↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第六章]オルレアン連合総合軍事演習
87/484

いつもの休日 朝




 夜明け前の寝室、といいますか。この夜明け前の時間とはなんとも言えない静けさがある。


 まどろみの中で、そこから今何時でしょう、と思いながら目をゆっくりと開けるのだ。


 今、私が寝ていた場所はこの部屋にある二段ベッドの片側。その上段。そしてその枕元。壁に寄り掛かるように、膝を抱えて夏布団に包まった状態だった。


 いつもベッドには横になって眠るはずなのだけれど、寝ているうちにこの姿勢になるようだ。


 どうも、私が居た世界でも発生した《ノーシアフォール》出現からの、11ヶ月間の生活―――特にシスターが死んでからの3ヶ月間の日々の経験が未だに尾を牽いているようだ。

 気安く眠れない毎日。夜の見張りを全て一人でこなし続けて、子供たちの食料を確保に奔走し続け、殺して奪う事をしようとした者を殺し続けて―――その果てに。


「……あの日々から解放されたようなものなのに」


 どうも、その経験は私にとって深い傷のようで。


「もう、ここはあの場所ではないのに……」


 呻くような声しか、上がらない。


 一呼吸。


窓を見て、まだ夜明け前の明るさである事を確認する。

 今は何時だろうかと、足元の枕の横に転がっているデジタル表示の目覚まし時計を右手で拾い上げる。


「午前5時半……」


 確か、今日は……。


 休みを貰ったんだった、と思いながらも私は体を伸ばす為にベッドで横になる。二段ベッドの二段目で立ち上がろうものなら、先に頭をぶつけてしまいかねない。

 グーっと体を伸ばして、再度体を起こす。


 向かいの二段ベッドでは、下の段に色の抜けたような金髪の少女、イオンさんが静かに寝息を立てていた。でも、夏布団は蹴ったくられ、左足が柵に乗せられ、お腹を出して寝ている。普段の様子では信じられないような、豪快な寝相にして寝癖だ。

 容姿の整った物静かな女の子がこんなびっくりどっきりな寝相をしている様は余り見たくないですね、と思う。

 この部屋に来た翌日の朝は凄かったと、この場で語らせて貰いましょう。よく、ベッドから落ちても寝続けれたものだと逆に関心してしまう。何をどう落ちたら、シャチホコみたいな、もしくはエビ反りで寝続けれるのやら。

 

 上の段は、とても長い赤っぽさのある金髪の女性、フィオナさんがこちらに顔を向けて寝ていた。

 こちらはイオンさんと比べるのが失礼なぐらいには寝相はいい。寝顔とかはその幼げで妖艶な顔もあって可愛らしい。美人に見馴れた私ですら見続けたいですね、とか思うけれどそれは迷惑ですし。

 まあ、問題は別の所にあるのだけれど―――それは対した問題ではないので割愛します。



 そして、私が寝ていた側の、下の段。


 そこには、黒い毛玉が丸くなっていた。

 決して、これは遊びで買ったウィッグではないことを先に説明させていただきます。買ったウィッグは茶髪ですし。


 そんなどうでもいい事はさておき、これは何かというと。


 異世界の獣。

 以上。

 説明終わり。


 ……もっと詳しく説明しろとHALに言われそうな雑な説明ですが、そうとしか言い様がありません。


 先週発生した《コーアズィ》で遭遇、拾ってしまったケモノ? のような生き物。


 パッと見は黒いふさふさな体毛を持つポメラニアン。顔は犬っぽい。でも耳はうさぎのように長いし、尻尾はリスのように長くフサフサ。体長で近い生き物を上げるならモルモット。後述するがかなり力は強い。その小さな体躯でニ、三メートル跳躍とか余裕だ。前足は器用で、リスやハムスターのように物を持つ事さえできる。


 こう、見たこともないような生き物としか言えないのだ。この世界の人―――アルペジオとかフォントノア騎士団の皆さまもこんな生物は見たことはないと言いきるし、HALは未確認生物(UMA)の記録にもないと言うし。

 イオンさんやフィオナさんも見たことはないと言っているので、もうわからないとしか言い様がないわけで。


 そして、不思議なのは。


 首輪代りなのか、軍人が使っているようなドッグタグをつけていて。そこに書かれた名前は『テルミドール』。

 ―――物騒な名前ですね。革命でも起こすのでしょうか。


 それと、私に何故かとてもなついていて。

 フィオナさんやHAL(のセントリーロボットのマニュピレーターだが)は触ることが出来る程度には警戒していない。―――正確には、フィオナさんはなで回したり抱きしめたり出来るし、HALはアスレチック代りだが遊び相手になる。


 なのに、他の人は近寄れても触る事が出来ない。ある程度の距離から近づかないし、近寄っても離れる。

 調査(その実態は研究や実験目的なのは間違いない)目的で連れていこうとケージを出したら逃走と、犬のような低い声音で威嚇。果てにはその研究者が噛まれて大怪我とケージ破壊で被害を出して研究所への輸送は先送りになった。

 ここまで被害があのだが、貴重なサンプルではあるので処分は先送りに。代わりに画像と体毛を研究所へ送りつけることになったのだけれど。


 世話や躾は、なつかれている私が見る事になった。イオンさんといいフィオナさんといい、よくわからないことは私に投げとくみたいな風潮が確立されているようです。そうに違いない。


 二人と一匹がまだ寝ているので、私は静かに二段ベッドから降りて洗面台へ。歯みがきして、寝間着から私服―――七分袖の白シャツに黒のカーゴパンツへと着替えて、鏡の前で髪を解かして結って―――。


「さて…… 僕 は厨房へ行くとするかな」


 声音を地声から低くして、いつものトーンに切り換えて部屋を出た。





「…………チハヤ」


「何かな腹ペコ殿下」


「…………休みじゃないの?」


 呆れた様子の長い金髪を後で二つに括った少女、アルペジオが朝食を乗せるトレーを差し出しながら言った。

 ジル達はいつもの事じゃないですかと言いたげだが、巻き込まれたくないがために自分の職務を全うすべく調理器具の洗浄に集中する。


 フライパンからベーコンエッグを皿に移し、アルペジオに渡す。朝食時、ベーコンエッグ等を食べたい人がいたら逐一焼く方式で、手の空いている人が焼くのが決まりだった。パンも各自が食べたいものを選ぶ方式になってたりする。


「……暇だもん」


「『……暇だもん』、じゃないわよ。毎回思うけど、休みの日ぐらいゆっくりしなさいよ」


 そう言いながら本日のスープ、オニオンコンソメスープをカップに注ぐ。ちょっと量が多い。


「これでもゆっくりしてる。―――それとアルペジオ」


「何よ。スープの量は個人の自由でしょ?」


「それはわかってるけどね。―――って、クルトン取りすぎ!」


 僕の視線の先には、スープに入る量ではないクルトンがカップの表層を埋めていた。さながら流氷のよう。


「チハヤのこれ、ザクザクしてて病み付きになるのよ? サラダに入ってても美味しいし至りつくせりね」


「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ……。限度はあるぞ。―――何で呼び止めたかはその事じゃないし」


 それで、何で呼び止めたかを思い出す。手元にある器を手に取り、アルペジオのトレーに置く。


「これは……マーマレード?」


 怪訝そうに手に取るアルペジオ。器の中には鮮やかなオレンジ色のジャムが収まっていた。


「自作した。バターとかイチゴのジャムとか飽きてきただろうし」


「……作る発想しかしないの? こういうもの買った方が―――って言ってもチハヤが作るもの基本的に美味しいからいいか」


 正論を言いかけるアルペジオ。それ言われるとちょっと辛い。


「否定しないけどね。日にちが経ちそうなオレンジが結構あったから、つい。あとで感想よろしく」


 つい、で作るかしらと呟いてアルペジオはトレーを手に適当な机へと向かっていった。


「チハヤさん、ソースとか買うことしないですよねー」


 ジルが久びさに口を開いた。彼も僕との付き合いもそれなりに長くなったが、大抵は無いなら自作してしまえという僕の思考には辟易気味のようだ。


「無いなら作るしかないでしょ」


 ここだと発注しても来るまで時間がかかる。なら、作った方が早い。それと。


「自作の方が安いし、手を加えられる。手間暇加えないと美味しくならないぞ」


「いや、そうだと思いますけどね……」


 困ったような顔を浮かべるジル。彼の中では、何もかもを作る必要あるかなという考えがあるのだろう。その考えは否定しないけど。


 さて、次に備えてフライパンを洗って、水気を拭いた所で。


「チハヤ殿。いつものベーコンエッグを」


 イオンさんが静かに呼び止めた。まだ眠いのか、気持ち寝ぼけ眼だ。


「私もお願いしても?」


 続いてフィオナさんがフロムクェル語で言った。少々イントネーションのズレはあるが、やはり一ヶ月もすれば喋れるようにはなるらしい。言語的にも近いだろうし。


「おはよう、二人とも。すぐ作る」


 そう答えて、フライパンをもう一つ用意する。

 コンロに並べて、ベーコン二枚ずつ並べる。両手に卵を持ち、フライパンの縁に当ててヒビを入れて、並べたベーコンの間へそれぞれ落とす。後は塩胡椒を振って、少し水を引いて、蓋をする。


「ところで、チハヤは今日、休みではなかったかしら?」


 本日、17人目になる質問をフィオナさんがしてきた。さりげなく、『何人の人が君は休みだろ』発言したかカウントしていたりする。聞いてきたほとんどの人はわざとだけど、最初の頃より減ってはいる。


「うん、休みだよ」


「じゃあ、どうして厨房にいるのよ」


「何かしないと落ち着かなくて。性分、かな」


 というよりも、休みの日、とは何をすればいいのだろうと思うのだけれど。じゃあ、買い物―――をしようとしても、基地内には購買なるスペースがあって大抵の生活必需品は揃う。服も妥協してしまえば何とかなる。

 この世界に来る前なんか、休日のほとんどは神父やシスターの手伝いばかりしていたと思うし。服に関しても平日は学生服で事足りたり、私服は職員や神父から修道服を借りれたし、シスターの友人達のお下がりで賄えたし。

 空いた時間で漫画やら何やら読んだり、街中をランニングしたり、適当な楽器を弾いたりしたけども、そんなのは本当に僅かな時間だったから休日にやることには含めれないだろう。


 こっちへ来て、休日の使い方はどうかと言われると、大して変わってない事に気づく。休日は大体厨房に居たり、シーツを洗濯したり広間やロビーで掃除してたりと意外とのんびりしていない。先程も述べた通り、必要な分は基地で揃うし、申請すれば届くので出かける必要はない。


 そこまで思考して、結局は最初に思った『休日って何をすればいいのだろう?』に戻る訳だが。


「……休日って何をすればいいんだろう?」


「……は?」


 コイツ何を言っているのかしら、とでも言いたそうなフィオナさん。それぐらい素っ頓狂な発言だったのだろう。


「……チハヤ殿は、休みに指定された日で炊事、洗濯、掃除以外をしている姿を見たことがない」


 要するに、メイドさんとやってること変わらないと。


「いや、休みの日の過ごし方って、何をすればいいんだろうなと」


 答えつつ、ベーコンエッグの様子を見る。もう良さそうだ。火を切って、フライ返しで慎重にフライパンからお皿へと移す。


「二人は休みの日って、どう過ごす?」


 自分の参考になるかわからないけど、訊ねてみる。


 先ずはイオンさんが答えてくれた。


「勉学と旅の毎日だったが……。空いた時間は、本を読んで、昼寝でもする」


 うん。自分でも出来そうだけど、何故かやらなそうなものだね、それ。

 そう答えてくれたイオンさんのトレーには、スープ多めによそい、サラダは山盛りでマヨネーズもたっぷり。パンもクロワッサン二つ選んでいる。これにベーコンエッグが加わるのだから、その細い体でよく食べるなぁと思う。


 続いてフィオナさん。


「私? 森の中の村での自給自足の生活よ? こちらや都会みたいに休みなんて無いわよ。うさぎ捕らえたり、畑の手入れ、弓矢の手入れの毎日。でも、空いた時間は楽器を弾いたり、ハンモックで昼寝ね」


 流石、自然の中で暮らしてきた人だ。言うことの次元が違う。でも、楽器を弾いたりって何を弾いていたのだろうか。少し気になる。

 フィオナさんのトレーには、普通の量のスープにサラダ。サラダにかかっているのは本日のドレッシングであるゴマベースのもの。パンは食パン二切れ。両方とも焼かれている。彼女も彼女でよく食べるなぁ、と思う。


「参考の一つにするよ。はい、二人とも焼けたよ」


 そう言ってベーコンエッグを差し出す。


「ありがとうね、チハヤ」


「ありがとう、チハヤ殿」


 彼女らはそれを受取り、空いている適当な席へ向かっていった。


 手早く使ったフライパンとフライ返しを洗って、


「次は―――って、来そうにもないか」


 僕が呟いた通り、食堂に来る人も少なく、厨房へ来る人も当然のように少ない。


「チハヤさん、先にメシ食べてていいッスよ。というか、休みでしょ?」


 洗い物しながらジルが言った。確かに、これだけ疎らなら厨房に人は少なくていいだろう。言葉に甘えるとしよう。


「じゃ、ありがたく。―――その前に、自分用のベーコンエッグでも作るけど」


 そう言って、ベーコンを二枚取り出した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。