第一話
最初から僕のふがいない話を語らせてもらいたい。
僕には好きな人がいる。
僕の住む家の川を挟んで向かい側、そこに住んでいる同級生に恋をしている。名前は琴浦杼割。
僕とは同じ地区に住んでいて保育園から高校一年の今年まで全部同じクラス。
杼割ちゃん、夏彦君と下の名前で呼び合えるくらいに仲は良い。
それなのにそれ以上先には進めない、というよりも一歩も動けない状態だ。
今より後退するのが怖くて告白もできない。かと言って杼割ちゃんを諦めて友達のまま、そんなのも嫌で八方ふさがりで長い期間二の足を踏んでいる。
なんでこんな話を最初にしたかというのは僕が優柔不断でふがいない男だと知ってもらいたいということとそんな僕にもチャンスかもしれないことが目の前で起きているからだ。
「あなたの言うとおりだけど私の家が機屋だったのはもうかなり前のことだよ?」
なんと驚くことに杼割ちゃんは誰か見えない人と話していた。
河原に腰をおろし誰もいない方を向き誰もいない空間と会話をしていた。
「杼割ちゃん?」
とりあえずではあるけれど声をかけてみる。なぜか自分の中で確信している。
ここを逃したらきっと一生杼割ちゃんに近付けない。これが最初で最後のチャンスだ。
「な、夏彦君? どうしたのこんな夜更けに」
「夜の散歩」
「そうなんだ」
「杼割ちゃんこそどうしたのさ。家の前とは言っても危ないよ」
まだ八時とはいえ人通りの少ない場所だ。最近は神や妖怪なんかの神隠しなんてのも流行っている。
「ちょっとね」
言葉を濁される。何があるんだろう?誰かと電話しに?でもスマホを隠すそぶりもなかったよな。
「今話してたのって誰? 彼氏、とか」
踏み込みすぎだろうか?
もう言ってしまったし今さらだ。でも「うん」とか言われたらどうしよう。
「違うよそんなのいないし」
よかった。彼氏だなんて言われたら僕はもう立ち直れないところだった。このまま川にダイブをしてしまうところだ。
「じゃあ誰と話してたの?」
「えっと、そうそうこれだよこれ」
見せられたのは薄い紙の束。その一枚目に書かれているのは『七夕伝説』。
「それって台本?」
「そうだよ。七夕の日に発表があってね。それで誰にも聞かれたくなくてさ」
セリフの練習か、演劇部も大変なんだな。
全体的に何をしているのかわからないけど部活として認められているならそれなりにしっかりと活動はしているだろうけど。
「見せてもらってもいい?」
「うん。別にいいよ。今日渡されたばかりだからまだ端書とかしてないけど」
端書ってって何だろう?
と思いつつも台本を受け取る。最初のページには役名が書いてあった。でも配役はきまっていないらしくほとんどが空欄になっていた。埋まっているのは織姫……琴浦杼割。
似合うだろうな杼割ちゃんの織姫姿。僕も見に行けないかな。
「すごいじゃん。杼割ちゃん主役だ。一年生なのに」
「全然だよ。演劇部に人がいないからね。私含めて二人だけ。しかもその先輩。演技はしたくないって言っててね。役者私しかいないんだ」
じゃあなんで演劇部なんだろうと僕は思うけどきっとそれは僕が演劇がどんなのかしらないからなんだろうな。
「じゃあ今までやったことないの?」
「うん、初舞台初主演。響きだけはいいよね」
そう言って笑う杼割ちゃんは本当に可愛い。これなら部員が何人いてもきっと杼割ちゃんが織姫に選ばれるだろうな。
「そうだね。期待してるよ期待の新人さん」
「期待されてもね。演技なんてしたこともないのにどうしたらいいかもわからないのに」
「これってどういう話なの?」
七夕自体は知っているけど、詳しくは知らない。
せいぜい織姫と彦星が天の川をはさんで離れ離れになった。それくらいしか僕は知らない。
「台本読んでみる? 一緒に」
「え?」
「ちょっと台本読むの手伝ってよ。一人だけで織姫の部分だけ読むのって結構切ないんだよね。相手役がほしいしさ」
「うん」
僕としては願ってもいないチャンスだった。
「私織姫のところは読むから他のところお願い」
と言われ自分のすぐ隣杼割ちゃんが座る。
台本は一冊しかなくそうなれば当然お互い肩が触れてしまう距離まで近づき、シャンプーの匂いが鼻を触り吐息が感じられる。
あれ僕臭くないかな? 服は綺麗だけど僕自身はどうだろう。風呂は帰ってからなんて思ってないでさっさと入ればよかった口とか臭くないだろうか。
「ほら夏彦君の番だよ」
肩どころか顔が触れてしまいそうに思いながら書かれている文を読み上げる。
「なんて君は美しいんだ」
セリフを読み上げてから急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「どうしたの?」
「いや、台本だとわかっていても。やっぱり恥ずかしくて」
「そうかもね、正直私も言われて恥ずかしいし。うわあこの恥ずかしさ乗り越えないと絶対噴き出す自信あるな」
「そうだね。がんばってよ。なんならひたすらこの部分読み続けてあげようか?」
先に耐えきれなくなるのはきっと僕だろうけど。
「やめてよ。恥ずか死ぬよ」
顔を真っ赤にして手を動かす。
その姿だけで今日勇気を出して話しかけてよかったと思う。
「そんなことするなら。私も告白のシーンとかひたすらに読み上げるよ?」
それは僕には願ってもないことです。寧ろ録音したいくらいだ。
「それは僕も恥ずか死ぬかも」
「でしょ? じゃあそういうシーンはとりあえず飛ばしていこう」
「そうだね」
恋愛系の台本で織姫の役ってことは当然彦星に告白するシーンもあるんだ。そんなのをすべてやられたら本当に死んでしまうかもしれない。
そうならないためにそういう恋愛のシーンを飛ばしながら先に進む。ようやく全てが読み終わる。
「これで終わりだね」
そう言い終わると杼割ちゃんは立ち上がり伸びをした。今まで触れ合っていた肩が離れすこしだけ距離が開いたことがもったいないと感じた。
「どうだった読み終わった感想は」
「短いなって思った」
「それだけ? 確かに短い話を選んだって言ってたしそれはそうなんだけど」
「後は意外に切ない話なんだね」
働き者の二人が夫婦になって仕事より相手を選んだ結果二人は離れ離れになった。そんな話だった。
「そうだね。私もこれ読んで初めて知ったよ。こんな話だったんだって」
「悲恋ってことになるのかな?」
年に一度しか会うことができない。それってどんな気持ちなんだろう。年に一度でも会えてうれしいのか。それとも年に一度しか会えなくてさみしいのか。
「そうだろうね。年に一度しか会えないわけだし。私だったら耐えられないかな」
「僕はどうなんだろうな。やっぱり僕も一度だけは嫌かな」
この話では一度でも会えるのが嬉しいみたいに感じたけど本当にそうなのかな?もしかしたらそう思うことで自分を保っているのかもしれない。
そんなことを考えているとき杼割ちゃんのスマホが鳴った。
「お父さんからだ。早く帰ってこいってさ」
台本を読み終えたタイミングでかかってきたってことはもしかして見られてた?だとしたら後で何か言われるかもしれない。
「今日は本読み手伝ってくれてありがとうね。それじゃあお休み」
別れを惜しむことなく杼割ちゃんは自分の家に戻って行った。
織姫と彦星程とは言わないけどもう少し別れを惜しんでほしかった。と心でつぶやきながら僕も自分の家に戻った。




