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私は気が付いたらそこにいた。
空に黒く丸い物体が浮かぶ大都市に。
瓦礫の山で、瓦礫に挟まっていた。
私は、名をフィオナ・クレイヴン・ファーゲルホルムという。
森に住まうエルフで、年齢は224歳。性別は女性。地面に届きそうなぐらいに伸ばした、薄い紅がかかった金髪を二つに括っている。透き通るような赤紫の双眸を持ち、エルフの年齢の割に幼く見える美しい顔立ち。その顔に似つかわしくない、高い身長と美しく豊満な体つき。
ここまで魅力的な容姿をしているので男共によく言い寄られているが、彼氏は居ない。私に釣り合う男は居ないし、私の眼鏡に適う容姿の男も居ないのだ。
エルフとは何か、と質問してくる人などいないと思うが、そういう無知な人の為に説明しよう。特徴的な鋭く尖った耳を持つ美しい容姿を持つ、部族と血筋と種族とで差異はあるが人間と比べて六倍から十倍の寿命をもつ種族だ。
大多数のエルフは森や林など、山間部で集落ごとに別れて暮らしている。街で暮らす者もいるにはいるが―――それはエルフの中でも少数派だろう。自然の中の方が居心地がいい、ただそれだけの理由で森などで暮らしているに過ぎない。必要とあれば街まで買い出しにも行く。
私の一族は――――エルフの中では珍しい一族だ。金髪のエルフ、といえば長寿なエルフの中でも長い寿命を持つが、青や赤系統の瞳を持つ一族は更に永く生きる――――らしい。
“らしい”、なんて表現になるのも、そこまで永く生きたエルフがいたという言い伝えから、である。実際は、生きている内にあらゆる事に無感動になってしまい、寿命に到る前に自殺に至ってしまうからだ。中には戦場を死に場所とし、傭兵として彷徨う金髪赤目のエルフがいるらしいが。
私は、『迷いの森』と呼ばれる森にあるエルフの村に住んでいた。
何故、その森が『迷いの森』と呼ばれていたか、私はよく知らない。来訪者たち、大抵はよく訪ねてくる人間が迷うから付いた地名だとよく話されていたが。
その日、私は久々に狩りに出ていた。
雲兎(ふわふわの体毛を持つ兎。干し肉にすると美味しい)を捕らえる為に村を囲う森に出掛けていた。
「……いたいた」
村よりそう遠くはない、木々に囲まれた小さな池の畔。池の付近だけ日が入るのでそれなりに明るい場所だ。そこで草を食む雲兎を見つけた。群れからはぐれたのか、それとも群れから追い出されたのかはわからないが、一羽だけ。
息を殺して、ひっそりと雲兎の真後ろの草影につく。
持っていた弓に矢をつがえ、ゆっくりと引き絞る。
焦らずにゆっくりと狙いを付けて、指を離した。
放たれた矢はなだらかな曲線を描いて、兎の首後ろに突き刺さり、地面と縫い付けた。
「……よし」
すぐに駆け寄ってブーツの横に付いているナイフを抜いて、びくびくと痙攣する兎の首―――正確には頸動脈辺りを切り裂いて逆さまにする。
すぐに血抜きしなければ肉が不味くなってしまうからだ。
「さて、あと一匹欲しいわね……」
そう言いつつ、ロープを腰のポーチから取り出した時だった。
辺り一帯が、急に暗くなった。
雨でも降るのかと思ったが、違った。
黒く丸い物体が空にあって、それが落ちてきた。
私は、その得体の知れなさから、恐怖で動けなくて。
咄嗟に駆け出した時にはもう、遅かった。
視界は暗転した。
起きるきっかけは、鈍い傷みだった。
「――――んっ……。つっ……」
呻きながらも、周囲の状況を確認するために首を動かす。
まず、目を覚ました私の目の前に広がっていたのは、大きな樹木だろう、幾重にも重なった年輪の切り株。うつ伏せに倒れているようだった。さらに付近を見渡すと、瓦礫の山々と石造りの街並みだった。
なだらかな斜面の中腹で、私は瓦礫に挟まっていた。
瓦礫は大きな物なら金属の棒が生えた石だったり、根が剥き出しの樹木だったり、何らかの建造物由来の石材や木材などが大半だ。小さな物を見れば割れた陶器だったり、金属製の荷車の様なものなどが転がっている。
「……ここは……?」
どこだろうと動こうとして、動けなかった。
白い大理石の様なものが私の上に被さっていたのである。
身体の感覚からして、変な姿勢のようだが潰されてはいない。文字通り挟まっている。
何とか動かそうと試みるが、うんともすんとも言わない。大理石は大きいし、重い。そこらの人間より力のあるエルフとはいえ、私の力では動かなくて当然だ。
どうしよう、と少し途方に暮れそうになって、それを見た。
空に、赤色の光が三つ上がった。それはゆっくりと落ち始め、次第に光るのを止める。
なんだろう、と思った次の瞬間には、轟音と共に黒い尖った鎧を着た巨人が、赤白い光を瞬かせながら右から飛んできた。
両手に箱のような物を持ち、背中にも箱を二つ背負った巨人だ。
この瓦礫の山の周辺を回るつもりなのか、緩やかに旋回しつつ通過しようとしていた。
「何よ、あれ……?」
思わず呟く。あんなもの、初めて見た。巨人が羽を持たずに空を飛ぶなんてありえない光景でもある。
その巨人は、宙で急に止まった。こちらに顔を向け、その容姿を見せる。
爛々と輝く四つの目と、私の目が合った。見るものを威圧するような迫力がある。
そして、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
かなり離れた場所に降りて、歩いて更に近づく。
本能的にヤバいと思い、何とか抜け出そうとするが、やはり石はびくともしない。
そして、私が無駄な努力をしている内に、その巨人は目の前に来た。
この巨人は、かなり大きかった。私の十倍はあるだろう巨体の持ち主だ。
更に驚く物を、巨人は見せた。
巨人の両脇辺りから、その巨体の割には小さい二本指の腕が出てきて両手に持っていた箱を掴み、脇に固定したのである。
こんな生物、見たことない。
もう、逃げれないと思っていたら、その巨人は膝を付いて、大きな右腕をこちらに伸ばして来た。角張った手がゆっくりと近づく様は、最早恐怖だ。
「来ないで……! 来ないで!」
掠れた声で、抵抗の意思を見せるが、それに構うことなく手が近づいてくる。恐くて目も開けていられない。
ああ、私の人生ここまでなのね。
――――と思っていたら。
『×××××××××』
そんな聞いたことのない言葉と、ガラリという音がした。
目を開けると、巨人は手に持った瓦礫を地面に置くところだった。
またこちらに手を伸ばして、私に覆い被さっていた大理石の様なものを片手だけで持ち上げ、自分の横にそっと置いた。
「助けて……くれたの?」
そう訊ねて、立ち上がろうとして。
「――――っ!」
右足首に激痛が走った。変な挟まれ方をしていたのだろう、かなり痛い。左腕も何か引っ掛けたのか長く切れていて、血が流れている。
『××××!』
また知らない言葉と、女性の声。
それは巨人から発せられているようだった。顔は鎧でわからないが女性なのかもしれない。
そう思っていたら、また驚く光景を見る事になった。
巨人の頭が、前に倒れるように開いたのである。
首が胴体と離れた! 大丈夫なのこの人! 死んだの!?
そう驚く事しか出来ない私に、
「××××××!」
その人の声が聞こえた。
見上げると、巨人の頭の隣に一人の少女がしゃがんでいた。
異国の美人とは、まさにその人の事だろう。
その少女は、艶やかな黒い髪を頭の後ろで纏めていて、顔立ちは整っている。服の上からでもわかるぐらい華奢で貧相な体つき。
私より劣るが、それでもなかなかに可愛い女の子だ。この容姿なら性別問わず好みだ。
上下共に灰色の、所々にはいくつものポーチやポケットが付いている服を着ていた。
そして、耳は短い。
彼女は、人間ということらしい。
赤い十字架がかかれた小さな箱を紐でたすき掛けして、巨人の鎧の隙間に手や足を掛けて、何かぶつぶつと呟きながら、木から降りるように危なげなく降りてきた。
「××××××? ×××××」
そう何かを言いながら近づいてきた。相変わらず、私の知らない言語で話しかけてくる。
背は私より低い―――それでも、女の子として見れば高い方だろう。華奢な体つきもあってすらりとしている。
年齢は……外観では十代中頃だろう。異国人の中には外観と年齢が一致しない事がままあるらしいから、実は彼女は二十歳前後かもしれない。
「エルフ語で話せないかしら? 人間の言葉なんてわからないの」
そのままでは見蕩れてしまいそうなので、憮然に言う。
「×××××××。×××、×××××××××××××××ー」
また、違う言語だった。
こちらが睨み付けると、その人は腰に着けた、いくつかの突起物が付いた箱を手に取り、何か弄ってから首に巻いたチョーカーに手を当て何かを話始めた。
『××××××。××××、×××××××××××?』
どこからともなく、事務的な男性の声が鳴り響いた。近くにいるようだが、周りを見ても男性らしき姿はない。
「××、×××××××」
その少女は柔らかな笑顔で言うと、右手で近くに転がっている、座るにはちょうどいい石を指差した。
「×××××××。××××××?」
「だから、私のわかる言葉で……」
そう言いかけて、
『なかなか興味深い言語ですね。私でなければ理解する事が出来ないかも知れません。ごきげんよう』
エルフ語が返ってきた。少女の口は動いていないので、彼女からではないのは確かだ。
『はじめまして。私はハル。本日の通訳担当です。そこにいる、黒髪の美人はチハヤユウキといいます。以後、お見知りおきを』
「えっ? どこから?」
『その人が持つ、通信機から音声のみを流しています。―――××××××、×××××××××××××××××』
その言葉で、チハヤユウキと名前らしい少女が手に持つ箱をこちらに見せて横に振る。
「その箱に入ってるの?」
『なかなか面白い反応ですね。―――いいえ、私はそこからとても遠い場所にいます。これを介して、貴女とお話しているのです』
「―――はぁ……」
『それで、チハヤユウキはこう言っています。「歩けますか?」』
「……キツいかも」
ハルと名乗る人と話している最中でも、右足首の痛みはジリジリと続いている。そう告げると、ハルは彼女に通じる言語で話して、
「××××××××××××。××××××××」
『応急手当しましょう。失礼します、だそうです』
チハヤユウキは私の右手を取り、肩を組んで立ち上がる。
私より背が低く、華奢な見た目だがそれなりに鍛えているらしい。軽々とはいかなくとも立ち上がって歩いて見せた。
石に私を座らせると、少女は白い箱を開けて中にある、薄い板のようなものやら、白く細い布やら、水が入った透明な容器を出した。
少女が何かを言う。
『右の足首ですね? ―――だそうです』
「ええ、そうだけど……」
『失礼します、とのこと』
その言葉の通り、チハヤユウキは私の右足のブーツを丁寧に脱がせる。
「ちょっと! 何してるの!」
思わず、彼女の頭を手加減もそこそこに何度も叩く。エルフが全力で人間の頭を叩けば昏倒なんて容易いからこその手加減だ。断りあるとはいえ、いきなりだ。
チハヤユウキはその事に対して気にしていないかのように笑顔を見せ、また何かを言う。
『ごめんなさい。こうでもしないと固定出来ないから―――だそうです』
ハルの通訳を聞き流しつつ、チハヤユウキは持った板を足に合わせるように曲げて、それと一緒に足首を布で巻く。かなり巻いたようで、足首が曲がらなくなった。
今度は私の左手をとり、容器の封を開けて逆さまにする。水が左腕の傷についた土埃やらの汚れを流す。
また少女は箱から、透明な容器とは別の白い小さな小瓶とピンセット。透明な袋から綿のようなものを出す。
綿に小瓶から出した液体を湿らせて、傷に触れる。
かなり染みる。
「……痛いわよ!」
また彼女の頭を叩く。それなり―――というか、人間である彼女からすればかなり痛いはずなのに、その人は笑顔を崩さない。内心はわからないが。
『傷口の消毒です』
ハルの通訳もそこそこに、チハヤは布のような物を傷口に張り付け、また細い布で巻き付ける。
素人目では分かりづらいが、適切な応急手当だ。
『他に怪我した所は?』
「……特に無いわ」
ハルの問いに素っ気なく答える。
通訳を聞いたであろうチハヤユウキも一息をつく。
腰に着けた容器を手に取り、蓋らしき物を捻って外して口を付ける。
中には水でも入っているのだろうか、何かを飲んでいるようだった。
一口飲んでから、それを私に差し出す。
「なんで口を付けたのを私に差し出すのよ」
不満を口にすると、チハヤユウキの代わりにハルが答えた。
『それは、飲み水に毒等の不純物が混じっていないことを証明するためですね。喉が渇いてるだろうけど、警戒している相手に水を渡しても信じてくれないことがありますから』
言われて、その事に気づく。
―――この少女、意外と考えているらしい。
強引だったとはいえ、怒鳴られようが叩かれようが対して気にしていないようで、怪我の応急手当を適切に行ってくれたあたり、親切で懐の広い人なのかもしれない。
種族が違うとはいえ、そこまでしてくれたのに、叩いてしまうとは、少し自分が恥ずかしい。
チハヤユウキはまた、チョーカーに手を当てて何か話しているようだった。
『仲間を呼んでいるようです。救助のヘリの手配ですね』
「ヘリ?」
『空飛ぶ乗り物の一つ、と思っていただければ。チハヤユウキ、×××××××××××××××××××××?』
「××、××××××」
何か許可を得るかのように訊ね、少女は頷きつつまた誰かと話始める。
そして、ハルは私に、私が置かれた状況を教えてくれた。
『まず、貴女の置かれた状況を説明します。―――貴女は、貴女が居た世界とは違う世界に来ています。信じられないでしょうが、事実です』
何を言っているのか、意味がわからなかった。
それが判るのは、程無くしてからだった。




