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隼人が口にした通り、彼と理が人々から良い印象を持たれるのに、奈穂子は大きく貢献した。
とりわけ理に対しては、女性受けする素質があった部分をはっきりとさせるような、それでいて政治家なのでおしゃれなどにはなり過ぎない、ほどよい感じの魅力的な見栄えにし、ずっといじめられてきた一番の原因と言える、自信のないオドオドとした態度を改めるために、何人もの優秀な心の専門家を探してきて援助してもらう手はずを整えたり、さらには、不足した知識や教養、一般人の視点からというのに加えて彼女自身も勉強した政策のアドバイスなど、普通の社会人でもやっていくのが大変な彼が政治家として人並み以上に活躍していけるよう多大なサポートを行ったのだった。理の心理面のフォローは隼人もやることを考えていたのだが、彼女が約束した助言にとどまらずそこまで引き受けたのは単純に理が心配という気持ちによってで、意識したわけではなかったけれども中学時代にいじめからもっと守ってあげることができなかった罪滅ぼしの意味合いもあったのかもしれなかった。
もちろん隼人にも可能な限りの手助けを行い、隼人と理の二人も奈穂子の頑張りに応えて勉強などを一生懸命やった。
理解するのが難しい事柄を説明してあげるのは、社会党に入ってからは党内にいくらでも教えてくれる人はいるため、彼女は有里沙に言ったように、今では一般人の立場で意見を述べるのがほとんどで、その役割ももはや奈穂子でなくても構わないだろうが、隼人は彼女の考えや感想を重視し続け、話をするときは一言も聞き漏らすまいというくらいの真剣な面持ちで耳を傾けたのであった。
三人は平凡な友人から素晴らしい仲間となり、それぞれ精一杯努力したし、歯車もうまく回った。
そうして至った参院選での躍進——。
とはいえ、その勢いのまま一気に頂上まで駆け上がれるほど世の中甘くはない。「名前を変えたといっても、野党根性の染みついた、それも旧社会党に、政権運営など任せられるはずがない」であるとか、「柴崎隼人は、国の要職に就くにはまだ若過ぎる」といった考えの国民、有権者が、大半であることがさまざまな調査で示されたのだ。社会ドラフトにしても、まだ現実味は小さいものの、いずれは本当に実現するかもしれないと感じられるような流れが続いているために、やはり変化への不安からの拒絶反応が見られるようになったし、弱い立場の側にも、あれが格差の縮小という結果をちゃんともたらすのか懐疑的で賛成しかねるとの意見の者が少なくなかった。しかしその一方で、あまり明確に社会ドラフトを否定すると、既得権を手放したくない強者のイメージがついてしまうので避ける人も多く、それは隼人にとって幸運であった。反対の声が盛り上がったならば、社会ドラフトのアイデアとともに、隼人への期待や注目も急速にしぼんでいった確率が高いからだ。
ともかく、将来の総理候補の一角には確実にラインアップされたのだから、着実に政治家として実績を積み上げて、機が熟すのを待っていれば、チャンスは巡ってくると考えてよさそうなものである。奈穂子も、「急がば回れ。むしろベストな経過をたどっている」という判断だった。
けれども隼人は、「日本、とりわけ弱い立場の方たちに、そんな余裕などありはしない。笑われるかもしれないが、次の総選挙で政権交代を果たすつもりです」と公言したのだ。そして、今や左派の代表的な存在となった彼に対して、ネットには保守層から山のような罵詈雑言が書き込まれていたが、その点について「これほど残念なことはありません」と述べ、それは悪口が嫌ということではなく、次のような理由でだと語ったのだった。
「社会問題化しているネット上の中傷だけでなく、ヘイトスピーチなどにも言えることですが、誰が好き好んで悪役のような立場になりたいと思いますでしょうか。にもかかわらずそうした行いをするのは、そうでもして発散をしないとおかしくなってしまいそうな苦しい精神状態の方が多いためなのでしょう。例えるならば学校で、先生は『いじめはいけない』と連呼しておきながら、いざいじめられたら何もしてくれない。だから自分で身を守るためにいじめる側に回ったのに、それを知った先生が今度は『そんなのは卑怯者のやることだぞ』などと言って責め立てる。この先生がリベラル派と呼ばれる人たちなんですよ。口では弱い立場の方を思いやるような発言をしつつ、自らは何もしないか、しているとしても満足な結果は出せていないのに反省の態度が見えないし、仕方なくいじめるほうになったような人たちを理解してあげようとせずに、けなしまくる。ゆえに左派やリベラリストは一部の人たちから猛烈に嫌われているのです。中傷や差別はもちろん善くないですが、『あなた方がそうした言動をせざるを得ない状況にしてしまって申し訳なかった』と心から謝罪でもすれば、そのような発散を行うのはやめにしようと考え直して、気持ちを制御する努力をしてくださる方はたくさんいらっしゃるのではないかと思います。そもそもリベラル派は弱者の味方というふうに振る舞っていますが、重い障害を抱えながらも前向きに生きているといった、実際は強い人が好きで、本当に弱い人は嫌いなんじゃないでしょうか。それを見透かされているからこそ、多くの普通の人や弱い立場の方たちにもいまいち信頼してもらえていないのだと思います。弱い立場の方たちにもある悪い部分やだらしないところを見せた場合など、いざとなったら自分たちにも『甘えるな』といった、保守派に対してと同じような冷たい言葉を浴びせる雰囲気があるんですよ。ともかく、私も何もできていないですから批判はされて当然で、そうした大量の書き込みを見て何もできていないのを実感して、自分が情けなくて残念という気持ちなのです。つらい立場の方々がそういった批判を書かずに済むよう、手助けをしっかり実行できるように、さらに精進いたします」
このコメントは、どれくらいかは定かでないが、一定の割合の保守層、なかでも極右に近い人たちの心をわしづかみにしたのであった。
さらに隼人はこうも話した。




