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麦城の語り  作者: yoshi-0213-1023-1106-0326


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そしてまた静寂へ。

数刻後。

 

夜明け前の空が、不気味な赤色に染まり始めた頃、城門の外から、いくつもの馬の蹄の音が聞こえてきた。

呉軍の騎兵が、勝利の雄叫びを上げて近づいてくる。

 そして、一人の兵士が、城門の前で大声で叫んだ。


 「聞け!そなたたちの主、あの関羽はすでに我が軍が捕らえた!お前たちの将軍は、すでにいないのだ…!」


別の呉兵も言う。


「陸遜さまの温情のお言葉にも聞く耳を貸さず、関羽は首を打たれたのだ!!」

 

その言葉に、城内に残っていた兵士たちは、動揺した。

だが、王甫と周倉は、信じようとはしなかった。

 

「黙れ!黙れ!そのような虚言を誰が信じるものか!」

 周倉が、血を吐くような叫び声を上げた。


 「そうだ!虎でさえ恐れをなし、尻尾を巻いて逃げ帰る関羽将軍が、そなたたち呉軍の木っ端ごときに捕らえられるものか!戯言を申すな!そのような流言に我々は騙されるものか!!」

 

その言葉に、王甫も深く頷いた。

彼らの瞳には、将軍への揺るぎない忠誠心と、深い悲しみが入り混じっていた。

 だが、その直後、呉軍の兵士が、一本の槍を掲げた。その穂先には、晒された二つの首級がぶら下がっていた。

 

直も周倉、王甫以下、わずかに残る兵達は信じなかった。それほど関羽将軍は偉大だったのだろう。


王甫は言う。


「そのようなものは、偽の首であろう!関羽将軍程のお方が、、、」


首級を掲げた呉兵がさらに近づく。


「よく見よ!これを見てもまだ偽の首と申すか!!」

 

その顔は、冷たかったが、依然として威厳を保っていた。


わしにもわかった。将軍とその息子、関平だった。

あの深い絆で結ばれた親子の首だった。

 

その光景を目の当たりにした瞬間、城内に残っていた兵士たちは、悲痛な叫び声を上げて、その場に崩れ落ちた。

 

周倉は、信じられないというように、何度も目を擦り、王甫は、将軍の首級を凝視し、その顔から一切の感情が消えていった。

 

王甫は、わしの石垣に手を当て、力なくつぶやいた。

 

「将軍…関平殿…」

 

彼の瞳には、絶望の涙が浮かんでいた。その時、王甫はふいに顔を上げた。

 

わしは、その瞳に、燃え尽きることのない、最後の忠義の炎を見た。

 

「わしは、この身を以て、将軍の無念を晴らさん!」

 

そう叫ぶと、王甫はわしの石垣によじ登り、そのまま虚空へと身を投げた。 

彼の身体が地面に叩きつけられる鈍い音が、静寂な空気を切り裂き辺りにに響き渡る。


 その光景を呆然と見つめていた周倉は、王甫の亡骸に駆け寄ると、涙を流しながら、自分の剣を強く握りしめた。その切っ先を、自らの手のひらに深く食い込ませる。

 

「王甫殿…。お主は…」

 

周倉は、わしの石垣に背を向け、関羽将軍が刻んだ「我倒れぬ」の文字に手を触れた。

 

そして、ゆっくりと、その隣に突き立てられた短刀を抜き取った。

 

将軍は、まだ倒れてはおらぬ。この短刀は、その証。

 

周倉は、短刀を握りしめ、天を仰いだ。その目から、一筋の涙が流れ落ちた。

 

「無念…将軍…。いま、参り、お供仕ります…」

 

そう呟くと、彼は、自らの剣を力任せに石垣に叩きつけ、刃をへし折った。そして、将軍が残した短刀を自らの喉に躊躇なく、深く突き立てた。

 

わしは、その悲痛な最期を、ただ静かに見つめることしかできなかった。

わしの石垣に刻まれた、この二人の男の忠誠は、血と涙によって、永遠のものとなった。


 戦は、いつか終わる。

 そして、人は去っていく。

血の匂いと煙が消え、再びこの地には静寂が戻った。

だが、わしの心には、もうかつてのような安らかな静けさはない。

関羽将軍の無念、関平の悲劇的な運命、そして王甫と周倉の哀しい最期が、わしの魂にこびりついて離れない。

 

その後、わしは再び再建されることはなかった。ただ、苔むし、草に埋もれ、風雨に削られながら、朽ちることを待つ日々に戻った。

時折、旅人が立ち寄り、わしに登ろうとすることもある。

彼らは「昔、この場所で関羽将軍が…」と、楽しそうに語り合っている。

 

ある旅人が、小さな声で語った。

 

「あの関羽将軍の愛馬、赤兎馬もまた、主人の後を追うように死んだと。呉の兵は、名馬を飼いならそうとしたが、あの馬は、主を失ってから一切の馬草を口にしなかったそうだ。あれほどの馬が、主を失って、その後生きることを拒んだのだ…」

 

もう一人の旅人が、それまで黙って聞いていた友に、さらに続けた。


 「わしもこんな話を聞いたぞ。遠い益州の地で、劉備殿は将軍の死を知り、激しく憤怒したと。弟を、関羽将軍を失ったその怒りは、天を衝くばかりであったらしい。それはそれは凄まじいものだったそうだ。呉を滅ぼすまで、決して止まぬと誓ったほどの」

 

わしは、彼らの話を聞いて、かすかに微笑む。

 人間のすることだから、よくは分からぬ。

だが、それでも彼らは、あの将軍の魂の輝きだけは忘れずに、語り継いでくれている。

そのことだけは、わしにとって、ささやかな誇りとなった。

 

わしはもう、新しい城主が来るのを待つことはない。

また戦が起こるのを恐れることもない。

ただ静かに、この地の歴史の一部として、時の流れの中に存在しているだけだ。

 

……わしは、疲れた。

 

もう、眠ろう。永遠に続く、静かな夢の中へ。



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