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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン1(2019)

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46/113

第44話 第1回黒船カップ決勝③

(簡易人物メモ)

オレンジ熊野: 黒船ch 実況担当

真弓一平: 黒船ch 解説者

高橋: 南紀ウメスタSCサポーター

木田: 南紀ウメスタSC データ収集班

真田裕太: 木国高校サッカー部 真田宏太の弟

真田翔太: ウメスタキッズサポ 真田宏太の弟

※選手は割愛


ーーーーーーーーーー

【07.12 15:30 黒船SP The field of play】



『これは驚きました。伊勢瑞穂FC、終盤に来て選手交代と合わせてシステムを変えてきました!』


『25番の選手…今大会初めての出場ですね』



 でかい、というのが最初の感想であった。決してガタイがいいわけではないが、伊勢瑞穂FCは小柄な選手が揃っていることから、なおさらその上背は目立っていた。


 25の背番号をつけた紫の巨人が、のしのしとピッチを横断すると、相手エース児島をも追い越して最前線に張り付いたのである。


 ゼロトップではなく、1トップのターゲットマンを据えた上で、児島をシャドーストライカーとして起用する相手の意図が見て取れた。



「そんな隠し球があんのかよ…」


「隠し球になるかどうかは分からないんですけどね」



 大西の独り言に対して、児島がつぶやく。


 大西は軽く頭を振った。元々使える戦術なら試合の最初から使っていたはずだ。このタイミングでの選手交代は、それができなかった理由があるということを意味した。決してこの交代が自分たちに不利に働くとは限らない。


 下村の方に視線をやると、監督が小さく頷く。言葉を交わさずとも理解した。


 システムは変えない。おそらく25番の役割はポストプレーだろうが、そこは最終ラインの下村と大橋が対応する。大西は引き続き児島についていくということだ。


 一方、選手交代の際に中盤でも選手間でのコミュニケーションが行われた。



「西野さん。私もう少し前に行くんで、ボールくれませんか?」



 三瀬の一言に西野が振り返る。先程同点ゴールを決めたからか、その様子ははつらつとしており饒舌だ。



「私はバイタルエリアに張り付きます。さっきのフリーキックを相手が気にしていたら、そこでボールが持てるかもしれない」


「わ、わかった。それより、その、なんで僕に?」



 西野が問うと三瀬が周囲に目を走らせた。



「みんな疲れてます。元気なのは後半から入ってる私と、体力のある西野さんだけ。分かるでしょう」



 二人で逆転しよう。そういうメッセージだと西野は受け取った。


 相手は前線に一枚選手を振り向けた分、中盤が先程よりは手薄になっている。リスクを取ったということである。であれば、こちらはそれを逆手にとって中盤でボールを持って逆転ゴールを狙いに行くのだ。


 西野は改めてピッチの状況を確認しながらチャンスを待った。しかしながら、伊勢FCがわかりやすいターゲットマンを得たことで、ロングボール主体の攻撃に切り替えたため、中盤が間延びし始めている。


 なんとか試合を落ち着けたいところだが、なかなか攻撃に絡む位置にボールはやってこない。そのじれったさに西野は口元を噛み締めた。


 そして後半35分、試合が動く。



「大橋さん!」


「ぐっ…!」



 ここまで途中交代の選手と何度も空中戦で競り合ってきた大橋がバランスを崩すと、ボールが相手のエース児島へ。後半になっても衰え知らずの体力を活かし、ジャンプ一番。抜け出してボールを収めた。



「打たせるな!」



 距離が近すぎて飛び出さない礒部の声が響く中、ファウル覚悟で止めに行った大橋と、身体を張ってスライディングタックルにいった下村を、シュートフェイント一発でかわすと、児島はそのまま左足を振り抜いた。


 礒部が腕を伸ばすが無情にも届かず、ウメスタを突き放す追加点が伊勢瑞穂FCにもたらされた。



『ゴーーール! 後半35分、ついに均衡が破れました! リードしたのは伊勢瑞穂FC、やはりエースの児島、ゴール前での存在感はずば抜けています! 南紀ウメスタSCは苦しい展開になりました!』



 伊勢の星はその肩書きに劣らぬ輝きを放った。明らかにリーグレベルを飛び越えた実力である。



「切り替えるぞ!」


「出せ! ボールだ!」



 そうだ。そんなことは前半から分かっていたことではないか。割り切ると決めた以上、前を向け。


 ピッチに倒れ込む伊勢FCイレブンを横目に、大橋がすぐにボールを拾い上げると、三瀬と真田がハーフウェーラインにセットしてレフェリーの笛を待つ。



「ふぅ…時間がありません。やることをはっきりさせましょう」


「同感だ」



 三瀬は時計を見ながら額の汗を拭った。残り時間は10分を切っている。逆転だなんだは考えない。とりあえず目の前のゴールを奪う。それだけ考えていた。



「相手にやられたことをそのままやり返しましょう。ボールを持ったらすぐに小久保さんに長いボール入れます。その後は真田さん、なんとかしてください。小久保さんと近い距離でいてくださいよ」


「右サイドに流れるなってことだろ」


「そうです。そっちは西野さんがなんとかします」



 もはや攻めるしかなくなったウメスタは最低限のディフェンスを残して総攻撃の体制を取る。一方で伊勢瑞穂FCもさすがに守りを固める方向でラインを下げてきた。


 中盤でボールを持った三瀬に対して、相手MFが一気に距離を詰める。三瀬は裏をかいてドリブルで強引に突破を試みようとしたが、視界の片隅に動く白梅のユニフォームが見えると、そちらへボールをはたいた。



「西野さん!」


「わかってる!」



 顔を上げた。当然ながら小久保、真田の2トップにはきっちりマークがついている。関係ない、それでも上げる。ゴール近くになれば、何かが起こる可能性はあると信じるのだ。


 西野はできるだけ対空時間を意識したハイボールをバイタルエリアに放り込むと、三瀬とともに自らも相手陣内に突っ込んでいく。


 小久保が最後の力を振り絞り、空中戦で相手もろとも倒れ込む。笛は吹かれない。


 相手DFがクリアしようと僅かにボールに触れたが、突っ込んだ西野の身体に当たってイレギュラーバウンドすると、小久保のすぐそばで待ち構えていた真田が反射的にボールを拾った。


 すぐさま足を振りかぶる。そして、相手DFを引きつけてから横にドリブルでスライドした。



「フリーだ!」



 この距離、この時間帯。真田であれば必ず決めてくれるという期待を背負って、エースが同点となるゴールを蹴り込むはずであった。



「っう…!」



 どん、という音が聞こえたかのように真田の身体が宙に浮いた。


 相手DFのスライディングが、真田に襲いかかったのだ。


 どう見ても足にいっていたことは明らかであった。


 真田が芝生に倒れるのと同時にレフェリーの長い笛がピッチに鳴り響いて、スタジアムが揺れた。



「真田!」


「真田くん!」



 そばにいた小久保と西野が駆け寄る。すぐにスタッフがピッチ外から走り込んできた。真田は身体をよろよろと起こしながらスタッフとともに状態を確認する。

 


「おい! おまえ…ふざけんなよ!」


「児島、やめろ…!」



 真田を倒した伊勢FCの選手にイエローカードが提示されると共に児島がその選手に突っ込んでいきそうになったところ、紫のユニフォームがそれを制止する。なぜ味方である児島が激昂しているのか混乱しながらも、選手たちは真田の様子を心配そうに見つめた。


 そしてスタッフが大きく両手を上げて交差させる。プレイ続行は難しいとの判断である。


 それを受けて下村は周りの選手を集めた。



「伝令だ、ベンチに伝えてくれ。真田アウトで上田イン。小久保の1トップで2シャドーに三瀬と上田が入れ。あとはこのままだ。わかったな!」



 西野が全速力でベンチに走って下村の指示を伝えると、すぐに選手交代の笛が鳴った。真田はスタッフの肩を借りて、足を引きずりながらピッチを後にする。


 危険なプレーに対してウメスタの選手たちの怒りはもちろんだったが、伊勢FCの児島が誰よりも感情をむき出しにしていたこともあり、ピッチは騒然となった。



【07.12 15:30 黒船SP ホームサポーター席】



「ねえ裕ちゃん! 宏ちゃん大丈夫かな」


「…わかんねえ。でも一応歩いてピッチを出たから、ひどい怪我ではないと思う」



 観客席で兄の負傷退場を目の当たりにした末っ子の真田翔太さなだしょうたは、兄の真田裕太さなだゆうたの袖を引っ張る。


 ピッチ同様にサポーター席もざわざわとしていた。新チームになってから選手が怪我して退場するのは初めてだ。



「…自分を重ねたんじゃねーかな」


「え?」


「伊勢の10番、怪我でずっと試合出れなかったんだろ、確か。だから、あんなに味方に怒ってんだよ」


「…そうか」



 わざとではない。だからこそカードは赤ではなく黄色なのだ。上から見ていても悪質なプレイとまでは判断できない。仕方ないとしか言いようがなかった。



「…ベンチに監督がいればな」


「え?」


「こういう時、ベンチに監督がいれば、指示は変わったかもしれない」



 真田のポジションを上田に切り替えたままの試合続行。それ自体は妥当だとは思うが。



「俺は監督じゃないけど、俺だったら西野を一番前にした。ピッチに出ている選手の中で、一番キレがある。さっきのボールもしっかりコントロールされてた。体力あるってのはやっぱ強みだな」


「な、なんでそうしないんだ?」


「ピッチの中にいるシモさんは分からないさ。ただでさえ、途中投入された選手を起点に追加点入れられて、自分のエリアを維持するので精一杯だろ」


「そ、そりゃそうか…確かにな」



 今まではここまで接戦になった経験がなかったし、選手の負傷退場というイレギュラーが試合中に起こることも少なかった。


 ただ、ここまで試合の展開が変わると、俯瞰でピッチを見れる人間が的確な指示を与えられるかどうかは試合の行方を十分に左右し得ることを痛感する。


 90分の戦いに終わりを告げる長い笛がピッチに鳴り響いた。


 控えめに優勝の喜びを表現する伊勢瑞穂FCと、その場でピッチに倒れ込む南紀ウメスタSCイレブン。


 サポーター席に座る木田は大きく深呼吸をしてから、呆けていた高橋を小突く。高橋は我に帰ると、サポーター勢をまとめて改めて大きな声を上げた。


 その声がやがてピッチ全体に広がっていくと、選手たちは起き上がり、サポーターの近くまで歩みを進めてくれる。


 南紀ウメスタSCは1-2で黒船カップのタイトルを逃した。



南紀ウメ      伊勢瑞穂

  1    ー    2

66' 三瀬(FK)   45' 児島(PK)

          80' 児島






つづく。

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