第19話 エキシビション(vsシ和歌山)②
【02.24 14:00 黒船SP ホームサポーター席】
レフェリーの笛がスタジアムに響き、ウメスタボールで90分のプレシーズンマッチが開幕した。天気は快晴、乾いた冷たい空気がピッチ上の選手たちを包む。まずは9番の小久保が大きくボールを前に蹴り出した。
「ウメスタのシステムは3-5-2ですね。去年俺がいた時と同じです」
「DFが3人、MFが5人、FWが2人という意味であることは分かる」
手探りで応援団をまとめ、率先して声を上げている高橋を尻目に、木田は糸瀬の隣で解説係をやらされていた。
「相手はDF4人じゃない? あっちの方が守備に人数がいるってこと?」
「あー、そこはちょっと複雑なんですが、DF3人の3バックよりDF4人の4バックが守備的ってわけじゃないんですよ。例えば…」
シェガーダ和歌山のシステムはぱっと見4-3-3だ。4バックかつFW3枚の3トップ。センターフォワードを真ん中に置いて、両翼はサイドに大きく開いたポジションを取っている。
「本来、3バックと3トップでぶつかると人数が同じだからそれぞれ1対1みたいな形になる気もするじゃないですか。でも実際はこっちの3バックは全員中央から動いていなくて、相手のフォワードには、5人いるMFの一人がDFラインまで降りてきて守ってるんですよ。なので、今のウメスタは5バック。5-3-2みたいな形に見えてますね」
「ふぅん。木田わかりやすい」
「ありがとうございます!」
立ち上がりは緩やかなスタートとなった。シェガーダは相手のシステムを理解すると、3バックの強みである中央の密集遅滞を避けて、サイドから崩す作戦を選択する。
最終ラインの一角を担っていた相手DFが駆け上がり、ボールを持ったFWを外から追い越すのと同時にパスを受けると、半歩遅れたウメスタのDFがマークにつく前に、素早いクロスボールを中央に放り込んだ。
ボールを待ち構えていた相手センターフォワードが、5番の下村と空中で競り合い、こぼれたボールを3番の大橋が前に大きく蹴り出す。相手のセンターフォワードは体格はがっちりしているが、身長は下村と大橋に分があるように見えた。
ボールがピッチの真ん中を横切るハーフウェイラインを少し越えたあたりに落下しようとしたところを9番の小久保がトラップし、ウメスタボールへと切り変わる。小久保は相手DFに背中を預けながら、振り向きざまに鋭いパスを前に送った。
小久保のパスに反応していた10番の真田が、一気に加速して抜け出す形となるも、ボールは真田が触れる前に、飛び出した相手ゴールキーパーによってサイドに大きく蹴り出されてしまった。
「おお…」
「今の一連の流れはお互いやりたいことが詰まっていました。相手はサイドに人数をかけたので、ボールをゴールに近づけることに成功しました。一方で守っていたウメスタは、ボールを奪ってすぐ前に蹴り出すことで、攻撃に人数を割いていた相手ディフェンスが手薄な状態で攻められるので、素早いカウンターで逆に一気にゴールを奪ってやろうっていう動きでしたね。最後のパスの精度が合わずにキーパーに取られちゃいましたが…」
今の攻撃で相手はウメスタのやりたいことが明確に分かったはずである。それを受けて、引き続きDFを攻撃参加させてサイドから崩すのか。それともあえて中央突破を試みて、ウメスタのDFの弱いところ見つけに行くのか。序盤の探り合いが始まった。
【02.24 14:20 黒船SP The field of play】
相手から見て右サイドを攻めたいのだと、6番の大西は確信した。ウメスタは特にどちらかのサイドに偏った守備をしているわけではないので、右と左、どちらにボールが集まるかはシェガーダ側の意思ということになる。この状況下でシェガーダは基本的に右サイドから攻撃を組み立てようとしており、おそらく右ウィングの1対1に自信を持っているのだろう。
単純なクロスでは長身のウメスタDFラインを崩しにくいと判断したのか、サイドバックがむやみに上がることはせず、むしろ前線の個の力で突破する動きに変わっていた。実際、そのほうがリスクを取らない分ウメスタにとっては厳しい。
逆にこちらがリスクを取ってボールを奪いに行くとすれば動くのは大西だが、ただ一方で、前半20分を越えたあたりまで序盤の緩やかなペースが継続しているのは、ウメスタにとっては望む展開である。だからこそ大西はあえて自分の持ち場を離れていなかった。最終ラインから特段の指示も出ていないということは、これでいいのだ。
「大西!」
逆サイドを含めて相手攻撃陣形を確認するため周囲に目を走らせていて、ボールから目を離した隙の出来事だった。
相手ロングスローのボールが、バイタルエリア(ゴールキーパーが手を使って守れるペナルティエリアのすぐ手前のところ)に投げ込まれると、味方がクリアミスをして、ボールが相手MFの前に転がった。
大西がボールホルダーの背中に迫る中、カード覚悟で倒して止めようか一瞬迷ったその時、相手MFがトラップせずそのままインサイドキックで合わせるようなボレーシュートを放つと、なんとボールはそのままゴール左隅に突き刺さった。虚を突かれたため、ゴールキーパーの磯部も動くことができなかった。
練習試合とはいえ、目の覚めるようなファインゴールに、得点を決めた相手選手へシェガーダイレブンが集まっていく。
1,000人近い相手サポーターからも大きな歓声が上がった。
「くそっ…!」
俺のミスか? 俺のミスだ、と自問自答して大西は言葉を吐いた。正直前半20分でイエローをもらいにいくことは賭けだったが、結果としてゴールを決められた以上そうするべきだったのだ。
「このままでいい!!」
ピッチに大きく響いたのは選手兼監督である下村だった。ばしばしと手を叩いて、問題ないとチームを落ち着かせようとしている。
大西は首を振って頭をリセットさせる。責任から逃げるつもりはないが、彼の言う通りだ。やり方は間違っていない。下村の視線を感じて大西は黙って頷いた。
【02.24 14:35 黒船SP ホームサポーター席】
「なかなかきついですね…」
前半も終盤に差し掛かって、試合は0-1。アウェーのシェガーダ和歌山がリードしていた。
先程の1点は正直仕方ないところがあった。あれは決めた本人もほとんどマグレみたいなシュートであったことはその後の喜び方を見ても明らかだったが、先制点を取ったことで相手のプレイに遊びが生まれ始めて、ウメスタのDF陣はかき回されていた。
「どうすれいい?」
「これが後半とかだったら相手も1点リードじゃ不安になって追加点取りに来てくれるんですが、今の相手の戦い方は、前半このままでもいいからっていう余裕が見えるんですよね。そうすると結構色んなプレイを試したりしてくるんで、それでうちの選手が後手に回ってる感じです」
「あ、やばい!」
子供たちの声に合わせてピッチに視線を戻すと、ウメスタの左サイドを突破され、釣り出されたセンターバックの隙をついて走り込んできた相手MFが頭でゴールを押し込む。キーパーの礒部もなんとか止めようと交錯したが、結果として2点目を献上してしまった。ゴールを決めたのは先程と同じ選手。波に乗らせてしまったようである。
「やっぱきついのかなぁ…!」
がしがしと頭を掻いて木田は片手に握りしめていたペットボトルを口元につけてべこべこと凹ませながら飲み干した。
今のは完全に崩された得点だ。何か流れを変えない限り、同じパターンを繰り返されかねない。それが分かっているからこそ、ウメスタの選手たちの背中も重たそうに見えた。
「ーーー声出そうぜ!」
ホームサポーター席の最前列に張っていた高橋が観客に檄を飛ばす。
「チームは苦しい! 選手は頑張っているが、結果が伴わないことはある。俺が去年あそこにいた時もそういうことはあった! そういうときは声で選手を鼓舞するんだ! だからサポーターってのはチームと一緒に戦ってるって言えるんだよ! ーーー南紀ウメスタ!」
「南紀ウメスタ!」
高橋の声に、キッズサポーター3人が呼応した。奇しくも、今の逆境が新人応援団「ヤマト」をサポーター集団に変えようとしている。
100倍となった声援は確かに選手の耳に届いており、ピッチ上にいる多くの選手がこちらを見つめるその視線を感じた。
【02.24 14:45 黒船SP The field of play】
前半終了間際。それはカウンターの場面でもなんでもなかった。スコアは0-2。相手は当然に緩みまくっている。
ハーフウェイライン付近でパスを受けた真田は、ボディフェイント一発で相手中盤の選手を抜き去った。
幸いだったのが、前線にいる相方の小久保が真田のやろうとしていたことを瞬時に理解してくれたことだった。思いきり大袈裟に加速して中央に全力疾走する。
本来はボールホルダーに集まるはずの視線が、小久保の動きに合わせて中央にディフェンスが寄ってくれたことでスペースが生まれた。
単純に脚力で右ウィングに競り勝つと、不用意に近づいてきたサイドバックの左横から裏に向かってボールを蹴り出し、本人は相手DFをボールとは逆の右から抜き去って、置き去りにする。
一気にペナルティエリアが近づいてきた。センターバックが真田との距離を詰める。こちらは小久保以外の選手が上がれていないため、ひとりサイドに選手を割いても中央は手薄にならない。その対応は正解だ。
真田は一旦シザーズでボールを跨いでから、ゴールライン側の狭いスペースにドリブルでボールを通しに行こうとして、再度ボールを強めに蹴り出したが、すかさず反応した相手DFの足に当たり、ボールはラインを割ってしまった。コーナーキックである。
「真田!」
中央で待っていた小久保に対して、真田は頭上で手を叩いて応えた。遅れてサポーター席から「真田! 真田!」と掛け声が届く。真田はサポーターに向かって小さく手を挙げた。
翔太も見にきてくれているし、さらに高校時代のチームメイトがいることにも真田は気づいていた。西野裕太だ。3年の時一緒にプレーしたが、彼は正直監督から過小評価されている選手だと思っていた。
真田はコーナーフラッグまで走ってボールを隅に置いた。最終ラインに陣取っていた下村と大橋が前線まで上がってくるのと同時にボランチの二人がやや下がり目の位置を取ってカウンターに備える。
真田は大きく息を吐いてから、ボールと相手ペナルティエリアで細かく動く味方を交互に見つめた。
前半45分を過ぎた。たいして試合は中断していない。アディショナルタイムはほとんどない、これがラストプレイになるだろう。
真田が右足で蹴ったボールは、ややゴールから遠ざかるように放物線を描いた。
それはチーム一番の長身である下村の頭上を超えて、ため息があがろうとしたのも束の間、そのすぐ後ろを走り込んでいた大橋の頭がボールを捉えた。
レフェリーの笛。
小さく聞こえる熱い観客の声援。
倒れ込んだ大橋の上に覆い被さる梅色のユニフォーム。
南紀ウメスタSCは1-2で試合を折り返した。
つづく。




