第46話 県2部リーグ第3節(19/8月)
(簡易人物メモ)
真田宏太: 南紀ウメスタSC所属FW
木田: 南紀ウメスタSC データ収集班
糸瀬貴矢: 黒船SC 代表
濱崎安郎: ASKグラーツ コーチ
※選手は割愛
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2019年8月。約3ヶ月ぶりのリーグ戦が再開された。和歌山県社会人サッカーリーグ2部の第3節、南紀ウメスタSCはホームでFC紀伊新庄と対戦する。
足首の怪我でチームから離脱している真田宏太が、黒船サッカーパークのメインスタジアムへ姿を現した。
思っていた以上に移動に時間がかかってしまい、試合開始には間に合わなかったようで、すでに観客席にはウメスタサポーター総勢300名を率いて声を上げる高橋の姿と、その一団から少し離れたところに座る木田の姿があった。
「お、真田くん!」
真田の姿に気がついた木田が大きく手を振った。そういえば、観客席からチームの試合を見るのは初めてである。
「怪我はどう? うーん、まだちょっとひどそうだな…」
「あ、いえ。こいつは早く治るように大袈裟に持ってるだけで、一応歩けますよ」
真田は観客席に腰を下ろしながら、手にしていた松葉杖を持ち上げてみせた。木田はやや安心したように息をつく。
「試合はどうですか?」
「まだ始まったばかりよ」
「絶対安静とか言われてほとんど練習見に行けてないんすよね」
特にチーム状況を伝えてくれるスタッフがいるわけでもなく、外からの情報は公式サイトやwetubeくらいしかない。もう少しチームメイトに連絡とかすればよかったと思うが、一番仲の良い西野も自分からどんどん情報発信するタイプではないし、結論として真田がチームを離れている数週間。ほとんど情報は入ってこなかった。
真田がピッチの方に視線を向けると、いきなり思わず二度見してしまった。ユニフォームが白梅色であることを改めて確認する。やっぱりウチのチームだ。
「え、あの…木田さん。…あの人誰ですか?」
「ん?」
ウメスタの左サイドで躍動しているその選手は7の背番号をつけていた。
そして日本人とは思えない褐色の肌。
「ああ、アドでしょ」
「アド!?」
当たり前だが、木田はその男を認識していた。ということは正式に南紀ウメスタ所属の選手なのである。ちょっと家にいる内に真田は浦島太郎状態になっていた。
「あ、そうか。それも知らないのか。本当に安静にしてたんだな。…えーと名前はアディソン…ーーーなんだっけな、苗字は複雑で忘れたわ。みんなアドって呼んでるよ。真田くんも見かけたことあるんじゃない?」
「いや、あの人、外国人じゃないですか。そんな知り合いいないです」
「え、いつも試合の日にいるじゃん。キッチンカーに」
「キ、キッチンカー?」
予想もしていない言葉が飛び出してきて、聞き返した真田の声は裏返っていた。
「うん、あの木国商店街の有名なカレー屋だよ。カレー屋の息子。アディソンくん」
「カレー屋……あ」
そういえば黒船カップ決勝の日になんかボール遊びをしていた集団があったことを真田は思い出した。あの時の彼か。
「…左のウィングバックですか」
「どっかのフットサルのチームにいたらしいんだけど、引き抜いたんだと。ちなみに在日タイ人で、日本語もペラペラよ」
タイ人。ムエタイくらいでしか聞きなれない言葉の響き。1ヶ月チームを離れている間に突如としてグローバルな風がウメスタに吹いていた。
「フットサルだとクロス放り込むことはないし、ゴールのサイズが全然違うからシュートもアジャストが必要なんだろうけど、やっぱドリブルはうまいよな。遊びとはいえ、あの伊勢瑞穂の児島を1対1で抜いてるっていうのは伊達じゃないな」
ウメスタは明らかに左サイドから攻めている。早くアドをフィットさせようというチームの意思を感じるし、今のところアドもそれに応えているように見えた。
前半25分、アドのドリブル突破からショートパスを受けた三瀬のシュートが決まり、南紀ウメスタSCが先制する。
「よし!」
木田の小さなガッツポーズを見て真田も表情を緩めた。それにしても黒船カップ以降、三瀬の存在感が高まっていることを改めて感じる。
「おーい、真田くん」
不意に声をかけられると、南紀ウメスタSCの運営会社である黒船サッカークラブ代表の糸瀬が、サポーター席から少し離れたところで真田を手招きしていた。
「悪いね、怪我してるのに、ここまで来てもらって」
「いえ、大丈夫です。あの、こちらは?」
糸瀬の横に座る男性が立ち上がる。
「はじめまして。濱崎安郎と申します。よろしくお願いします」
「はぁ…」
差し出された右手に対して機械的に握手で返すと、後ろで糸瀬が補足した。
「真田くん、明日からこのアローくんに英語教わりなさい」
「は? 英語?」
突然そんな話が飛び出してきて、真田は思わず間の抜けた返事をしてしまう。
「今のうちに英語覚えておいたほうがいいよ。それもただの英語じゃなくてサッカーの英語ね。彼はこう見えて、ヨーロッパのクラブで働いてる人間で、英語はペラペラなんだよ」
「はぁ…」
「いずれ選手全員にやってもらうつもりだったんだけど、ちょうど怪我してるでしょ? だから先行してマンツーマンで教えてもらって」
「え、選手全員ですか?」
「そう」
いまいち糸瀬の真意がわからずに首を傾げる。
「海外で活躍したくないの?」
「…あ。そういうことっすか」
「単純に海外でプレーしなくても、ウメスタに外国人入ってくるかもしれないぜ。それに監督だって、外国人を呼んでくるかも。新しくチームに来たアドくんは日本語できるからいいけど、ほら、日本でサッカーやる場合も英語は使うでしょ?」
それは、その通りだ。真田は海外志向は強くないが、選手の市場価値を決めるのはプレーの質だけではないことは分かる。
言語をはじめとしたコミュニケーション能力や性格、生活態度だってすべて関係する。全世界のプロ選手と比較されながら生きていく以上、トレーニング以外にやることはたくさんあると、真田は改めて認識した。
「理解しました。…あの、あろーさん? よろしくお願いします」
「こちらこそ。ずっと日本にいるわけじゃないけど、海外にいてもウェブでできるからね」
「学校で得意ってわけじゃなかったですけど、頑張ります」
「よし、ついでに試合も一緒に見よう」
流れで濱崎の隣に座らされ、改めてピッチに目を落とす。その時ちょうど西野の下手くそなクロスを小久保が頭で押し込んで、ウメスタが追加点を上げたところであった。
「試合は勝てそうかい?」
「はい、前半で2点取れたんで、大丈夫かなと」
「自分が出てない試合を見る気分はどう?」
「はぁ…とりあえず勝てそうでよかったです」
濱崎は試合の様子なんて気にもせずに真田を見つめる。
「悔しくはない?」
「え? あ…はあ。チームに貢献できないのは残念です、けど…」
悔しいという感情は正直あまりないかもしれない。それよりもそんなことを英会話の講師が聞いてくることの違和感の方が勝っていた。
「…なるほどね。キミは今の自分の立場を助っ人みたいに考えてるのかな」
「え?」
「過去の経歴を見たよ。僕は日本のサッカーはあまり詳しくないけど、高校卒業後、大学でサッカーをやって、その後Jリーグのどこかのクラブへ行くとか、そういうキャリアプランだったの?」
「そう、ですね。…そうなったらいいなとは思ってました」
曖昧に頷く。今やそんな状況ではないが、家庭の事情がなければ、今頃大阪文化大学のサッカー部に所属し、関西サッカーリーグでプレイしていただろう。
「その理想像からすると、今の自分の立場はあまりに乖離している。本来であればもっと上のカテゴリでプレイできる質を持っているけれど、あえてレベルの低いリーグに付き合ってあげてる、そんな風に思ってる?」
「い、いや…そこまで偉そうなことは思ってませんよ」
「…そうかな。ウメスタに入ってからの記録も見たけど、結構アシストや起点になるようなことも多いよね。プレイに幅があると言えば聞こえはいいけど、迷っているとも見れる」
「迷ってる?」
「ワンマンチームみたいになるのを怖がってる? 自分のプレイで周りを成長させようってことかい?」
真田は言葉を返せなかった。やや図星であることも事実だ。そこまで明確に認識してはいなかったが、見る人が見ればそういう風に映ることもあるのかと真田は下を向く。
それにしてもなんだこの人。そのさらに隣に座る糸瀬が何も口出しをしないことも違和感に拍車をかけていた。
「ごめんごめん、生徒のことを少しでも知りたくて色々聞いてしまった。授業のスケジュールはまた今度話そう」
根掘り葉掘り聞いてきた本人は颯爽とスタジアムを後にして、真田は一人取り残されたまま、試合の行方をただ眺めていた。
プレイに迷いがある? そんなのは当然だった。そもそも人生に迷っていると言ってもいい。真田は目の前のサッカーをただこなすことで、そういった将来と向き合うことを避けていたとも言える。
試合は3-1で南紀ウメスタSCがが勝利し、リーグ開幕から無事に三連勝を飾ったが、後半の試合内容を真田はほとんど覚えていなかった。
南紀ウメ 紀伊新庄
3 ー 1
25' 三瀬 83' 福田
37' 小久保(西野)
53' 大橋(三瀬)
つづく。




