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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第六章]オルレアン連合総合軍事演習
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会話、その理由



 デパートであれこれ買って、昼食を食べて、往路で見かけた《カナクタ自然公園》で一息ついて。


 夕方には、カナクタ基地の《ウォースパイト》へと戻ってきていました。


 そして夕食後、明日の展示の立ち位置の再確認をして《プライング》の状態を確認して、自分に宛がわれた部屋に戻って来たのは23時を超えたころでした。


「……HAL? どうしてここに?」


 圧縮空気で扉が閉まる音を聞きながら、目の前にいるセントリーロボットへと訊ねます。


『お帰りなさい、チハヤユウキ。―――フィオナ・クレイヴン・ファーゲルホルムの話を聞いていたので、そのままこの部屋に居座っていました』


 抑揚の無い淡々とした合成音声が流れる。


「話、ですか」


 科学技術の結晶にして自己進化により自我を獲得したAIと、自然の中で生きるエルフの会話ですか。文章にすると―――しなくても出自的に極端にして対照的に離れた両者は一体どんな会話をしたのでしょうか。


 白い三脚のターレット式の頭部センサを持ったロボットはカメラを一回転させて答える。


『プライベートな話ですので、チハヤユウキといえどお答えすることは出来ません』


「それなら仕方ないですね。……フィオナさんはもう寝たのですか……」


 部屋に併設されたユニットバスからは音がしないのと、二段ベッドを見てそう呟く。

 この《ウォースパイト》、建造元はイギリス海軍らしく、内装や居住性は軍艦としてもかなりいい。艦長室の内装は不明だが、寝室は士官下士官、果てには最下級の階級区分である兵までもが基本二人部屋。

 その違いはあくまで部屋の広さと小型の冷蔵庫があるか無いか程度でしかないという贅沢ぶりです。ロイヤルネイビー舐めては困ります、とはHAL談。二段ベッドには各々カーテンが設置されていて、最低限のプライバシーの保護がなされています。元の世界の軍艦乗りが見たらきっと羨ましがることでしょう。


「…………フィオナさんは上のベットで寝てませんでしたか……?」


 カーテンが閉まっているのは下の段。因みに、私は今日の朝まで下の段で寝ていました。


『そんなこと聞かれても、私は知りません』


「……正直な話ですけどね? フィオナさんは、ちょっと、その……少し、行動が変わってますよね」


 二日おきに私のシーツと布団を自分のシーツと布団に交換したり、私の髪の匂いを嗅いだり、シャワーを浴びているところを覗きに来たり。付け加えておくと最後の一つは未遂です。見られたら危なかった。

 今日は、シーツを変えるのが面倒だったのでしょうか。


『無理して言葉を選ばなくて結構かと。堂々と変態的と言ってもいいと判断します』


 その表現避けたのに、HALは言ってくれました。


『それとチハヤユウキ。朴念仁のふりをしても無駄です。貴方が察しのいい人間である事をよく知っています』


 HALは、私としては知り合ってそこそこの月日を経た相手ですが、HALからすれば元の世界の気の知れた友人―――その人物の並行世界の同一人物、というややこしい関係。

 つまりはHALの言う通り、私の性格や考え方はよくわかっているということです。


 はあ、とため息を吐く。ここしばらくの生活でわかっている事ですからね。


「……どこで好感度上げたのでしょうか」


 思い当たる節がいくつかあるから余計にわかってしまう訳で。

 ここ一ヶ月は―――飲み物が欲しいタイミングでお茶を出したり、既にお菓子を用意していたり、髪の毛を乾かしたり、オーケストラ・ハープの練習に遅くまで付き合ったり、一緒に演奏したりとしています。大抵は嫌と言わずに付き合ってますね。


『それは、フィオナ・クレイヴン・ファーゲルホルムが貴方を好きである、という事はわかっているということですね』


 あそこまで好意向けていれば、誰だって察しますよ。行動はともかく。


『チハヤユウキ。わかっていると思いますが、自然体で何も考えず親切に接しているからですよ。初対面で応急処置して、数日後に世話係になって怪我の具合いを尋ねる、道具の使い方を丁寧に教えるなどすればきっかけになりますよ』


 何か辛辣に言われている。まあ、確かに、特に好かれたいとか関係なしに周りの人の為に動くことはありますが。極端に言えば、家事全般は私個人が好きでやっていますからね。


『それに加えて相手がどれだけ優れた美貌の持ち主でも良家の出身でも、それを用いた誘惑を受けたとしても靡かないですからね。その人柄を見ようとするのがチハヤユウキですから。―――自らの容姿に自信のあるフィオナ氏からすれば、どうして私相手にどぎまぎしないのか、恋愛感情持ってないのかと、その気があって親身になってくれているのではないのかと憤慨していますよ』


「まあ、フィオナさんの容姿の美しさはわかりますよ? 年齢がわからないぐらい幼げで艶かしいですし。スタイルもいい。美人慣れしているとはいえ、気を付けないと見蕩れるぐらい」


 百人中百人は振り返るだろう美貌とは、彼女の事でしょう。声を掛けない男がいましたらその人の目が節穴か、その人が何かを抱えているかでしょう。私は後者ですが。


「割りと戸惑っているんですよ? フィオナさん積極的ですから」

 

 私の知り合いの中では居ないタイプなのは間違いありません。


 元の世界では、私に好意がある人―――正確には告白してきた人の多くは気が弱そうだったりやや奥手だったりしましたし、話しかけると嬉しそうに少し顔を赤くして視線を逸らす人が多かったんですよね。


 その理由はやはり、見た目が女の子なのとお人好しで出来ることならあれやこれやと文句を言わずに手伝うところでしょうね。

 あとは厚意が程よく刺さったのかもしれません。まあ、告白は全て断っていたのですが。


 その人達と比べると、フィオナさんは対照的です。気は強いですし基本的には私の目を見て話しますし。


「人前で後ろから抱き締めてきたり、人の髪の毛の匂い嗅いだりとか好意からくるスキンシップなのでしょうし、流石に邪険に扱えませんよ? フィオナさんのこと嫌いではありませんし、好意そのものは嬉しいですから」


 素直にそう口に出す。


「―――私も男ですので、目のやり場にも困る時は困るのですが。……一応」


 最後にそれを付け加える事にします。顔は美しくてずっと見ていられないですし説明不要な胸部は視線を逸らそうが視界に入ってきますし。


『…………チハヤユウキ』


「なんですか?」


『今から何人かの印象を尋ねます。あなたが抱いている印象を伺っても?』


 何故そんな事を……と思いますが、言っても問題ない相手ですし。


「構いませんよ?」


『ありがとうございます。―――それではまず、アルペジオ氏から』


 一番手がまさかの王女様。付き合いも長くなってきましたしね。


「アルペジオは……。最初、王族と聞いた時は嘘でしょうと思いましたね。危険地帯にいる訳がない身分の人なのですから。高圧的な所もあるけど、美味しい食べ物と可愛い物には目がなかったり、身分を気にしない俗っぽさは好感を持ってます。この世界に来て語学の勉強の手助けしてくれましたし。後は、多分フォントノア騎士団の中で一番ご飯を美味しそうに食べるから、腕の振るい甲斐があります。今、どの料理を楽しみにしているのかを読んで、それを振る舞いたくなる人ですね」


『…………。次はエリザ氏』


「……詳しい家庭環境は知らないですし知る必要もないですが、口調から良家の生まれと判断してます。ちょっと自信家で堅い所もありますが、良くも悪くも思考は一般人な人。―――知り合いさえ殺す私を、その行動を批難して嫌ってくれた少ない人です。こういう、真正面から言ってくれる人は知り合いになかなかいないから、彼女のような隣人は居てほしいですね。エリザさんがこれを聞いたら迷惑だと言うでしょうが……」


『…………ベルナデット氏』


「男勝りでがさつな所と人任せが多いのがたまに傷ですが、さっぱりとした所は美徳かなと。身分や生まれを気にしない人垣だからこそフォントノア騎士団のリーダーをやっていけているのでしょうね。―――嫌いではないですよ」


『マリオン氏』


「格闘訓練だととても厳しい人だけども、家族想いな人。子供の事になると色々と駄目になる事は多いけれど、それは子供への深い愛情の現れだと思うと―――羨ましい」


『ゴーティエ氏』


「声の渋さに反比例してくりっとした目がチャームポイント。未婚なのが不思議だと思っています。いつも無理言っているようなものだけど、パイロットの要望を出来る限り聞いて反映してくれるので、頭が上がりません」


『……。カルメ氏』


「端的に言って努力家。そして友達想いの人。友人が目の前で死んでしまったけれど、それでも彼女なりに前を向いて生きている、私なんかよりも強い人。―――最初は、ずっと凹んでいるでしょうと思っていたんですけど、そうならなくてちょっと安心しました」


『…………次は―――』






 そうして、さらに何人か訊かれて答えて。






『―――チハヤユウキ』


「はい」


 珍しく思考の時間を使ったHALの第一声に短く答える。


『その印象は、その個々の方々に伝えた事は?』


「ありませんよ?」


 記憶の限りでは、そんな事を相手に伝えた事はありません。照れる皆さまを見てみたいですが。


『―――後ろから刺されないように気を付けましょう。―――並行世界上の同一人物とはいえ、貴方もたらしでしたか』


「『たらし』とは失礼ですね。素直にそう思っている事を口にしてないですよ」


『―――妹と孤児院での影響による天然なのだから質が悪いですよね。裏がないので、なおさら』


 やけに辛辣です。


『まあ、私としては貴方が私の知るチハヤユウキと同じという証拠なので心理面で大助かりなのですが』


「それはどうも……」


 貶すのかなんなのか、ハッキリしてほしい。


『―――いずれ、フィオナさんは基地から離れないといけないと思いますが、チハヤユウキはどう思いで?』


 ボリュームを下げて、静かにHALは訊いてきました。こういう話は基本、日本語でしてくるような人(?)のはずなのですが、珍しくフロムクェル語です。その意図はなんでしょう?


「どう、ですか。……その時は当然お別れですよね。条約があるとはいえ、そうは見えないとはいえ戦争の真っ只中。基地があるのは最前線。そんな危険地帯には居たくないでしょうし」


 イオンさんは後一ヶ月もすれば、ストラスールの首都近郊にあるらしい異世界人のシェアハウス的な所へ行く予定ですし。


『チハヤユウキは居続けてますよね』


「それは…………偶発的にも、《プライング》に乗れてしまいましたからね。調査、研究の為にも引き留められていますし」


『本当は、シャバで暮らしていけそうにもないから、でしょうに』


 あう。


『私も似たようなものですけれどね。人ではない、どころか生き物ですらないですからね』


 機械(AI)ですからね。


『自衛の為にも、私の思い出の詰まった身体たる《ウォースパイト》は何とかして守らないといけませんからね。―――実質的に、軍に身を寄せる事になるのですが』


「HALは……上が《ウォースパイト》を解析したいから許されているんですよね」


 ここでいう上、とはオルレアン技術研究所の事です。もしくは軍本部も指すけれど、基本は技研。わりと形骸化してますからね、オルレアン連合という組織全体が。


「騎士団に居続けたいなら、基地の職員に就職するか、騎士団員になるかぐらいしかないですよね」


 能力さえあれば、ですけれど。

 私を例に上げるなら、料理の腕と異世界から来たリンクス《プライング》の操縦適性による裏口。あとは瓢箪から駒な戦闘技術ですし。


 フィオナさんはどうか? というと、まあ、余裕ですよね。あの身体能力なら。

 剣技は誰も手も足も出ないですし、近接格闘も申し分なし。


「だからと言って、騎士団に居続けて欲しくはないですよね」


 それが彼女自身の幸福でもないでしょうし。

 もしかしたら死んでしまう組織。それが軍隊です。騎士団も例外ではありません。


「私としては、フィオナさんにはここで死んでしまう可能性があるのだから居続けることは止めて下さい、としか言えません。―――知り合いには、死んで欲しくはありません」


 これは本心。


『あなたらしい言葉ですね。それを聞いた彼女はどう動くかはわかりませんが』


 HALの言葉。


 その言葉を聞いて私は気づきました。なるほど、と。だからフロムクェル語なんですね、と。


 一つ、聞いてみましょう。


「……私の口から聞きたい言葉は聞けましたか?」


『……チハヤユウキ。一つ、いいですか?』


 その質問は核心的だったのか、話を逸らすかのように聞き返されました。


「どうぞ」


 短く促す。


『……察しが良すぎます』


 何か諦めたかのようで、称賛も含んでいるような口ぶりです。


「どこまでか、なんてわかりませんよ。―――ただ、その可能性に気づけただけ」


 悪戯っぽく笑みを見せる。


 多分、フィオナさんが聞きたい事をHALが代わりに聞いたのでしょう。

 肝心の彼女はカーテン越しに盗み聞き。誉められたものではないですね、とは思いますが、それぐらいは許しちゃいます。


 それぐらい許すのが男の子、と耳にタコが出来そうなぐらい聞かされましたからね、シスターに。限度はあるとも締め上げられましたが。肋骨が肺に刺さって入院した時に。


「それでは、シャワー浴びてきます。明日から忙しいですからね」


 そう話を切り上げて、バスタオルを手に取りました。


 

 


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