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「ドラフトです」
「はあ? ドラフト?」
話していた相手の議員はすっとんきょうな声を出したが、その場にいる他の者たちも皆、同じようなきょとんとした表情になっていた。
「はい。日本ではプロ野球の新人選手獲得で実施されているものが代名詞となっている、あの制度を、スポーツ以外の社会の多くにも取り入れるのです。あれは簡潔に説明すると、弱いチームを救済する分配のシステムなんですよね。それを社会の多くに取り入れるとはつまり、いろいろな方面で弱い立場にある組織や個人を優遇し、格差を縮小するわけですが、野球でいえば試合にあたる、メインの部分の競争をなくしたり制限したりはしませんし、むしろ力が拮抗することで競い合いが促進され、社会が活性化するのではないかと思います。およそ十年前に列島新聞に掲載された、エッセイストの油井利明さんによるドラフトについて書かれたコラムを拝読し、ピンときまして、今述べました案を実現しようというのが、私が政治家になろうと決意した理由なのです。ですから、もし私が行政を司る立場になったならば、必ず実行いたします」
隼人が口にした油井利明氏のコラムとは、次のようなものだった。
〈プロ野球ファンのお楽しみ、ドラフト会議の日が迫ってきました。プロの各球団が、助っ人の外国人を除く、高校、大学、社会人、さらに最近では独立リーグなど、外部から新たに選手を獲得するのに行われるドラフトは、非常に有名ですので、プロ野球の選手はほとんど知らないけれど、その制度のことはご存じ、という方も、けっこういらっしゃるのではないでしょうか。
日本では一位指名、わからない方のために説明いたしますと、各球団が獲得したいなかで一番初めに名前を挙げた、要するに最も欲しいと思っている新人選手が、他の球団と重なった場合に、どこが獲得する権利を持てるかを決めるのに実施されるくじ引きが、特に知られていますね。それどころか、このくじ引きがドラフトそのもののようにさえなっていますが、本来のドラフトの目的や趣旨からすると、くじ引きで新人選手を獲得できる球団を決定するというのはおかしいのです。
ドラフト制度を採用した元祖はアメリカで、それも野球より前にアメリカンフットボールでだったと思います(勉強不足のため、間違っていたらごめんなさい)が、その経緯は、ドラフト導入以前はそうであった新人選手の獲得を自由競争にすると、各球団が契約金を高く提示し合って莫大な金額になってしまうので、それを防止するのが一つ。加えて自由競争だと、高額な年棒を支払える資金や、子どもの頃からの憧れといった人気がある球団に、優秀な選手の多くが入ってしまい、強いチームと弱いチームが固定化され、やる前から結果がわかる試合が増えたり、優勝するチームが簡単に予測できたりと、リーグ全体が面白くなくなり、客も減ってしまう。ですから、前の年の順位が最も低かった現状一番弱い球団から、力のある欲しい選手を獲得できるようにすることで、契約金をある程度の額に抑えられると同時に、チームの戦力差が縮まるようにしたわけです。なので、くじ引きで獲得できる球団を決めてしまっては、契約金の問題は良いとしても、一番強いチームが一番優れた選手を手に入れる可能性が当然ありますから、ドラフトの趣旨にそぐわないのです。
現在アメリカでは、野球やアメフト以外のどのチームスポーツでも、基本的にこのドラフトを採用していると思いますけれども、そもそも選手は就職先である自分が所属するチームを選択する権利を有しているはずです。好きなところを選べない代わりに、入団から何年か経てばどことも自由に交渉して移籍できるようになる、フリーエージェントという制度も用意されてはいるものの、それを行使する前に選手生命が絶たれてしまうケースも考えられますし。つまりドラフトというのは、そうした大事な権利を奪ってまでも弱いチームに配慮しているのであり、本番の試合のシーズンに突入すれば遠慮のない厳しい戦いが待っているとはいえ、無慈悲と思えるほどの競争社会のアメリカで、このような制度が当たり前になっているのは意外に感じられます。その一方で、弱者をおもんぱかって平等を重視する傾向が強いヨーロッパにおいて、最もメジャーなスポーツであろうサッカーの新人選手獲得は自由競争なんですね。ゆえに、ヨーロッパのサッカーチームは強豪なのと弱小なのがかなり固定しています。
これには、ヨーロッパはどの国もサッカーが盛んで、各国の上位チームによる欧州リーグが存在するために、国内では優勝を狙えるクラブが限られていても、二位や三位くらいに食い込めれば、そのリーグに出場できて他国の上位チームとの試合を楽しめたり、野球と違って、一部や二部、三部など、上下にリーグがあって、一部で下位になると二部へ降格し、二部で上位になれば一部へ昇格するといった、入れ替え制度があるゆえ、弱くても、現在いるリーグに残留できるか、その年の最後まで目が離せないという具合に、盛り上がらない事態を回避できる仕組みになっているのもあるのでしょうが、それにしても、アメリカとヨーロッパで、一般社会とスポーツ界の弱者に気を配るスタンスがクロスしているようなところは、面白いと申しますか、注目に値するのではないでしょうか。よく、ああだこうだと国民性や民族性が言われますが、やはり同じ人間、それほど違いなどなく、弱い立場の人に優しかったり冷たかったりというのも、いろいろな要素が絡んだりして、結果的にそうなっただけな気がします。
さて、日本のプロ野球に話を戻しますと、もしも選手が入団を望まない強豪チームが交渉権獲得のくじを引き当ててしまったら、今説明しました制度の目的からすると最悪のシナリオですし、くじ引きは一見平等なようで、ほぼ毎年当たりくじを引く運の良い球団と、反対に外ればかりの運の悪い球団が出てくるものです。完全ウェーバー方式という、最下位だったチームから順に欲しい選手を獲れる本来のドラフトのやり方が、やはり筋が通っているでしょうし、そう改めるべきとの声はずっと以前から常に存在しています。
それでも、よほど大きな問題でも起こらない限り、このくじ引きが廃止になることはないと思います。なぜなら、プロ野球ファンを中心とした、人数が圧倒的である無責任な第三者の立場の人たちにとって、待ち望んだ宝くじや競馬の結果がわかるときのような、これほどドキドキワクワク楽しむことができるシステムは、世界中を探してもそうはないでしょうからね〉




