第二話
昨日は少しだけでも距離が縮められたなと僕は河原を眺めていた。
自室の窓に体を預け昨日座っていた場所をただ眺める。
それに何の意味があるかと言われれば特にない、強いて言うなら楽しかった時を思い出して妄想している。
今日はいないのかな?
いたならまたふらふらと偶然を装ってそばを通りかかろうか。
と杼割ちゃんの姿を探してもそうそう都合よくはいかない。
やっぱりいないか。
そう思い窓から離れようとしたとき杼割ちゃんの家の扉が開いた気がした。わずかに光が強くなりすぐにまた弱くなる。
誰か出てきたのか? 杼割ちゃんだろうか? それともおじさんとかおばさん?
目を凝らしても一人なことはわかるが誰かまではわからない。
一か八か出掛けてみるか? 昨日と同じ時間だし練習だって言っていた。それなら杼割ちゃんの可能性は高い。
適当に服を着て急いで外に出る。
さも散歩に出てきました。そんな風を装いながら川辺を歩く。杼割ちゃんの家に近づくと人影がはっきりと見えた。
「やあ」
「また散歩」
やっぱりいたのは杼割ちゃんだった。
「そう。また散歩」
「今日もたまたま?」
「いや今日から散歩を日課にしようと思ってさ」
我ながら実に白々しい。そんなことをするキャラじゃないだろうに。
「そうなんだ。じゃあこれからも会うかもね」
「そうだね」
いよっしゃ!
これで毎日杼割ちゃんと合法的に会える。いや別に法とか犯したことないけど。
「発表まで毎日ここでやるの?」
「うん、一応そのつもりかな日もあんまりないし」
「いつやるの?」
見たいと思っていても日付を訊くのを忘れていた。
「七月七日」
「それだと一か月もないけど演劇ってこんなものなの?」
「どうなんだろうね。たぶん違うかな? 鵲ちゃんも普段はもっと時間あるって言ってたし」
「カササギちゃんって誰?」
変な名前だ。同じ学年では聞いたことない。
「えっと演劇部の先輩。結構良くしてくれるんだ」
先輩かまあ杼割ちゃんがほめるんだからいい人なんだろうけど。どんな人だろう。
「でもなんでそんなに時間がないのさ。台本選びがうまくいかなかったとか?」
「そうじゃないよ。本当はもっと先のはずだったんだけど急に七夕用の劇にしてくれって言われたらしいんだよね」
「そんなことあるんだ」
急な台本の変更だったのか、そんな注文出されるくらいだからコンクールとかそういうのじゃないんだろうな。祭りもあるしその出しものか?
「おかげで台本覚えなおしだよ」
「前の台本はどんなだったの?」
ロミオとジュリエットとかそんな王道なやつだったんだろうか? まあどっちにしろ僕は見たこととかないけど。
「桃太郎だよ」
「なんで!?」
予想外すぎた。それはそれで王道だけど出しもので桃太郎とか対象年齢いくつだよ。
「え? 変かな? 保育園で見せるならそんなものだと思うけど」
対象年齢は合っていたらしい確かにそれならロミオとジュリエットの方が場違いだ。
「いや変じゃないや。勝手に祭りに出しものとかかと思ってたから」
よく考えれば高校生の演劇なんだし保育園とかが普通なのか。
「まさかそんなところで発表なんて困っちゃうよ」
「それにしてもそんなこともやってたんだ」
「そうだよボランティアでね。私たちの時もやってたはずだけど覚えてないの?」
「あったようななかったような。正直覚えていない」
そもそも、保育園で演劇なんてまともに見てる奴らもいないだろうし。場数を踏ませるために新人を主役に据えるのにはぴったりって感じなのかもな。
「まあそんなものだよね。私も正直うろ覚えだし」
「それでも頭に残ってるだけでもましだと思うよ。僕らの時はなにやってたの?」
「浦島太郎だったかな? 金太郎? 題名は覚えてないけど冒険系だったのは覚えてる」
「全く思い出せない」
ここまで聞いてもまるで引っかからない。本当にやってたんだろうか?
「じゃあ今年の子には覚えてもらえるように頑張ろうかな」
「また台本読むの手伝おうか?」
「本当? じゃあお願いしようかな」
よし。また至福の時間が。
「はい台本」
僕の手に台本が渡される。そして少し距離を開けて杼割ちゃんは座った。
「え? 見ないの台本」
「うん。私がどこまで覚えているか確認したいから」
「そうなんだ」
ショックだ。二人肩を並べて台本を読んで恋愛のシーンで恥ずかしがりながら、なんて甘い期待を抱いてここにいるのにまさか今日は離れるなんて……。
まさか僕の妄想がばれた? それで距離を開けたなんてことは……だとしたら立ち直れないかもしれない。
「えっと? いいかな?」
「うんいいよどこからでもどこまででも星になる覚悟はできたよ」
「そこまで大胆な覚悟は決めなくてもいいけど」
短い台本を読み進めていくと杼割ちゃんは特に詰まることなくすらすらとセリフを読み進めていった。
それでもただ読んでいるだけの感じは否めない。まだ一日しか経っていないのにセリフを覚えているのに僕は感動した。
そしてそれが努力したものだというのも今手に持っている台本から伝わる。
昨日はなかったが台本には少ないながら書き込みがされていて台本が痛んでいた。
昨日あの後も部屋で読んでいたんだな。
「どうだった?」
「完璧だったよ。すごいね一日で覚えるなんて?」
「そんなことないよ、セリフを読むだけで精いっぱい。いつ詰まるかドキドキだよ」
と照れ笑いを浮かべた。
「それでも僕にはできないな。当日ぎりぎりまでセリフ覚えるのだけで終わりそうだ」
「そんなことはないでしょ。夏彦君頭いいでしょ?」
「いいって言われるほどじゃないよ。悪くないだけで」
「いやいや少なくとも私よりもいいでしょうよ」
「どっこいどっこいじゃない?」
得意科目と苦手科目が逆転してるし比べようがない。
「あ、お父さんからだ」
今日もここで終わりか。
「そっかじゃあね」
「うん。またね」
何の余韻もなく杼割ちゃんは帰って行く。
「本当にこのくらいの関係なんだな」
そう思うと少し胸が苦しくなった。