第十話 男三人寄れば口汚い
ベッカーの屋敷での晩餐会から数日後、アラタは日課となりつつある騎乗訓練をこなしながら、騎士団の若手騎士達と交流を深めている。シェルマンや秘書官のウォラフ以外にも気の良い騎士達は多く、軍人として秀でた能力を持つアラタに好意的だ。
騎乗技術を教わる代わりに、短剣の白兵戦術や素手による格闘戦、地球の古い戦術など多岐に渡る軍事技術を指導した。
特に人気だったのが、騎兵戦力が現役である西方に似通ったマケドニアのアレクサンドロスの騎兵戦術や、カルタゴのハンニバルの包囲殲滅戦術、ローマのレギオン軍団の散開戦術。それらを歴史順に並べ、戦術の変遷を丁寧に教えて行った。
この星に馬は居ないがその代わりとして竜がいる。それを代えるだけで、教えるのに苦労はない。アラタは士官学校で歴史上の戦術を徹底的に叩き込まれており、騎士達に教えるのは楽なものだった。
戦術講義には多くの騎士が参加し、騎士達は活発な意見交流を交わしていた。ドナウ王国軍にも騎兵を用いた戦術は存在するが、地球の歴史的戦術家が確立させた戦術程ではなかった。
強いて言えば、アレクサンドロスの『鎚と鉄床戦術』の様に歩兵が足止めした後、騎兵が敵の背後から襲い掛かると言う単純な戦術が多く、大抵は正面からのぶつかり合いで勝敗を決していた。
アラタにとっては古典的戦術であっても、ドナウの人々にとっては革新的戦術の数々なのだ。皆こぞってアラタの戦術講義を聞きたがった。
その噂を聞き付けた、軍司令のツヴァイクが部下の士官達にも講義を頼みたいと依頼してきた。アラタもそれを快く承諾した。ただ、一つ条件を付けていた。
騎士と直轄軍の士官を一緒のテーブルに着かせて講義をしたのだ。表向きはアラタが別々の時間に同じ話をするのは非合理的だと述べ、時間短縮を図ったという事になっているが、実際は反目する騎士と軍人を仲良くさせるのが狙いだった。同じ机で学び、競わせて議論を交わせば多少なりとも、親交が出来て諍いも少なくなるのではという打算があったのだ。
これにはツヴァイクや騎士団のゲルトとスタインも賛同してくれた。彼らも騎士団と軍の確執を重く見ていたのだ。中には不満に思う者もいたが、教官のアラタが許可を出している為、引き下がるしかなかった。
最初は険悪だった両者も、日を追うごとに多少ではあるが歩み寄る姿勢を見せており、度々戦術について意見交換しあう姿を見ることになる。アラタ達の目論見は成功したと言ってよかった。
そんな教え子達の姿を見ながら、まるで士官学校の風景を見ているようだ、とアラタは懐かしさを感じていた。
そんな中、講義中にドナウ王国の以外の国の軍事情報が議題に上り、アラタは軍の士官からホランド王国の大まかな軍事力の説明を受けていた。
「ホランド軍の主戦力は精強な騎兵部隊です。およそ四万の騎竜兵と五万の歩兵部隊を保有しており、我が国を数の上で圧倒しております。国土が広いため全ての兵を摘出は出来ませんが、それでも半数は一度に動かせると軍は予測しています。騎兵は歩兵の三倍の戦力に換算でき、ホランドの総戦力は歩兵換算で十七万の大軍なのです。それを打ち破る方法は教官殿の戦術にございますか?」
講義に参加した生徒全員が、アラタを見据える。寡兵が大軍を打ち破ることは度々、見受けられるがそう多くは無い。地球でも、この星でも戦いは数なのだ。数があれば多少の戦術的拙さや、錬度の低さは関係無いと言える。
「そうだな、数が勝敗に大きく関わる事は当然の事だ。ならばまずは敵の数を戦う前に減らす事から始めなければならない。これは戦術と言うより政略や戦略に属する手段なので必ずしも諸君らに可能ではないが、まずは聞いてくれ。
先ほど全軍と言ったが何も全ての敵を相手にする必要は無い。ホランドから見てドナウは西側にある、ならば東側に目を向けさせれば、戦力の何割かを分けることが出来る。具体的には、ホランドの東の国に頼み国境沿いに兵を集めてもらい、注意を引きつけるよう外交的協力を取り付ける。直接攻め入らずとも、演習と言う名目で兵を集めれば、用心の為に兵を残す必要がある。これで上手くすれば半数程度は戦争に参加できない。騎兵二万、歩兵二万五千、合わせて四万五千だ。少しは戦いやすくなっただろう?」
「レオーネ教官の言葉通りですな。確かに少しは勝ち目が増えました。ですがまだ我らの三倍は兵がいます」
「では、次の策を話そう。大軍であってもそれは大軍を展開できる広い地形があってこそ、初めてそれは生きる。ただっ広い平原などに展開されては一方的に蹂躙されるが、例えば山岳地帯など高低差のある場所を戦場に選ぶか、崖や関所のような狭まった場所に軍を配置して、一度に大軍を投入できない状況を作れば、勝率も上がるだろう。それ以外にも敵軍が川を渡る期を狙って襲撃する場合など地形を利用する手はある。ドナウやホランドに多い平原では少々難しいかもしれないがね」
「では、そう言った地形が役に立たない場所しか戦場に選べない場合はどうするのです?」
「いっそ思い切って、野戦を選択から外して籠城戦を選択する。相手は騎兵が多いなら、その騎兵の役に立たない攻城戦に付き合わせるのも戦術と言える。籠城戦に必要なのは歩兵戦力であり、我慢比べである。相手の方が数が多い場合、兵糧も馬鹿にできず、大量に必要になる。相手の補給切れを狙って籠城するのも有効だ」
「その場合相手の絶え間無い補給で、こちらが先に補給が切れてしまう場合がありますが、それにはどう対処すべきですか?」
「あらかじめ全軍が籠る必要は無い。何割かの部隊を外に待機させ、敵の補給部隊を襲い続けて兵糧を焼き捨てていけば、相手も同じ条件になる。兵糧攻めは効果的で、相手の軍を自国の領地奥深くに引きずり込み補給線を断ち、進路上の村や集落の井戸などに毒を投げ込んで使い物に出来ないように細工して作物も焼き払う、焦土戦術と呼ばれる戦術もある。国民にも被害が出るので可能な限り選択してはいけない戦術だが、状況によっては選択する覚悟を持ってもらいたい」
皆一様に考え込んでしまう。確かに今述べた戦術は勝つためには必要かもしれないが、自ら民を虐げる事は誇りある騎士や、民の生活を守る貴族には受け入れがたい戦術だ。
勝つ為には手段を選べないが、好き好んで執りたい作戦ではない。
「レオーネ教官、貴方は先ほどから様々な戦術を挙げていますが、教官にとって戦術とはどのような物だと考えているのでしょう?」
騎士の一人がおずおずと質問してくる。随分と抽象的な質問だが、先ほど挙げた例に、疑念を抱いてしまったのだろう。何の為に戦術を考案するのか?戦術家にとって、永遠に尽きない疑問だ。
「相手への嫌がらせだな。相手がやりたい事を妨害して、こちらがやりたい事を一方的にする。戦術だの戦略だの大層に名づけているが、結論はそこにある。古来から名を残す戦術家や王は、皆性格が悪い。嫌がらせの達人と言っていいから、軍団の指揮官は善人には務まらん。相手を如何に効率よく殺すかを寝ても覚めても考える、一歩間違えれば狂人でしかない」
身も蓋もない物言いに半数は呆気にとられ、生徒の何人かは乾いた笑いを上げ、何人かは成程と納得した顔になる。
彼ら騎士とて、剣や槍の技を磨くのは相手を殺す為と言っていい。如何に効率良く敵対者を殺すかを延々と考え続け、身体を苛め抜く狂人でしかない。民を守るなど空虚な戯言に過ぎず、ここに集まった人間は一人の例外無く殺す事を生業とした殺戮者なのだ。
「満足したかな?」
「は、はい…ありがとうございます」
質問した若い騎士が、怯えた目でアラタに礼を述べる。怯えていたのは目の前のアラタなのか、あるいは自分自身の武そのものに恐怖を感じたのかもしれない。
「ではレオーネ教官は、如何に相手の長所を殺し、自らの長所を最大限に生かす事が戦術だとおっしゃるわけですね。具体的には、ホランド騎兵を役立たずにして、数万の大軍を置物にしてしまえと」
「そういうことだ。だが、相手は案山子では無く我々と同じ人間だという事を忘れてはいけない。こちらの手を読んでいる事も当然ある。戦とは終始、互いの予想を超える行動を取るに尽きる。敗北とは予想の上を行かれる事、勝利とは相手の予想の上を行く事。先ほど挙げた事例も相手が知っている、あるいは予想の範疇ならまったくの役立たずに成り下がる知識でしかない。それを覚えておいてくれ。今日は以上だ」
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解散を命じ、礼をする。生徒達も同じく礼を述べる。講義が終われば生徒の騎士や士官が、こぞって議論を交わし合う光景が生まれる。互いにいがみ合っていた過去は無く、知恵や技能を磨き合う仲間の語り合いになっていた。
いつもなら講義が終わってもアラタに質問をしに来る生徒が何人か来るが、今日はアラタの方から断りを入れ、講義に使っていた城の会議室を足早に出て行った。
目的の場所は城の一室で、ドアを叩くと入室の許可が下りる。
「おや、誰かと思えばレオーネ顧問役でしたか。何かご用かね?」
声を掛けたのはいかにも仕事の出来そうな、知的な雰囲気を漂わせる中年男性だ。いささか神経質そうな印象だが、生来の顔立ちより、職務に追われるストレスからくる心労の影響が強い気がする。
「政務中失礼します、宰相閣下。今回は閣下ではなく、エーリッヒ殿下です」
アラタは宰相のルーカス=アスマンに礼をして隣の机で書類と格闘している、王子であるエーリッヒに声を掛ける。
「やあ、待ってたよレオーネ。宰相、もう昼だから私は食事をしてくる。貴方も休憩を取ると良い」
「もうそのような時間でしたか。いやあ、時間が経つのが早いですな。顧問役も午前中は、騎士団と軍士官の講義でしたな。全く大したものだ。あの連中は事あるごとに、張り合っていましたからな。机を並べて仲良く勉強など考えられない仲の悪さだったのを―――まったく感謝しますぞ」
「それが私の仕事です。仲違いで戦力を削るなど害にしかなりませんので。エーリッヒ殿下、騎士団のベルツが昼食の手配をしていますので、参りましょう」
「そういうわけで私は昼食を摂りに行く」
「承知しました、戻ったらまた政務ですのでゆっくりと英気を養って頂きましょう」
書類はまだまだありますよ、そう言って机に積まれた書類を見せつける。うへえ、と王子らしからぬ品の無い声を出し、抗議するが宰相はまるで取り合わなかった。
これ以上の抗議が無駄だと悟ったエーリッヒは諦めて、昼食を食べにアラタと一緒に政務室を出て行った。
二人が向かっているのは王族用の食堂で、以前アラタが晩餐会に招待された食堂とは異なっていた。以前のは王族が私的に食事をする部屋で、本来は客人をもてなす部屋ではない。そこに招待されたことは相当な歓待の意思表示と言えた。
今回のは主に貴族を迎える、謂わば仕事用の食堂と言える。既にウォラフが準備を整えて待っていた。
「お待ちしておりました、エーリッヒ殿下。アラタもありがとう」
「いやあ今日も宰相に苛められてね、こうして君達と食事をして気分転換しないと、やってられないさ」
「食事の用意押し付けて済まないなウォラフ。エーリッヒ殿下も心にも無い事をおっしゃる、貴方はそんな繊細な心ではないはず」
「君、何気に酷い事言ってないかいアラタ?私ほど繊細な心の持ち主はドナウに居ないよ」
「ははは、アラタの言う通りですよ殿下。さて食事に致しましょう、時間は限られておりますので」
言葉こそうやうやしさがあるが、三人の気安さは身分差を感じさせないものがある。三人が同年代であり、性格的に付き合いやすいのだろう。エーリッヒにとって王子だと理由で媚びへつらう者が多い中で、ウォラフは天性の明るさで、話す者に好意を持たせる一種の才能があり、エーリッヒから目を掛けられ昔から話し相手を務めていた。
アラタはあまり感情を出さないが、王家顧問役という特殊な立ち位置から自分へのゴマ摺りが無い。対等とまではいかないが、比較的近い立場にあるのが好ましかった。何より異郷の知識を存分に吸収できる機会を逃したくはない。
三人は席に着くと、早速食事を始めながらしゃべり始める。この時間だけは三人とも年相応の青年でいられるのだ。
「しかし、エーリッヒ殿下が繊細な心なら我々の心はどうなるのです?あれですか、ガラスか何かですか?」
「アラタ、本当に遠慮が無くなってるね。以前は身分だとか、あれこれ口にしてたのに。それが素なのかい?」
「どうでしょう?最近自分でも性格が変わってると自覚がありまして。故郷の軍にいた時と、何かが違うという自覚があるのです」
おそらく感情抑制剤の影響が徐々にだが薄れてきているのだろう。さらにライブとの戦いから解放され、抑えられていた気質が顔を覗かせているのだ。まだまだ完全ではないが、いずれ本来の人格が出てくるだろう。
「この国に来る前の戦いで気が張っていたのでしょう。私は今のアラタの気質は歓迎すべきものだと見ていますよ」
「成程、確かに戦争は人心を荒廃させる。アラタもその一人だったというわけか。なら、これからは楽しみを見つけて、人生を謳歌しないとな。差し当たって、女はどうだい?」
王子らしからぬ品の無い直球の質問をぶつけてくる。王子以外にもアラタには何人かが同じ質問をしていたが、それでもこれほどあからさまではなかったが。
「いっそ私の妹を抱く?君の事気にしていたようだし、丁度良いと思うけど?」
あんまりな言葉にアラタでは無く、ウォラフが飲んでいた薄い果実酒を詰まらせて、咳込んでいる。
「げほげほ、何が丁度いいんですか殿下。妹って事はマリア殿下でしょうが、そんな軽々しく王女の操を放り投げないでください」
「そんな事言われてもね、あのお転婆はいい加減落ち着くべきだと思うのさ。君とて散々手を焼かされたとぼやいてたはずだよウォラフ。あれも女になればちょっとはお淑やかになると思うけど」
「マリア殿下が私の事を気にしているのは、ホランド絡みでしょう?恋愛感情は持ち合わせていないでしょう。それこそエーリッヒ殿下はどうなんです?王子ですから世継ぎを作る義務があると聞きましたが」
「私の場合、完全に政治的理由での結婚だからね。父が選んだ女性が結婚相手で、それもホランドが片付いてからさ。まあ、側女は何人かいるからその内子も出来るよ。ウォラフは妻子持ちだから除外ね。でアラタはどうなんだい?顧問役になってからも、さっぱり女の影が無いと聞いてるよ。閣僚から女を宛がう話はあったけど、一度も乗ってこないって嘆いていたよ。男色も否定してたって聞いたけど、その性欲とか無いのかい?」
「現状、無いです。特別困っていませんし、あーそういえば―――」
「なんだい?気になる女性でもいるのかい?」
「そこまでは無いですが、この国の女性の喜びそうな物はご存知ですか?今度会った時にお土産を持っていくと約束してまして」
この話に、飛びつくエーリッヒとウォラフ。ようやくこの朴念仁を肴に出来そうな話題が出てきたのだ。しっかりと答えてやらねばと、力が入る。
「相手はどんな人?というかいつの間に知り合ったんだい?」
「ベッカー相談役の屋敷に晩餐会で招待されて、その屋敷に居た相談役の孫娘なんだ。アンナという17歳の女性で、身体が弱くてあまり出歩けないと、聞いてる。私の故郷の話を気に入って、また聞かせて欲しいとお願いされた。その時にお土産を持っていくという約束をしたんだ」
「あー彼女か、私も見たことがある。赤い髪の娘だったな、そうかベッカー家の孫娘か。で、そんな約束をするぐらいには親密になったわけだ。アラタも手が早いな」
こりゃマリアは駄目かー。エーリッヒは妹が敗者になるのを勝手に予想した。失礼な事である。
「そういうわけではないのですが、何となく一緒に話していると、心が休まる人なんです。今まで親しい女性が居なかったもので、こういった経験がさっぱり無いのです。何か良い知恵を貸して頂きたい」
経験が無い以上、経験者に助言を乞うのは当然の判断だが、どうにも居心地が悪い。ちなみにドーラにも助言を頼んだが、そんなデータは無いと冷たくあしらわれた。
「身体が弱いから出歩けないか、妻のエヴァは元気だからあまり参考に出来ないな。貴族の令嬢なら装飾品やドレスとかを送ればそれで事足りるけど」
「いや、待て。確かに装飾品はよくある手だが、それは夜会や晩餐会に出る為の物で、外に出歩けない女性には適さない。確かあの娘は、性格は大人しかったな。マリアのように活発そうな雰囲気ではなかった。となると外の物を手に入れるか。最近流行りの菓子やなど、どうだろう?」
「それも良いですが、ベッカー殿が与えている可能性もありますよ。私はアンナ嬢に会った事は無いですが、相談役が孫を可愛がる話は聞き及んでいます。きっと可愛い孫娘の為に、色々と手に入れているはずです」
「うーむ、それは弱った。金で買えない物を土産にするか、となれば動物などはどうだろう?犬や猫以外にも小鳥のような小動物を持っていくか」
「悪くないですね、相談役が与えていなければですが。駄目だ、他に思いつかない。アラタは何か気づいた事とかないかい?身に付けていた物とか、私物とか」
好きな物と聞き真っ先に思い浮かんだのが、本人が口にしていた書籍だが、何かが違うような気がする。もっとあの少女が求めるような物があるのではと、限界まで強化された脳を働かせて考えていた。
そこでふと、先日の晩餐の時に装飾品代わりの白い花を思い出した。
「確かこの前、髪に装飾品の代わりに白い小さな花を付けていました。どんな名前かは知りませんが、形は覚えています。花を贈るのはこの国では良くある事でしょうか?」
「ふむ、花か。ありきたりだが、案外良いかもしれないぞ。貴族は財力を示す為に高価な物を贈るものだが、君は良い意味で異質な人間だ。貴族の常識から外れた事も意外性があって面白いかもしれん。あの娘は性格が穏やかだ、そういう素朴な贈り物を喜んでくれるだろう」
「花でしたらそのままでも良いですし、押し花でもいけそうですね。他にはアラタの国の物とかはどうでしょう?ドナウでは手に入らない物なら珍しいでしょうし」
「いや、私は戦闘中にここに来たから私物など無いんだが――――いっそ自分で作るか」
「そういえばアラタは彫刻が趣味だと話していたね。何か作って贈るのかい?」
「それも良いかと。この後、カール殿下に彫刻を教える約束がありまして、そこで一つ余分に作って贈り物にしてみます」
丁度昼から、第二王子のカールに彫刻を作って欲しいとせがまれており、面会の予定が入っていたのだ。
芸術家肌のカールは異郷の芸術に興味があり、偶然彫刻が趣味のアラタに以前から頼んでいた。
「カール殿下の芸術好きは、相当な物ですね。エーリッヒ殿下もマリア殿下もあまり芸術には明るくないですし、やはり兄弟でも嗜好は違いますね」
幼い頃から二人の王族に親しいウォラフは、好みや嗜好もそれなりに把握しており、兄弟でもかなり好みの異なる様をいつも不思議そうに見ていた。
「マリア殿下は騎乗を好むと仰ってましたが、女性的な趣味はあるのでしょうか?」
「私が知る限り無いと思う。あのお転婆は昔からドレスを土で汚していた。精々、甘い物が好きというぐらいだよ。いい加減兄として妹の将来が心配だ」
女三人寄れば姦しいという言葉はあるが、男三人が好き勝手に喋り合うのも十分姦しいと言える。いや、姦しいと言うより口汚いと言うべきか。全員が責任のある立場であり、なかなか好きに生きられないのだ。こういう時間ぐらいは楽しく過ごしたいと思うのは仕方のない事だろう。
三人の男共は昼食の間、好き勝手に喋り合いストレスを吐き出した後、各々の職場に戻っていった。彼らにしか出来ない職務の為に。
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昼食後を終えたアラタは、この国の第二王子であるカールに会う為に、城の召使に案内を頼む。ある程度立場のある人間は、好き勝手に動く事は好まれず、大抵は個人や家の雇った召使や使用人を常に側に置いて雑用に使う。
アラタは他国人なのでそういった人間は元々居ないが、顧問役という立場上、王家からの命で何人か身の回りの世話をする者が付いている。宇宙軍でも指揮官クラスなら、従卒が身の回りの世話をするので、戸惑う事は無い。それでも風呂まで世話をさせる事は無いが。
使用人に案内されカール王子の私室に入ると、まず目につくのは様々な木や粘土の彫刻だった。それ以外にも、絵画や装飾品の数々に、タペストリーが何枚も天井から吊り下げられている。芸術を好むという噂は事実のようだ。
描きかけの絵や、彫りかけの木彫りがテーブルに散乱し、書物の類は殆ど部屋には見当たらない。この部屋の様子では勉強は好まない性格なのだろう。ウォラフの言う通り、兄弟とはいえ嗜好は随分違うらしい。
「よくいらしてくださいましたレオーネ。先日の晩餐会から楽しみにしていたんですよ」
「ご無沙汰しています、カール殿下。それにしても、噂に負けぬ部屋ですね。殿下は芸術に傾倒していると、皆が話していましたが、これほどとは予想していませんでした」
エーリッヒのように自称ではない、繊細な容姿の少年は期待に満ちた碧眼をアラタに向けて労いの言葉を掛ける。
アラタ個人の感想だが、カリウス王に一番外見が似ていると思うのはこのカールではないかと見ている。
「私は兄上ほど勉強が出来ません。姉上ほど活発ではないですが、芸術は家族に負けない自負があります。この部屋の作品は私が援助している職人や画家に作らせたなの物です」
この国にもパトロンとクリエイターの関係は存在する。王族や貴族は優れた作品を生み出す芸術家を多数援助して、その見返りとして名声を得る。生産に直接寄与しないそれらの人間は生活能力が皆無であり、誰かが資金援助しなければその日暮らしの生活すら危うい物だ。
権力者はそんな彼らを助け、大成させるために力を貸す。優れた芸術家が一人でも誕生すれば、それは後援者の名声を高める格好の宣伝材料なのだ。
特に王族のカールが率先して芸術家を援助すればそれに続くように、こぞって貴族たちは彼らを支援する。まだまだ幼いが、王族としての自覚は芽生えているようだ。
「私の彫刻は素人の作品ですから、この部屋の作品とは比較にならない稚拙さですので、殿下のお目に適うとは思えませんよ」
「それでも異郷の作品に触れるのは、良い刺激になります。早速教えて下さい」
あらかじめ椅子が用意されており、座るよう促される。ここまで来て拒否する気はないので黙って座る。机には作りかけの木彫りや粘土が置かれており、一つ木彫りを手に取ってじっくり観察する。
およその形は出来ており、完成図が予想できる。どうやら猫を彫っているのだろう。なかなか丁寧な仕事をしており、作品に性格が良く出ている。
「この手の創作物には作り手の性格や、感情がもろに出てくるものですが、カール殿下は繊細と言いますか、丁寧な性格をしておられますね」
「はは、他の者にも良く言われます。私はそんなつもりは無いのですが、作品は嘘を付かないと芸術の指導役が話していました。レオーネはどんな作風なんです?」
「技術より気性が影響しているのか、かなり荒々しい作品だと言われました。雑でも粗野でもないですが、よく荒いと言われます」
あまり彫刻刀を使わずナイフ一本で殆どを彫るので必然荒くなるものだが、それ以上に気性がそうさせると、作品を見た者が評価を下していた。
「なら早速作ってみてよ。彫刻刀は沢山あるし、木も色んな種類があるんだ」
そう言って、彫刻刀の入った大きな箱を机に置く。どかりと置かれた箱には数十本の大小様々な彫刻刀が入っている。これは随分と本格的である。
「取り敢えずはこれで粗く形を整えるので、彫刻刀はまだ使いません」
そういってアラタは、足に備え付けた鞘からナイフを取り出す。この国では見る事の無い軍用ナイフを見たカールはゴクリと唾を飲む。特に王族は軍人と違って直接戦うわけでないので儀礼的な武器しか手にした事が無いのだろう。
アラタの持っているナイフも、カールにとっては馴染みの無い洗練された殺しの為の道具なのだ。カールは知らないがアラタの持っているナイフはサバイバルナイフに属するもので、完全な対人用ではない。それでも人を殺す色がとても強く出ているとカールは感じてしまう。
「レオーネはその短剣で、人と戦ったことがありますか?」
「いえ、私は騎兵ですから白兵戦は訓練程度です。軍でも対人戦の経験があるのは治安維持部隊や憲兵隊ぐらいですね。ですからこのナイフは専ら木彫りにしか使いません」
そう言いながら20cm程度の木片を手に取って、ナイフで削り始める。すとん、すとんと気持ちの良い音を立てて荒々しく木を削っていくと、どんどん木片は小さくなっていく。
一切の迷いの無い作業にカールは何も言わず、ただアラタの手を眺めている。
無言の時間が長く経ち、ただの木片から段々と形が出来てくる。ここでおよその形から何を作っているかが見えてきた。
「あの、これは人物像を作っているのですか?」
作業を邪魔しないように、無言でアラタの作業を見守っていたカールは思わず質問をしてしまう。アラタはその質問に作業の手を止める。
「はい。正確には人に似た鬼と呼ばれる伝説の種族を彫っています。その証拠に頭部には角が生えています」
カールが疑問を口にしたのは、最初に人の胸像かと思ったが、何故か頭部に突起が二つあったからだ。
「オニ?人に似た種と言うのはどういうことですか?」
「諸説ありますが、母の国に数千年の昔から伝えられている神とも怪物とも言われています。あるいは人を喰らい害をなす伝承や、逆に悪人を退治する善の化身とも言い伝えが残っています。それが転じて人を超える偉業を成し遂げた人物を称える称号として歴史上使われました」
「おおっ!何かカッコいいです!早く作って見せてください!」
「勿論すぐに出来ますよ」
男としてこの強いイメージに惹かれるものを感じるのだろう。カールはウキウキしながら鬼の像が出来上がるの待っている。
ナイフで八割程度を彫ると、ほぼ形が出来上がる。岩の様に厳つい形相、大きくとも猛禽の如き鋭い眼、生え揃った牙が恐怖を煽り、墳怒の形相はそれだけで人を震え上がらせるだろう。アラタの荒々しい作風が、それをより引き立てていると言える。
あとは細かい部分を削るために彫刻刀を借りて仕上げに入る。
仕上げを終えると、都合三時間足らずで木彫りは完成した。
「よし、出来上がりです。出来は程々だな、殿下はお気に召しましたか?」
「凄いです!こんな作品初めて見ました!レオーネの言った通り、雑なように見えて、不思議な丁寧さがこの像にはあります!この荒々しさが、まるで生きているかのような迫力を宿していてすごい!」
興奮しながらまくし立てて、完成したばかりの鬼像を手に取って食い入るように眺めている。
「気に入って頂けて良かった。ここの美術品は繊細で華やかな出来が殆どで、荒々しい物は気に入るか少々不安でしたが杞憂でした」
「そんな事は無いです!レオーネの国にはこういった作品が溢れているのですか?」
「私の故郷には少ないです。母の国なら、まだかなり残っていますが、ここ数百年ぐらいは少数しか作っていないと聞いています。元々厄除けや魔除けに作られていた経緯があるので、時代を下ると需要が減ったと言われています。私自身、死んだ母が趣味にしていたのを知って、忘れない為に彫っているだけで、実用性は皆無ですから」
この手の美術品は文化保存目的で国が制作者を保護することもあるが、基本的に採算は度外視した物が多いので、よほど腕がよく、パトロンが付かなければ廃れる一方である。特にライブとの戦いが始まると、その状況が飛躍的に加速。新たな芸術品は生まれなくなってしまった。
「レオーネの母上も亡くなったんですか。私の母も幼い頃に亡くしました。レオーネは母の記憶がありますか?」
「あまり覚えていないです。この彫刻もおぼろげな記憶を頼りに始めたものですから、母の記憶とは少し違います。顔ももう覚えていないんです。まあ、戦災で親を亡くした子は珍しくなかったので、それまでと言えばそれまででしたが。殿下は何か記憶は残ってますか?」
「少しだけ覚えている。母の胸で抱かれて眠っていた記憶かな。温かかったのを覚えているよ」
お互いしんみりした雰囲気を作ってしまい、気まずくなったが、カールはそれを笑って払拭する。
「でも父上も兄や姉も生きてるから寂しくないです。私は毎日、楽しく生きます!」
もしかすると、この少年は母親のいない寂しさを芸術で埋めているのかも知れないと、アラタは共感に似た感情を抱く。アラタも両親を失った怒りと喪失感を戦いによって埋める事を選び、母を忘れない為に彫刻を趣味に選んだ。
アラタの作る作品が荒々しいのも、そんな怒りが滲み出た結果なのかもしれない。
「では、この鬼像は殿下に進呈して、もう一つ何か木彫りを作りましょう。こちらは差し上げる事は出来ませんが」
「ありがとうレオーネ!じゃあ、私も一つ作るよ」
今度は二人並んで、木を削り合う。それは傍から見れば師弟のようにも見え、兄弟の様にも見え、年の離れた友人にも見えた。ただ、仲の良さは誰が見ても否定しなかっただろう。
男三人の会話は、大学時代の会話を思い出しながら書いてます。20歳前後の男の話は大体こんな感じです。アラタも薬の影響が少し抜けてきて、本来の性格が出てきます。
ではお読みいただいてありがとうございました。




