第十一話 王の杯
今回もちょっとした説明会です。
「ほほほ珍しいですな、レオーネ殿が儂に話があるとは。初めに言っておきますが、アンナは絶対にあげませんぞ!」
年の割に異様にムキになって気色ばむのは、このドナウ王国の相談役、ミハエル=ベッカーだった。その対面に座るのは、若い男。
ミハエルの孫程度に年の離れた青年の名はアラタ=レオーネという。
「今回はアンナ嬢の事ではありません。ホランド王国の情報を、外交官としてのベッカー相談役に拝聴したく、面会を希望しました。アンナ嬢とはまたいずれ」
アラタの最後の呟きに、ぎりりと歯ぎしりをしたが仕事の話と聞いて直ぐに感情を引っ込めて、努めて冷静に対応する。
「良いでしょう、儂が知っている事でしたら全てお話ししましょう。それでどんな事が知りたいのです?」
「まずは現在のホランド王の性格や気性を知る限りお聞きしたい」
「ホランド王ドミニク=アラン=カドルチークならば、よく知っております。彼が王子の時代から面識がありますので。――そうですな、彼は誇り高い御仁ですな、王族として男として戦士として、誇りを大事にする方です。少々の失敗や目下の無礼は気にしない度量の持ち主で、野心家であっても冷静な判断が出来、王として傑物と本心から思える人物です」
隣国の王としてこれほど厄介な手合いは居ない。有能な王など自国以外には害にしかならないのだ。それが軍事大国ならばなおの事である。これが無能な王ならば、まだ付け入る隙も大きいのだが。
「物事を解決するために武力を率先して利用する武断の性格で、自らに従う者には気前の良い所がありますな。尤もそれはホランド王国人だけでしょうが。彼は他国人を下に見る傾向があります。例え我々が自ら膝を折ってあの男に従っても、最後は使い潰される未来しかございません。それが無ければ、ドナウも渋々ながら頭を下げて属国になる選択もあったのですが」
「では、感情に任せて怒り狂うような暴君では無く、冷静に計算しながら武力を行使できる誇りある王ということですか。但し自国民に限ると」
「そう思って頂いて差し支えありません。彼が王位に就き、二十年で三つの国を併合しましたが、いずれも王族と貴族は殆どが処刑されています。中には内応して、途中から裏切った貴族もいましたが、すぐに改易され未開拓地域に送られて、開拓事業に酷使されていると聞きます。併合された国民も同様に、酷使され農奴として重税に喘いでおります。現在のホランド軍の兵は全て生粋のホランド人で構成されており、かつての他国人は皆奴隷なのですよ」
ピラミッド構造の頂点は王であり、そこから順に貴族、ホランド兵に平民が続き、他国人は一切合切下層民として酷使されている。
そこには元貴族もおり、血筋や能力に関係なく鉱山や農地で働かされていると聞く。
当然、不満は溜まる一方だがそれを自慢の軍事力で押さえつけている言う。ここでアラタなら、一部の他国人を監督役に据えて特権を与え、憎しみをぶつける的に仕立て上げるのだが、ホランドでは採用していない。一貫して敗戦国の国民は下層に追いやられている。
「ところでこれらの敗戦国民の仕打ちは全てホランド王の差配でしょうか?それとも別の貴族の献策によるものでしょうか?」
「私が知る限りドミニク王の考えですな。彼は傑物故、あまり部下を重用しません。あくまで考えるのは王であって、配下の者は手足に過ぎません。万が一、ドミニク王が倒れたならば、ホランドは混乱を極めるでしょう。息子の王太子はおりますが、王ほど傑物ではありません。それなりに優秀ですが、父親と比較にならんでしょう。もう一人の息子は軍人として優秀ですが、野心が強すぎて王からの受けは悪いと聞きます」
「王子二人の派閥争いも激しいと?」
「いえ、そこまで酷い物ではありません。ドミニク王が健在であり、第一王子のバルトロメイ=ホーン=カドルチーク王太子を後継者として公言している以上、第二王子のユリウス=カトル=カドルチークに目はありません。これは私の予想ですが、ドナウ併合を期に王太子に王位を譲る気があるのではと見ています。ドミニク王は現在50歳で、そろそろ老人の域に入ります。今のうちに息子に王位を譲り、国内の対立を未然に防ぐ腹積もりではないかと」
地球文明に比べると、この星の医療技術は非常に低い。子供の死亡率も高く、70歳を超える老人は稀だ。ミハエルも今年で65になるが、もはやいつ死んでもおかしくない歳なのだ。事実、かなり前に息子に家督を譲っており、公職から退き現在は王の相談役に収まっている。
死んでから王位や家督を継がせては遅い。生きている内に自らの仕事を引き継がせなければ困るのは子供なのだ。現にドナウ王のカリウスは、息子のエーリッヒを宰相の下に付けて、政務を覚えさせている。まだまだ仕事は甘いが、あと十年もすれば安心して王位を譲れると、王自ら評価している。
「今からホランド王を排除できれば―――いや、そうなると却って王子二人の功績争いで、ドナウが駒として奪い合いになるな。王太子はともかく、第二王子が野心から暴走しかねない」
そうなっては予測のつかない動きを見せる可能性がある。まだ有能な王の元、手綱を握っていてもらった方が読みやすい。
「物騒な事を考えますな。まあ我々もドミニク王の暗殺を考えましたが、現実的に考えて可能性が低いので却下しましたよ。あの男の野心が今の状況を作っている事を考えれば、排除したい気持ちも分かります」
アラタは欲しい情報が粗方手に入り、あれこれ考え込んでいたが、先にミハエルに礼を言うことにした。
「ベッカー殿、今日はありがとうございました。これで大体の方針は固まりました。アンナ嬢にはまた今度、とよろしく伝えておいてください」
アンナの名を口にすると、ビキっと擬音がするほど額に血管が浮き出し、アラタを睨み付けるように見据える。
「アンナは貴様にはやらんぞ!儂の可愛い孫を奪うようなら敵じゃ!」
「貴方は孫娘が絡むと飛躍し過ぎですよ。確かに私はアンナ嬢を好ましく思っていますが、奪うなどと考えていません。約束は守ると言っているだけです」
「嘘じゃ!そんなこと言って儂を油断させるつもりじゃろう!知っておるぞ、貴様がアンナへの贈り物をあれこれ用意していることをな!きっとその場で求婚するつもりじゃな!!」
始末に負えん、アラタはミハエルの狂乱をそう評価した。なにがどうしてそうなるのだ。単に仲良くなった友人に贈り物をするだけなのに、いつの間にか結婚などと口にする。
(おい、ドーラ。どうにか出来る手段を検索しろ)
(そんなものはありません。古来より泣く子と頑固な老人には勝てないと言われています。レオーネ大尉がどうにかしてください)
そっけない態度の人工知能と目の前の頑固な老人にアラタは嘆息しながら、今後の予定を冷静に組み上げていた。しかし、その前にこの目の前の老人をどうにかしないと、そう溜息を付きながら宥めるために説得するのだった。
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どうにかミハエルを宥めすかして落ち着かせたアラタは、自身に付けてもらった召使に頼んで国王への面会を希望する。いきなり面会を頼んでもすぐに会えるわけではないが、連絡は行くだろう。
その間に、この星にやって来た瞬間から収集しておいたデータをV-3Eに搭載された有機体式量子コンピュータを用いて、シミュレートさせる。
この星の全ての人間を計算作業に費やしても余裕で勝てるほどの、まさしく次元違いの演算力を用いたシミュレートは一時間近くにも及び、対ホランドの方針と成功率を打ち出す。
人間が行動する以上、不測の事態による失態により計算が狂う場合も考慮し、遊びを多く見積もった演算が可能なのもこの有機体式の大きな利点だ。
アラタは一時間の演算結果におおむね満足する。三年後のドナウ王国存続確率64%
ドナウとホランドの国力比1:5を考えれば上出来と言える。さらに想定外の不利になる事態を考慮しても50%は下回らないだろう。
演算結果が出て、暫く経つと召使が謁見の用意が済んだとアラタを呼びに来る。
以前の晩餐会で王自らにフリーハンドを約束されているが、筋は通さねばならない。カリウス王は謁見の間でなく、私室にアラタを招いた。
「よく来たなレオーネ。余に話があると聞いている。何なりと申せ」
「前置きは抜きにして、まず要件をお伝えします。先日陛下から賜ったホランドの件ですが、方針が固まりました」
「なんと、もう手立てが見つかったというのか?してどのような?」
「一年後にホランドに戦を仕掛け勝利し、その勝利を元にホランドの要求を跳ね除けます。その為にこの国全ての力を注いで準備を整えます。つきましては陛下に白紙委任状を賜りたく思います。まずは閣僚達や騎士団を納得させるために、説明せねばなりません。その為の準備、人と物と金が必要です。そして七日後に陛下の名で会議を開いていただきたい」
「戦か。つまらぬ事をそなたに聞くが、我が国に勝てるか?ホランドは強大だぞ」
常識的に考えれば国力が違い過ぎる。まともな人間ならば戦う前に逃げ出すだろう。
「そのためにドナウとホランドを研究しておりました。ドナウは十の内、五は勝てます。尤も、それはこの国全てが一つになって協力せねば、もっと勝つ目が低くなるでしょう」
「五分五分では判断に困るが、そなたの言葉を信じよう。今から書状をしたためる、少し待っておれ」
召使に羊皮紙とペンを用意させて、書き始める。白紙委任状とは言っても本当に白紙では無いが、大した時間も掛からず書面は出来上がり、最後に封蝋による国璽を押して完成させる。ちなみにドナウの国璽は鷹だ。
この鷹もおそらくは地球から持ち込まれた種なのだろうなあ、とアラタは生態系に関しては最早突っ込む気にもなれない。まだ調査段階だが、この星には固有の生き物が最初から居なかったのかとも考えたが、石油や石炭がある以上何かしらの生物はいるのは間違いはないのだ。
「レオーネ、受け取れ。それから七日後に会議を開くのだな?だがその前に余に、どのような絵図面を引いたのか教えよ」
カリウスはその前に召使いに命じて全員を部屋の外へ追い出す。それを確認してからアラタが話し始める。
「では最初に陛下にお教えいたします。まずは―――――」
かなり長い時間説明を続けたが、カリウスは幾らかは疑いが残る思いだった。アラタの方針はこの国では実践された事の無い策が多く、机上の空論と言われても否定しづらい部分がある。
それはアラタも織り込み済みであって、実際にその一部を見せなければ納得しないだろうと予想していた。
「レオーネ、余はそなたを信頼している。だが、余はこの国の常識に根差した物の見方しか出来ん。それに、余は王であって軍人でも無ければ外交官でも無い。そなたの言う通り、閣僚との会議で意見をよく吟味し、結論を出す。よいな」
「無論です、陛下。私も証拠を幾らか見せねば、納得はしないと予想しておりました。その為の七日という準備期間です」
カリウスはしばし考え込み、棚から一本の瓶とガラスの杯を二つ取り出す。中身は果実酒で、淡い赤の液体がグラスに注がれる。国王直々に注がれた酒は夕日に照らされ、美しく輝いていた。
「前祝いだ、呑め。王自ら注ぐなどなかなか無いのだぞ」
カリウスの言う通り、この場に召使が居ない事を差し引いても普通は有り得ない行為だ。アラタがこの国の平民ならば、恐ろしくて失禁していたかも知れない。
アラタも国王にこんな事させて良いのだろうかと、疑問には持っていたが、召使も居ないので秘密にすれば良いかと、軽く考えていた。
「恐れ多いですが、断る事はそれ以上に非礼なので、謹んで頂きます」
二人は同時に杯を飲み干す。果実酒独特の甘味と酸味、アルコールが喉を焼きながら通り、内臓に染みわたると、不思議な高揚感が全身を満たしていく。
「酒はあまり嗜みませんが、不思議と今日は美味いと思いました」
「余もそうだ。最近は、酔うために飲んでいたが、この酒は格別に美味かった」
七日後を楽しみにしている。それだけ言うとアラタを下がらせた。入れ違いに召使いが入ってくるが、気にする事も無く二杯目を自分で注いで、飲み干す。
その杯をじっと見つめながら、誰ともなく呟く。
「久しぶりに美味い酒だ。一年後の酒はこれ以上のものになるだろう」
召使い達は何も言わない。話しかけられたわけではないので、返事をするのは無礼にあたるからだ。だが、国王が嬉しそうなのは素直に喜べる事だった。これからもずっとこんな時が続けば良いと、全員が願った。
V-3Eのコンピュータの名称を有機体式量子コンピュータにするかプラズマガス状半有機電子頭脳にするかで随分迷いました。
ではお読みいただきありがとうございました。




