8話
「し、社長ぉッ!?」
あまりの驚きに、ノヴァは目の前の少女を二度、三度とまじまじと見返した。目の前の少女は、背丈こそ自分より頭二つ分ほど小さいが、その身に纏うコートの仕立ての良さと、何より放たれる気迫はただの子供のそれではない。
「まさかこの女の子が、あのオオガミ工業のトップだなんて」
「指揮官、普段ニュースとか見ないタイプですか?」
「ニュースになってたよね〜長らく不在だった社長が漸く決まったって」
「ふんっ……人を見た目で判断するなんて、失礼にも程があるわ!」
ホロケウは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。ノヴァの方を鋭い目つきで見ている。何気ない感想が、彼女の地雷を踏み抜いてしまったらしい。
「知っていると思うけど、オオガミ工業は市民の生活の要よ。ミスや事故があるなんて許されない。だからこそ、信用のおけるIIDFの特殊部隊の派遣を依頼したのだけれど……」
彼女は腕を組み、冷ややかな視線で端末を確認する。そのホログラムにはハーベスタ部隊の情報が大まかに記載されているようだ。
「……ハーベスタ部隊。最近セレネによって結成された、問題児を集めた特殊遊撃部隊」
「そ、それは……」
「あはは、問題児だってノンちゃん」
面白がっているリコリスを見てカノンが何か言いたげに声を漏らすが、言葉にならず俯く。現状、問題を起こした者たちの寄せ集め部隊であることを否定できなかった。
「セレネによって結成された特殊部隊と言うと聞こえはいいけど、具体的にどんなことをしてきたのかしら」
「え、えーっと。水路のゴミ掃除とか……?」
「………私も相当舐められているみたいね。まさか手違いでこんな部隊を派遣されるなんて。もっと実績のある優秀な部隊を要請したつもりだったのだけれど」
「うっ………」
「ぷゅ?ぷ!」
ホロケウの言葉は辛辣だった。しかし、その視線がノヴァの懐――そこから顔を出しているきなこに向けられた瞬間、ふっと柔らかくなる。
「……まぁいいわ。今更申請するのも手間だし。いい?私はこれからハーベスタと事件解決のために動くから。貴方たちは早く持ち場について、自分の仕事をこなしていなさい!」
「……はぁ」
ホロケウの言葉に、周囲の大人たちが一瞬の沈黙のあと、バツが悪そうにそれぞれの持ち場に戻っていく。彼らの背中からは「子供の社長に言われたくない」という侮りや、ハーベスタへの値踏みするような視線が感じられた。それをホロケウも察しているのか、去っていく彼らを悔しそうに見つめていた。
「………ついてきて、今回の依頼内容を詳しく説明するから」
◇
案内されたのはドックの脇にある、ガラス張りの管理室。外部の喧騒が遮断された中で、ホロケウはデスク上のモニターに地図を表示させた。
「今回の依頼内容は『輸送荷物の護衛』よ。ここをみて」
ホロケウの指が、地下通路の一点を指し示す。
「オオガミ工業は社員による有人輸送と、自律型輸送ロボットを併用して各エリアへ物資を運んでいるの。今回護衛して欲しいのは輸送ロボットが行き来するルートよ」
彼女が指したのは、上層エリアと中層エリアを繋ぐ複雑に入り組んだ旧整備通路だった。地下都市の上下層の行き来は主にエレベーターが用いられている。しかしこの旧整備通路や水路のように、地下都市の黎明期に生み出された古い通路がいくつか残されており、荷物の輸送などに用いられていた。整備されているものの、古くなった通路は人が通るには危険が伴うため、輸送ロボットなどが用いられることが多い。
「この『ポイントP-4』付近。ここを通るたびに、荷物が奪われる」
「荷物が?監視カメラとかついてないの?」
「勿論確認したわ。最初は故障かと思ったけどログが不自然に途切れている。それに破壊されたロボットの残骸には、鋭利な刃物で切り裂かれたような跡があったの」
カノンが真剣な表情で覗き込む。
「強盗なら、フィグマリオン警察機構の管轄ではありませんか?」
「そんなのわかってるわ!勿論調査依頼も出した。でも……」
ホロケウがバンッ! とデスクを叩いた。
「連中はとりつく島もなかったわ。そちらのロボットの点検ミスだとか、勘違いじゃないかって!勘違いでこんな依頼をするわけないでしょう!!」
「ま、まぁ落ち着いて……」
「直接ユリイカに苦情を言っても良かったけど……くそっ、今思い出しても腹立つわ。何が警察機構よ……確かに提出できるような証拠はないけれど……」
「だから僕らに依頼したんだね」
わなわなと拳を振るわせるホロケウをノヴァが宥める。
「そうよ。……それに私はゼノタイプの関与を疑っている。だからフィグマリオンの力なんて借りず、IIDFに直接依頼をしたの」
「ゼノタイプ……」
ノヴァの脳裏に、先日撃退した異様な状態で水路に潜伏していたゼノタイプの姿が思い浮かぶ。あのようなイレギュラーが紛れ込んでいるのだとしたら、確かにIIDFの軍人である自分たちが適任だろう。
「確証がないけど、このことを話しても社員たちは『地下都市にゼノタイプが紛れ込むわけがない、子供の考えすぎだ』と鼻で笑うばかりで、誰も本気で取り合ってくれなかった……カナヒサさえいれば、こんなことには……」
「カナヒサ?」
「私の秘書よ。今は長期出張でここにはいないの」
ホロケウは悔しそうに唇を噛み、小さな声で呟いた。
「みんな忙しくしてるし、今は私しかいない。だから頑張らないと……」
迷いを振り切るように深呼吸したホロケウは、強い光を宿した瞳でノヴァを見据えた。
「貴方たちに頼みたいのは、荷物を守ること。そして敵の正体を暴き、私の懸念が『子供の妄想』ではないと証明することよ!」
「なんか色々と大変なんだね、社長って」
「……指揮官!」
カノンが小声でノヴァを諌めるが、気にせず目の前で虚勢を張り続ける少女を見据えた。
「そうよ、私には仕事を完遂させると言う責任と、地下都市の市民の生活を守る義務があるの」
「僕よりずっと若く見えるのに、えらいねぇ社長は」
「なに?またバカにして……」
「大丈夫、子供の妄想なんて思ってないから。ちゃんと依頼は完遂させるよ」
「……あ、ありが……じゃなくて、当然そうして貰わないと困るわ」
まともに話を聞いてもらえた、とホロケウの緊張がほんの少し揺らいだその時だった。
グゥゥゥ……キュルルル……
地鳴りのような音が、管理室の静寂を引き裂いた。爆発音ではない。ノヴァの腹の虫だ。
「…………あっ、ちょっと限界」
極限の空腹と、緊張の緩和。その落差に、ノヴァの意識が遠のく。彼は電池が切れた玩具のように、あるいは糸が切れた操り人形のように、その場にガクリと崩れ落ちた。
「指揮官!?」
「あちゃ〜指揮官くん限界?」
「そういう私も……うっ」
カノンもよろめき、壁に手をつく。リコリスも目が回る〜と椅子にへたり込んだ。まともに食べていない上に、錬成したダークマターシチューのダメージも残っている。ハーベスタ部隊は、物理的に限界だった。
「…………」
ホロケウは床に転がるノヴァたちをみて呆気にとられる。徐々にその顔が真っ赤に染まり、怒りを露わにした。
「ねぇ本当にやる気あるの?!これだから問題児の寄せ集めとか言われてるんじゃないの!?!」
「ち、ちが……お腹減って……限界……」
「ぷゅぅ……」
ノヴァの懐から這い出たきなこが、へにょりと床に突っ伏した。
その耳は力なく垂れ下がり、つぶらな瞳からは切実な空腹、お腹と背中がくっついて倒れそうという悲痛な訴えが発せられている。ちょこちょこと短い手足を動かし、ホロケウのそばに寄ってくる。
「ぷゅ………?」
「…………ッ!!」
潤んだ瞳で見つめられた瞬間、ホロケウの表情が一変した。
「かわいそうに……貴方たち甲斐性もないの!?この子空腹で震えてるじゃないの!」
「あい……返す言葉も……ございません……」
「飼い主の不摂生に巻き込まれるなんて不憫すぎるわ」
ホロケウはきなこを抱き上げると、よしよしと背中を撫でた。そして、ノヴァたちを一瞥し、大きく溜息をついた。
「……はぁ。仕方ない。これじゃ依頼どころじゃないわ」
「しゃ、しゃちょう……?」
「勘違いしないで、これはこの子のためだから」
ホロケウは、そっぽを向いて宣言した。
「オオガミ工業の社員食堂へ案内するわ。……特別に、報酬の『前払い』よ」
「!!!」
その言葉は、ノヴァたちにとって神の啓示に等しかった。床に転がっていたノヴァが、ゾンビのような動きで、しかし猛烈な速度で起き上がる。
「一生ついていきます、社長!!」
「ほんとなんなのこいつ……」
呆れつつも、ホロケウの口元は少しだけ緩んでいた。きなこを大事そうに抱えたまま、食堂へと歩き出した。




