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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン2(2020)

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第79話 二本目の柱

(簡易人物メモ)

糸瀬貴矢: 黒船サッカークラブ 代表

矢原智一: 黒船サッカーパーク代表

細矢悠: 黒船ターンアラウンド代表

プラウィット: ウォンキット・ジャパン 代表

アディソン: 南紀ウメスタSC 所属MF


ーーーーーーーーーー

 完成したばかりのクラブハウス、そのミーティングルームに集まった黒船経営陣の3人。厳密には、その内の糸瀬に呼び出された矢原、細矢の2人。


 壇上にいるのはタイの財閥企業ウォンキットグループの若きボードメンバー(役員)にして、日本進出の拠点ともなっているウォンキット・ジャパン社の代表、プラウィット氏である。


 ちなみにその隣には我らが南紀ウメスタSCの誇る異国のドリブラー、アディソン君が立たされていた。おそらく通訳係だ。



「さて、黒船ボードメンバーの皆様、改めてお会いできて光栄です。ウォンキット・ジャパンのプラウィットです。さて、今日は皆様に我がウォンキットグループの歴史をお伝えしたいと思います」


「……ん? アドくん、通訳合ってる?」



 アディソンはこくこくと頷く。


 なぜこんなくそ忙しい時にタイのインテリ坊やから、自社の自慢話を聞かなければならないのか、という鋭い視線をプラウィットと糸瀬に向けながら、矢原は黙って座り直した。



「ウォンキットグループは60年以上の歴史を誇るアジア最大の製糖企業であり、タイはもちろんのこと、ラオス、インドネシア、オーストラリアなどにも生産拠点を持っています」



 ウォンキットグループで生産される砂糖は、ほとんどがサトウキビから作られており、その栽培面積は40万ヘクタール、年間約2,500万トンの砂糖を製造している。



「この我が社主力の製糖事業がグループ全体の売上の内60%をカバーしていますが、残りの40%、そのうちの大半がエネルギー産業です。砂糖の製造工程において、廃棄されるサトウキビの搾りかすはバガスと呼ばれ、バイオマスとしてエネルギーや製紙業に使われているのです」


「社会科見学か」



 思わず突っ込んだ矢原をプラウィットが手で制する。まだ話は終わっていないと言いたいようだ。



「昨今、日本ではバイオマスをはじめとしたクリーンエネルギーがトレンドになっているようですが、ウォンキットグループは、2010年からバイオマス発電事業を行っており、タイ国内だけでも10ヵ所以上、オーストラリアにも発電所を保有しています。日本は世界をリードする経済大国ですが、ことバイオマスの分野に限って言えば、我々より実績のある日本企業は存在しません」



 それがなんだというのか。矢原はため息をついた。日本が世界をリードしてるなんて昔話だ。今時小学生だってそんな言い方はしない。



「このことを以前、御社の糸瀬チェアマンにお伝えしたところ、チェアマンは大変環境経済にご関心がおありだということで…」


『え?』



 矢原と細矢の声が重なったが、糸瀬はてへぺろである。200%の嘘だった。



「ぜひ黒船サッカーパークでバイオマス発電所を建設しようということでですね、先月末にて、全ての必要許可を取得いたしました」


「はあああああ!?」


「えー、再生エネルギー特措法の認定、電気事業法資格者の確保、和歌山市条例の遵守、などなど、すべてクリア! もうあとは建てるだけです!」


「ちょ、ちょっと黙ってて!」



 プラウィットの話をストップさせると、矢原と細矢が立ち上がって糸瀬に詰め寄った。



「き、聞いてないですよ! 発電所を作る!? あの敷地の中にですか!?」


「うん、そう。土地死ぬほど余ってるじゃん」


「余ってるから好きに使っていいって話じゃないだろ! 社長としても親会社の取締役としても説明を求める!」



 糸瀬は手を挙げると、プラウィットが笑顔でプロジェクターにスライドを表示させた。



 木国バイオマス発電所。敷地面積約12,000坪。発電容量は15,000kw、年間の想定発電量は1.2億kwh。年間売上高は概算で約40億円ーーー。



「40億円!?」



 途方もない数字である。確かにこのだだっ広い土地で発電所をやろうと思ったら、そんな規模の話になるかもしれない。



「これが、ホテルビジネスに次ぐ、スタジアム建設に向けた二本目の柱だ!」



 グループ代表である糸瀬の宣言に、壇上でプラウィットだけが拍手をしている。律儀に通訳しているアディソンくんの可愛さにほっこりしている場合ではなく、2人は冷静に着席した。



「…それで、この馬鹿でかい発電所、建てるのにいくらかかるんですか?」


「ざっと160億円也」


「あ、あほすぎる…」



 200億円のスタジアムを作るために160億円かけて発電所を作ろうなどとはまさしくアホの為せる業である。



「借りられねーだろうが! 借りれるんだったらそれでもうスタジアム建てるわ!」


「矢原くん矢原くん、さすがに俺もそこは考えてるよ。…今回はオフバランスします」


「まあ、そりゃそうですよね。オフバラすると、いくら調達できるんですか?」


「135億円。しかもコミット取れております」


「うそ!?」



 では今回の調達スキームについて、いつもながら大変ざっくりと説明しよう。


 まず発電所を建てるのに必要となる土地を、SPCと呼ばれるペーパーカンパニーに売却することで、黒船の所有権から外す(オフバランスする)。


 このSPCが黒船に代わって発電所を建設し、発電事業を行っていくわけだが、それではSPCにお金が貯まるだけで、黒船側に収益は入ってこない。そこで、このSPCに黒船が匿名で出資することにより、出資者として、SPCに貯まったお金を吸い上げることができるのである。


 では次に、なぜこのオフバランスをすることで、135億円の融資調達が可能になるのかを補足しよう。


 銀行は融資する際に融資する相手方を詳しく調べなければならない。住宅ローンを借りる時に年収証明やら住民票やら家族構成だのなんだの根掘り葉掘り聞かれたりするのはそのためである。


 今回のケースにおいて、もしオフバランスせず、黒船グループ自体に発電所建設資金を融資しようと思った場合、黒船グループすべての事業を審査しなければならない。かつ、将来に渡っても各事業が問題なく利益を出し続け、135億円をしっかり返してくれるから融資しても大丈夫なんだということを、銀行のお偉いさんに説明して納得してもらう必要があるわけだ。つまりとても大変である。


 一方でSPCに貸す場合はどうか。SPCを審査する場合、この箱がやっていることといえば、発電所を建てている、ただそれだけである。発電所が完成した後は、ひたすら電力を作り続けて、それが半ば自動的にお金に変わって、SPCの口座に貯まっていくのだ。


 もちろん発電所が無事に完成するかどうか、完成した後も安定して原料が供給され、事故なくしっかり発電してくれるかといった懸念は存在するが、黒船という企業集団をすべて分析するよりは遥かにラクであり、見えないリスクが少ない。このSPCを活用して、発電所だけにリスクとリターンを限定して実行するような融資のことをノンリコースローンと呼ぶ。


 では話を戻そう。



「お金どこが出してくれるんですか?」


「ウォンキットがタイのグルンシー銀行に相談しに行ったらさ、グルンシー銀行って今、葦原銀行の子会社なのよ。それでトントン拍子に話が進んで、葦原銀行とグルンシー銀行が協調で融資してくれることになった」


「なるほど。そうするとこっちで用意しないといけないお金は…160億円−135億円で25億円か」


「いや、うち25億円も持ってないですけど…」


「あ、もちろんウォンキットにも出してもらうよ」


「はい、我が社から5億円出します」



 プラウィットが自信を持って親指を立てた。



「すくなっ!」


「我々は今回投資家というよりは発電所のオペレーターですから」


「残り20億円。工事代金は前金50%、完成時に50%だから、差し当たって必要なのは10億円」


「…その10億円は?」


「発電所の開発用地をこのSPCに10億円で売るので、プラマイゼロ」



 ようやくパズルのピースがはまって安堵する矢原と細矢。またいつもの如く、姑息なお金のマジックを使った錬金術である。



「最終的にうちにはどれくらい収益入ってくるんですか?」


「年間4億円です」


「…純利益で4億円はデカいですね、確かに」



 昨年度の黒船グループ全体の利益が1.3億円ほどだったことを考えると、発電事業だけで実にその3倍である。



「金の話は分かったが、プラウィットさん。あんたらは何故これをやろうとしてるんだ? たいして出資もしないのにさ」


「実は東北地方でも1つやろうと思っていまして、こっちは投資的にはおまけです。我々は完成後のオペレーターとしてフィーをもらいながら発電に必要な原料を売る。それだけで十分ビジネスとして成り立ちます。日本は単価が高いですからね」


「ーーーそうか、FITか」



 FIT制度(固定価格買取制度)とは、太陽光、風力、バイオマスなどの再生可能エネルギーの普及促進を目的として、これら再生可能エネルギーで発電した電気を一定の期間、一定の価格で電力会社が買い取ることを国が保証する制度のことである。



「タイに比べて日本の売電単価は遥かに高い。木国バイオマスはFIT32円で売れます。タイだと…10円もしません」


「なるほどな…安定した売上が確保できるから、フィーや原料の価格を上乗せしてもペイできるってことか」



 プラウィットは再び壇上で注目を集めると、説明資料のスライドを動かした。



「これで黒船サッカーパークは実質自家発電できる施設へと切り替わりますので、電力も使い放題です。また、住民の皆様へのご説明もお任せください!」


「実際ニオイとか騒音とか大丈夫なんですか?」


「燃料からは木の匂いがしますね。これをどう思うかは個人差ですが、チップの保管を建屋内で保管し、短いサイクルで入れ替えます。また煙突から煙は出ますが、基本的には無色。冬になると白く見えるかもしれません。騒音については、発電所の一部を吸音・遮音性能のある防音壁で覆うことでカバーします。防音壁外側における音の大きさは市の条例基準を無論クリアします」



 ただ、そもそもこの黒船サッカーパークは隣で現在JPスチール和歌山製鉄所が稼働しているため、この発電所だけを切り取って何かクレームが来るということは想定しづらいとプラウィットは補足した。



「いかがですか、矢原社長、細矢社長。本件ご承認頂けますでしょうか」



 細矢は頷いた。矢原も最終的には渋々頷いた。


 プラウィットは大袈裟に頭を下げて一礼すると、糸瀬は軽く拍手をしてプレゼンテーションに対するリスペクトを見せる。


 こうして木国バイオマス発電所の建設が決定された。今回は専門的な施設の建設となるため田辺組の力を借りることはできないが、バイオマス発電所の建設に実績のある大手ゼネコンに発注される。


 2021年7月、稼働開始予定。






つづく。

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