だけとなった錆びた車を飲み込んで生える草花が点在している。もう人が住める場所ではない。


 倒壊した建物の残骸の陰に隠れ、俺は周囲を探る。前方のコンクリート壁にいる諫早(いさはや)さんから指信号で安全を確認集合と合図が送られる。後方と左右を確認し、素早く諫早さんの元へと駆け寄る。


 朽ちたコンクリート壁の亀裂の隙間から覗き見るは小型囚俘(しゅうふ)獣種<ハウンドヘッド>の全容。犬に似た巨大な頭部。不自然に小さい体は黒い毛に覆われ、背骨が隆起していた。人の手に似た長い前脚に短い後ろ脚。筋肉の束のような太い尻尾は人の腕にも見える。


 眼のないハウンドヘッドが鼻を高く上げ、空気中のにおいを嗅ぐ仕草を見せる。よくハウンドヘッドが見せる行動だ。大気中のにおいを嗅ぎ分け獲物を探す。獲物とは人間のことだ。


「ハウンドヘッドは嗅覚に優れているが、嗅ぎ分けに得意なにおいと苦手なにおいがある。これは動物の犬科と同じで、意識的にそのにおいを探すまたは警戒するということが必要になる。苦手なにおいは個体によって違いはあるが得意なにおいは皆同じだ」


 ハウンドヘッドの様子を窺いながら、声を(ひそ)めた諫早さんが言葉を続ける。


「血の臭い。糞尿。汗。腐敗臭。人間の吐いた息。そして核だ。今は風下にいるから若干安全ではあるが、この距離二〇〇メートでは彼奴らにすぐ見つかる」


 人間の吐いた息と聞いて、マリとユエラウが両手で口を押さえる。ティリエラも慌てて口を両手で隠す。三人の行動に諫早さんが苦笑して、さらに言葉を紡ぐ。


「何度も言うが、俺たち刀使いには時間制限がある」


 服の袖を捲り、左肘にある諫早さんの<核>を俺たちに見せる。赤黒い硬質なそれは鈍く輝く。


「が、核を騙すことはできる」

「は?」


 カイルの口から間抜けな声が漏れた。他のみんなも意味が分からず頭上に疑問符が浮かんでいた。疑問の顔で諫早さんを見ると、諫早さんは楽しそうに笑っていた。


「騙すというか、核に刀を抜いたことを気づかせない。神速で抜刀して納刀する抜刀術」


 そんな技があるんだ……。

 驚きと信じがたいことに唖然(あぜん)とする。<核>に気づかせないとは一体どういうことなんだろうか。


「これはたぶん極東でしか教えていない技なんじゃないかな。それと刀の形状によってもできる、できないがある」

「刀、もしくは剣型でないとできないということですか?」

「正解。さすがギルフォードは感がいいね」

「いや、抜刀術って言ったらそうだろうよ」


 呆れながらカイルが口を挟む。


「まぁ、そうだね。だからカイル、ギルフォード、そしてリュウにはこの抜刀術を習得してもらうよ」


 ビリっとカイルとギルフォードが放つ空気が変わった。カイルの群青色の瞳に、野生の肉食獣が獲物を狙う飢えた光が宿っていた。ギルフォードの表情はいつもと変わらない気怠けなものだが、漂う空気に鋭い刃のようなものを感じて、俺は戸惑っていた。


 あまり気配を感じないギルから殺気に似たものを感じて不安になる。そんな俺の視線を感じたギルフォードが俺を見て、困ったように笑った。はじめて見る表情で、俺も困ったように笑い返した。


「ちなみに、この技を習得しないと新人扱いの階級(クラス)ジャックのままだからね」

「えぇぇぇっ!?」


 カイルが声を上げたことに慌てて、マリとティリエラとユエラウがカイルの口を押さえて「しーッ!」と人差し指を唇の前に立てて静かにしろと、態度で示す。口を押さえ付けられたカイルは後ろの壁に後頭部を強打した。


「あの、それって抜刀術を使えない私たちはどうなるんですか?」


 カイルの口を押さえ付けながらマリが疑問を口にする。マリの刀の形は銃槍(じゅうそう)でサイは大鎌。ティリエラとユエラウはまだ刀が抜けずどんな形か分からない。


「マリは長距離狙撃でヘッドショットをどんな状況、姿勢でも完璧に撃てることが条件かな」

「マジで……」


 超難易度を求められてマリが引いていた。

 階級<ジャック>の上は階級<クイーン>だ。<クイーン>になると階級<キング>がいなくても任務に行ける。そのぐらいの信用と実力があるということだ。


 <ジャック>から<クイーン>になるには抜刀術や完璧な狙撃が求められ、それらができて当たり前の域なのだ。


「サイは……」

「私も抜刀術を習得します」

「できる、ということでいいのかな?」


 無感情で無表情のサイの紫電の双眸(そうぼう)が諫早さんを見つめる。見つめ返す紫水晶の瞳はどこか嬉しそうに輝く。


「はい。夜勤部の大鎌使いの方が抜刀術を使いこなすとか」

「あー……、彼女ね。彼女は特別というかなんというか……」

「それでも。できないことではない、ということではないでしょうか?」


 紫の真摯の視線に諫早さんは柔和に微笑む。


「それは頼もしいね。諫早さんは頑張る子は大好きです」

「駄目だかんなっ!」

「大声出すなっ!!」


 マリの右の掌底がカイルの下顎を突き上げ、背後のコンクリートの壁にまた後頭部を強打した。その衝撃で脆くなっていた壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、音を立てて崩れ落ちた。カイルはそのまま後ろへ倒れ、身体に細かいコンクリートの破片が降りかかる。


「あっ」

「お前等……」


 呆れて物も言えず項垂れる諫早さんに、マリは苦い顔で笑っていた。小さいな声が「ごめんなさい」と形つくる。

 咆哮。さすがにハウンドヘッドにバレた。重そうな頭部を左右に振りながら走って来る。大口の端から涎が垂れ、後方へと流れる。


「仕方ない。今から手本を見せるから(まばた)き厳禁な」


 諫早さんが俺たちに片目を閉じてみせ、襲い来るハウンドヘッドへ歩み出す。まるで散歩に行くような足取りの気軽さだ。

 鈍足のハウンドヘッドとの距離が縮まっていく。

 歩む諫早さんの足が止まる。右足を大きく前と出し、上半身を前へと傾け重心を乗せる。右手を左の腰に。左手は鞘を右手は刀の柄を握るように(かたど)る。


「抜刀術、無月一閃(むげついっせん)


 閃光手榴弾(スタングレネード)のような強烈な光と突風に、瞬き厳禁と言われたが、無理っ!

 強い光に右腕を(かざ)し眼を守る。爆風に髪と服の裾が弄ばれ、マリとティリエラの口から悲鳴があがる。


 眩し漂白の光と疾風が爆発的に生まれ、腕で視界を塞いだ一時の間に消えた。

 顔を上げると、大口を開けたハウンドヘッドが石像のように硬直していた。自身が止まっていたことに気がついて、右の前脚が一歩前へと出る。左半身を置き去りにして。


 縦に両断されたハウンドヘッドの(からだ)が粘つく血の糸を引きながら左右に別れて倒れる。自身から流れる赤い鮮血に内臓を撒き散らしながら沈んでいった。


 広がる赤い海の向こう側に諫早さんの背中があった。振り返った諫早さんの双眸(そうぼう)は紫のまま。あの巨大な剣を模した刀もない。


「見てたか?」


 手を振る諫早さんに誰も答えることができなかった。何が起こったのか理解できない。また唖然とした顔が並んでいた。


「状況連絡っ。二体のハウンドヘッドがそちらに向かって移動を開始。二分四十五秒後に接触っ!」


 小型通信機から凜とした(あまね)さんの声音が告げる。緊張が一気に場を支配した。


「了解。そんじゃ、リュウとギル。やってみろ」

「………………え?」

「うわー……、無茶ぶりきたー……」

「お、俺はっ、俺は諫早さんっ」

「いやぁ、二体だから。カイルは次ね」

「お、おう……」


 お使いを頼む気軽さで諫早さんが言ったことに硬直する。

 何も見えなかったのに? 何をどうするばいいとかのアドバイスとか手解(てほど)きとかなしで?

 困惑する俺の隣で、死んだ魚の目をしたギルフォードが感情のない言葉を吐き出す。迷惑そうで面倒くさそうだ。呼ばれなかったカイルが焦ったように声を上げるが、どうしようもないことに無理矢理自分を納得させていた。


 と、とりあえず戦闘態勢をとるためコンクリ壁の陰から出る。隣に長身のギルフォードが無音で並び立つ。右手を顎に添え、思考を巡らせている。聞き取れないほど小さな声がつぶやかれる。


 青空に映える黄金の髪を風が撫でていく。長い睫毛が伏せられる。きっと女の子なら見惚れてしまうだろう。

 思考がまとまったギルの顔が上がる。


「なるほど。なんとなく理解した」

「へ?」


 思わず間抜けな声が出てしまった。

 何を理解したのだろう。いや、分かってる。抜刀術のことだろうとは分かっているが、見えなかった……。え、ギルは見えたとかいう……、やつですか……?


「報告。移動中のハウンドヘッド、まもなく九時方向右前方の角より来ますっ!」


 周さんからの入電に身構える。


「カウント五秒前、四、三、二、一っ! ハウンドヘッド二体ですっ!!」


 アスファルトの道路を爪で削りながら、ハウンドヘッドが瓦礫の陰から飛び出す。

 咆哮。涎を撒き散らしながら獲物を発見したことへの歓喜の雄叫びがあがる。ハウンドヘッド二体が俺とギルフォードに向かって走り出す。それに呼応するようにギルフォードも疾走。


 速いっ!

 訓練で手を抜いていた事実が浮き彫りになるほど、別人のような足の速さだ。


「さすが考えたな。足りない瞬発力と速度を走って踏み込みで出すというわけか」


 感心の声をあげる諫早さん。

 そうだ。考えることをやめてはいけない。考えろ、考えろっ!


「抜刀術、無月一閃っ」


 ギルフォードの全身が眩い(まばゆ)い光に包まれる。光に意思があるかのように、光域(こういき)は右のハウンドヘッドを飲み込んでいく。


 迫ってくる左のハウンドヘッドに焦りながら、諫早さんの構えを倣って、右足を前に出し体重を乗せ、右手は左に。踏み込み力と速度を意識する。右足に力、壁を突破するイメージで……。


「抜刀術、無月一閃っ!」


 光が生まれる。光の粒子が駆け抜けていくように後方に流れるのが見える。迫って来るはハウンドヘッドの大口。短剣のような牙が並ぶ口腔内のその奥に、暗闇に浮かぶのは青白い人間の顔。焦点の合わない両目。口元は薄く笑みを浮かべていた。


 右手に柄を握っている感触がある。柄を強く握り、勢いに任せて振り抜くっ!


 俺の大剣型の刀の刃がハウンドヘッドの大口を両断。切り裂いた上顎が吹っ飛び、アスファルトに熟れた果実が潰れるような音を立てて落ちた。脳漿(のうしょう)の一部がぶち撒かれる。上顎を失った(からだ)は鮮血を噴き出し、赤い血の海に倒れた。


 振り返って確認する。ハウンドヘッドの脳を確実に破壊している。ギルフォードも大顎を横に一閃一撃で両断していた。二体のハウンドヘッドが自身でつくった赤い海に沈んでいく。


 安堵の息が漏れた。


「リュウさんとギルフォードさんの抜刀を確認。カウント開始します」

「あー……。納刀するの忘れてた。思った以上に難しいな」


 周さんの声に右を見ると、柄をしっかりと握っている右手、その先に陽光を反射して鈍く輝く俺の刀があった。

 光が消える前に納刀しないと<核>が反応してしまう。でもあの一瞬で斬り、刀を(しま)うのは言葉では簡単だが、実際にやってみると難しい。

 あの光はまるで羽毛のように軽い。刀を抜く時の風圧で霧散してしまう。それをどうやって……。


「納刀するなよ。任務が終わるまで抜刀しておけ」

「了解です」

「りょ………………、かいです」


 言葉を面倒くさがって一文字で終わらせようとしたギルフォードに諫早さんの笑顔の圧がかかる。


「連絡。残りの二体のハウンドヘッドが移動を開始。十二時の方向と三時の方向からそちらに向かっています」

「了解。カイル出番だぞ」

「応っ!」


 諫早さんの呼びかけに嬉々として前へ出る。少女のような顔には好戦的な笑み。右の拳を左手の平に打ち付けて気合いを入れていた。


「もう一体はサイに任せる」

「了解しました」

 

 人形のようなサイが目礼をする。


「マリはいつでも抜刀できるよう構えておけ」

「わ、分かりました」


 諫早さんから名前を呼ばれてマリの身体が震える。左手首にある自身の<核>を右手の指先が触れる。橙色の瞳が不安で曇り揺れる。


「十二時の方向からハウンドヘッド接近中。カウント開始します」


 周さんがカウントを開始。(ゼロ)に近づくにつれてカイルから緊張が伝わってくる。

 右足を前に体重が乗る。右手は左腰に。カイルの<核>は両手の平の中心。右と左の手の平の<核>を合わせる。

 

「三、二、一っ、ハウンドヘッド来ますっ!」


 轟音。前方十二時の瓦礫の山を破砕してハウンドヘッドが現れる。

 眼のないハウンドヘッドが歓喜の声をあげながら、真っ直ぐカイルに向かって疾走する。カイルは構えたまま動かない。


 カイルに違和感。何をやっている。ハウンドヘッドとの距離が縮まる。なぜ動かない。ハウンドヘッドが巨大な頭部の大口を開け迫る。このままだと距離が詰まりすぎる!


「カイルっ!」

「刀が抜けねっ!?」

「バカっ、下がれっ!」


 俺の叫びにカイルが答えるが、絶望の回答に息が詰まった。ギルフォードが叫びながらカイルに向かって走り出す。が、間に合わないっ!


 ハウンドヘッドがアスファルトを削りながら急停止。いや、右後ろ脚を軸に躯を半回転。強靱な尻尾が鞭のように振るわれる。空を切り裂く唸りと共にカイルめがけて迫り来る!

 颶風(ぐふう)。筋肉の束のような尾は先程までカイルがいた場所の空を切った。その勢いが減殺できず、ハウンドヘッドが体勢を崩し横転。


「カイル大丈夫か?」

「……え、え? あれ?」


 ハウンドヘッドの数メートル先に諫早さんと、荷物のように小脇に抱えられたカイルの姿があった。何が起こったのか理解できず困惑するカイルが眼を(しばたた)かせる。


 俺たちの口から安堵の息が漏れる。肩から力が抜けた。


「報告。三時方向からまもなくハウンドヘッドが出現します」

「了解です」


 周さんから入電。まだ気を緩めるな。まだ終わっていない。

 サイの感情のない声音が答える。白を基調とした衣服に、桜色の髪の上には白いふんわりとした大きな帽子。感情が揺るがない戦乙女が戦地に降り立つ。


「ハウンドヘッド、来ますっ」


 周さんの声を合図にサイが疾走を開始。

 倒壊した建物の瓦礫の陰から現れたハウンドヘッドは、サイの匂いに気づいて咆哮をあげる。嬉々として走り出す。


 ギルフォードに倣って足りな速度と踏み込みの突破力を出そうと疾走するサイ。

 でも本当にそれだけだろうか。俺はどうして刀が抜けた? 分からない。カイルはなぜ刀が抜けなかった? 分からない。俺は偶然できてしまった? 考えても答えが出ない。


 ハウンドヘッドとサイが互いの間合いの内に入ったが、サイは未だ刀を抜かない。ハウンドヘッドがその巨大な(あぎと)が上下に開く。どちらも足を止めることなく突っ込んでいく!


「……っ!?」


 ハウンドヘッドの大口が閉じられる瞬間、右へ大きく跳躍して回避。華麗に地面に着地したサイは、自身の両手を不思議そうに見つめていた。カイルと同じ違和感。光が生まれなかった。理由は分からない。サイもそれに気づいて右へ退避したのだろう。


 抜刀術はまだ自分には使えないと判断したサイは、即戦闘態勢を切り替える。


「私の刀、抜刀」


 右の繊手が鎖骨下の<核>に触れる。赤黒い宝珠のような<核>が反応を見せる。

 鮮麗の白い輝きが発光。その光を漆黒の刃が切り裂いた。光の破片は花弁のように舞い、散っていく。光の花弁を散らすように長い柄を回転させ、刃を構える。


 サイの白い手が握る漆黒の長い柄の先には湾曲した刃。死の御使いを連想させる大鎌型の刀を抜刀した。


「サイさんの抜刀を確認。カウント開始します」

「よろしくお願いします」


 律儀に言葉を返したサイは、刃を後ろに引いてハウンドヘッドの間合いに飛び込んでいく。

 サイを喰らい損ねたハウンドヘッドが怒りの咆哮をあげる。身を(ひるがえ)し強靱な鞭の尾がサイを狙う。

 迫る尾の鞭を跳躍して回避。上空に退避したサイは、刃を振り上げ、下へと落とした。

 黒き刃はハウンドヘッドの(くび)を刺し貫き、胸部を貫通して刃先が抜ける。激痛に悲鳴をあげるハウンドヘッドの鼻先に着したサイは、前方へと飛翔。ハウンドヘッドの頸から胸部へと貫通した刃は上へと頭部を切り裂きながら抜ける。


 猟犬の頭部を両断され地の落ちた。死の痙攣と共に鮮血が広がり、脳漿(のうしょう)が零れる。アスファルトに着地したサイは大鎌を旋回させ、血を払う。


「マリ抜刀、撃って」


 横転したハウンドヘッドは自身の巨大な頭部が重いせでなかなか起き上がれず、(もが)いていた。その隙を見逃すわけがない!


「は、はいっ! 私の刀、抜刀っ」


 諫早さんの指示でマリが慌てて抜刀する。光を貫いて弾丸がアスファルトに穴を穿つ。霧散していく光の中から銃口を構えるマリの姿。


 銃と槍が融合した銃槍(じゅうそう)型の刀。機関部の引き金を右人差し指が引き絞る。

 発砲音と共に銃弾が射出。地面で(もが)くハウンドヘッドの左耳を貫通して弾丸はまた地に穴を穿った。


 ハウンドヘッドの動きが止まった。

 巨大な猟犬の頭部がマリの方を向く。大口は怒りに震え、唸り声を放つ。起き上がることを捨てたハウンドヘッドはマリに向かって這いずるように走り出した。



 ******



 高空に銃声が鳴り響く。下顎をアスファルトで削り、血と肉片の軌跡を描きながら襲い来るハウンドヘッドの右頬を銃弾が(かす)める。


「な、なんで当たらないのよっ!?」

「お願いマリっ早く早くっ、こっちに来るっ!」

「分かってるわよっ!」

 

 銃を構える手が焦りと恐怖に震えてる。私は本当にこれが初陣なのよ。それに囚俘(しゅうふ)をこんなに間近で見たことなんてないのよっ!

 

 分かってる。分かっているわよ! ティリエラだって怖いことくらい。でも少し黙ってお願いっ。恐怖が伝染してくる。頭が真っ白になって分からなくなる。お願いだから、お願いだからっ!


 右膝を立てて銃口を構える。が、震えが止まらず射線が定まらない。喉が詰まる。息ができない。心臓が耳の中にあるかのように、鼓動音がうるさく鳴り響く。頭が痛い。


 やめて、来ないで。キモい怖いキモい怖いキモい怖い怖い怖い怖いっ!


 背中に熱。


「マリさん大丈夫」


 落ち着いた声音。ユエラウが私を抱きしめていた。背中に熱と柔らかい胸の感触。人の体温がなんだか安心する……。


「落ち着いて、ゆっくり息をしてください。私はマリさんが狙撃練習を毎日欠かさずしていることを知っています。だから大丈夫」


 いつも何かに怯えておどおどして頼りないユエラウの声が、今は違う。ユエラウの力強い声音が、言葉が、身体に浸透していくみたいに落ち着いていく。息が戻る。鼻から深く息を吸って、口から吐き出す。


 そうよ、落ち着いて。私だって頑張ってる。毎日狙撃の練習して筋が良いって諫早(いさはや)さんが褒めてくれたし、リュウたちにだって負けてない!

 銃槍の矛先をハウンドヘッドに向ける。震えはない。狙うはハウンドヘッドの眉間。もう一度、深呼吸をする。引き金にかけた人差し指に力を入れる。

 練習も訓練も頑張ってる。だから大丈夫。大丈夫、大丈夫、だい、じょ……。


 ハウンドヘッドの大口の奥。深淵の底の闇に浮か青白い顔。人の顔。愉悦に笑う人の顔と目が合った。


「ひッ!」

「俺を無視してんじゃねぇよッ!!」


 カイルの二本の剣型の刀がハウンドヘッドの脳天を串刺にする。喉と下顎を貫通。その勢いのままアスファルトに縫いつけた。ハウンドヘッドが死の痙攣を起こし、自身から溢れ出る赤い流れに沈んで絶命した。


 双剣を引き抜き、カイルが一息吐く。マリは力なくその場に尻をついた。両手で握る銃槍型の刀が震える。二人の顔には疲労感。マリはさらに青ざめいていた。


「討伐対象の全滅を確認。任務終了です。本当にお疲れ様でした」


 (あまね)の安堵に満ちた声が小型通信機から漏れる。リュウの口からも安堵の重い息が漏れた。

 静寂となった戦場には、鼻につく鉄と生臭さが漂っていた。



  ******



「お疲れ。全員納刀」


 優しく微笑む諫早(いさはや)さんの指示に従って刀の鞘となる自分の身体に触れさせると、刃が体に触れた場所から光が溢れ、大剣型の刀が光の花弁となって風が散らしていく。美しい白光が


「華は咲かなかったな……」


 諫早さんの言葉に周りを見ると、赤黒い血溜まりだけが残っていた。<核の華>は必ず咲くとはかぎらないから貴重なものとなる。


 血溜まりを見つめる諫早さんの横顔が陰る。囚俘(しゅうふ)となった人間は何も残すことができない。そんな人たちのために俺が、俺たちができることは黙祷を捧げることだけだ。


 静かに瞳を閉じて鎮魂の祈りを捧げる。眼を開いたらもう振り返らない。


「マリ大丈夫?」

「え、まぁ、大丈夫……だと思う」


 放心状態のマリに右手を差し出す。俺の手を「ありがとう」と取って立ち上がる。


「ユエ?」


 マリの後ろにいたユエラウも地面に尻をついていた。目が合うと困ったように眉を中央に寄せ、笑う。


「すみません。腰が抜けました」


 俺も苦笑を浮かべる。ユエラウにも手を差し伸べる。俺の手を受け取ると、生まれたての子鹿のように膝が震えていた。不謹慎だけどそれが可笑しくて、笑うのを我慢するのが大変だった。


 槍銃型の刀で体を支えていたマリの口から、鉛のように重い溜息が吐かれた。溜息と共に身体が弛緩する。さらにもう一度息を吐いて顔を上げたマリは少し不機嫌そうだった。長い柄を半回転して刃が体に触れる。美しい白光が風の中へと霧散していく。


「全員の納刀を確認。今から四十分間抜刀を禁じます。それでは皆さんのお帰りをお待ちしております」


 (あまね)さんからの通信が切れる。本当に終わったんだと実感がした。


「さて、全員無事でなにより。帰るぞ」

「それだけかよ」

「ん? 何か欲しいの?」


 何か言いたそうなカイルの頭に諫早さんの右手が乗り、少し荒く撫でる。


「よくできました」

「ちげぇーわっ!」


 諫早さんの右手が叩き落とされた。子犬の威嚇に諫早さんは楽しげに笑っていた。


「冗談はさておき。誰も逃げ出すことなく怪我もなく、初陣でここまでやれれば及第点以上です」

「本当ですか?」


 疑いの目を向けるマリ。


「まぁそれぞれ思うことはあるとおもうけど、諫早さんとしてはこの班員で良かったと思うよ」


 柔和に微笑み、諫早さんは背を向けて歩み出す。「ほれ、帰るぞ」と手を振る諫早さんの広い背中を俺たちは慌てて追いかける。


「あ、あのさカイル」

「なんだよ」

「さっきは、その……。ありがとう。助けてくれて……」


 恥ずかしそうに視線を逸らしながら礼の言葉を口にするマリに、眉間に皺を寄せるカイル。


「お前が礼とかキモいんだけど」

「お前マジ殴るわよ」


 ユエラウが華奢な肩を震わせ声を殺して笑う。俺も笑い声を堪える。ギルフォードは呆れていた。サイは無表情のまま前を向いて歩いていた。


 俺の足が止まり、後ろを振り返る。


「ティラ?」


 ティリエラだけが暗い顔で俯いていた。もう一度名前を呼ぶと、恐怖に囚われた顔が上がる。翡翠の瞳のに闇が見えた。俺の視線に気づき、ティリエラが慌てて笑って見せる。その笑顔は痛々しかった。時々見せる苦痛に歪む笑顔だ。


「ティリエラ、大丈夫?」

「大丈夫だよ。ありがとう心配してくれて……」


 立ち止まる俺を抜いて、振り返ったティリエラはいつも彼女だった。


「マリに謝らないと。それにもっと強くならないとね。このままじゃ置いてかれちゃう」

「焦らなくても大丈夫だよ」

「ありがとう。リュウは優しいね」


 笑うティリエラは「マリに謝ってくるね」と言って走り去った。

 俺も止めていた足を前へと出す。

 流れる風にはまだ鉄と生臭さが混じっていた。



 ******



 極東支部戦闘司令監視室。静かな室内には機器の駆動音が響く。巨大なメインモニターに遠征隊第八班の姿が映されていた。班員の無事な姿を見て、幸村周(ゆきむらあまね)は緊張と心配で張り詰めていた胸を撫で下ろし、口から安堵の息を吐いた。安心しても青い瞳は各種監視モニター画面を隈無(くまな)く見続けている。帰還完了まで何が起こるか分からないため監視は怠らない。それがオペレーターの役目だ。オペレーターが異常を見落とせば、みんなの命に関わる。


「凄いです。まさか初陣で抜刀術をしてしまうなんて」


 安堵と驚きに、周から素直な感想が零れた。


「馬鹿者。アレはただ高速で刀を抜いただけだ。刀使いの抜刀術とは核を反応させないことが前提の技だ。反応させては何の意味もない」


 戦闘司令監視室内の中央で腕を組み仁王立ちの女性から厳しい言葉が発せられた。美しい四肢を上品な紺色の背広が包み、胸元から豊かな双丘が覗く。アリス・リヴィ・有栖川(ありすがわ)司令の切れ長の青玉の瞳は眼前のメインモニターを見据えていた。


(かた)としては悪くなかった、と一応褒めておこう」


 周は苦笑を浮かべるしかなかった。


「でも本当にリュウさんとギルフォードさんは凄いです。新人の方はカイルさんみたいに刀が抜けなかったり、パニックになって逃げ出したりと、初任務は本当に……」


 悲痛に歪む顔で言葉を濁した。いつも安全な場所で見ていることしかできない自分の口からは、言えなかった。怖いのも辛いのも当事者にしか分からない。


「新人として規格外の天才が三人いるからな」

「天才が三人もいるんですか!?」


 驚きに振り返ってしまい、慌てて顔を監視モニターへと戻す。目線は各モニターを確認する。


「ギルフォードとサイは努力の天才だ。あの二人は幼い頃から訓練を受けている。サイのあの立ち回りと判断力は実戦を経験してこそ得られるものだ。それとギルフォードは一族全員が優秀な刀使いという家柄だ。あれぐらいできて当たり前の領域だろう」


 改めて聞く二人の経歴に周の瞳が輝くが、一つ疑問があった。


「あれ? でもギルフォードさんの核は三年前に現れたものでは?」

「お貴族様というのは世間体を気にする。核があろうがなかろうが関係ない。だから逃げることなんてできなかったんだろうな……」


 いつも凜として力強いアリス司令の声音が悲哀を孕んでいた。それだけで周の心にも悲哀の暗雲がたちこめる。

 沈黙の中、機器の駆動音だけが響く室内も暗くなってような錯覚を感じて、周は自分が暗くなってどうすると気持ちを切り替える。


「もう一人の天才はリュウさんですね」

「あぁ、アレは天然の天才だ。生きていくすべがそうさせたのか、アレは少し異常だな」


 リュウの、南支部のことを想うと心臓が痛くなる。

 もし、極東支部がそんなことになったら……。

 周は(かぶり)を振るった。不吉なことを考えるのはよそう。悪いことを考えているとそれが現実に起きてしまう。


「マリさんとカイルさんはどうですか?」

「二人は完全に経験不足。まだ核との同調と調和、そして会話ができていない。アレでは当分技は無理だな」

「会話、ですか……」


 周は右手で左の肩甲骨に触れる。服の上からでも分かる。骨とは違う硬質の異物がそこにはあった。


「本当に核と会話なんてできるんでしょうか?」

「周。やめろ」

「でも私は、私にも核があるのに……」

「やめろ」


 怒りにも似た静かな声音が、それ以上言葉を紡ぐことを許さなかった。周が「すみません……」と謝罪の言葉を口にした。また沈黙が支配する。


 周はアリス司令にバレないように、ひっそりと溜息を吐き、肩を落とす。

 やってしまった……。

 アリス司令が一番嫌いなことを言葉に出してしまったと後悔の念が頭の中を渦巻く。


 だって仕方ないようね?

 会話の流れってものがあるじゃない? 何ならアリス司令がその方向に導いた感はあるよね?

 私が気にしていること知っているし、訓練だって見てくれてるわけだし。怒られるのは理不尽なのではないかと……。


 周は必死で自分を正当化しようとしていた。


 頭の中でぐるぐると言い訳が巡っている中、視界に何かを捉えた。間違えではない。オペレーターが見落とせば刀使いの命に関わる。だから見間違えはあり得ない。


「四番カメラ。十秒ほど巻き戻します」

「何があった」


 踵の高い靴が床を鳴らし、機器を操作する周の隣にアリス司令が立つ。四番監視カメラのモニターを注視。画面が巻き戻り、再生される。

 それは一瞬であった。でも確かにそれは映っていた。画面の違和感。透明な何かが蠢く揺らぎが。


「画面に揺らぎあり。擬態種の移動と判断」

「どうしても喰いたいようだな」

「あの時のキリムでしょうか?」

蜥蜴(とかげ)にくせに、執念深さは(ワニ)か熊なみということか」


 呆れて溜息が漏れた。これだから極東の囚俘(しゅうふ)は嫌になる。悪知恵に執念深さ、悪逆無道(あくぎゃくむどう)。人間を喰らうためならどんなことだってする化物だ。


 元人間とはいえ、化物に人の道などないかとアリス司令は冷静に自分に突っ込みを入れていた。


「帰還を急がせろ。それと偵察隊の一班から四班に支部を中心に一・五キロ圏内を隈無く捜査しろと伝えろ」

「了解しました」


 素早く周は指示に従い連絡を取る。他のオペレーターたちにも連絡を取り連携する。


()り逃がしたことの責任は取ってもらうとしよう」


 周からの報告を聞き、さらに指示を出す。

 戦闘司令監視室のメインモニターには安堵と初任務の快勝に頬を緩ませる年若い子どもたちが映る。アリスはその子どもたちの無事な姿に慈母のような微笑みで見つめていた。


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