演習二日目
ああ、面倒だ。
そう思いながらもあたし、『サイカ・M・センノミヤ』はその迎賓館の会場をさっと出た。
あたしは(《ノーシアフォール》のあるレドニカから見て)遥か東の山脈の大きな盆地にあるオルレアン連合に加盟していない国、《ポロト皇国》の皇室、センノミヤ家の次女だ。もう少し詳しく言えば、若き女王の歳の離れた妹なのだけれど。
あたしがここ、《ストラスール》国内の一地方都市、《カナクタ》にいるのは《オルレアン連合総合軍事演習》を見学する為だった。
何故、オルレアン連合加盟国ではない《ポロト皇国》の皇女のあたしがここにいるのかというと、結構深い歴史的、政治的事情と大陸の地理的事情というものがあるからだ。
まず、《ポロト皇国》はこの大陸の東にある海抜1万メートルを越える《天層山脈》の東にある盆地と、美しい湖と共にある。この国へ陸路で行くには南北の谷からしか入れない。入るにしても標高二千から三千の山を越えなければならないという場所だった。
東からは谷に沿っていけば海になるが、左右は崖に挟まれた狭い内海で、船と場所に寄っては一隻通れるかどうか位の狭さだ。
空は比較的自由だが、やはり《天層山脈》のお陰で進入経路は南北と東に限られる。
そして山の中にという土地は、自然も厳しい。今の時季はまだいいが、冬は豪雪地帯となる。谷は雪で埋まり、陸路は侵入すらままならない。
だが盆地とはいえ土地は広く豊かだ。地熱は高く野菜は育ちはいいし、畜産業も盛ん。さらに地下資源は豊富で、石油や天然ガス、レアアースといった貴金属はかなり採掘出来る。《ノーシアフォール》出現後の調査で、リンクスの動力に必要なフェーズ資源ですら豊富。
そんな恵まれた土地だからこそ、建国当初から他国からの侵略が避けられなかったのだが……。
天然の要塞に囲まれたこの盆地は、北も南も侵入することすら困難だった。敵国の兵士は山登りで疲弊するし、そもそも国へ行くには雪のない夏場でしか行えない。
しかも南北の谷は狭い。特に南は切り立った崖が左右に壁として存在するのである。数で攻めてもそこでつまるし、回り込もうとしても崖で遮られているし、谷より前で回り込もうとすれば山の急斜面だ。
故に昔から宣戦布告されようが季節や地形といった自然の味方もあって侵略から守りやすく、時代を経てもそのアドバンテージは変わることはなかった。
次第に戦争を仕掛ける国はなくなり、南北の行来するための休憩地としての国へとなっていった。
自然の要塞に囲まれた難攻不落の独立国家。度重なる宣戦布告を受けてきた歴史によって国民一人一人が高い国防意識を持つ国家。それが《ポロト皇国》だ。
けれど、その優位も崩れ去ろうとする出来事が起きた。
《ノーシアフォール》の出現と、急速な技術発展。そして《リンクス》と呼ばれる機動兵器の出現だ。
その兵器が持つ汎用性や踏破性は《ポロト皇国》を脅かすものだ。
危機感を覚えた当時の王や政府高官はオルレアン連合へ《リンクス》の技術提供を呼び掛けた。
度重なる要求は突っぱねられたが、最終的に技術提供を受けれることになったのは政治家の中でも語り種だ。
たった一つの脅し文句で動いたのだから。
北なら南と比べて侵入しやすいんですよ、と。
要するに、北側―――ランツフート帝国から侵略されるかもしれない。《ポロト皇国》の土地は帝国の要塞にされるかもしれないよ、と言えば戦争中のオルレアン連合としてはそれは防ぎたい事案だろう。
そして、《天層山脈》は大陸の三分の二を南北に別けるほどに超大だ。だからこそ、大陸の西地方。レドニカといった平原の地方で戦争になるわけで。
その唯一の南北を行来出来る場所が《ポロト皇国》の国土たる盆地だ。ここを帝国に取られたりすれば、さらに戦線が広がるのは火を見るよりも明らかだ。
それを恐れたのがオルレアン連合で、積極的な技術提供が始り――――今では独自にリンクスを開発することに成功している。
今でも昔ほどではないが技術提供は度々あるし、口外は出来ないがオルレアン連合技術研究所に産業スパイを複数名忍び込ませているので内密な技術の確保もしている。
そんなこんなな縁で、《ポロト皇国》から来賓としてオルレアン連合総合軍事演習に招待された訳だ。
迎賓館でのパーティーを抜け出して、あたしは賑かな出店が並ぶ通りを歩く。
出店の並ぶ通りを歩く人は、軍服を着た人や背広を着た人だったり、ドレス姿の女性や明らかに私服の人だとかいろいろな格好の人が歩いている。茶髪でミニドレスのあたしでも紛れてしまえば顔の知る人以外なら目立たないだろう。
正直なところ、各国の要人とか王族とかと上品に話すのは柄でもないし、護衛に囲まれて移動とか堅苦しくて嫌いだ。
そういうのは姉の役目じゃないかとさえ思う。
折角、こうして出店が出ているのだからパーティーで出されるような食事よりもこちらで食事をしてみたくなる。
出店からは美味しそうな香りが漂ってきて、食欲をそそられる。
そうして歩いていると、一つの出店が賑わっているのが見えた。
オルレアン連合の第八騎士団―――通称を《フォントノア騎士団》の炊事係が出しているカフェらしかった。大小様々な丸いテーブルと椅子が並んでいる。女性に配慮して、日傘も開いている。
ちょっと奇特なのは、よくわからない機械が一機、エプロンドレス姿のメイドの中に紛れてウェイトレスしている事か。
いや、待って。何あれ。
さらりと流しかけたけど、ロボット?がウェイトレスしてる。器用に飲み物が入ったコップやらサンドイッチが乗ったお皿をテーブルに置いては次へとか、テーブルを布巾で拭ったりとか、注文を受けたり等、手際よく仕事をこなしている。ちょっと驚きの光景だ。
そのカフェで出されているのは、紅茶やコーヒー等の飲み物や、サンドイッチや丸いパンに黒い何かと野菜を挟んだサンドイッチのような何か等の軽食や、様々なケーキやクレープ。グラスにケーキを入れて、その上に白い半球状のものを中央に果物やクッキーのようなもので飾られたデザートが配られていた。
食べている人は誰もが皆、一口口にしてから目を丸くして食べている。
表情からしてもよくわかる。実に美味しそうだ。
テーブルは二人用の小さなものと四人以上で囲めそうなテーブルの二種類が置かれ、それなりの数の人間が並んでいるので少し待ちそうだ。
列に並ぼうとして、地面に置かれた看板が目に入った。
曰く、紙に名前と連れの人数を書いてお待ち下さい。上から書かれた名前の順に空いた席へ案内してくれるらしい。
目立つ所に注意書が書かれていて―――名前のない人は例え神様だろうが王族だろうが絶体に案内しません、とか。料理長は呼んでも来ません等と念入りに丁寧に書かれている。ようはルールを守れということらしい。
これを書いた人はかなり胆の据わった人らしい。少し会ってみたいと思いつつも、まだ名前の書かれていない枠へ『セン』。一名と書いて椅子に座る。
あたしより前には六組ほどいるので、呼ばれるのはそう遠くないだろう。
待つ暇つぶしがてらにウェイトレスしているメイドさんを眺める。すると、ロボットではない、一人だけ明らかに違う人が右へ左へと動き回っていた。
何人もいるメイドは西洋人らしく赤っぽかったり栗色だったりたまに金髪だったりとするのだが、彼女だけ美しい艶のある長い黒髪だ。西洋では滅多にいないし、《ポロト皇国》やその隣国ですら珍しい髪色だ。
私は茶髪だが、姉様は隔世遺伝で同じように黒髪なので見慣れてはいるとしても―――それでも珍しい。
西に黒髪の人がいるなんてあたしは聞いたことがない。もしかしたら、彼女は《ノーシアフォール》から来た異世界人なのかもしれない。
すると、彼女の正面が見える位置のテーブル席で注文を取り出した。
嘆声な顔立ちの、端的に言えば可愛い少女だ。柔和な笑みを浮かべて接客に勤しんでいる。
スラスラと手帳に何かを書いて頭を下げ、三つほどテーブル席を通りすぎて厨房へ向う。注文が書かれた紙を料理人へ渡して次の客へ。先程通り過ぎた三つのテーブル席の内、二つ目のテーブルでまた注文を伺う。
その客は何故か驚いていたが、メイドが何かを言うと納得の表情を浮かべて注文を告げる。
すぐに彼女はメモを書き込んで、厨房へ渡しつつ出来上がった料理を客へと運ぶ。
この出店で働いているメイドの中で一番動いているように見える。何人かと比べても、明らかに対応する数が違う。ある人が注文を伺っている内に四人席よテーブル一つ片付けて次のお客を迎えられる準備を整えたり、二席分の料理を配膳したりと忙しい。
よく観察すると、テーブルに座る男が何人か、視線で彼女を追っていた。
確かに可愛らしい少女だ。短時間見ていてもその手際の良さは素晴らしいの一言だろう。是非嫁にとでも声をかけたいのかもしれない。
そう彼女を見ている内に、その黒髪のメイドがこちらへとやってきた。
気がつけばもうあと一組であたしの番になる。
彼女は紙を見て、少し困った顔を浮かべる。それでも何かを言う為に座って待つ人々へ声をかける。
「四名様でお待ちのミッシェル様はお見えですか?」
綺麗な、澄んだ声が響いた。容姿といい声といい。この人、ホントはメイドではなく役者か何かじゃないかとさえ思える。
「ここです」
隣に座っていた軍服姿の男性が口を開いた。家族なのか、女性と子供二人を連れていた。
「申し訳ございません。四人席がまだ空いておらずご案内は後程となります……」
本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
確かに、今空いた席は二人用のテーブルで、四人席はまだ空いていない。
「構わないよ。そちらのレディを早く案内したまえ」
それなら仕方ない、と納得の様子で頷く紳士。こういう人物はなかなか居ない。と思う。姉様の夫もそんなんだし。
その言葉にホッとしたようで再び笑顔を見せる。
「ありがとうございます。それでは……一名様でお待ちのセン様」
紙を見て、私の偽名を言った。
「こちらがメニューとなります。お決まりでしたらこちらのベルを鳴らして下さい」
そう言って彼女は、透明なプラスチックで挟まれただけの紙を二枚、あたしに手渡して次のお客の所へ行ってしまった。両面プリントでどんな料理かを写真も混じえて書かれている。どれも美味しそうだ。
先程のパーティー会場である程度食べたので、何かデザートがいいな、と思ってデザートの項目を見る。
「……イチゴのパフェ?」
すぐにその写真で目が止まった。縦に長いグラスに黄金色のチップ状の何かとクリームが詰められ、白い半球状の何かを中央に半分にカットされたイチゴと見たこともないような切られ方をした果物で彩られたデザートがあった。
大きさの比較対象にリンゴ一個が隣に置かれていた。それを三つ重ねたぐらいの高さのデザートのようだ。
初めて見るし、パフェとやらは美味しそうだ。
「うん。これと紅茶にしよ」
注文は決まった。呼ぶためにベルを持とうとして、
「お決まりですね。お伺いいたします」
鳴らす前に黒髪のメイドさんが来た。というか左隣で待ち構えていた。
「うわっ」
素直に驚く。
「ま、まだベルを鳴らしてないわよ?」
チリン、と鳴らしつつ訊ねる。どうしてもう鳴らすとわかったのかが気になる。
「一名様なのと、お客様はサンドイッチ等の軽食よりもデザートを選ぶと思っていましたので。それと声が聞こえてましたから」
柔和な笑みでそう答え、懐からメモを取り出す。
つまり、彼女は私にメニューを渡して、離れて他の仕事をしながら客の声を聞いていたということだ。しかも人を見て何を選ぶか見当をつけていた。
あとは彼女の仕事のタイミングで対応出来るか、なのだろうか。
おお。ここまで有能なメイドがこちらにはいるのか。彼女の教育係はかなりのやり手だろう。
私の所は―――まあ、こちらと比べてもそう大差ないだろう。というより、姉様の夫の方が有能すぎて他が霞んでしまっている。あの人、一兵卒からの叩き上げの佐官で庶民の出だから料理から建物の修復まで大抵の事は出来ちゃうし、やってしまうから執事やメイドの仕事が無くなりかけたのよね……。
「……どうかされました?」
そんな事を目尻を摘まんで考えていたからか。その様子を心配したのか呼び掛けてきた。
「あ、いえ。なんでもないわ。知り合いの執事やメイドより家事で有能な人を思い出しただけ。その人、人に任せればいいものを自分でやっちゃうのよ?」
その言葉に彼女はクスクスと笑う。
「私と同じような人がいるのですね。今日はお許しを得て接客していますが、普段は私もメイドさん達の仕事の何かを無断でやってますから」
「……はい?」
この人、何か変な言葉を言わなかった?
「今日はお許しを得て?」
「あっ……」
本人もそれに気付いたのか、目をゆっくりと逸らす。
「本職、メイドさんでもウェイトレスでもないんですよねー……」
とても小さな、私にしか聞こえなさそうな声でぶっちゃけた。
いや、待ってほしい。これまで、あたしが見た限りでは彼女はかなり働いていたように見える。もしそれが本当ならば、本職じゃない人が本職以上に手際よく働いていた、ということか?
「まさかここのメイド。皆、本職メイドではないとか言わないよね……?」
彼女以外のメイドの肩を持つ訳でもないけど、まさかと思った事を口に出す。
「私だけですよ? あと、この事は内緒で……」
その一言で全て否定されてしまった。
「お話はこれぐらいにしまして……。ご注文は?」
「そ、そうね。イチゴのパフェ、とやらと紅茶を一つ」
「イチゴのパフェと紅茶ですね。かしこまりました」
彼女はメモに注文を書き込んだ後、こちらに一礼して去ろうとする。
「あの……」
思わず、呼び止めてしまう。只の興味本位なのだけれど。
「はい。何でしょうか?」
当然のように彼女は笑顔で応対する。
「お名前、お訊きしても?」
その言葉が意外だったのか眉が少し上がる。でもすぐに穏やかな表情を浮かべて彼女は応えた。
「チハヤユウキと申します」
これが彼、チハヤユウキとの最初の出合いだった。




