15話「魔女」
あー、調子が狂う。
忌々しい人間のはずなのに、どうしてこうも感情を揺さぶられるんだ。
これもきっと勇者の魂の残滓があたしに混じったせいだ。
あたしは三百年ほど前に賢者と呼ばれる人間によって、魂だけ現世と切り離されてしまった。
その時に奴らはその勇者の命を捧げたわけだが、まさかこんな作用があるとはな。
全く、これではまるで呪いではないか。
認めたくない事実ではあるが、あたしはこのダフネという小娘に愛着を持ってしまったのだ。
二つの魂が同じ肉体に宿るのはなかなか奇妙な心地で、あたしの意識が心臓にある間もダフネの見聞を共有できた。
あたしは三百年間意識のない虚空を彷徨っていたが、急に意識が覚醒してダフネに吸い寄せられたのだ。
ダフネに取りついたのは、こいつが村から逃げる山中だったからそれまでの記憶はないがな。
ずっとダフネの様子を見ていたが、このカリスという小娘も…なんというか…いい奴だ。
憎き賢者の孫弟子だというのに、これからもダフネを支えてやって欲しいとすら思っている。
この二人の幸せを願う自分が嫌だ。
憎たらしい魔女どもめ!
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〜五年後のマットン村〜
五年前の疫病の爪痕が未だに残るこの村は、村人たちの頑張りによって急速に復興が進み、徐々に本来の明るさを取り戻しつつあった。
そんなマットン村のはずれにある、秋の実りをふんだんに蓄えたカブ畑の横で、膝丈ほどの石垣に腰をかけた二人の女の子が話をしている。
「メイ、知ってる?テネリザの森には二人の魔女が住んでるのよ。」
金髪の少女がメイと呼ばれる黒髪の少女に問いかけている。
「またフラウの作り話?」
メイはいぶかしげな表情を浮かべており、フラウと呼ばれる金髪の少女の話を全く信じていなさそうな様子だ。
「こ、今度は本当よ!私のお父さんが森の奥で魔法を使ってる女の二人組を見たんだって!」
「なんでこんな不気味な森に住んでるのよ。」
早口で情報の出どころを話すメイに、フラウは冷たく言い放った。
だがフラウはそんなメイの態度にも慣れてるのか、きょとんとした顔で聞き返す。
「魔女といえば不気味な森に住んでるものでしょ?」
「そういうものかしら。」
フラウがまるで常識みたいな物言いをするので、メイも妙に納得している。
一見すると不仲にも見えるやり取りだが、淡々とこなされるその問答は熟年夫婦のような安定感を漂わせていた。
するとフラウは、何か言いたげに落ち着きなくソワソワし始めた。
それを見たメイが首をかしげると、彼女は決心したように大きな声でとある提案をした。
「だから明日一緒に見に行こうよ!」
「えー!嫌よ!怖いもの!」
目を輝かせながら手を差しのべるフラウに対して即答するメイ。
しかしフラウは全くめげる様子がなく、自身の胸を叩いて言った。
「私がいるから大丈夫!いつもそうだったでしょ?」
「はぁ…わかったわよ。」
満面の笑みでそう答えるフラウを見たメイは、ため息をついて渋々了承した。
これが二人の運命を変える事になるとも知らずに…。
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翌朝、二人は両親に内緒でテネリザの森の入り口まで来ていた。
夜露が降りて少し湿った木々が、重く暗い雰囲気を醸し出している。
「ちゃんと水筒とパンは持ってきた?」
「うん…朝でも結構暗いのね…。」
フラウは小さな袈裟かけ鞄に入った食料をメイに見せながら言う。
しかし、メイは鬱蒼としたテネリザの森の雰囲気に怖気付いてしまっているようだった。
「大丈夫よ!川沿いを歩けば迷わないわ!」
そんなメイの不安を察したフラウは、彼女の手を握って笑顔で言った。
メイはフラウの目を見て、唇を強く結んでから諦めたように頷いた。
この森は村人たちが木材を刈り出す為にしか人の手が入らず、入り口周辺が少しだけ間伐されているだけで、少し歩くと原生林が広がる。
フラウの父親の話によると、川沿いに数時間歩いた先に急にひらけた場所があるという。
そこで魔女二人を目撃したのだそうだ。
大人の男の足で数時間なので、十歳そこらの少女では相当な時間を要するだろう。
しばらく歩いていると木々から差し込む陽光がてっぺんまで昇っており、二人は休憩を取る事にした。
最初は元気だったフラウにも疲労が見られ、この冒険の過酷さを物語っている。
「なかなか着かないね。」
「もう少しだと思うんだけどなぁ。」
メイが愚痴るとフラウは少しだけ悔しそうに呟いた。
雨はしばらく降っていないのでぬかるんだ場所はなかったが、木の根っこや岩の上のような悪路を歩いている内に体力が奪われているのだ。
二人は横になったりしながら一時間ほど休憩すると、再び手を繋いで歩き始めた。
そしてフラウの目にも焦りが見え始めた頃、二人の目の前に不自然な空間が飛び込んできた。
その空間だけ草木が微塵も生えておらず、中央にぽつんと一軒の家が建っている。
「あった!これだ!」
「本当にあった…!」
二人は目を見合わせ、喜びをあらわにして抱きしめ合った。
体力も限界に近いほど消耗していたため、いつものような元気はないが、精一杯の力を振り絞って歓喜の声を上げる。
「じゃあ行こうか。」
ひとしきり喜んだ後にフラウがそう言うと、メイは無言で頷いて歩き始めた。
近くに寄るとその家はとても小さく、簡素な作りをしている事が分かった。
フラウは勇気を出し、その家の扉をノックして家主に呼びかける。
「すみません!誰かいますか!?」
静かな森にフラウの声が響く。
すると家の中から物音と共に、若い女性の元気な声が聞こえてきた。
「はーい!今出ますねー!」
魔女と聞いて怯えていた二人は、その声を聞いて若干拍子抜けしたようだった。
待っている間その人は何かを片付けているのか、物音が大きくなって慌てている様子が感じ取れた。
二人が緊張していると物音が止み、その扉が開いて中から赤毛の背の高い女性が出てきた。
「こんにちは、カリス様の知り合い?」
赤毛の女性は二人を見て尋ねる。
その女性の年齢は見たところ十代後半だったが、品がある立ち振る舞いをしていてかなり大人びて見えた。
その質問にフラウが答える。
「違います。私たちはマットン村から来ました。」
それを聞いた赤毛の女性は少しだけ驚いていたが、黙ってフラウの言葉を聞き続けた。
「あなたが魔女ですか?」
その質問を聞いた彼女は、笑顔を浮かべてこう答えた。
「そうよ。私は魔女のダフネ。」
「わたし、魔女の弟子になります!」はこの15話をもって最終回となります。
初めての連載小説という事で、文章やストーリーも拙いところばかりだったと思います。
そんな作品をここまで読んでくださった方々に、私は心から感謝の言葉を伝えたいです。
今まで読んでくださってありがとうございました!
次回作も今月中に公開予定ですので、是非また宜しくお願い致します!