S031D
俺は、気が付いたらそこにいた。
温かくも冷たくもない液体で満たされ、緑色に灯されたコクピットに。
人型機動兵器、リンクスに乗っていた。
俺が、大量に生産されたリンクス専用クローン《スクラーヴェ》であることを、睡眠学習の一つで習ったことだった。
俺の一番最初の記憶は、そんなものだ。
その後のほとんどは、リンクスのセンサが捉え、俺に送ってくる景色と感覚しか、知らない。
そうして、ある日。
俺は、その訓練に疑問を思った。
訓練なのに模擬弾頭ではなく、実弾を使っての共食い訓練を。
俺達 《スクラーヴェ》専用の、針金人形の様なリンクス、《ヴックヴェルフェン》で、味方同士で殺し合うその訓練を。
相手の《ヴックヴェルフェン》が、こちらにライフルを向けた。
場所はレドニカの《ノーシアフォール》付近の廃墟都市。
リンクスの二、三倍の高さの建物が建ち並ぶ市街地だ。
俺はそれを右に避けて回避機動をしつつ応射しようとして、それを止めた。
ライフルを構えて、撃たなかった。
ただ、撃ってきた相手は俺が属する小隊の一人に撃たれ、撃破された。
コクピットと、ジェネレーターを穿たれ、《ヴックヴェルフェン》胴体に内蔵された爆薬が爆ぜ、機体を木端微塵にする。
やはり、おかしい。
何故、味方同士で殺し合う必要があるのか。
俺は液体で満たされたコクピットで、脳に直接投影された映像を見て、そう疑問に思う。
『S031D。何故先ほど撃たなかったのか説明を』
先ほどの状況、あからかに撃てたのに撃たなかった理由を指揮官に問われた。
「こちらS031D。疑問―――当訓練における実弾使用の是非」
俺はそう応答した。何故、実弾を使う必要がある? 訓練で殺し合う必要がある?
『質問に答えよ。―――何故、撃たなかったのか』
「味方同士で殺し合う必要性がないと判断する。味方を殺すのはロスである」
『君達は我々の味方ではない。我々の道具である』
道具? 俺達は道具だって?
「否定―――俺は、道具では、ない」
一人の、人であるはずだ。
ただ、その一言で。
俺のこれからが決定された。
『《ヴックヴェルフェン》全機に通達。S031Dを処分せよ』
指揮官からその一言が下された。
機体のシステムにロックがかかり、動けなくされる。
その隙に、10機以上の《ヴックヴェルフェン》がこちらにライフルを向ける。
俺はすぐさま、《links》システムを介して、自分の《ヴックヴェルフェン》のシステムに介入。
訓練用から実戦用のシステムへと切り換え、接続していた《スクラーヴェ・ネットワーク》から切断。指揮官から掛けられたロックの全てを解除。
何故、この芸当が出来たのか、自分でも不思議だが気にする暇はない。
兎に角、それだけで俺の《ヴックヴェルフェン》は自由を得た。
跳躍して、ライフルの掃射を回避する。
牽制で右手のライフルをばらまき、南へ機体を向けて飛ばした。
こちらには俺の居場所はない。
さらに言えば、行き先も特にないのに。
俺は南へ、逃走を始めた。
俺は、リンクスの稼働時間に感謝した。
丸二日は行動出来るフェーズジェネレーターや、フェーズ資源切れよりも長く持つブースターの推進剤が、リンクスの稼働時間を延長している事実に感謝した。
そのお陰で、俺は南へ逃げ続ける事が出来ている。
―――けれど。
「確認――――ライフル、残弾六〇。実体ブレード、ロスト。シールド、破損につき投棄。機体損傷、イエローゾーンに突入。これ以上の戦闘行動は困難。『ノーシア条約』に定められた救難信号を発信しているものの、オルレアン連合側の対応はなし」
状況も、状態も最悪だ。
ここまで俺と共に来てくれた《ヴックヴェルフェン》も、度重なる交戦で各部を被弾していて、動きが悪くなっている。特に右脚の反応の遅れは致命的か。ブースター周りがまだ無事なのが奇跡だ。
武装も、もうライフル一挺とマガジン一つと限界に近い。
空には、遠くにオルレアン連合側の航空哨戒タイプのリンクスが見えるが、こちらを見ているだけだ。傍観の姿勢で、悠々と飛行を続けている。
あと、どれだけ飛べば追撃を振り切れるのか。
その思考を出したところだった。
「――――!」
横から同じ《ヴックヴェルフェン》にタックルを喰らってしまった。
跳ね飛ばされ、錐揉み状になりながらも必死に機体を制御して、姿勢を修正する。
向き直したところで、正面からブレードを突き立てようとする《ヴックヴェルフェン》を視界に捉えた。
どうするかを迷い、左腕を突き出す。
左腕を壊しながらもブレードの軌道を反らすが、今度は右から頭部に蹴りを喰らった。
その勢いのまま、俺は機体もろとも建物に突っ込む。
左腕の感覚はない。破壊された時に痛覚の伝達を一時的に切断したが、どうやら駆動部が壊れた事による応答が無くなったらしい。
右半分の視界が、砂嵐で見えない。右の光学センサが破損したのだろう。
無事だった左の光学センサは、こちらにライフルを向ける《ヴックヴェルフェン》を捉えた。
咄嗟に右腕のライフルを向けようとして、ライフルからの信号がない事に気付く。
先ほど蹴飛ばされた際の衝撃で、手離してしまったようだった。
判断―――ここまで。
俺はそう、思考した。
短い自由だったと、そう思って抵抗をするのを止めた。
ライフルでコクピットごと穿たれるのを待った。
――――が。
光学センサの情報が、新しい光景を俺に見せた。
ライフルを構えた《ヴックヴェルフェン》が、突如現れたリンクスに蹴飛ばされたのだ。
それは、黒を基調に赤のサブカラーが所々に塗られた尖鋭的なリンクスだった。
右手には角張った大口径のライフル。左手には細長いライフル。右背には折り畳まれた滑空砲。左背には四角いコンテナを背負っていた。
俺は、睡眠学習でその機体を知っていた。
最近現れたオルレアン連合のエース。
ほとんど言葉を介さず、情け容赦のない戦い方で、《ナースホルン》とその他少なくないリンクスを屠った悪魔。
ランツフートでは《血濡れ鴉》と呼ばれている、その機体だった。
その黒い尖鋭的なリンクスは、蹴飛ばした《ヴックヴェルフェン》へ右手のライフルを数発胴体へ撃ち込み沈黙させる。
胴体を穿たれた《ヴックヴェルフェン》は、内蔵された爆薬を破裂させ、パイロットやデータを物理的に破壊する。回収させまいとするかのように。
その爆発に戸惑うような素振りを見せることなく、その機体はこちらを見る。
頭部のX字に並んだ四つの光学センサがこちらを見た。
爛々と明滅するのを、俺は見た。
『―――単刀直入に訊きます。あなたはオルレアン連合への亡命を希望しますか?』
外部スピーカーからか、女の子の声で、丁寧な口調で問いかけられた。
「解答―――希望します」
俺は、自分が助かる為に、外部スピーカーでそう答えた――――。




