発見文書 No.051
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発見文書 No.051
種別:フィールドノート・MD書き起こし
記録者:阿部(記者)
日付:2000年8月15日〜8月18日
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【阿部記者フィールドノート 第三冊・第四冊より。この期間のノートは日付の順序が一部乱れている。 文体にも変化が見られる。以下は日付順に並べ直したもの】
2000年8月15日
取材15日目。
今日のKは穏やかだった。
8月15日の日記の担当——中川裕也のお盆の話について聞いた。おじいちゃんの姉の「中川ひろみ」の話。
K:「ひろみという名前は、この土地に何度も現れます」
Kはそう言って、少し黙った。
K:「昭和20年にも。昭和32年にも。昭和62年にも。名前が繰り返されるんです。同じ場所に。同じ8月に」
昭和32年——1957年。これは初耳だった。
「昭和32年にも何かあったのですか」
K:「1957年の8月13日。祢古沢で、子供が一人、山で迷子になりました。見つかりませんでした。名前は——」
Kが言いかけてやめた。
「名前は?」
K:「思い出そうとしているのですが。薄くなっています。長くいると名前が薄くなるんです」
また「名前が薄くなる」。白い水着の子と同じだ。
歩数:二十九歩。
夕飯はカレーうどん。辛かった。辛さの記憶はある。あった。
2000年8月16日
取材16日目。
ノートを書き始めようとして、昨日のノートの末尾に見覚えのない一行があった。
「先生の声が聞こえた」
——俺の字だった。書いた覚えがない。
いつ書いた。昨夜寝る前か。寝ぼけて書いたのか。
「先生の声」。Kのことか。Kの声が聞こえた——ホテルの部屋で。施設にいないのに。
寝ぼけていたんだろう。消さない。記録として残す。
施設。歩数:二十八歩。
MD書き起こし 2000.08.16
【録音開始。蝉の声】
阿部: 昨夜、ノートに自分が書いた覚えのない一行がありました。
K: なんと書いてありましたか。
阿部: 「先生の声が聞こえた」と。
K: (間) 聞こえましたか。
阿部: ……覚えていません。書いた覚えもないんです。
K: 書いた覚えがないのに、書いてある。
阿部: 寝ぼけていたんだと思います。
K: (静かに) そうかもしれませんね。
阿部: Kさん。率直に聞きます。何か——俺に影響を与えようとしていますか。
K: (少し驚いたような間) いいえ。
阿部: では——
K: でも阿部さん、影響を与えようとしなくても、影響されることはあります。毎日来て、毎日聞いて、毎日記録している。それだけで、十分に。
阿部: (長い間)
K: お茶をどうぞ。
【録音終了】
フィールドノート 2000年8月16日 帰宅後
「毎日来て、毎日聞いて、毎日記録している。それだけで十分」。
Kは俺に何も仕掛けていないと言った。
仕掛けていないのに、俺は変わっている——という意味だ。
それを認めたくない。だがノートに覚えのない一行があったのは事実だ。
今夜、缶ビールを開けようとしたが——やっぱりやめた。三日連続で飲んでいない。以前は毎晩飲んでいた。
夕飯は牛丼。味は——あった。牛丼の味だった。ちゃんとあった。
確認する。味がちゃんとあった。
2000年8月17日
取材17日目。
歩数:二十七歩。
今日のKは日記の後半の話をした。子供たちの声が似てきた時期の話。
K:「この頃になると、子供たちは夏に慣れてきます。最初は不思議がっていた景色も、当たり前に見えてくる」
阿部:「慣れることは良いことですか」
K:「楽になることです。楽になることは、怖くなくなることです。怖くなくなることは——ここが居心地よくなることです」
阿部:「……そうですね」
——「そうですね」と言った。
ノートに書いてから気づいた。「そうですね」と言ったのは同意だ。「ここが居心地よくなること」に同意した。
いつからここが——
いや。「ここ」は施設のことだ。施設が居心地よくなっただけだ。Kとの会話が楽になっただけだ。取材が進んでいるからだ。
記者として。
夕飯。何を食べたか。——思い出すのに三秒かかった。親子丼。味は——あった。
2000年8月18日
取材18日目。
歩数:二十六歩。
MD書き起こし 2000.08.18
【録音開始。蝉の声がない。完全な無音の中に二人の声だけ】
K: 日記の後半の子供たちは、もう名前があまり関係なくなっていました。
阿部: 個性がなくなっていく。
K: なくなるのではなくて、混ざるんです。みんなの夏が一つの大きな夏になっていく。
阿部: 先生は——(言いかけて止まる。二秒の間)Kさんは、それを止めなかったんですか。
K: (静かに) 止める方法が分かりませんでした。
阿部: 今は。
K: 今も分かりません。みんな幸せそうでしたから。
阿部: (長い間)
K: 阿部さん。あなたも、そろそろ——
阿部: そろそろ?
K: 名前が薄くなってきた気がします。
阿部: ——それはどういう——
K: 毎日来て、毎日記録して。それはもう取材ではないですよ。
【録音終了】
フィールドノート 2000年8月18日 夜
「それはもう取材ではない」。
——では何だ。
ホテルに帰って、名前を確認した。阿部。阿部。フルネームは阿部——。
——書けた。書けたから大丈夫だ。名前はある。薄くなってなんかいない。
ただ——フルネームを書こうとして一瞬間があったのは確かだ。
夕飯を食べたか。食べた。何かを。




