公開演習三日目
私は、『クラリス・エルフィンストーン』。
オルレアン連合、第一位国 《クナモアリル》の王家、エルフィンストーン家の継承権第一位の王女だ。そして、オルレアン連合、第一騎士団。通称を《セラフ騎士団》を率いる団長であり。荘厳な天使を思わせる専用リンクス、《ミカエル》を駆るエースだ。
この日は、正確にはこの三日間はオルレアン連合総合軍事演習の日だった。政府の要人や各国の貴族達、応募し当選した一般人等が観覧する―――つまりは公開演習の三日目だった。
そして、目玉であるオルレアン連合騎士団のリンクス同士の模擬戦が、市街地型の演習場で行われていた。
『敵機確――――!』
アーク01の報告。けれど最後まで言えていない。
その理由は簡潔だ。
『アーク01撃破判定』
淡々としたオペレーターの声がコクピットに響く。
アーク01―――ステファニー・ノースがオルレアン連合、通称を《フォントノア騎士団》に所属する黒い尖鋭的なリンクスに撃たれたからだった。
クナモアリル軍が運用する最新型量産リンクスにして《セラフ騎士団》仕様に改造、専用の白に塗装された《アーバイン》が、ペイント弾を胴部へと撃ち込まれピンクの塗料で汚されたのである。
アーク01はその場に膝をついて停止する。
こちらは《ミカエル》一機と《アーバイン》二機の編成で、《フォントノア騎士団》は《プライング》とかいう《ミカエル》と同じく異世界から来て試験運用されているリンクス一機のみだ。
三対一という、私からすれば相手に対して卑怯な事をしている。
相手はメニヘテル無人機暴走事件の立役者、『チハヤユウキ』。
《ノーシアフォール》からやって来た異世界人にして、初陣で多数の帝国軍のリンクスを撃破。鉄壁の防御とも言われた《ナースホルン》さえも倒してみせた実力派。聞こえてくる話では、実戦だろうが訓練だろうが、遠慮も容赦も微塵もない戦いぶりだという。最近は目立った戦闘が起きていないようで鳴りを潜めているとか。
使ったリンクスの性能もあるのだろうが、その機体ですら元々は使い手が現れずたらい回しされていた機体だ。それを乗りこなすセンスも桁外れだったのだろう。
短期間でその戦果なのだから、さぞ男勝りな人間だろうと思っていたが、違った。
本人は、『結局は只の人殺しでしかないのだから、他人はともかく私に対してその発言はしないでほしい』と。丁寧な口調で謙虚な姿勢の、育ちの良さが窺える綺麗な黒髪の女性だった。
話してみると、異世界人らしい無知な嫌いはあるが、そう悪い人ではないのがよくわかった。私は王女という出自、立場と相手の先入観から距離を置かれがちだが、彼女は礼儀礼節を重んじつつもその色眼鏡で私を見ていなかった。
険悪な空気を隠さない《フォントノア騎士団》のエースパイロットでストラスールの王女、アルペジオ・シェーンフィルダーより好感がもてる人物かもしれない。
このような人間が、あれほどの戦果を見せているのだから、俄然興味が湧いた。
最終日の模擬戦で是非とも相対してくれないか、と言ったら私の部下達でも、彼女ではなく。真っ先にアルペジオ殿下やその同僚が私にそれは止めた方がいいと言ってきた。
理由を訊ねると、見せ物にしてはいけない、としか答えてくれなかった。何かはぐらかすようなもの言いだ。
少し遅れて部下が、相対する部隊が決まっているとか、実績のあるパイロットだとしても殿下が相対していいような身分の者ではない等と理由付けして戦わせる事を止めさせようとしてきた。
私はここで、この人と戦ってみたいとハッキリと言わせてもらった。
短期間で数々の戦果を上げている異世界人だ。されど、そんな聞こえてくる好戦的な話とは裏腹に、その深窓の令嬢のような印象は、逆に興味が沸く。その豹変ぶりや戦い方を是非とも間近で見てみたいのだ。
それに、このオルレアン連合総合軍事演習での演目でリンクス同士の模擬戦は一番の目玉だ。連合軍のリンクスパイロットの大半はこの演習で模擬戦したいと言いきるほど。部隊単位で、騎士団から地方の一小隊までほとんどの部隊が応募する演目だ。
フォントノア騎士団は確か当選から外れてしまっていたが…………まあ、私の権限をフルに使って、エキシビションマッチとしてやってしまえばいい。
ここまで言うと付き合いの長い部下、ステファニーが一つの条件を付けてきた。
こちらは私にステファニーとレイラも加わった三機。チハヤは一機のみの相対とさせてほしい、と。
どう考えても相手が不利でそれでは勝負にならないと向こうが断るだろう条件だ。
そんなことを不粋な事をするなと言っても、ステファニーはこんなぽっと出の得体のしれない人物と殿下を一対一で戦わせる訳にはいけませんと聞く耳持たずだ。こう言うときの彼女は私の影響を受けたのか頑固だ。
それでもチハヤは「別に構いませんよ?」の一言で快諾して模擬戦を引き受けてくれたのだか。
そして、今。
開始数分で、邪魔な随伴機が二機とも撃破判定で沈黙した。
瞬く間、とはこの事のようだ。
真正面からに突如と現れ、迷わず突撃。見たこともないような速度で《プライング》の機影が大きくなる。
撃っても、左右へと瞬間的に砲弾を避けて、アーク02―――レイラの《アーバイン》を撃破。すぐに離脱して、姿を隠して、また突撃。
二度目の強襲で、ステファニー機が撃破判定。
それはもう、全方向へ向けられた大出力のブースターによる機動力を活かしたヒットアンドアウェイだ。
あんな速度で近距離で撃って当たるような腕部の運動性、優秀なFCSを積んでいるらしい。近くで張り付かれては対応しきれない。蜂の巣にされるだろう。
私の《ミカエル》は背部の翼状ブースターによる空中戦が得意だ。そして副次的なものとして奴ほどではないが機動力もある。FCSは未来予測レベルと言われるほどに精度は高い。
まだ離れて射撃戦をした方が勝ち目があると私は考えて、彼女が姿を消した方角とは反対へと移動する。
追撃はなし。
それにしても、先に部下二人を排除したのはまさか―――。
『殿下。お相手のチハヤユウキ様からメッセージが届いております。すぐ伝えてほしいとのことですが、読みますか?』
少し思考に耽った私をオペレーターからの通信が現実へと引き戻す。
メッセージ? 何だろう。
「……聞くわ」
『しがない邪魔者若干二名は排除させて頂きました、とのこと』
その言葉に、思わず笑い声を上げてしまった。
なかなか粋なことをしてくれる。
恐らく前日の会話で、ステファニーの提示した条件に不満を示した私を見ての行動だろう。あからさまに一対一でやりたいという気持ちはわかっていたらしい。
挑発的なメッセージだが、こちらの本来の意向に従ってくれたらしい。
「こちらからもメッセージを送りなさい。『上等よ』、と伝えなさい」
『…………? わかりました』
オペレーターは疑問に思いながらも言った事を着実に実行するだろう。
私は《ミカエル》を上昇させ、市街地の空へ上がらせる。
振り返って、索敵。
ブースターのプラズマ光が、建物の間をすり抜けて行くのが見えた。
黒い機体がこちらを正面に見据えて、すぐに隠れる。
「さて、ここから始めますわよ。天使と踊れる名誉を噛み締めなさい」
そう言って、《プライング》を追うためにブースターを噴かした。




