第9話① 都久夫須麻神社 前半
日曜日。 朝。
彦根城高校へ通う市島姫乃は、小さな旅行鞄を肩へ掛けて家を出た。
市島姫乃。彦根城高校2年生。背は165センチくらい。小さい頃から長刀と弓道をやっているだけあって、体は引き締まっており、筋肉質。それでいてプロポーションもよい。見た目は気が強そうで明るそう。姿勢もよい。いわゆる正統派美人といえる。
「行ってきます。」
母が笑顔で送り出す。
「気を付けてね。」
「はい。」
父も玄関まで見送りに来た。
「宮司さんにもよろしくな。」
「うん。」
市島家は代々、都久夫須麻神社へ仕える家系だった。父も母も、今は竹生島で働いている。姫乃自身も、小さい頃から建部神社保育園へ通い、神社を身近に感じながら育った。中学からは、後継者教育のため彦根城中学校へ進学。中学校時代は毎週のように通ったし、今でも長期の休みの日になると、竹生島へ帰る。
姫乃にとって都久夫須麻神社は、神聖な場所というより――「ただいま。」と言いたくなる場所だった。
◇
長浜港。
フェリーが静かに出航する。湖面を渡る風が心地よい。姫乃は手すりへ寄り掛かりながら、竹生島を眺めていた。
「やっぱり。落ち着くなぁ。」
ここ数日、ずっと胸の奥が落ち着かなかった。理由は分からない。ただ、(帰って来い。)そんな声が聞こえる気がした。
◇
都久夫須麻神社。
「おはようございます。」
「おお、姫乃ちゃん!久しぶり。また背が伸びたな。」
宮司も。巫女さんも。皆、昔から知っている顔ばかりだった。
姫乃は笑顔で頭を下げる。
「今日は何となく帰ってきたくなって。里帰りみたいなものです。」
宮司は少し不思議そうに笑う。
「実はな。今日は朝から妙なことが続いておる。」
「妙なこと?」
「社殿の鈴が、誰もおらんのに何度も鳴るんじゃ。」
「風じゃないんですか?」
「今日は無風じゃ。」
姫乃は少し首を傾げた。
◇
本殿。
姫乃はいつものように手を合わせる。二礼二拍手一礼。
「いつもありがとうございます。」
静かに目を閉じる。その瞬間だった。鈴が鳴る。
チリン……
チリン……
チリン……
優しい音色が境内へ響く。姫乃はゆっくり目を開けた。誰もいない。それなのに。
社殿全体が淡い光に包まれていた。
「……?」
その光の中から、一人の女性が歩いてくる。白い衣。長い黒髪。湖のように穏やかな瞳。思わず息を呑むほど、美しかった。
女性は微笑む。
「お帰りなさい。」
姫乃は自然と頭を下げた。
「……ただいま。」
言ってから気付く。
「え?どちら様でしょうか?」
女性は少しだけ困ったように笑う。
「毎日お参りしておったのに。名乗らねば分からぬか。」
「ご、ごめんなさい。」
女性は優しく頷いた。
「我が名は。市杵島姫命。」
姫乃は数秒固まる。
「…………。え。…………。えええぇぇぇぇぇぇ!!」
思わず後ろへ飛び退いた。
「神様ぁぁぁぁ!?」
市杵島姫命は肩を震わせて笑う。
「やはり。その反応になるか。」
姫乃は慌てて正座した。
「し、失礼しました!」
「いや。いつもどおりで良い。」
姫乃は少し安心して息を吐く。
「良かったぁ……。」
「でも。」
「神様って、本当にいらっしゃったんですね。」
市杵島姫命は微笑む。
「ずっと。ここにおったぞ。」
次回お昼の12時更新です。
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