第十四話
八月七日。今日も雨だ神のやったことなのか一週間近く雨が降った。出るなと先輩に言われていたこともあって外には出なかった。
今日だけど大丈夫かな。
と不安があったというか不安しかないというか……あまりにも心配要素しかない。
心構えだけは完璧でも僕は何もしていない、どうするかはあいつ次第だ。
そもそもこの雨の中杼割ちゃんは来てくれるだろうか?
不安に押しつぶされそうになっていると着信音が鳴った。
「もしもし」
「今日の正午だ」
「何がですか?」
「決闘の時間だ」
不安を取り除いてくれるために電話をくれたと思っていた僕が馬鹿だった。余計な不安を上乗せされてしまった。
「それって後一時間もないじゃないですか」
「そうだ。今すぐ準備しろ」
胃が痛い。急に胃が痛い。盲腸かもしれないな。というかこの胃の痛みで死ぬかもしれないな。
「今そっちに向かってるからっもう切るぞ」
「はあい」
ああ、だから雨の音が聞こえるのかなるほどな。
「しゃきっとしろ。唐突なのは悪いと思っているがお前だけが杼割を助けられるんだ。がんばれ」
「はい」
通話が切れた。ひきこもりすぎたかな。
思い切って窓を開ける。湿った空気が雨とともに部屋に流れ込む。その空気を目いっぱい吸い込み外に吐き出す。
こんなのは今日で終わりだ。押しつぶされていても精いっぱい頑張るしかない。
と自分に何度も言い聞かせる。
気持ちが切り替わったのがわかった。
「よしいこう」
外に出ると雨はより強さを増していた。川岸での約束らしいがここ最近の雨で水没しかけていた。
「これで大丈夫なのか?」
「お前のやることは変わらん」
目の前に唐突に神が現れた。
傲慢な笑みを浮かべこの雨にも関わらず髪の毛一本もぬらさずに目の前に現れた。
「スタート地点はここでよい」
「何言ってやがるんだ」
「相変わらず礼儀知らずか」
「まともな神になら敬語の一つも使うさ」
「神として寛大な心で許そう」
まったくもってなにもわからない。こいつの言葉もだがこいつがなんなのかが全くわからない。
神なのだろうがらしくなくてちぐはぐな感じだ。
絵と言うかなんというかキャラクターとしてただ作られたみたいに何もないように感じる。
「我があれを諦めるためにお前と勝負するんだったな」
「ああ」
「ならお前は橋を渡らずに川を越えて来い」
つい川を見てしまう濁流の川。天の川と似ても似つかない濁った川いつもより流れが速く川上から流れてくる障害物。
こんな川を渡れだと? わかってはいたことだがこいつも杼割ちゃんを渡す気なんて全然ない。
「無理か? 無理ならお前が諦めろ。あれの代わりなど星の数ほどいる」
「ふざけるなよ。誰が無理だと言ったんだ?」
怒りにまかせて言葉を発する。少しでも理性を取り戻してしまえば腰が引けてしまう。だからここは怒りにまかせて勢い任せに言いきる。
「やってやるよ」
杼割ちゃんの代わりなんているはずがない。女子は星の数ほどいるけれど琴浦杼割は僕の大好きな杼割ちゃんは世界に一人だ。
「よいのか?このままいけばお前は確実に死ぬぞ」
「承知の上だ」
「慈悲としてここで諦めれば年に一度くらいなら会わせてやろう」
進めていた歩みを止める。
「そうだろう? 死にたくはないだろう」
真っ直ぐ神の元に向かう。
「自分が可愛いのかそうだ――」
向かいそのまま殴りつける。神もそれは予想できていなかったのか僕の拳は神の顔面にめり込む。
「お前は何をしたのかわかってるのか?」
「わかってるよ。軟派な女たらしを殴り飛ばした」
「違うだろう! 神を殴ったんだ貴様はその報いは死で償え。嘲笑ってやる溺れ泣き叫べ」
捨て台詞を吐いて神は消えた。おそらく向こう岸にいるはずだ。
啖呵を切ったのはいいけど。冷静になってしまった。そうなるとやっぱり死ぬのは怖い。
いまさらになって川が氾濫している音が聞こえてくる。なんだよゴーっって川の出していい音じゃないだろう。滝の音だろ普通。滝なら降ってこいよ流れてくるなよ。
って時間を伸ばしたところでどうしようもないか。どうか死にませんように。
先ほど神を殴り飛ばしておいて神に祈り進みだす。
川岸に降り立つともうすでに水があった。足首まである水の中を進む。川に近づくごとに水かさは増していく。
膝まで来た段階で足がすくむ。
深呼吸をしてから足を踏み出すと体が沈んだ。川岸はそこで終わっていたらしくあっという間に濁流に飲み込まれてしまった。
夏彦君は濁流に飲み込まれてしまった。汚く濁った水の中に最後まで残っていた腕まで飲み込まれてしまった。
「当然の報いだな。我に手を上げるなどあってはならん」
「夏彦君……」
「助けたいか?」
「え?」
「お前の願いだ。神として願いを聞き入れてやってもいいぞ」
助かる? 夏彦君が?
「本当に?」
「嘘をついてどうなる?」
「どうしたらいいの?」
助かるなら。夏彦君が助かるなら私は何でもするんだ。私のためにあんな無茶をしてくれた夏彦君を私が助けるんだ。
「なに簡単だ。あんな男を忘れ我の妻になれ。我に永遠の永劫の愛を誓え」
「え……」
永遠の愛。夏彦君を忘れて神様を……。
「このままだとあれは遠くまで流れるぞ?」
どうしたらいいの?忘れたくない。でも忘れないと夏彦君が……。
「後三秒」
それで夏彦君が助かるなら。
「二」
私の答えは決まった。私一人で夏彦君が助かるなら。
「一」
「ちか――」
「誓う必要はないよ杼割」
声を聞いてそっちを見る。
「誰だ?お前は」
「鵲ちゃん!」
大雨の中傘もささないで鵲ちゃんは立っていた。
「お前に振り回されている二人の先輩だ」
こんな状況にあっても鵲ちゃんは関係なく笑顔を見せる。
「ただの人間が何の用だ?」
「先輩としての用かな」
と神様に対して余裕を見せる。
「鵲ちゃん! 夏彦君が」
「うん見てた。だから私が来た」
「せめて一人でも助けようとしているのか?」
鵲ちゃんが夏彦君を見捨てようとしてるの? そんなわけないじゃあ鵲ちゃんは何をしようとしてるの?
「まあ夏彦と杼割助けるなら杼割だよね」
本当に見捨てる気なの?
「杼割。少し冷静に考えなよ。こいつは誓ったって夏彦を助けたりなんてしない」
「何を言う。我は助けるぞ?」
「無理だろ?」
神様は少しだけこわばったような気がした。図星なの?
「見殺しにするつもりなの……?」
「違うよ。助ける力なんてない。違うかい?」
意味がわからなくなってきた私には何が何だかどうなっているのかがまるでわからない。助ける力がない?
夏彦君が飛び込んでるだけでもう頭が一杯一杯の中、さらに混乱の種をまかれた。
「何を言っているのかわからないな」
「回りくどすぎたか?」
神様の声に余裕がなくなってきた。そして逆に鵲ちゃんは余裕な表情だ。
「お前は偽物だってことだよ」
偽物?
神様は何も言わずただ鵲ちゃんを見つめる。
「何もかもあやふやで曖昧で下手なセットみたいにちぐはぐでつぎはぎだらけだ。そのせいだろうな。いたるところでほころびが生まれる」
「黙れ」
「急ごしらえとしか言えないな。時間がなかったのかどうでもいいと思ったのか」
「黙れ」
「私ならその状態で上演なんて絶対にやらないな」
「黙れ!!」
何の話をしてるの? あやふやなセット? つぎはぎ? ほころび? 上演?
混乱する中わかる言葉だけを頭で処理しても追い付くわけはなくただ話に耳を傾ける。
「お前は舞台に上がるべきじゃない。お前は天帝にも彦星にもなれないよ。な、夏彦」
濁流にのまれてすぐ指が何かに引っかかる。流されないように藁にもすがるつもりでその何かを握りしめる。断たれかけている意識を無理矢理つなぎとめようやく水面に顔を出す。
辺りは暗闇で何も見えない数秒で目が見えてくる、僕がいたのは暗闇ではなく橋の下だった橋の真下。つかんでいたのはネットだ。複数のネットが合わさったネット。それを掴んでいた。
なんだこれ。蜘蛛の糸ってわけじゃないよな。ここで僕は何をしてるんだ?
「――ささぎちゃん!」
そんな杼割ちゃんの声が聞こえて全てを思い出す。
そうだ早くこの川渡らないと。
ネットをつかみ自分の体を川岸に手繰り寄せる。強い流れに身体の制御は利きづらくたった数メートルの川すら思うように渡れない。ネットのおかげで少しくらい手が離れても流されたりはしないがその分身体にネットが食い込む。
明日は筋肉痛だな。
とのんきなことを考えているうちに反対岸にたどり着いた。
「私ならその状態で上演なんて絶対にやらないな」
なんだ先輩がいるなら僕の出番はないじゃないか。
「お前は舞台に上がるべきじゃない。お前は天帝にも彦星にもなれないよ。な、夏彦」
「何の……ことか、わからないです」
「夏彦君!」
杼割ちゃんが僕の元に走ってくた。そのままの勢いで抱きつかれ耐えように疲労困憊で後ろに倒れてしまう。
「なんでお前がこっちにいる。流れただろ!流れて死んだはずだ!」
「と言ってるぞ夏彦」
「流れたよ。でも生きてる」
それだけははっきりと言えた。
「勝負は僕の勝ちだな」
「なんでだ。なんで……」
神はそれだけを口にする。信じられないような結果にただただなんでと口にする。
「所詮神を名乗ろうとつぎはぎだらけのお前にはそれが限界だ」
と先輩はそう言い放つ。
「もう、いいだろう?杼割ちゃんはお前になんか渡さない」
もう放さない。と抱きかかえる手に力を込める。
「さあどう出る?」
と先輩は雨音でかき消えそうな声を発する。
先輩は何を見ているんだ? この終わりの状況に何を見ている?
「終わらない、終わらせないそれは我のだ!!」
そんな言葉を叫びながら神は僕に対して突進してくる。体力切れでしかも杼割ちゃんを抱き締めている僕にはそれを防ぐすべはない。
それを止めたのは当然先輩で先輩の足は見事に神の頬を貫いた。
ぅぐっと短い悲鳴で神は倒れこむ。
それを最後に神の姿はどんどん希薄になっていく。
「こうなるのか」
そんな神を見ながら先輩は告げる。理科の実験をみるような姿に少しだけ先輩が怖くなった。
「帰るか」
神の消失を見届け先輩は解散宣言をした。
「杼割悪いけど今日泊めてくれるか」
流石に今日は帰る気になれないのかそんな提案を先輩はした。
「どうだろうなあ」
夏休みとはいえ流石に急すぎるよな。
「駄目なら夏彦のいえ――」
「うん大丈夫だよぜひ家に泊まりにくるといいよ。そこ以外はもう駄目だよ」
先輩の言葉に被せるように言葉を発し「お母さん」と自宅に走って行った。
「からかわないであげてくださいよ。さっきまで死ぬかもしれない人ですよ」
「知ってるよ。それにしても可愛い反応だったろ?」
「それは否定しませんけど」
あわてる杼割ちゃんは確かに可愛かった。
「先輩はいつからあれ準備してたんですか?」
気になっていた。この前の掃除の最中にはあんなのなかったはずだ。だとしたらここ数日の雨の中ってことになる。
「大体予想通りだ」
「っていうか。あれ教えておいてくださいよ」
「神が相手だからな。もし心を読まれたらなんて考えたら言うに言えなくてな」
そうか、そう言う可能性もあったのかだから僕は僕の好きなようにってことだったんだ。なんか先輩の手のひらで踊らされている気分だ。
「もう一個訊いていいですか?」
「なんだ?」
「相手がこう仕掛けてくるって知ってたんですか?」
「お前は私をなんだと思っているんだ、そんなのわかるわけないだろう?」
「じゃあ偶然?」
そんなのを頼りに僕に命を張らせたのか?
「偶然じゃない。堅い脳みそを振り絞って他にも準備していたさ」
「はあ」
そんな言葉しか出てこなかった。ここ一週間ほど先輩は僕や杼割ちゃんが死ななくてもいいように予防線を張っていてくれたのだ。それは当然並大抵のことじゃない。
「今度は助けられてよかったよ」
「今度?」
「鵲ちゃん! いいって」
玄関で杼割ちゃんは叫ぶ。
「じゃあお前も早く帰れよ。もう大丈夫だから」




