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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン2(2020)

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85/114

第80話 県1部リーグ第2節

(簡易人物メモ)

高橋則夫: 梅サポグループ「シエロ」リーダー

山根: 梅サポグループ「シエロ」副リーダー

オレンジ熊野: 黒船ch 実況担当

真弓一平: 黒船ch 解説担当

西野裕介: 木国小学校5年生 梅サポ

椋林空: 木国小学校5年生 梅サポ

※選手は割愛


ーーーーーーーーーー

 2020年4月下旬、和歌山県1部リーグの第2節が行われる。場所は黒船サッカーパーク、今日はいわゆるホーム開幕戦である。


 南紀ウメスタSCのサポーターグループ「シエロ」は、ウォンキット社を胸スポンサーとして刷新された新ユニフォームを身に纏い、ホームサポーター席へ集結していた。その数は500人超。


 去年の今頃は200人程度だったことを考えると、地道にコツコツと応援団の数を増やしてきた成果が表れていた。


 ひとり感慨深げに浸っているのはシエロのリーダー高橋である。その隣でイヤホンを通して黒船chの実況を聞いていた副リーダーの山根が声を張り上げる。



「今日は西野さんとこの倅がゴール決めるぞおおおお!」



 山根を先頭に地元木国商店街の年配サポーター達が沸いた。その中で恐縮したように西野裕太にしのゆうたの父、西野裕にしのゆたかが頭を垂れる。


 西野をお気に入りの選手と公言する梅サポ(南紀ウメスタサポーター)は多い。劇的なゴールを決める印象があるため若者から支持が厚く、一方で父譲りの押しの弱さみたいなところが母性をくすぐるのか、女性サポーターからの人気も高かった。



「俺さ、西野がゴール決めた時の歌考えてきたんだよ!」


「チャントってこと?」


「西野がゴール決めてタイタニックポーズしたら、こっちも全員手広げて歌うのおもしろそうじゃない?」



 このあたり勝手に盛り上がってくれるまでに規模や個性がサポーターから生まれてきたのはありがたい。


 そして高橋の隣では、梅サポキッズ達が、サッカーの作戦ボードを、新しくサポーターになった椋林空むくばやしそらの膝の上に置いて、本日のスターティングイレブンを並べていた。たぶん木田あたりが子供達にあげたものだと推察する。



  小久保 西野

    三瀬

アド      江崎

   平 大西

 坪倉 大橋 榎本

    礒部



「こういうこと?」


「うん、たぶんあってる!」



 ピッチと作戦ボードを交互に見ながら子供達が頷いた。


 第2節のサン和歌山FC戦に向けて、新指揮官である栗田が選択したのは、前節の4-3-3ではなく、昨年の…特に前半戦で使われていた3-5-2のフォーメーションだった。


 今日もお馴染みの黒船実況コンビ(実況:オレンジ熊野、解説:真弓一平)が耳から試合の状況をお伝えしてくれる。



『真弓さん、第1節は大量得点かつ無失点で終えていますが、あえてシステムを変えた理由はなんでしょうか?』


『そうですね…仰る通り前節で点は取れていましたが、3トップ自体はあまり機能していなかったと考えたのではないでしょうか。今のウメスタはサイドアタッカーが少ないので、あまりサイド攻撃を有効に使えないんですよね』


『確かにドリブルで相手を抜いていくタイプの選手はアディソン選手だけ、ですかね』


『西野くんや手塚くんもそういうタイプではないですし、サイドバックも守備的な選手が多いです』


『なるほどですね』


『それから、サン和歌山FCのハイプレスに対して、3バックの方が対処しやすいということもあるんじゃないでしょうか』



 昨年開催された黒船カップで直接対戦することはなかったが、優勝チームである伊勢瑞穂FCを苦しめた前線からのハイプレスは今年も健在であろう(第40話参照)。


 3バックの場合、相手が2トップであれば、CBの数がひとり多い状態でボールを展開できるし、3トップの場合でも、ボランチを1枚下げて4バック、両ウィングバックを下げて5バックと、相手に合わせて守備ラインの陣形を可変できるという点で、対応しやすいと言われている。


 ただしそれは、言わずもがなプレスへの対処の仕方、戦術の理解が浸透していればの話である。



「思いきりハマってる…」


「うむ、ハマっておるな」



 サッカーに必ずしも明るいとは言えない山根ですら見て分かるほどに、ウメスタの守備陣はバタついていた。


 前半も半ばを過ぎて、スコアは0-1。相手のプレッシャーから#03の大橋がコントロールミスしたところを奪われ、サン和歌山FCにあっさりと先制点を献上している。



「なんで相手のボールばっかになっちゃうのー」


「相手がすごい走ってくるから、慌ててボールを蹴っちゃって、また相手ボールになってる」


「どうすればいいんだろ」


「ロングボールを無理やりマイボールにするか、うちの最終ラインがプレスを突破するかの、どちらかだな」


「どっちがいいんですか?」



 子供達のやりとりに高橋が加わると、車椅子の少年が尋ねた。



「もちろんDF陣がなんとかするほうがいいよね。ロングボールを収めるっていうのは簡単じゃないよ。結局は運任せになるし、実際それは今もやってるんだろうけど、うまくいってないしね」


「…でも、だんだんマイボールの時間増えてきますよね?」


「ああ、疲れてきてるんだろう。90分フルでこの守備はできない。仮にウチがこのハイプレスを掻い潜れなかったとしても、後半に巻き返せるかもな」



 90分ミスのないチームは存在しない。守備側だって当然にミスは起こっている。


 例えば、ロングボールのクリアをミスって絶好の裏抜けパスになったりとか。



「ーーーチャンスだ!」


「アドくーん!」



 結果として左サイドの#07アディソンにボールが通ると、待ってましたとばかりに緩急をつけたドリブルで相手選手をひとり置き去りにし、一気に左サイドをえぐってボールゴールライン近くまで侵入した。



「良いとこ入れろよ!」



 相手守備体系が整う前の攻撃が望ましいと判断したのか、アディソンはシンプルにグラウンダーのクロスで中にボールを入れた。


 ニア側(アディソンに近い方)の#09小久保が相手DFを巻き込んで倒れると、転がったボールはそのままファーにいた#11西野の元へ。


 GKは飛び出すことができず、西野はゴール左側に鋭いシュートを突き刺した。



『ゴーーール!! 前半33分! アディソン選手のクロスに反応した西野選手が押し込みました! 良い時間帯に追いつきましたね、真弓さん!』


『そうですね、後半勝負は避けたかったところでしたので。…それにしても西野くんはキレてますね」



 サポーター席では西野の弟裕介が、梅サポキッズからもみくちゃにされていた。



「ちょっと、マジできてるな、西野は!」


「2戦連発! 3ゴール目!」



 サポーターに応えるように西野が両手を広げる恒例のゴールパフォーマンス。


 先程一部の間で相談していたチャントはうまく全体に浸透されなかったようで、声援の中に紛れていたが、そんなことは本人達も気にしていないくらいのお祭り騒ぎだった。



**********



 1-1で前半を折り返した南紀ウメスタは、ハーフタイムに監督の栗田が動く。


 前半ミスの目立った#03大橋を下げて、後半から#13の若村を投入。若村はボランチの選手だがそのままセンターバックに入り、ポジションを榎本と入れ替わった。後半のDFラインは左から#02坪倉、#15榎本、#13若村の並びとなる。


 サン和歌山FCが後半の頭から鋭いプレッシャーを掛けるが、ボールを持った榎本は、左へ流すと見せかけて、その場で切り返して中央の#04平へパスを選択する。



『さりげなくやってますが上手いですね、15番の榎本選手。高卒とは思えない落ち着きです』


『足元に自信があるんでしょうね。こういう選手が最終ラインにいてくれるのは助かりますね』



 榎本、若村のふたりがハイプレスを突破し始めたことで、サン和歌山FCの強みである組織的な守備に綻びが生まれ始めると、試合は完全にウメスタのペースとなった。


 後半10分には、先制点と同じく左サイドを突破したアディソンが小久保のゴールをお膳立てすると、続く後半25分にはセットプレイのこぼれ球を榎本が押し込んで試合を決定付ける3点目を奪う。


 後半終了間際には右足に違和感を覚えた様子の小久保がベンチに下がり、#14手塚が持ち前のテクニックでマイボールをキープしながら時間を使い、試合終了。


 南紀ウメスタSCが3-1でサン和歌山FCを下し、公式戦2連勝を飾った。



「よし!」



 高橋はぐっと拳を握り締めてから、隣に立つ山根とハイタッチする。


 他試合の結果は分からないが、2戦合計でスコア8-1。得失点差を考えてもおそらくウメスタがリーグ首位のはずだ。


 プレシーズンマッチでは連敗していたが、練習試合の相手と県リーグ1部の相手とは、やはり実力差があるということなのだろう。これまでの2試合は比較的安心して見ていられた。



「次が勝負所じゃったな、高橋くん」


「…そうです」



 今シーズンで最も厳しい試合はおそらく次の第3節、アウェイでの紀北サッカークラブ戦だ。


 昨年黒船カップの初戦でぶつかった相手であり、その時は勝利を収めていて、かつその後に坪倉と平の2人を引き抜いているわけだが、それでも去年を通じてリーグ戦の1位は彼らだ。


 ウメスタは新加入の選手が多く監督も変わったばかりであり、チームとしての成熟度は彼らに分があるはずで、できればシーズン後半に戦いたかったというのが関係者の本音かもしれない。



「次もいけるよ! なぁ、ムック!」


「う、うん。…でもサッカーの試合って、ちゃんと見るとおもしろいね」



 今までは兄のプレイばかり見ていたので、サッカーというチームスポーツを俯瞰の目で見たことのなかったムックにとっては新鮮に映ったようだ。



「若いモンの勢いには負けてられんな!」


「いやこの子達は若すぎますよヤマさん」


「よし、ガキどもウチの店に来い! まんじゅうご馳走してやる!」


「ほんとー!?」



 木国商店街で和菓子といえばヤマさんの店だ。子供達の目が輝いた。


 着実に街にクラブチームが浸透している光景を見て高橋は嬉しくなった。街全体が今日の試合に一喜一憂する未来が本当に来るのではないか。そう思わせる一日となった。



南紀ウメ      サ和歌山

  3    ー    1

33' 西野アド  27' 更田(PK)

55' 小久保アド

70' 榎本(三瀬)


最高評価点: 榎本壮一(7.5)






つづく。

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