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終章


店「勇者……っい、痛い」


吟「ちょっとすぐ終わります。長い間、麻薬に脳みそを漬け込まれていたみたいなものですから。一般人なら死ぬような感じですけど、勇者ならちょっとした頭痛で終わります」


SE:ばこっ


店「ど、どこがちょっとした頭痛だ。ナルシス賢者!」


吟「あ、危ないですね! 即座に防御魔法使わなかったら即死、即死! シャボン玉から紙装甲に成長しましたけど、それでも弱いもんは弱いんですよ! 僕、レベル8!」


店「あー。気持ち悪。蒸留酒樽一杯飲んだ時思い出したわ」


吟「炭鉱都市の飲み比べの時ですね。ドワーフ市長めっちゃ引いてましたよ」


店「あっちが仕掛けてきたんだ。ジョッキ十五杯で倒れるくらいなら、勝負吹っ掛けるなよ」


吟「ドワーフに酒で勝てる人間なんて、学術都市の世界記録にもなかったですけどね」


店「うっさい……ってかあんたは、あたしが酒場で看板娘やっていた間、いろいろ苦労したみたいね」


吟「あなたが看板になっているかはわかりませんが、本当に苦労したことは認めます。何百回も死にかけたし、冒険者としても弱すぎてなかなか登録できないし」


店「っで、よりによって吟遊詩人になるとは」


吟「他になれる職がなかったんですよ。遊び人にしてはインテリジェンス高すぎるって却下されたし。一応、歌のレパートリーは千と百十三ありますから」


店「細かいって。それ、全部、あいつの歌?」


吟「ええ。聞いた曲は全部覚えています。僕が精霊術教えるのに、何も教わらないの損でしょ」


店「いや、損得勘定じゃ。ああ。なんであたし、忘れてたんだろ。あんたのこと、あいつのこと、ゴーレムのおっちゃんのこと」


吟「あなたが一番念入りに洗脳されていましたから。パーティのときから、誘惑されまくって食後のデザート奪われていましたし」


店「あっ、たまに食後のプリンが消えるのそういうことだったか。……あたしたちがあいつにしたことは、全部だめだったのかな? 家族じゃなかったのかな?」


吟「知りません。善意がすべて善意として受け入れられるとは限りませんし。あなたの思う家族と彼の思う家族は違う。僕が思う家族とも別でした」


店「あたしは孤児だけど、かーちゃんは死ぬまではちゃんと育ててくれたからなー」


吟「僕にも多少なりありますよ。でも、歌姫にとって家族は裏切るものだったんです」


店「そっか」


吟「思い出したならわかると思いますけど、今、王都にいる勇者は歌姫です。これから勇者を騙ったまま、次期女王と結婚しますけどいかがでしょうか?」


店「ああ、王女の結婚問題ね。それは願ったり叶ったり。ほんと、いいとこのお嬢さんかなんか知らないけど、人の話くらい聞けよ馬鹿って言いたかったわ。あたしの部屋に夜這いかけて既成事実とか、親はろくでもねえわって、娼婦の娘が言う話じゃないけど」


吟「勇気ありますよね。ギガンテスでも返り討ちされる相手の寝込み襲うなんて。あーやめてください。頭を拳でぐりぐりするの。ライフゲージどんどん削られます。レベルカンストしてるなら自重してください」


店「王女と結婚したかったら素直にあたしに相談してくれたらよかったのに。いくらでも替わってやるわ」


吟「いうわけないですよ、普通。でもまあ、もっと違うやり方をやってほしかったなあ。歌姫には」


店「思春期って怖いわ」


吟「いや見た目は若いけど、成人してますよ。歌姫」


店「可愛くて女装させたの恨んでんのかな?」


吟「恨んでるだろうけどだからと言って、勇者は女装させるのやめなかったでしょ?」


店「うん、よくおわかりで」


吟「そーだねー昔からかわんないですね。もちろん、三年ぶりの今も変わってないって思いました。やってること大体同じ。僕のこと忘れているけど」


店「しかたないから。まさか、忘却の歌を使われるとは思わないでしょ? あれなんで開発したわけ? 精神系の精霊術なら魅了以外もいけるってあんたが教えたんでしょ?」


吟「しかたないんです。トラウマ持ちの孤児たちをそのままにしておけます? モンスターに親や兄弟姉妹引きちぎられたり、食われたりする記憶って残しておけます?」


店「そこはね。たしかにね。じゃあ、必要なことなら仕方ないか。ちょー強力な精神系精霊術。でもあんたは忘れなかったんだね」


吟「かかったけどすぐ解呪されました。いや、呪いが上回ったというべきかな。本当に忘れたままならよかったかもしれないのに」


店「あんたの頭でっかちな脳みそ失くしたら何が残るのよ」


吟「なんか本当にそうなんで言われると傷つくんですけどー」


店「ははっ。傷つけ傷つけ。最初、学術都市で会った時に比べると、ほんと人間味出てきてよくなったよ」


吟「当時はほとんど人と話すこともなく、ひたすら知識を集めることにだけ使われてましたから」


店「うん。冗談で娼館連れて行ったら、娼婦の身体が学術書となんか違うって混乱していたね」


吟「……ああいう冗談やめてくれません。今ならわかるけど、本当にセクハラ案件すぎる」


店「はは。いい思い出だ……いたっ。頭、痛いな」


吟「ごめん。僕に精霊術は使えないから、歌姫の忘却の歌を完全に消すことはできない。変にやると勇者の脳みそが壊れるから、今、記憶が戻っているのは一時的なものなんです」


店「はあ、あたしの丈夫さを忘れちゃこまるよ。別に平気だから、さっさと元に戻しな。あんたにもだけど、歌姫に言いたいことがたくさんあるんだ」


吟「無理です。だって、勇者は記憶を完全に取り戻したら、僕の邪魔をするでしょう。昔から歌姫に甘かったから」


店「……甘くないよ。一発ぶんなぐってやる」


吟「甘いですよ。僕はそれだけでは許すことができない。僕が人間になれてからの記憶を奪おうとした。記憶を共有した人を奪った。僕はまた、本だけの世界の住人に戻ってしまった。歌姫が裏切りを恐れたなら、僕は思い出をなくすことが一番恐ろしい」


店「ならあたしがおまえのことを思い出してやればいいだろ? それに吟遊詩人として三年やってきた。レベルももう1じゃない。だから……」


吟「だめです。聖騎士は蘇らない。おじさんのコアは一つしかなかった」


店「聖騎士……、ちゃんとした形で叙勲してやりたかったな。形だけの書状だけじゃなくて」


吟「うん。勇者は脳筋なのに、甘い。だから、歌姫の件は僕が片付けます」


店「やめてよ……。杖が戻っても、装備やアイテムは……」


吟「全部、歌姫が持ってます。あいつの周りの人間は皆勇者だと思っている。僕が出たところで、偽物と認定されるだろうし」


店「死ぬよ」


吟「死にませんよ」


店「ここで……吟遊詩人やってていいから。センスのない歌でも歌いなよ」


吟「ごめん、吟遊詩人は今日で廃業」


店「次は魔王でもやる気かい? 女王の伴侶を狙うってのはそういうことだぞ」


吟「世界を敵にしても、僕はけじめをつけたいんだ」


店「……馬鹿野郎。魔王なんて、くいっぱぐれるぞ、もう少し吟遊詩人続けとけ」


吟「うーん、無茶言うなー。勇者は。なら、僕のお願いを一つ聞いてくださいよ?」


店「なんだよ」


吟「再会のハグをお願いします」


店「……ばかやろう」


吟「いつか僕を思い出してください。僕という人間がいたことを」


店「それなら戻ってきな。ミノシチューくわせ…てや……」


吟「うん。ありがとう、勇者」




〇時間経過




店「っお」


吟「あっ、おねえさん。起きました?」


店「あれ? もしかして寝てた?」


吟「お疲れみたいですね。そんなに僕の話面白くなかったんですか?」


店「うーん。記憶に残らないほどの内容としか」


吟「ひどっ!」


店「あー悪い悪い。じゃあ、飯代は少しだけ負けとくよ。ほれ、こんなところで」


吟「少しって、この代金しっかり二人分取ってるじゃないですか!」


店「付け合わせのピクルス代は抜いておいた」


吟「せこい!」


SE:小銭を置く音


店(あれ? この店、こんなに静かだっけ?)


吟「おねえさん、じゃあさよなら」


店「あいよ。また来な」


吟「はーい、来れたら来ます」


店「来る気ねーな。まあ、今度来たら一曲店で弾いてもらうよ」


吟「……はい。とっておきの英雄譚をご用意しておきますよ」





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話が二転三転してイッキ読みが止まりませんでした
[一言] おもしろかった! すごいね、この話。
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