昼食配達
「本日の弁当ですよー」
そう言って僕は格納庫の待機室のドアを開けた。
今日は週一と化した炊事係の日である。
そして、たまたま《コーアズィ》待機のリンクスパイロットへの昼弁当の配達である。
待機室には、アルペジオやエリザさん―――つまりはラファール小隊の面々だった。普通なら僕もこの中にいるはずなのだけれど、本日は《プライング》は定期メンテナンスで動かせないので、そのパイロットの僕は厨房入りになったのである。
正確には、やることが欲しかったので厨房に入ったのだけれど。
昼食が入ったクーラーボックスを部屋の隅にある机において、蓋を開ける。
「そう言えば、今日は厨房入りだったわね」
すぐに長い金髪を後ろで二つに括った青い目の少女、アルペジオがやって来た。相変わらずご飯になるとすぐに来る人だ。
「で、弁当作って君達に昼を持って来ましたよと」
はい、と昼食が入った容器を渡していく。
「今日は……パイ?」
蓋を開けて中身を確認したアルペジオが訊ねてきた。
弁当箱の中身はミートパイと、レタスと水菜、パプリカやトマトが入ったサラダと三本ばかしのポテトフライである。
「昼のシフトの弁当の中身がサンドイッチとかハンバーガーとか飽きてきた、とか言ってたから、一風変わったのを用意してみた」
前に言っていた事を話す。リクエストに答えないで何が炊事係か。
それを聞いた瞬間、言った張本人たるアルペジオが目を逸らした。まさかリクエストに答えられるとは思っていなかったのだろう。
サラダはいつも通りな感じだけどもドレッシングは辛めねと言いつつ、エリザさんやカルメさんに弁当を手渡していく。
ふーん、と言って彼女はベンチに座り、パイを囓った。
「……甘酸っぱいけど、お肉が美味しいわね。入ってるのは鶏肉? 淡白だけど、ちょっと歯ごたえがある」
その感想から、鶏肉のような肉の正体を当てようと、議論が始まった。
「そうですわね……。ササミ辺りの肉でしょうか?」
「昔食べたワニ肉かな? でも脂が無いし違うかな……」
「カルメ、ワニ肉食べた事あるの?」
カルメさんの推測に、アルペジオが食いついた。食べたこと無いのよと続けて言う。
「昔、食べる機会がありまして……。確か、プリプリしてて、脂の乗った鶏のササミ肉のような味でしたね」
また食べたいなぁ、と懐かしそうにカルメさんは言う。
それだけ美味しかったのかもしれない。
「んー……。降参。チハヤ、このお肉は何かしら?」
もうちょっと続けて欲しかったと思いつつも、僕はクーラーボックスを閉じつつ答える。
「うさぎ肉。ようするにこれは兎肉のパイだ」
どっかの兎が主人公の童話で、その主人公の父が人間に捕まってパイにされているが……。まあ、その料理である。
「うさぎ? あの耳の長い? ペットで飼われるような?」
「そうそう―――いや、最後のは違う。ジル曰く、ストラスールのより東方、オーベルっていう国だと狩猟で狩ったり、家畜として食肉用の養殖兎が盛んなんだとか」
なんでも、うさぎ肉を勧めてくれたジルはそこの出身らしい。野うさぎを捕らえては食べるとかやったとかで、僕よりも馴れた手つきで捌いていた。
「僕も、以前いた世界でうさぎ肉使った料理をしたことあるから、サンドイッチやらハンバーガーやらに飽きた人にどうかなー、なんて思って作ったけど、どう? 皆の反応次第で、兎肉もご飯のメニューに加えれるんだけど」
「その言動だと、それなりにレパートリーあるのか……。サラダおかわりある?」
パルメシアさんが一人分のサラダを平らげてから呟いた。パイの口直し用にと辛めにしたドレッシングが気に入ったのかもしれない。予想通りなので、余分として持ってきたサラダの容器を一つ渡す。
「ある程度は覚えてるよ。ソテーにしたりローストにしたり……。トマトやマスタード、白ワインとかで煮てもいいね」
スペイン料理ならパエリアの材料にもなる。意外とあるのだ兎料理。
皆に提供する前に、感覚を思い出す為に一通り作らないといけないが。
「聞くだけで美味しそうに思えるのはチハヤの腕を信じてるって事よね……」
「褒めても何も出ないぞ」
そう言ってベルトを肩に掛ける。
「それじゃ、また後で容器を取りにくるから。適当に纏めておいて」
「えっ? チハヤもここで食べないの?」
アルペジオが意外そうに言った。僕が炊事係の時、特に弁当配達の際は届けた先で弁当を食べることが多い。その事からここで食べると思っていたのだろう。今日は違うのだ。
「うん。HALから連絡があってね。回収品倉庫でデリアさんとイオンさんとフィオナさんがいるから昼弁当届けて下さい、ってさ」
それじゃ、と短く言って待機室を後にした。
車で走ることすぐ。
基地の南東に、《コーアズィ》で回収された、この世界の人間から見てよくわからないものを保管する倉庫へと来た。
兵器や軍用と思われるもの以外の回収品はここに保管され、民間企業へ渡したり、自分達で使ったりする。
そして、貯まり過ぎると倉庫が一杯になるので一定期限が過ぎたら処分される。
よくわからないもの、と言っても人によっては知っている物がそこそこあって、僕がよく使うギターもこの倉庫で見つけた物だったりする。
その倉庫は三棟あって、一番北東寄りの倉庫に一台の車が停められていた。
その隣へ僕も車を停め、エンジンを切る。
『お待ちしてました、チハヤユウキ』
モーター音を響かせながら、HALがやって来た。
今回のはローラー付きの六本脚の脚部に、レーシングカーのフロントを思わせる外装の胴体。左腕は露骨な程までにシャベルカーのバケットとアームのそれ。右腕は歪な五本指を持つ、肘関節が三つのアーム。頭はモノアイカメラを三つ束ねたような形をしている。相変わらずカオスな構成だ。
昼弁当が入ったクーラーボックスとお茶が入った魔法瓶とコップが入った籠を持って車を降りる。
「三人は?」
『第二倉庫と第三倉庫の間です』
HALの言った場所へ向かうと、その通りの場所に三人がいた。語学教育担当のデリアさんとイオンさんとフィオナさんが、どこから持ち出したのかアルミ製のアウトドア用の机と不揃いの椅子やベンチに座って待っていた。きっと、倉庫内にあった物を集めて来たのだろう。
赤髪をボブカットにして大きめの眼鏡をかけ、軍服をビシッと着こなしてもなお滲み出るフワッとした雰囲気の二十代後半の女性―――デリアさんと、カッターシャツにロングスカート姿のイオンさんはぺらぺらと何かを話している。この世界に来てまだ数週間も経っていないのに、もうかなり流暢に話せるようだ。
タンクトップにショートパンツという、動きやすそうな服装のフィオナさんは頭を抱えながら、手元の紙を見ている。おそらく、フロムクェル語の読み書きだろう。まだ数日だから簡単な文章だろうけど、頭を抱えるほどだろうか?
「昼食をお持ちしました」
そう、言ってから机の上に置けそうにもなかったので、ベンチにクーラーボックスを置いて、弁当を配っていく。
「待ってました~。それでは二人とも、お昼ご飯にしましょう」
デリアさんが明るい笑顔で、そう手を合わせて言った。
彼女は騎士団員であるが、予備のリンクスパイロットという立場の人である。本来の仕事は、《ノーシアフォール》から来た人にフロムクェル語を教えるという、教育係だ。僕がこの世界に来て、まずお世話になった人でもある。
元々は別の部隊に配属されるはずだったのだが、前任者が名誉除隊したこと。本人が代々家庭教師の家系でそういった教員免許(学校なる教育機関はないのにそういう養成所はあるらしい)を持っていたこと。当時の騎士団のパイロットとしては最低限の技量でどこも欲しがらなかった(団長は成績優秀な人よりも教育担当が欲しかった)ことから、このフォントノア騎士団へとやって来たとは本人談だ。
「この世界の料理はとても複雑な味で美味しい。特に、チハヤ殿の料理はとても美味しいと聞く」
「チハヤさんがこの世界に来て、この騎士団の台所事情を改善してくれたのと、彼女自身がお料理が上手で皆様に色々と教えた甲斐があったから、ですね」
「デリアさん、僕、男です」
たまに忘れかけるけど。僕はよく女性名詞で扱われてしまう。なのでちゃんと修正すべく指摘するのだけれど。
「……だめ?」
「駄目です」
そう答えつつ、魔法瓶を取り出してコップにお茶を注ぐ。
メイドさんも納得の手際で三人の前にお茶を置いていく。
「……チハヤ殿は、前にいた世界ではメイドでもしていたのだろうか?」
その手際からか、イオンさんが疑問を言った。
「―――なんで先に執事じゃなくてメイドなのか聞きたいよ」
あまりしたくないのだが、軽くイオンさんを半目で睨む。
実のところ、前の世界ではメイド服を好んで着てたなんて口に出来ない。僕の感覚だが、メイド服って機能的でいい。
「姿勢がとてもいい。それに、動きが滑らかで綺麗」
「そうよね~。前にメイドさんの服着させたことあるんだけど~。本当に様になってたのよ?」
「詳しく」
「言わなくていいです」
食いついたイオンさんを制する。
『チハヤは元々軍人ではないの?』
紅茶を啜りながらフィオナさんが聞いてきた。
「よくいる一般人だ。僕がいた世界に《ノーシアフォール》が出現するまでは、学生だった」
HALの通訳越しにフィオナさんからの質問に答える。普通だったかはさておき、だけど。
「学生、とは?」
『学校という教育機関が、我々の世界には普遍的にありまして。国によって大きく異なりますが、基本的にそこに通う6歳以上18歳未満の子供を学生と呼びます。定住しているイオンさん、みたいな身分、が最適な説明でしょうか?』
HALの簡潔な説明。
「そんなところ。あとは親がいない身だから孤児院で暮らしていたことぐらいか」
『コジインって?』
フィオナさんが口を挟んだ。存外、知らないのかもしれない。
「養う人がいない子供―――つまりは孤児を預かってくれる施設、かな」
『「親が色々な事情で子供を育てれなくて仕方なく」や、「親類が事故等で死亡し他に親族が居ない」等の理由で天涯孤独となる子供がどうしても発生してしまいます。そのような子供を保護、養育する施設が孤児院と称されます。チハヤユウキが暮らしていた国では児童養護施設とも言いますね』
「言い方が優しいな、HAL。捨て子だっているのに」
僕は違うけど。
『一括りにするのはよくありませんので。―――養子に出ていく人もいるようですが、ずっと施設にいる、という人も少なくないようです。他にも問題はありますが、それは割愛しましょう』
「まあ、僕は親がいなくなって、親族もいないような人だったから、保護施設で暮らしていたってこと」
あとは、その施設で最年長だったことぐらいか。あの日―――黒い球体発生までの年齢でもっとも近いのは11歳ぐらいだし。
なので、実質的にその施設では子供達を纏める役になっていた。元々、面倒を見るのは慣れていたけど、当時の僕は訳あって女の子かのように丁寧で柔らかな物腰だったので余計に、だ。
本音を言えば、僕自身、人の面倒を見るのは嫌いではない―――むしろ好きな方だ。
だからこそ断りきれないのかもしれないが。
『…………親が、ね』
フィオナさんの表情が曇る。結果的に悪いことを聞き出してしまったからだろう。
まあ、彼女の想像を超えるだろう結末を経ているのは間違いないし、僕自身、あの事件さえ無ければと思うことも事実だ。
けれど、それが無ければ僕はあのままだったし、アイツもあのままだったのは間違いない。
それに、後になって思えば―――僕が高校生になれば瓦解した家庭事情だったことは、間違いない。それは、起こりえた事実だ。
皮肉にも、あの事件が無ければ、神父とシスターのいる孤児院へ行けたのは幸いで、そうならなかったのが一番の幸運か。
だからこそ。
「気にしなくていいですよ。もうずいぶんと昔の事だし、これでも前は向いているつもりです」
もう過ぎた事だと。気にしても仕方ないと答える。
デリアさんから見て正面、左にイオンさん。右にフィオナさんが座っているので、僕はデリアさんの右隣の空いた椅子へと座る。必然的にフィオナさんの正面。
「―――それよりも……」
『…………?』
「昼を食べましょう。イオンさんもフィオナさんはどうかはわかりませんが、少し変わったものを使ってみたから」
そう言って、僕は食事前の祈りをするために手を合わせた。




