第八章 特秘任務 3 カモメの摘み取り
3 カモメの摘み取り
ダンジネスで、私はカモメたちがなんとか繁殖に成功するように、できるかぎりの手を尽くしていた。ミンズメアに移って間もなく、ここでは大多数のカモメたちが繁殖に成功しないように、手を尽くさなくてはならないことがわかった。
ミンズメアからサフォークの海岸を二二キロ南下したところにあるハバゲイトの保護区は、戦時中の防衛作戦で水をあふれさせたために島状になったところである。ここには、一九四七年に発見されたイギリス唯一のソリハシセイタカシギのコロニーがあった。このコロニーは次第に大きくなり、一九五八年にはなんと九〇つがいもの繁殖が見られた。しかし、主食としている泥や浅い水の中に住む小型の甲殻類が急激に減少したため、育つヒナの割合は、かろうじて成功しているという程度にしかならなかった。ちなみに、飛べるようになる前にヒナを数えても意味がない。
一つがいの親鳥が育て上げることができたヒナの平均個体数は、二・〇羽から〇・三羽へと着実に減り続けていた。同様に、繁殖に必要な土地もなくなってきていた。ユリカモメのコロニーが急速にふくれあがり、既に五〇〇〇つがいにも達して他を圧迫していたためである。
人間の出すゴミの増加と農業の拡大のおかげをこうむって、適応力の高い雑食性のカモメたちは急激に増加してきていた。そしてソリハシセイタカシギのように特殊化した食性を持ち、カモメと同じような環境を好んで巣をつくる鳥の減少の原因にもなっていた。
ピーター・コンダ―は、一九五八年にハバゲイトの状況を視察して、ソリハシセイタカシギのヒナが何羽かユリカモメにとられるところを見た。RSPBの委員会は何らかの行動を実行に移すべきだと決定し、援助のために私を派遣した。
ハバゲイトで行われているカモメの公式な個体数調整方法というのは、カモメの卵を小石と入れ替えるというもので、レグ・パートリッジがやり方を教えてくれた。これは骨の折れる仕事であった。まず、ユリカモメの卵と大きさや色がどうにか似通っているような小石をたくさん集めておく。そして、早朝と夕方にコロニーに侵入し、卵を取り去って、かわりに小石を巣に置いておく。
川岸の干潟に掘った穴にカモメの卵というすてきな食物を捨てるということだけでも、十二分にありがたくない作業であった。そればかりか、三日後に見に行くと、カモメたちは小石とならべて新しく産卵するか、そばに新しい巣を作って産卵していた。まるっきりのむだ骨折りをしたわけである。
レグは謙虚な人柄で、保護に熱心な東アングリア人であった。一九五三年にイギリス東海岸を襲った洪水の災害に際して、ボートを出して救助活動を行い、その功績で勲章を得たほどの強靭さをも兼ね備えていた。レグは小石を使う方法については既に結論を出しており、この問題について同僚のワーデンである私と話し合うことで慰めを得ていた。戦前のダンジネスでセグロカモメのコントロールのために公式に行われていた、卵にナイフを突き刺すという方法をH話すと、レグはすぐさま、ここでもやるべきだという考えに賛成した。
大きな針を使って、私たちは二五〇〇個の卵を突き刺した。私は何ダースかの卵を食用にとっておき、この島での住居であった小屋で食べたほか、家にも持ち帰った。ジョーンはユリカモメの卵を料理するのが好きで、我が家に来たお客は、濃い卵黄のためにうすいピンク色に色づいたジョーンのケーキを喜んだ。
私はハバゲイトでユリカモメの卵を食べただけではなかった。干潟のへりの草地で、私たちは穴のあいた卵殻がまとまっているのを見つけた。島には間違いなくテンがいる。おかげでネズミが駆除されているとしても、である。テンを駆除するため、私はダンジネスからミンズメアへと持ち込んだ、ウサギやモグラの穴に入れると青酸ガスが発生して害獣を殺す薬剤を持ってこようかとまで言ってみた。
自然保護会議は、一九五四年に制定された鳥類保護法にもとづいて、ハバゲイトのユリカモメについて、灯、網、銃などを用いて二〇〇〇羽までを殺してよいという許可を与えてくれていた。しかし、これはたいへんなことだった。カラス、スズメ、カモメといった連中は、人間生活と密着した暮らしをしているため、ヒトが捕食者になろうとすれば、すぐに気づいて警戒した。私たちは二二口径のライフルを持って島で一日過ごしたが、わずか四羽しかとれなかった。この他に無双網で二羽を捕らえ、四頭のテンを撃った。
ハバゲイトのソリハシセイタカシギの卵はなくなり続けており、六月初め、何か他の方法をとるようにと依頼された。まるまる二晩を費やして鳥たちの行動を調べた後、私はユリカモメの主だったコロニーの真ん中に、渉禽類の捕獲に用いる五四メートルの網を立てた。カスミ網をはるやっかいな作業だった。しかし、この方法でも営巣中のユリカモメが七羽とれただけだった。暗いうちにひとりでできる仕事ではあったが、もののみごとに失敗してしまったわけである。一九五〇年以来、ピーター・スコットがセバーン水禽協会で雁の捕獲標識に用いているロケットネットは、なんと効果的なものだったろう。
ハバゲイトでは、一晩じゅう私がコロニーを攪乱したため、ほとんどのユリカモメは移動して、この島の他の場所で営巣した。ソリハシセイタカシギのいくつかのつがいも、一緒に引っ越して、いわゆる外敵とみなされる種類のとなりでわざわざ巣を作ったことにはびっくりしてしまった。
十分に確信を持った上で、このような手ひどい、ほんとうにきわめて荒っぽい手段を用いたのにもかかわらず、効果が上がったとはとうてい言えなかったので、私はハバゲイトでカモメをこれ以上殺すのはやめると報告した。ソリハシセイタカシギのヒナにとっての主要な問題は、ヒナたちが餌として自力でとっている小型の無脊椎動物が不足していることだと考えられた。ハバゲイトの浅い潟湖は、水分が蒸発して海水に入れ替わっており、塩分濃度が高すぎて有害なまでになっていた。
ロシアの研究結果によれば、世界のカモメ類全種の総個体数は一〇億羽から三〇億羽の間であり、どの地域でも更に増加していて、他の多くの鳥種に大きな被害を及ぼしているとされている。人間の家庭や農業、漁業による廃棄物がますます増えて、カモメ類のようなゴミ掃除屋の餌を供給しているためだ。イギリスの自然保護家はカモメ類の害についてよく知るに至った。他の鳥の営巣地をおかすばかりか、いくつかの種類はヒナや卵をとる捕食者の役割をも果たしている。そして、この問題にすぐにも効果的に対処しなくてはならなかった。
ドイツやオランダでは、カモメ類の単一コロニーでストリキニーネを使用する方法がとられていた。しかし、このコントロール方法は、死体を漁る捕食者をも二次的に毒害する極めて危険なものであった。
一九六二年四月、オランダ鳥類保護協会の事務局をつとめるコー・ツウェーリスとカレル・ボース教授がミンズメアに来訪された時に、よいアドバイスを受けることができた。一九六四年五月には、私はコーといっしょに二週間にわたるオランダの保護区訪問の旅行に出かけ、翌年にはジョーン、ロデリック、フェネル夫妻と一緒に再訪した。
コーはザイデル海の干拓でかちえた肥沃で広大な平野で、ジャガイモ畑の中にあるコバシチドリの秘密のコロニーを見せてくれた。コバシチドリと言えば、山岳地帯の中、少なくとも標高一二〇〇メートル以上の地点でなくては繁殖しないものと考えられていた。私は一九五八年のミサゴ保護作戦の時、ケアンゴームスの山中で見ている。斑点をもち、人をこわがらないこの小型のチドリが、海抜マイナス九メートルの場所にいるのは、およそ現実とは思えないことだった。
ローヌ川河口のカマ―グにおけるルーク・ホフマン博士の国際的な鳥学者チームのメンバーであるアラン・ジョンソンは、私が一九七〇年にトゥール・ド・バラの生物学ステーションに滞在した時、彼らが行っているカモメ類のコントロール方法について話してくれた。麻酔性のアルファ=クロロロースを新鮮なキビナゴの死体の食道に押し込み、カモメ類の巣のそばに置いておく。犠牲者はふつう数分以内に死んだ。
イギリスでは、この薬剤を小さなパンとマーガリンのサンドイッチにはさんで与えることになった。自然保護会議の権限により、この方法は、アジサシや他の種類がカモメ類の侵入で被害をこうむっている混合コロニーで効果的に用いられている。RSPBの新設の研究部門のギャレス・トーマスが、この問題についての指導的位置にあたっている。
もちろん、こうしたことをわざわざ公に示したりはしていなかったが、RSPBはカモメ類の「摘み取り」を秘密にしてはおらず、その方法や理由について、鳥の雑誌やその他に率直に発表していた。動物虐待防止協会は、この行為の正当性および人間性に対して疑問を投げかけた。一九八二年、新聞がこのことを広く取り上げた。デイリー・テレグラフ紙は事実を記録し、ザ・オブザーバー紙は「カモメを毒殺している鳥類保護団体」と見出しをつけて、騒ぎをひきおこすもととなった。これにタイムズ紙の論理的な記事と、新聞社に対してRSPBの事務局長であるイアン・ブレストが送った手紙が続いて掲載された。
ミンズメアで、スクレイプを開発している初期の日々、私は最初の二、三〇〇つがいのユリカモメをコントロールするため、卵と巣の両方を除去して鳥と土地との接点をなくし、驚かせる効果を増加させるようにやってみた。この方法で、ユリカモメたちはその場所を去り、どこか他の場所に移って巣を作ることを余儀なくされた。
スクレイプはほとんどどの日にも、パブリック・ハイドからの人目の監視下にあり、夜明けにこうした襲撃を行った時、何回かは人に見られていたことを私は知っていた。しかし、これという抗議を受けたことはない。私たちは、ミンズメアではアルファ=クロロロースを使用すべきではないと決めた。毒死するユリカモメが苦しんで翼をばたつかせているところを、一般の人が目にして誤解する危険を避けるためである。
努力にもかかわらず、ユリカモメのコロニーは拡大していった。私たちは、卵の大半に四〇パーセントのホルマリンを一~二ccずつ注入するという方法に頼った。これは胚を殺すばかりでなく、腐敗を遅らせるために、卵はもとの重量を保ったままでいる。このため卵を抱いているつがいがだまされて、雌が補充産卵ができる期間をはるかに越えるまで、抱卵を続けさせる効果がある。
ただしこの方法は、私たちのところに来ていたアフリカクロトキにとっては、よいものではなかった。この鳥は、どこかで飼われていたものが逃げ出して、ここ数年来南東部の湿地で魚を漁っており、バードウォッチャーを楽しませていたものだ。この鳥が大きな曲がった嘴をユリカモメの巣につっこみ、ヒナをつまみ上げて呑みこむところを見て、私たちはどれほどほめちぎったことだろう。生物によるコントロールは、痛む良心にとって、とてもありがたいものだった。
私はユリカモメの小規模なコロニーはとっておきたいと思っていた。この鳥がいるおかげで、サンドウィッチアジサシの巣作りが促される。また、ずうずうしいユリカモメたちのおどけたふるまいは、見ていてとても面白いものだった。鳥の親密な家族生活がハイドから間近に見られるので、利用する人々にとっての教育的な効果もあった。
セグロカモメの場合は少々事情が異なってくる。繁殖したセグロカモメのつがいが他の種類のヒナを餌食にしはじめた時、私たちはひとり用のハイドを農場のビニール袋と貫き板でこしらえた。そして、パブリック・ハイドから見ている顔がないことを確かめた上で、巣にすわっているセグロカモメを射殺した。
人の感情は大切にしなくてはならない。しかし、無慈悲にならなくてはいけない場合もあるのだ。神のごとくふるまうべきではないけれど、たいへんうまく繁殖に成功してのさばっているカモメたちと、著しく個体数が減少しているシギ・チドリ・アジサシ類の極端なアンバランスが生じたのは、あくまでも人間の失策のためであるからだ。




