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9話

「……好きなものを食べなさい、特別に奢ってあげるから」

 ホロケウに案内されたのは、オオガミ工業本社の社員食堂だった。清潔な空間に出汁や焼き立てのパンの香りが漂っている。軍で支給されている合成食品とは違う本物の匂いだ。


「え、いいの!?じゃあ僕ハンバーグ定食大盛で!」

「それでは私はこの、ミックスサンドイッチのセットを」

「私は天ぷらお蕎麦にしようかな〜」

「ぷぷゅ! ぷゅ…ぷゅ!」

「ふふ、貴方はグラタンが食べたいのね。勿論いいわよ」

「その子きなこって言うんだよ。ホロケウ社長」

「……きなこね、可愛い名前だこと」


 程なくして、注文した料理が運ばれてきた。メインの皿の他にも小鉢がいくつか並び、彩りも栄養バランスも完璧な御膳だ。飢餓状態にあるハーベスタにとって、夢にまで見たご馳走であった。


「いっただきまーす!」

「すご〜い!お汁が透き通ってる〜美味しい〜!」


 ノヴァとリコリスは物凄い勢いで箸を進める。それを見たカノンは品を保とうと少しずつサンドイッチを口にするが、一口噛んだ瞬間その美味しさに陶然と頬を緩ませた。


「ぷゅ〜ぷ!」

「ふふ、まだ熱いから冷ましてあげる……ほら、あーん」

「ぷゅ〜♡」


 そしてその隣では、ホロケウがきなこを膝に乗せ、スプーンで丁寧にグラタンを運んでいた。きなこがハフハフと幸せそうに食べるたびに、ホロケウの表情が雪解けのように崩れていく。


「社長、なんかキャラ変わってない?」

「………本当に馴れ馴れしいわね、貴方」


 肉汁溢れるハンバーグを頬張るノヴァのツッコミを一蹴し、ホロケウはきなこの口元についたホワイトソースをナプキンで優しく拭った。

 ひとしきりきなこを愛でて満足したのか、彼女はコホンと咳払いを一つして、真剣な社長の顔に戻る。


「さて……お腹も満たされたところで、仕事の話に戻るわよ」


 ホロケウが手元の端末を操作すると、テーブルの中央に数枚のホログラム写真とデータが表示された。映し出されたのは、無惨に破壊された輸送ロボットの残骸。そして、ノイズ混じりの解析不能なログデータだ。


「これが襲撃現場のデータよ。……見ての通り、酷い有様ね」

「わぁ〜バラバラになってる。これ、オオガミ製の自律輸送機でしょ? かなり頑丈なはずなのに」

「問題なのは、破壊される直前のデータよ。カメラ映像も制御ログも、襲撃の瞬間に途絶えているの。まるで電源を落とされたみたいに」


 ホロケウは悔しそうに俯く。


「フィグマリオンの連中はこれを『整備不良によるシステムダウン』だとか『暴走したロボット同士の衝突』と片付けたわ。私たちの管理不足だってね。でも……」

「肝心の犯人に繋がるような証拠は残ってないのかしら?」

「えぇ、それが判ればこんなに苦労してないわ」

「制御ログやカメラの映像に干渉できると言うことは……もしかして内部の人間の仕業ということも視野に入れる必要があるのでしょうか」

「………」

「すみません、不躾なことを言ってしまって」

「いいのよ、その線も考えていたから。私が社長になったことを、よく思ってない連中が多いのも事実だから」


 その言葉に、食卓の空気が少し重くなる。


「指揮官くん? 漸く食べ終わったの?」

「なんだよリコリス、僕だってちゃんと話くらい聞いてたよ。……社長、ちょっと写真見せて」


 スープを飲み干したノヴァが、真剣な眼差しで残骸の写真を拡大し、空中に指を走らせる。薄荷色の瞳が、そこに残された僅かな違和感を逃さず捉えた。


「この装甲の切断面。内側から高熱で溶解したような跡がある。こっちの傷は鋭利な刃物によるものだ。単なる衝突事故や自壊でこうはならない」

「そ、そうよ……! 私もそう言ったわ!」

「それに、ログが不自然に途切れているのも気になる。見せてもらった資料によると、このロボットたちにそこまで複雑な機能は搭載されていなさそうだし、制御ログに干渉するためには確実に外部の手が加わってる」

「それじゃあ、やっぱり……」


 悲しそうに唇を噛むホロケウの姿を見て、ノヴァは安心させるように、普段通りのマイペースな微笑みを浮かべた。


「でもほら、社長は真っ先にゼノタイプの関与を疑ってたじゃないか。僕もそう思うよ、特にこういうケースでは……」

「あぁ、そういうことですか」

「なるほどねぇ」


 ノヴァたちの納得した様子に、ホロケウが首を傾げる。


「電子機器に干渉し、システムを乗っ取る厄介な個体……通称『ゼノタイプ・バベル』。もしバベル種が原因なら、ログが消えたのも説明がつくよ。物理的な破壊より先に、襲撃と同時にハッキングを仕掛けられたんだ」

「システムを、乗っ取る……?」


 ホロケウが不安そうに声を上げる。


「うん。もしそうなら、ウイルスの感染源となってる個体が存在する。それを放置すれば、どんどん被害が拡大するかもしれない」

「そんな……! じゃあ、あの子たちが……」


 ホロケウが青ざめた。彼女にとって、自社製品であるロボットたちもまた、大切な社員の一部なのだろう。


「確証はないけど、可能性は高いと思う。フィグマリオンが事故処理したのも、外傷より先にシステムが死んでいたから、ただの故障に見えたのかもしれない。おそらく感染源になってる個体がポイントP-4にまだ潜伏してるはず。それを見つけ出して、機能を停止させないと」

「……あんなことを言ったけど、あんまり私はゼノタイプに詳しくないの。地下都市から出たことないし……電子機器に感染するゼノタイプなんているのね」


 ホロケウはゴクリと喉を鳴らし、改めてノヴァたちを見据えた。


「敵の正体が何であれ、これ以上オオガミの領域を荒らさせるわけにはいかない。……特に、今回の積荷は絶対に守り抜かなきゃいけないの」

「あ、そういえば聞いてなかったね。何を運んでるの? レアメタル? それともクライシード社の新型兵器パーツとか?」

「いいえ」


 ホロケウは静かに首を横に振った。


「『食料』と『生活必需品』よ」


 予想外の答えに、ノヴァたちは顔を見合わせた。


「えっ……? なんかもっと凄いもの運んでるのかと……」

「あのね、地下都市の人間が全員、貴方たちみたいに逞しく生きられるわけじゃないの! オオガミ工業が運ぶ物資は、日々の生活を支える命綱なのよ!」


 彼女の瞳には、揺るぎない信念が宿っていた。


「『我らは鋼の歯車なれど、回すは人の営みなり』……これは私のおじいさまの言葉よ。どんなに技術が発展しても、人の生活を蔑ろにしてはならない。それがオオガミの、そして私の誇りなの」

「……そっかぁ。かっこいいね、おじいさん」

「ふん、当然よ! おじいさまは偉大だったわ」


 少し照れくさそうに、けれど誇らしげにホロケウは胸を張る。


「立派な方ですね、おじいさまもホロケウ社長も」

「ちっちゃ……こほん、社長ちゃんまだ若いのに凄い立派だよ。なのにあんな風に舐められてるなんて可哀想に」

「普段はカナヒサがそばにいるから……」

「カナヒサって、さっき言ってた秘書のこと?」


 ノヴァの問いに、ホロケウの表情が少し曇る。


「彼は今、地下都市の『庭園』……貴族たちの居住区へ出張中なの。現在開発してる新作商品のプレゼンと、株主たちとのやりとりのためにね」

「うわぁ、貴族相手の交渉か……胃が痛くなりそう」

「カナヒサは優秀よ。おじいさまが拾ってきた人なんだけど、誰に対しても丁寧で、物腰も柔らかい。仕事も凄くできるの。ちょっと過保護だけど……」


 口では文句を言いながらも、彼女がその秘書を深く信頼しているのは明らかだった。

 

「カナヒサさんに社長ちゃんが連絡すれば、すぐに飛んできてくれるんじゃないのかしら」

「……そうね。あいつなら、SOSを聞けば会議を放り出してでも駆けつけるでしょうね」


 ホロケウは両手をぎゅっと強く握りしめた。


「でも、それじゃダメなの」

「社長……?」

「私はもう子供じゃない。社長として、おじいさまの跡を継ぐ者として……自分の力でこの事態を解決しなきゃいけない。いつまでもカナヒサに守られているだけじゃ、オオガミのトップは務まらないわ」


 彼女は顔を上げ、ノヴァたちを真っ直ぐに見据えた。


「だからIIDFに依頼を出した。カナヒサが戻ってくる前にこの事件を解決して、私も一人前になったと証明するためにね」


 その言葉に、ノヴァはニッと笑みを浮かべた。この少女はその小さな体に大きな責任を背負っている。ここに自分たちが派遣されたのはどうやら手違いではあったようだが、力になってあげたいと心から思った。


「了解。その依頼、ハーベスタが責任を持って完遂させるよ」

「ぷゅーッ!」

「……さぁ、行くわよ!」


 ホロケウが立ち上がり、小さな体で大きく号令をかける。ハーベスタ部隊もそれに続き、ポイントP-4へと向かうのだった。

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