新型機
グレゴリー博士と話した後、僕は格納庫へとやって来ていた。
目的―――というには些細な、わかりやすい理由である。
既に新型機はハンガーに収められていて、各種点検が始まった所だった。
何となく、アルペジオ機の方のハンガーを頭部付近まで登る。
「搭乗ハッチは《マーチャー》と違って、胸部上面と頭部を開放する方式か」
見たままの事を口に出した。
新型機の搭乗ハッチは《プライング》と似たような構造をしていた。
胸部上面の装甲が前にスライド、頭部もそれに続き、前に倒れる形でハッチが開放されている。
《マーチャー》の胸部と腹部の装甲を展開する方式は、緊急時の脱出に問題があると聞いていたが、それを解消したのかもしれない。
「あら。チハヤ来てたの?」
頭の後ろで長い金髪を二つに括った少女―――アルペジオがコクピットから出てきた。
「うん、来てた。―――どう? ハッチが頭部下にあるのは?」
「新鮮な感覚ね。乗り降りが大変よ」
一応、昇降用のワイヤーはあるのだけれどと言って、頭部左側にあるパネルを操作して折り畳まれた棒状のものを展開する。
足を掛ける三角の枠と手元の操作端末がワイヤーでぶら下がっていた。これで乗り降りするようである。バランス崩したら死ぬなぁ、とか思える。
「《プライング》よりいいじゃん。あれなんかそんなの付いてないぞ」
装甲の隙間に手足掛けて登らないといけない《プライング》より遥かにいい。
そもそも、戦場で降りる必要がなかったから、かも知れないが。
「コクピットの内装も、《マーチャー》と比べたら素敵よ? 見てみる?」
そう促されては、興味が湧くと言うもので。
「いいのか?」
「いいのよ。見せびらかしたいから」
「……なるほど」
許可も出たので、新型機の胸部上面へと登る。曲面を描いた装甲なので、足を滑らしたら一大事だ。
頭部右横を通って、開いたハッチを覗き見る。
コクピットはどうやら《マーチャー》のような正面180度モニターではなく、《プライング》のような広々という訳でもないが狭めの全天周モニターだった。シートはレーシングカーの座席のようなタイプで、黒を基調に赤のアクセント入りのなかなか凝った内装。
シート正面にコンソール。手元には斜めに生えた操縦桿と足元のフットペダルとオーソドックスな構成。
「……《マーチャー》から進化しすぎだな……」
真っ先に出た言葉がそれだった。正面180度から全天周モニターへと変わるとかどれだけ技術を盛り込んだのだろうか。新型機なだけに相当注ぎ込んだのかもしれない。
《プライング》の部品作れるから出来て当然かも知れないが。
「《プライング》だって360度見渡せるでしょ? それがこっちにも来ただけよ。―――それにしても周りが見えていいわね、このモニター」
「常に相手を目で追えるからいいぞ。―――動かした感想は?」
「ちょっと歩かせただけじゃなんとも言えないわ。強いて言うなら、レスポンスは最高ね。いろいろと機敏で乗り応えありそう。ブースト時が楽しみだわ」
そう言うアルペジオは新しい玩具を貰った子供のように楽しそうだ。
「カタログスペックは見たんじゃないの? 《E2改》よりじゃじゃ馬かもしれないよ?」
「それでも《E2改》より機動性はあるわ。明日の慣らし運転次第……」
「アルペジオ殿下? 少しよろしくて?」
なんだかんだ話していたら、2機目の新型機から降りてハンガー伝いにこちらに来たエリザさんが割り込んできた。
「何かしら?」
そう訊ねつつハンガーへ降りるアルペジオ。こんな所で話続けるのも危なっかしいからだ。僕も慎重に頭部側面から降りる。
「まだ、この機体のペットネームが決まってないのですけれど、ここで決めません?」
エリザさんの言う通り、この新型機は《XOML‐10》という型式番号しか持っていない。Xの文字通り試作段階であり、最近になって出来上がったばかりの機体でもある。
つまり、《マーチャー》や《プライング》等のようにペットネームが決まっていない。
「そうよね……。とりあえず降りて、機体を見つつ考えましょうか」
機体を一望する為に、ハンガーから床まで降りる僕達。二人はは寝かされた機体の側面しか見ていないので、全容を見てペットネームを決めるつもりなのかもしれない。
赤い曲面を描いた装甲持つリンクスを見上げて、二人は感嘆の声を上げた。
「なかなか格好いいじゃない。資料通り、見た目に拘ったとかあったけど、それ正解よ」
「そうですわね。外観に見合ういい名前付けませんと」
そう言って、二人はあーでもないこーでもないと言い始める。
「おーい。新型機は……って、おお! なかなか良いな。カタログスペックの書類は?!」
「確かにそうですね。全身に配置されたブースターで、機動性ありそうね」
「流石フォントノア騎士団のエース二人ですね。羨ましい」
「私たちも専用機欲しい……」
そこにパトリシアさんとカルメさん、それにキャロルとクリス(二人ともアルペジオ率いるラファール隊の部隊員)がやって来た。四人とも乗機である《E2改》が修理中で暇らしく、新型機を見に来たようだ。
『これが新型機ですか。チハヤユウキ』
HALまでやって来た。今日のセントリーロボットはお気に入りの三脚タイプではなく、タイヤ付きの六脚に球型ポッドを乗せたようなタイプだった。もちろん腕部もない。何かおぞましく感じてしまうのは気のせいにしたい、そんなシルエットである。
「うん。新型機だって」
『全身に配置したブースターから察するに、機動性を重視した機体のようですね。―――ふむ、私のデータベースには似た機体は無いようです。この世界独自の設計ですね』
HAL曰く、暇潰しがてらオルレアン連合側のデータベースを覗き見したらしい。その時得た情報として、リンクスの開発情報やら何やらを閲覧したとのこと。
この世界で生産されたリンクスは、大きく別けて三つの開発、生産工程があるらしい。
一つは異世界から来た設計図から再現した機体。
一つは異世界から来た設計図やその一部を元に、こちらのアレンジを加えた機体。
一つは完全に一から設計、生産された機体。
それらが、基本的に量産され使われていくリンクスである。
そして、例外もある。
《プライング》のように、異世界からほぼ無傷でやって来たリンクスだ。
その大半は高性能な機体で、予備パーツの生産もままならないらしい。出来ても費用対効果が悪い。
まあ、結果的に特別な機体ということでエースや貴族専用機となっているらしいが。
そういった僕があまり知らない話(勉強しろと怒られるまでがセット)をHALがペラペラと教えてくれるので、大助かりだったりする。
『リンクスを独自に開発出来る、というのはアドバンテージがありますからね。量産前提なのでコストを押されられ、調達が容易。自分達のニーズに合った仕様に出来るなど、良いことずくめです。―――どの兵器でも言えることではありますが』
「……この機体は試作の高性能機らしいから、コストは高いようだけど」
『それはこれから、いろいろオミットされてグレードダウンと共にリーズナブルな値段になるでしょう。―――ところで、このリンクス。優美ながら燃える様な外装、いいデザインだと思います。名の知れたエースがこの機体で、増援で来たらさぞ映える―――もとい味方を勇気付けることでしょう。チハヤユウキはどう思いますか?』
HALがまた凄いことを言った。新型機の姿を『いい』と評価したのである。
「毎度毎度、君には驚かされるな。物を見て、評論までするなんて。ホントは生まれながらに人間じゃないのかい?」
僕は思ったことをそのまま言う。論理的な話をしてくると思っていたから驚きだ。
『私の演算回路がそう出力したまでです。なるほど、これが人間らしい思考なのですね』
何か納得するHAL。何か少し違う気がするのだけれど、僕は気にしない事にする。
「しかし、燃える様な、か」
HALが言った事を復唱する。新型機の見た目を見て、確かにそんな印象を受ける。
『そう思いませんか?』
「装甲が赤い分、そう見えるのかもね」
『色だけならば、かのフェ〇ーリを連想しましたね。あの赤は格好いい』
話のネタに尽きない奴だ。
「車好きがいたら語り合えるかもな、君。―――燃える、火。炎か」
一人連想ゲームして、ふと思いつく単語を僕は呟く。
「フランベルジュ。そのまま過ぎるか」
『フランベルジュ、ですか。フランス語で、《炎》ですね。我々の世界の刀剣で、揺らめく炎の様な刀身から名の付いた刀身形式がありましたね』
「そうなの? ―――まあ、在り来たりなネーミングセンスだよね、ボ―――」
「チハヤ! 今の言葉!」
ボツ、と言おうとしたら、アルペジオに割り込まれた。どうやら、彼女が聞いていたらしい。もしくは耳に入ったか。
「今のって……フランベルジュって言葉?」
「それよ! HAL、言ってたわよね? 『私の世界にあった、揺らめく炎の様な刀身の剣』って!」
『肯定です。―――こちらの画像ですね』
そう言って、HALは地面に画像を投影する。
波打った刀身の剣が、そこに映された。観賞用の物なのか、金属光沢と装飾の美しい剣がその場にいる人の目に入った。
アルペジオは食い入るように見て、新型機をもう一度見る。
そして、一人で頷くと、ラファール小隊の皆に向けて言い放った。
「チハヤとハルの言っていた、《フランベルジュ》ってどうかしら? 剣の名前だそうよ?」
『正確には、炎を意味するフランス語です。及びその揺らめく炎を模した、波打った刀身を持つ刀剣形式の一つですね』
アルペジオの言葉に、HALが修正を加えた。
「細かいわね……。それで、どう? この名前」
そう、五人に訊ねる。
「悪くない、ですわね。チハヤの案なのは癪ですが」
「異世界の言語でも、剣の名前か。いいじゃないか?」
「その剣の優美さと合うので賛成します」
「機体の外見とあってますし、それで」
「格好いいし、賛成!」
好評だった。
何気なく呟いた単語が、そのまま決まってしまうとは、僕は思いもよらなかった。
「いいの? 何の関係もない異世界人の一案だよ?」
「いいのよ! HALが見せた画像の剣もよかったから、それで」
そういう彼女の顔は、後悔などないようだった。
かくして、本日搬入された新型機は数日後、正式に《XOML‐10》、《フランベルジュ》と決まったのであった。
それが忌み名へと変わるのは、それほど遠くない出来事であり。
その事を 私 が知るのは、それから遥か先の出来事だ。




