第21話 祭りの反響(19/3月)
(簡易人物メモ)
細矢悠(6): 黒船TA 代表
福島亜紗(5): 黒船TA 広報担当
佐藤(3): 黒船TA 撮影班
田中アンナ(2): ジョージ屋 店主の妻
真弓一平(5): 黒船SC 管理部長
矢原智一(6): 黒船SP 代表
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2月24日に行われたプレシーズンマッチの動画は、予告通りに前後半に分けてwetubeに公開された。
どちらも長編動画であるため再生回数は正直さほど伸びているとは言い難かったが、登録者数は一気に800人へ増加するとともに、動画のコメントの雰囲気も変わってきた。
@momimomi_season
4月から県リーグ2部?余裕で突破しそうだな。
@side9969
練習試合と公式戦は全然違うだろ。シェガーダだって本気じゃないだろうし。
@ncff_jo
それ言ったら梅もおんなじじゃん。素直に評価されるべきじゃね?
@キノコ
和歌山県リーグの情報少なすぎる笑。どっか梅に勝てそうなチームあるんか?
@きたあおやま
あの10番は誰?
@takahashi
真田宏太です。高校の全国行った選手ですよ。
@utauta
選手の紹介動画とか出してほしい。
黒船本社ビルの隣の隣に佇むカフェレストランバーであるジョージ屋に、細矢、福島、佐藤の3人が揃ってモーニングを満喫していた。
「動画のコメントでも言われてましたが、選手の紹介動画はやりたいっすね」
wetubeの直接担当である佐藤がスマホを見ながら二人に話しかけると、トーストをかじったまま細矢が福島の方を向く。
「確か来週なんか撮影あったよね、福島さん」
「ありますあります。ポスター用の撮影。そこで時間取って、試合の感想とかインタビュー動画撮りましょうか」
プレシーズンマッチは成功だった。勝利というわけにはいかなかったが、格上相手に引き分けという結果は周囲から好意的に捉えられている。
動画の反応も悪くない。頭ごなしに批判するようなコメント勢は減り始め、来季のリーグ戦の展望や今後の選手獲得など、未来の話題が増えてきていた。
「あの、西野くんはチーム入るんですか?」
「入るって。昨日真弓さんが教えてくれた」
「そりゃあ、いないと困るわよねえ」
三人のモーニングタイムに割って入ってきたのはジョージ屋店主の奥様こと田中アンナである。どうやら試合の日は近所のよしみで夫婦揃って応援に来てくれていたそうだ。さりげなく店の壁にユニフォームまで飾ってくれており、ありがたい限りである。
「真田くん?の方がイケメンだけど、あたしゃ西野くん派だね」
「顔かよ」
「あ、でもちょっと分かります。母性をくすぐる感じっていうか」
動画では俯瞰で見られることと、そもそも試合映像を全部見るのはいわゆるサッカー玄人が多いため、2点目は真田のラストパスの方が評価されているようだが、終盤に同点弾を叩き込んだ本人である。顔の話は置いておいても、西野は現地観戦していたサポーターからの人気は高い。
「大橋くんが働いてる梅農家の息子さんなんでしたっけ」
「そうそう。あと小久保くんもね」
「大橋くんが職場で説得したらしいよ。それに、サッカーに理解ある環境だから助かるよね」
社会人サッカーはプロとは違い、仕事との両立が必要になるため、職場から理解を得られるかどうかも、パフォーマンスに大きく影響するのである。小久保はセレクション合格組の一人であり、FWとしてプレシーズンマッチでもフル出場していたが、彼は他県の選手であり、仕事面での待遇が入団の決め手であったそうだ。
一方大橋はヤマト製鉄をリストラされた後、このジョージア屋の紹介で、西野農園に住み込みで働いていた。クラブ名を象徴する梅農家で、選手の職場でもあり、息子は所属選手とサポーターと言うのだから、なんとも縁の深い存在になってしまったものだ。
「とりあえずチームの方は順調に進みそうで安心したよ、次はビジネスの方だなぁ」
「wetubeは多分今月中に登録者1,000人いけそうなんで、4月から収益化の目標は達成できると思います」
「ありがとう」
動画作成コストを先行投下してきた甲斐もあって、4月からようやく投資回収フェーズに移れそうである。再生回数に対して1円にも満たない単価ではあるものの、塵も積もればなんとやらだ。
「とはいえ、やっぱり収益の柱って規模にはならないよなぁ」
「広告収入だけだと限界がありますよね。もう少し登録者数が増えれば、サブスク始めてもいいですけど」
「サブスク、有料会員ね。それはやりたいよね」
wetubeは不特定多数が見られる広告付きの動画の他に有料チャンネルとして会員向けにサービスを提供できる仕組みがある。サッカーはファンクラブ要素のあるコンテンツだけに、一定の登録者数を確保した段階で有料チャンネルの開設は是非ともやりたいところだ。
「それと、コンテンツがサッカーとビジネス、ふたつ混在してるのも気になりますね。今はその方が登録者数増えていいと思うんですが、どこかで分けてもいいかもしれないです。特に有料チャンネル化するなら、ターゲットはもっと絞った方が」
つまり黒船サッカーパークをビジネスチャンネルとして、それとは別に、例えば南紀ウメスタSC公式チャンネルみたいなものを作るという案である。さすが、元WEBメディアの運営なだけあって的を射た意見に思えた。
「wetube以外だと…あ、ジムはどうなってるんですか?」
「今月出来上がる予定。建物はもうできてて、今は内装工事中だったと思う」
ウメスタのスポンサーとなったトロントジムとの共同事業は、田辺組が順調に工期を進めており、月内には完成予定である。ジムのオペレーションはトロント側に任せられるので、こちらは何もせずに家賃が入ってくる構図である。
「ジムができると、選手のトレーニングもそこでできるようになるから、チームにとってもいいでよね」
「そう、せっかくならサッカーと関連したビジネスをやっていきたいんだけどね」
「んー、…あ、スポーツバーは?」
アンナの一言に福島の佐藤が振り向いた。「いいじゃないですか!」と二人が手を叩いた。
「細矢さんスポーツバーやりましょうよ」
「うーん…考えてはいるんだけど、正直あんまり儲かる絵にならないんだよね。あ、アンナさんの前で言うのは失礼なんですけど」
「痛いところを突くね」
「ただ悩ましいのは、サッカーの街づくりをする上では無視できないというところだよね。タイミングかなと思ってる」
シンプルな飲食業にプラスαで付加価値をつけられる仕組みがあれば検討したいところだ。クラブの公式店舗にするということはひとつのアイデアだが、それで十分に集客できるほど、クラブ自体の知名度がない。
ただ一方で、今後ボールパーク構想を進める上でも飲食というジャンルは避けては通れない。将来的にサッカーパーク内で飲食サービスを提供することを考えると、儲かる儲からないとは別に、飲食業の知見やネットワークを蓄積することは必要であった。
「アンナさん、今度譲治さんの時間もらって、飲食のこと勉強させてもらってもいいですか?」
「ええ、いいわよ。ちゃんと注文してくれるならね」
和気藹々とした時間を打ち破ったのは、ドアチャイムの音すら目立たないほど、勢いよく放たれた扉と、息を切らして入店してきた、黒船SC管理部長の真弓であった。
「真弓さん、どうしたんですか?」
「い、いま小久保くんから連絡があったんですが…その、大橋くんが、西野農園で銀行の人に殴りかかったらしいです」
「は?」
大橋、銀行、殴るという相容れない単語の羅列に、朝食の席は一瞬固まったが、福島が立ち上がった。
「お、大橋さんが殴った側ですか!?」
「銀行員を? なんでまた…」
「サッカー選手なら蹴ればよかったのに」
「全然笑えないです、アンナさん」
話がまったく読めない。おそらく今から行って確かめるのだと察した細矢は、立ち上がり真弓を連れて店を出た。
「大橋くんのことはよく知りませんが、そういうタイプの人なんですか?」
真弓の乗る車の助手席に乗り込むと、細矢はそもそも大橋という人物の人となりをそこまで分かっていないため、確認の意味で質問する。
「まさか! チームのキャプテンですよ。選手同士でもそんな暴力沙汰になったことなんて、一度もないです」
「なるほど。そうなると何か事情があったのでしょうね」
殴りかかるほどの事情が早々あるとも思えないが、職場に銀行の人間がいるということも普通ではない。
「他にこのことを知ってる人はいますか?」
「いえ、事務所には誰もいなかったのでジョージ屋に…」
了解ですと短く話を切ると、スマートフォンを取り出して、糸瀬、矢原と順番にコール。矢原がつながった。
「あ、矢原さん? 細矢です。今どこですか?」
『家』
「家? あ、ジョージ屋いたんですか?」
忘れられがちだが、糸瀬、矢原、細矢の3人はジョージ屋の2階に間借りして生活している。
『聞こえてたよ、さっきの話』
「じゃあ下りてきてくださいよー、もう車で出ちゃいましたよ」
『さっき大橋と電話で話した』
「え、仕事早い。この後俺も電話しようと思ってました。…で、何があったんですか?」
『詳しくは本人に直接聞け。とりあえず細矢、お前は西野農園の数字確認しろ。たぶんそういう話になる』
「…あー、なるほどですね。了解です」
短いやりとりを終えてとりあえず一息つく。矢原の話し方からすると、急いで現場に向かわなければならないような状況ではないようである。
運転席に座っている真弓が忙しなく目の前と細矢を交互に見た。
「矢原さんですか? なんて言ってました?」
「大橋くんと話したらしく、なんか大丈夫そうですよ」
「え、ほんとですか!」
矢原は直接言わなかったが、おそらく大橋の件はなんとかなるのだろう。どちらかといえば、銀行員が西野農園にいたというのが問題の本質なのだ。矢原はそう認識していると細矢は感じた。
「真弓さん、西野農園って経営苦しいんですか?」
「え? あ、いや、ちょっとわかんないですね」
働き手が足りないというところで力仕事のできる若い大橋を紹介した経緯を踏まえると、経営が厳しい印象はなかったが、一概にそうとも限らないか。
細矢はスマートフォンで西野農園や梅農家の時事情報を収集し始めた。
つづく。




