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閑話 息子が弟を連れてきた日

「ただいまー」


 息子が学校から帰ってきた。今日も元気いっぱいだ。そのことが幸せで、笑みを浮かべて迎え入れると……少し年下の子を連れて来た。


 お友達? にしては……この子女の子よねえ?




「おかえりなさい。その子はお友達?」


「うん、あきらっていうんだ。弟になった!」


「あきら君でいいのかな? うちの子と仲良くしてくれてありがとうね」


「いえ、そんな……」


 明らかに大人におびえている。やはり女の子だが弟? いろいろと疑問は尽きない。息子は能天気にもドヤ顔をしている。


 あきら君をまじまじと見る。明らかにネグレクト(育児放棄)にあっている感じだ。髪はべったりと張り付いている。服もいつ洗濯されたのだろう。


 そして何より、息子より一つ下にしては非常に背格好が小さい。


 もともと小柄なのかもしれないが明らかに栄養が足りていない様子だ。


 ええい、このアホ息子と思ったが、何か事情があるのだろう。とりあえず疑問は棚上げにして、おやつを出すことにした。


 息子は「トイレー」と叫んで立ち去ったので、あきら君を息子の部屋に案内し、先に入ってもらう。


 トイレから出てきた息子と一緒に部屋に入ると、部屋の片隅でまるで存在感を消すように座り込んでいた。すると息子が笑顔で手を取り、部屋の真ん中のテーブルの前に座らせる。


 湯気を立てるココアを見て怪訝な表情を浮かべていたのを見て、少し悲しくなった。ココアを飲み、クッキーをつまんで口に入れたときの笑顔で少し救われたが、下手をするとこういったおやつすら食べたことがないのではないかと思わせるものだった。


 息子たちがゲームをしながら遊んでいる間に、私は電話を取った。


「もしもし……ええ、そうなんです。なので……はい、お願いします。では失礼いたします」




「あきら君、寒くない?」


「い、いえ、大丈夫……です」


「そっか、でもね、すごく寒そうに見えるし、良かったらお風呂、入らない?」


 息子が怪訝な表情でこちらを見てくる。だがここでコイツがついてきてはまずい。まずいものを見てしまうかもしれないから。


 だから引き離すために少し手を打つ。


「なに? お母さんと一緒にお風呂入りたいの?」


 と言うと、顔を真っ赤にして黙り込んだ。わかりやすくて大変結構。




 あきら君の手を取ってお風呂に向かう。しきりに遠慮してくるが、もう沸かしちゃったからねーと押し切る。


 落ち着け、私が動揺したらこの子はおびえてしまう。と自分に言い聞かせ、ゆっくりと服を脱がせる。


「はい、ばんざーい」


 笑顔を絶やさず、よれよれのシャツを脱がせ、ズボンを抜き取る。手足は冷え切っていた。血色も悪く、肉付きも悪い。やはり栄養状態は良くないと思う。


 そして、下着のシャツを脱がせると……口から出かけた悲鳴を噛み殺す。


 こういった子供を見るのは初めてではない。むしろ慣れつつある。けども何度見ても気分のいいものではない。


 背中や腹部など、よほど服を脱がせなければわからないような場所に、明らかに打撲と思われる痣と、タバコの火を押し付けたであろう火傷の痕がいくつもあった。


 手足に傷がついていればすぐに発覚する。だから目立たないところに攻撃が集中する。これもよくあることだった。


 痣は紫になっている未だ新しいものもあり、痛ましさに涙がこぼれかけるが、必死の努力で笑顔を作る。


 この子の敵になってはいけない。そうなれば救い出すチャンスは無くなる。安心させるように笑顔の仮面をかぶり、優しい手つきで頭を撫でる。


 怪我をしている可能性が高いと踏んでいたので、お湯はぬるめだ。


 ゆっくりをお湯をかぶらせると、一緒にバスタブにつかる。表情が緩み、年相応の笑顔を見せてくれた。


 後で聞いたが、風呂とは名ばかりで、水をかぶせられていたそうで、その時ははらわたが煮えくり返る思いだった。


 シャンプーで髪を洗う。3回目で初めて泡が立った。身体もスポンジでこすると、ポカーンとした表情で見てきた。これも初めてだったそうだ。


 後念のため確認したが、きっちり女の子だった。




「ねえ、あきら君。うちの子と仲良くしてくれてありがとうね」


「いえ、お兄ちゃん優しいので」


 お兄ちゃんか。この子にはあの息子でも頼もしく見えているのだろうか。


 ひとまず息子経由であきら君の連絡先を確認させる。その連絡先に電話を入れると、母親らしき人が出た。


「あ、あきらさんのお母様ですか? どうも初めまして、わたくし……」


 怒鳴りつけたい衝動を必死に抑え、なるべく穏やかに話をする。というか、母親はまともだった。


 遊びに行っていることを恐縮され、何度もお礼を言われた。


 しかし油断はできない。こうやって虐待をする親は外面がよく、それで発見が遅れることも多々あるからだ。


 だから慎重に話を進める。何か困っていることは無いか、育児で悩みは無いか。世間話に交えてそういったことを聞き出す。


 やはりというか、離婚したシングルマザーだった。それで経済的に困窮しているようだ。


 ひとまず役所で支援の制度があることを遠回しに伝えたが、身形がボロボロでけんもほろろに追い返されたそうだ。別の方向で怒りが沸いた。


 可能性として、先行きが見えないストレスの矛先がこの子に向いている可能性を考慮して、うちの子と意気投合しているので、良かったら泊まらせてもいいかと話をすると、即座に快諾された。


 再びお礼の言い合いになって、そのままの流れで電話を切る。


 神経をすり減らす事態が続いて、深いため息を吐いた。




 あきら君はしきりに遠慮していたが、息子がハイテンションで押し切った。グッジョブ!




 その後帰ってきた夫と話しあう。児童相談所への通告と、警察への相談は翌日すぐに行うことを決め、並んですやすや眠る息子たちに和んだ。




 こうして、アホ息子が持ち込んで来た戦いの日々が唐突に始まったのであった。

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