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第十三章 はるかな東 遠い西   13 ボルネオ

  13 ボルネオ


 ジョーンと私が一九八五年の世界旅行で香港を訪れた時、WWFマレーシア支部長のケン・スクリヴンは、東マレーシアにあるサバ州のコタ・ブルード鳥類保護区を視察して、発展計画を提案してもらいたいと私を招待してくれた。この広大な湿原は一九六〇年にマレーシアの一部となったボルネオの北西端にある。東南アジアで渡り鳥のために湿地の保護活動をしている国際渉禽協会を運営しているダンカン・パリッシュによって、この地域が注目されることになった。

 コタ・キナバルの空港で、私たちはサバ州森林省のジュネイディ・ペイン博士と、この州でWWFの活動を推進している快活な「ジンクス」・キング=ホルフォードにあった。ご主人のイアンは、この土地で香港と上海の金融会社の業務を指揮していた。

 一週間の滞在期間中には、ほんの一瞬たりとも退屈な時間はなかった(もっとも、どこでもそんなことはめったになかったけれど)。環境大臣をはじめとして、名高い三〇階建のヤヤサン・サバ・ビルディングの高みにオフィスを連ねた同僚の方々をお誘いしたサバ協会の会合で、私はスライドをまじえて講演をおこなった。このビルは、壮麗なガラスの壁面の七〇面体をなし、ジャングルにおおわれた山々がすぐ間近に見えるリカス湾にそびえ立っていた。

 コタ・キナバルの郊外で見せてもらったマングローブの沼沢地は、埋め立てられている最中だったが、何故に埋め立てられるのかという私の質問には、はかばかしい答がもらえなかった。ここは大きな沼沢地で、一筋の川が通り、何種類かの小型サギが見られた。中には、私が初めて見るズグロミゾゴイもいた。カワセミが五種類、ウオクイワシも一羽見られたが、鳥たちは私たち人間を気にするよりも、水の中の獲物を見つめるのに夢中になっていた。他の鳥もたいへん多く、ぞくぞくするほど興味深い場所だった。ちょうどニューヨークのジャマイカ・ベイのように、大都市のすぐきわにある野生動物の楽園である。

 ジャマイカ・ベイは私が知る唯一の市街地内の保護区域であるが、この熱帯の楽園に比べると、いささか色あせて見えた。近くにはたいへん大きな学校があった。私は政府の人々に、この沼沢地の価値を想像してみてくださいと頼んだ。将来は学者や旅行者ともなるべき生徒たちにとって、この場所の存在はどれほど意義深いものになるだろうか。もちろん、最近までここに住んでいたクロコダイルやテングザルなどの再導入ができれば、なおさらのことだ。

 コタ・ブルード鳥類保護区は首都から三二〇キロほど北にあった。一二三〇〇ヘクタールにのぼる湿原で、おもに水牛の放牧に利用されていた。政府はこの地域を保護のみでなく、教育や観光旅行にも役立てたいと考えていた。しかし、私の見たところ、地勢は平坦で面白味に乏しく、野生生物やそれを見る人々をひきつけるには、莫大な経費のかかる造園工事が必要だった。

 見られた鳥の大半は渉禽類だったが、コチドリ、アカアシシギ、ツルシギ、コアオアシシギ、クサシギといった旧世界の普通種で、もっと行きやすい場所で楽に見られる鳥がほとんどである。また、丈高い草の間にいるため、たいへん見づらかった。餌をとっている鳥たちを見るのによい場所は、水牛が泥あびをしたり、へりを踏みつけて侵入してきたホテイアオイを食べてしまった広い溝や池などであった。しかし、一ヶ所の小さい湖を別にすれば、こうした場所にはほとんど近づくことができない。放牧によって食べられてしまうため、手ごろなアシ原もほとんどなかった。腰布を巻いた牛飼いが、のっそりと歩く水牛の首に乗っている姿は、それなりに魅力的だが、西洋からの観光客の目をこの湿潤な大草原にひきつけるためには、はるかに多くのものごとが必要だった。

 サンクチュアリを通って走る道路からは、人の居住に適さない海岸や砂丘の連なりが見えた。ヤシやパンダナスの木立、密生したジャングルや沼沢地にふちどられてうねり流れる川。これこそまさに、温帯地方からやってきた観光客がボルネオで期待する熱帯の自然環境というものだ。ジンクスは、この地域をサンクチュアリの発展計画に含めることを地方長官に提言して、うまく注意をひくことができた。ここに入るでこぼこ道はなんとか通ることができる。これで、ようやくこの地域の可能性を見いだすことができてうれしかった。

 私はイギリスに戻ってから、この地域の発展計画を送った。この中には、ケラ川のラグーンを拡大し、島を備えて、水際には支柱の上に建てられ、大きな観察窓を備えたビジターセンターをつくることも含まれていた。居住のための施設やその他の建物も、魅力的なこの土着のスタイルで建てられるのが望ましい。

 池やスクレイプは淡水と汽水のものをつくり、いくつかには蓮やホテイアオイを育てて、クイナ類やバンなどのような水鳥の隠れ場にする。ジャングルの地域はそのまま保存し、周辺には遊歩道を作る。遊歩道には木道や、この国ではごくふつうに使われているロープでできたすてきなつり橋も作る。この地域には、新しくできた数多くの学校が、教育センターとして活用できるような豊富な自然があった。

 こうした教育センターこそ、まさにこの国に必要とされているものである。道で行き合ったマレーシアの小さな少年は、パチンコで撃ち落としたばかりの傷ついたズアカミユビゲラを持っていた。ジュネイディは、土地のことばで、とても悪いことだと言って聞かせたが、この子にとってはこれは理解をはるかにこえることだった。誰でも野生のものをとって食べたり、スポーツとして楽しんでいるのだから。


 砂丘や海岸は、まさに熱帯の島の夢のような風情だった。一部には、自然歩道をたどって入れるようにできるだろう。ジョーンと私は歩いて海に入ってみたが、海水の温度は気温とほとんど変わらなかった。あおむけに浮いていると、三種類のグンカンドリが四〇羽ほども、上空でものうげに輪を描いて飛んでいるのが見えた。

 たとえば乗馬のようなレジャー活動も、野生生物に影響を与えることなく開発することができるわけだ。予定している環境の改良工事の結果、訪れるであろう人々に変化をつけ、人数をふやすこともできるだろう。計画している教育センターから、キナバル山国立公園への遠征旅行を計画することもできる。

 キナバル山は、ジャングルにおおわれた山塊で、岩だらけの山頂は標高四〇三七メートル、東南アジアの最高峰にあたる。東を眺めると、いつも景色の中ででんと主役の座を占めている山だ。ジュネイディ・ペインは国立公園の本部に私たちを連れて行ってくれた。エキサイティングな風景の中、彼のWWFのランドローバーで、でこぼこ道をぽんぽん弾んでゆく道中である。

 ジュネイディが、絶滅に瀕しているスマトラサイについての会議に出席している間、私たちは森林の歩道を歩いてみた。キエリゴシキドリはよく目立ったが、この種と、大柄なシラガオナガ以外の鳥は、見るのがむずかしかった。しかし、蘭はすばらしかった。

 この偉大な自然公園担当のエコロジスト、アンジー・フィリップスは、クリーヴ・ヴァイニーの鳥の本やその他の挿絵を描いているカレン・フィリップスの姉妹である。彼女は、ボルネオの蘭は二千種類もあり、キナバル山だけでそのうちの千二百種類が見られると言った。イギリスの蘭はわずか五〇種類しかない。それでも私は、この山に住む三〇〇種類もの鳥のうち、見るのがもっと楽なものが多いといいのにと思った。


 私たちのたっての希望の実現のため、休みを一日もらうことができた。ジョーンと私は紹介状を手にしてサバ州を東へと横断して飛び、サンダカンへむかった。サンダカンではセピロクへ行く車が待っていてくれた。ここは手つかずの低地の熱帯雨林、ジャングル、そして海岸のマングローブ沼沢がみずみずしく繁る土地であった。

 この保護区域のおもな機能のひとつは、人の手から取り戻したオランウータンのこどもを野生の家族のもとへと帰すためのリハビリテーションで、私たちはこれをぜひ見たいと思っていたのだ。訪問してくださる方がいつも運がよいというわけではありませんよ、と言われたが、ディレクターとスタッフは、果物が置いてある森の中の基地に連れて行ってくれた。

 ありがたいことには、八頭をくだらない数のオランウータンを見ることができた。赤い毛をしたこの類人猿のうち、大きなリーダー雄は、私と同じくらいか、もっと体重がありそうだったが、そびえたつフタバガキの幹を用心深くまわって、こっそりとこちらをのぞき見ていた。しかし、やっと九〇センチくらいの背丈のこどものオランウータンは、こちらにはねてきた。そしてなんと、ジョーンの腕の中にとびこんだのだ。

 とても暑い日で、カメラのファインダーは汗でぼやけていた。しかし、長年苦労をかさねてきたわが妻の、旅行中最大の感動の瞬間を記録することはじゅうぶんにできた。

 私はジョーンに、南オーストラリアでずっしりと重たいコアラを抱かせた。ペナンではピット・ヴァイパー(クサリヘビの類)、ダンジネスでは草ヘビ(ヨーロッパヤマカガシ)、フロリダでは長さ一・五メートルもある東部インディゴヘビ、セランゴーのジャングルでは三センチもの大きさの鳥捕りグモを持たせた。ニュージーランドの森林では、大きなカカ・オウムがジョーンの肩に爪をたて、クイーンズランドではアカクサインコが頭皮に穴をあけようとした。クランブルック卿の翼手類についての講義の時には、髪の毛の中にコウモリを置かれた。ジョーンはいつも、歯を食いしばって我慢したものだ。

 しかし今、この手足ばかりがめだつ、長い腕をした類人猿の赤ちゃんが、毛むくじゃらの腕でしがみつき、深々と彼女の目を見つめた時、ジョーンはまさに天にものぼる心地だった。ダーウィンよ、ばんざい!

 セピロクの森林の保護区は、天国とも言うべき場所であった。悲しいことには保護区域はごく小さく、わずか四五五〇ヘクタールの広さしかない。この中には少なくとも四〇〇種類以上の樹木があり、バラエティに富んだ動物相を支えていた。樹木の中には、壮大ないわゆる「絞め殺しの木」や、リアナといったつる植物に巻き込まれてしまったものもあった。

 記録された鳥は二二〇種類にも上り、中には巨大でやかましいサイチョウもいた。ここがせめてキナバル山森林保護区ほどの広さがあれば、まだましなのだけれど。しかし、私はキナバル山に上る途中で、雲がかかった斜面が陸稲をつくるための焼き畑に蚕食されているところを見ている。

 サバ州は、スコットランド全体よりも少々狭いだけという広大な地域だが、その七〇パーセントは森林におおわれている。しかし、この州のもっとも重要な産業である製材業に対抗して、原生林はいつまで存続できるのだろうか。一九八九年、隣接しているサラワクでは、すべてといってよいほどの樹木が伐採され、他のものもダメージを受けたり枯死したりしていた。そして腐朽してゆく過程で多量の二酸化炭素を生じ、地球規模の温室効果を拡大させるおそれがあると報じられている。

 小さな土地、香港では森林の再生が人々に利益をもたらし、野生生物をたすけている実例がみられている。新開地に市街地がひろがる一方で、多種多様な樹木が年間二五万本の割合で植栽されている。しかし、一九九七年に中国が香港の統治権を取り戻した時、一五〇年前のこの地域の状態と同じ、むき出しの不毛な土地に再び戻してしまうようなことがありはしないだろうか。

 アジアと太平洋で私が見てきた数々のエデンの園には、楽園としての未来への保証は、ほとんど存在しないも同然であった。



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