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7話

「うーん」


 ノヴァ・ヘリクスは悩んでいた。

 ハーベスタの拠点であるこの古びたコンテナに住み始め、数日が経過した。新たな仲間リコリスも加わり、それぞれの自室も割り当てられ、荷物の搬入も滞りなく終了した。


 あれ以降、大きな依頼もなく各々自由に過ごしている。だが少し生活しただけで、みな薄々感じるものがあった。

 この拠点は何かがおかしいのだ。

 その一例が、目の前にある謎の鉄製のレバーだ。

 水回りは別にあるし、レバーの周辺には扉らしきものもない。これが何のために用意されたのか見当もつかない。少し錆びついており、指で軽く押す程度では動きそうになかった。


「……よし、思い切り押してみよう」


 他の部隊の拠点より明らかにボロボロだが、一応はIIDFが管理している施設だ。危険な罠があるわけではないだろう。

 それよりも、目の前のそれが何に作用するのか、ノヴァは興味津々であった。思い切り体重をかけ、レバーを押し下げる。


「なんだ、特に何も……ん?」


 直後。ノヴァの頭に白く、滑らかで、フワフワとした物体が降ってくる。

 一口舐めてみる。甘い、上質な生クリームだ。

 レバーを引くことで天井のパネルが開き、ノズルのようなものが出現したのだ。どうやらこのレバーは、生クリーム噴射装置の起動スイッチだったらしい。


「いやいやなんだよこれ!! ちょっ……レバー戻らないし!!」


 錆びついたレバーは簡単には戻らない。漸く元の位置に戻せた頃には、ノヴァはすっかり生クリーム塗れになっていた。


「なんなんだこれ………」

「ぷゅ……? ぷゆー!!」


 ノヴァのベッドで微睡んでいたきなこが、その甘い香りに歓喜の声をあげてノヴァに飛びつく。正確には、ノヴァの全身を覆った生クリームにダイブしたのだが。

 短い手足をバタつかせてクリームの海を泳ぎ、口の周りを真っ白にしながら、今まで食べたことのない至福の時に身を委ねている。


「ぷゅ〜〜!! ぷ、ぷ♡」

「これ、食べて大丈夫なやつかなぁ。賞味期限とかどうなって……」


 この部屋の前の住人は、一体何を考えてこんな設備を作ったのか。ノヴァには到底考えもつかない。余程の甘党だったのか、生クリームを摂取しなければ死ぬ奇病にでもかかっていたのか。そもそもIIDF管理の施設をこんなふざけた理由で改造したら、それこそ処罰されるのでは? 謎が謎を呼んだ。


「朝から何事ですか」

「おはようカノン……って、何その格好」


 騒ぎを聞きつけたのか、隣室の扉が開き、カノンが顔を出した。その姿を見たノヴァは、思わず怪訝そうな顔で彼女をしげしげと見つめた。

 分厚い毛布を頭からすっぽりと被り、厚手の手袋にもこもこのスリッパを履いている。一応施設内は適温に保たれているはずなのだが。


「具合悪いの?」

「私の部屋だけ特別寒いんです。……くしゅんっ」

「そういえば、冷凍庫5個もついてるんだっけ」

「早々に撤去します。全く、誰がこんなふざけた設計を考えたのか……」


 カノンに割り当てられた部屋は四方の壁が冷凍庫で埋め尽くされていた。計五台。それらが唸りを上げて稼働し、部屋全体を真冬の寒さへと変貌させているのだ。


「電源を切っても、壁に埋め込まれた断熱材と冷却パイプのせいで、室温がマイナスから上がりません。前の住人はペンギンか何かだったのでしょう」

「そんなことある?」


 廊下で呆然としていると、ごう、と大きな音が向かいの部屋から聞こえた。リコリスの部屋だ。


「り、リコリス? 大丈夫ですか?」

「あっ、ノンちゃん! おはよ〜」


 リコリスが自室から出てくるが、彼女の美しい金糸を束ねたポニーテールは、台風の中を歩いてきたかのように四方八方へ逆立っている。


「リコリス、その頭どしたの?」

「私の部屋、天井に飛行機のエンジンみたいな送風機が付いてて……ふふ、お風呂上がりのドライヤーいらずだね!」

 

 うふふと優雅に笑うリコリスを見て、ノヴァとカノンは顔を見合わせ、深い溜息をついた。


「もしかして、ここって欠陥住宅?」

「そのようですね。オンボロな上にこんな意味のないギミックが満載だなんて……」

「まぁまぁ、住めば都って言うし! そんなことより、みんな揃ってるしそろそろご飯にしようよ〜。私お腹減っちゃった」

「……あ」


 設備の欠陥は百歩譲って我慢できる。リコリスの言う通り住めば都と言うし、慣れればどうにかなるかもしれない。しかし、ハーベスタ部隊には、より切実で、命に関わる問題が発生していた。

 リビングのテーブルの上には、配給チケットが数枚置かれていた。配給チケット、つまりハーベスタ部隊の今月の食費に当たる。今はまだ月の半ばほどだ。この数枚では、次の配給まで三人分の食料を確保することなど到底できない。


「……ない」

「あれま、私の分も支給されてるよね?」

「……あっ」


 カノンが何かに気づいたように声を上げる。その声でピンときたのか、三人の視線がテーブルの端に向けられた。そこでは、きなこが美味しそうにリンゴを食べていた。


「ぷゅ?」

「当然、きなこの分の配給チケットなんてないか……」

「きなこの燃費が悪すぎます。一匹で三日分の食料を消費するのですから……」

「育ち盛りだからねぇ、きーちゃんは」

「ぷ!」


 リコリスに撫でられたきなこは元気に返事をする。その愛らしい姿を見れば、誰も咎めることはできない。カノンはぐっと言葉を飲み込んだ。

 現在拠点の備蓄は、僅かな野菜と調味料にノヴァの部屋から無限に出る生クリーム、そしてカノンの部屋の冷凍庫の奥から発掘された、霜まみれの肉塊のみだ。


「と、とりあえず調理してみよう。一応食べられそうな素材はあるんだし!!」


 ノヴァの提案は正しかった。二人もそれに乗ることになる。

 だが彼らは失念していた。この部隊にまともに包丁を握れる人間が、一人もいないことを。


「下拵えなら任せて〜☆」


 リコリスが冷凍肉を空中に放り投げた。

 ザンッ!! とリコリスの手にした包丁が目にも止まらない速さで繰り出される。空中で肉塊は解体され――挽肉どころか謎のペーストとなり、まな板に不時着する。


「……てへっ、切れ味抜群!」

「相変わらず加減というものを知らないのですね」


 カノンは呆れつつペースト状の肉を必死にかき集め、それを鍋に放り込んだ。そして、鍋にノヴァの部屋から汲んできた生クリームをドボドボと投入する。


「カノン、それ何?」

「クリームシチューです」

「ペースト肉のクリーム煮じゃない??」

 

 カノンとノヴァが試行錯誤し、必死に鍋の中身に調味料を入れ、生クリームを投与し、調味料を足し……。最終的に、焦げてドス黒く変色した何かが生まれた。無言でそれを見つめる三人の思いはいざ知らず、きなこは無邪気な顔でテーブルにお行儀よく座った。


「きなこ、ご飯だよ」

「ぷゅ!」


 きなこの待つ食卓に虚無が並べられる。

 きなこが恐る恐る近づき、鼻にあたる部分をピクピクさせ――それにかぶりつく。


「ぷゅ、うぅ……」


 口をもごもごと動かしているが、今まで見たことがないくらい悲しい顔をしている。三人は酷い罪悪感に襲われた。


「……何とかしないと」

「ノンちゃんのお家からご飯持ってこよう? それかグウィン先輩に頼んで……」

「だだだ、ダメです!! 私達だけで何とかしなくてはなりません。これはハーベスタ部隊の危機なのですから」


 ぐぅ、と誰かの腹の音が鳴る。三人はテーブルに突っ伏した。昨日の夜から何も食べていないから当然だ。

 その時。ノヴァの端末が、救いの鐘のように鳴り響いた。


『――新着任務』


 ノヴァは、怠そうな指先で画面を操作する。セレネを介した企業からの依頼のようだ。


「……依頼主、オオガミ工業」

「オオガミ工業って、食品や生活用品最大手の?」

「内容は『重要物資の輸送護衛』。最近、輸送ルートで何者かによる襲撃が多発しているらしい」


 そして、スクロールした先にある報酬の欄を見て、ノヴァの目の色が変わった。


「報酬は賞金の他にも、オオガミ工業新製品の長期保存可能な最高級缶詰……だと……!?」


 ガタッ!! と三人が同時に立ち上がった。


「受けるわよ指揮官くん! 今すぐに!」

「異論はありません」

「ぷゅぷゅーー!」


 ノヴァは震える指で、力強く「受諾」のボタンを押した。

 背に腹は代えられない。このままでは部隊が半月で拠点内で餓死することとなる。一行はきなこと共にダークマターを平らげ、新たな戦場へと出撃した。



 地下上層、オオガミ工業第3物流ドック。そこは、見上げるほど巨大なコンテナが積み上げられ、作業用マシンとフォークリフトが行き交う、鉄と油の匂いがする場所だった。

 基本的に大企業の職員達は地下都市で労働していることが多い。しかし地上やIIDFの軍人たちに生活用品を届ける必要があるため、輸送業務を担当しているオオガミ工業の運び屋たちは、地上に近い上層部に出張することが多い。

 職員は大柄な男性が多く活気はあるが、どこか殺伐としている。労働者たちの怒号と、金属音が反響する喧騒の中、ノヴァたちは依頼主の姿を探した。


「……だから! ちゃんと納期を厳守すると言ってるでしょ!!」


 ドックの片隅で、不釣り合いに高い声が響いた。

 見ると、大きなコートを羽織った小柄な少女が、現場の大人たちに囲まれている。


「けどよぉ、原因不明のエラーが頻発してるんだ。このままじゃ出荷できねぇよ」

「おまけに荷物は盗まれるしさぁ。たまったもんじゃねぇよ」

「その原因を調査中なの! 外部からの干渉の可能性があるから、今応援を要請しているところ!!いいから黙って仕事してなさい!!」

「はぁ、先代が生きてりゃこんなことには……」

「……何ですって!」


 大人達に詰められた少女がかっと目を見開き、その小さな体で歯向かう。


「もしかして喧嘩? 弱いものいじめはよくないなぁ……」

「ちょっと待てリコリス、まさかあそこに突撃する気じゃ」

「あれはもしかして、今回の依頼主の……」

「ぷゅ!」

「あ、こら! きなこ!」


 ノヴァの胸元からぴょこんときなこが飛びだし、少女と大人達の元に駆けていく。とてとて、と殺伐とした空気を読まない、間の抜けた音が響いた。

 きなこは少女の前に立ち、大人達に向けてむんとうさ耳を大きく横に広げる。目はうるうると潤んでいるが、まるで少女を庇っているような動きだ。


「え? ……な、なに、この生き物……?」

「新型のアンドロイドか……?」

「か、可愛い……ふわふわ……!」


 先程まで険しい顔をしていた少女が、しゃがみこんできなこを撫でる。


「す、すみません、ウチのマスコッ……ペットが!! ご迷惑をおかけしました」


 ノヴァが勢いよくきなこを抱き上げ懐に隠す。きなこはぷゅ、と潰れたような声をあげて耳をふわふわと動かした。


「あ……」


 少女は慌てて立ち上がり、コホンと咳払いをした。赤くなった顔でコートの襟を正し、再び険しい表情を見せる。


「貴方たちは何? 私はIIDFの諜報部隊を待っているのだけど」

「はい。特殊遊撃部隊ハーベスタ、到着しました」


 カノンがそう言うと、少女は明らかに狼狽えた様子で端末を確認する。

 

「特殊遊撃部隊? そんなところに依頼を出したつもりは……」

「あのー……僕たちオオガミ工業から依頼を受けたんだけど、依頼主のところに案内してくれる?」


 気まずそうに聞くノヴァを少女はきっ! と睨みつける。


「失礼なやつね。依頼主は私よ! オオガミ工業の社長、ホロケウ・アマチ。次間違えたら容赦しないんだから!!」

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