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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第五章]来訪者たち
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就寝前(01)


 今日も疲れた、なんて呟きながら僕は宿舎の自室へと入る。


 騎士団と言えど実際は軍隊。なら、有事に備えた訓練もしなければならないのだ。

 大抵は走り込みと筋トレと、各種近接格闘技。実銃を用いた射撃訓練も当然のように実施される。


 筋トレの光景は、騎士団の回収班の男性陣曰く『夢が粉々にされる』らしい。まあ、諸事情で恋愛はあまり……な僕から見ても、目の保養にならない。主に誓ってもいい。

 締まった筋肉を持った女の子達が汗だくで筋トレしてる光景なんぞ、誰が喜ぶか。鉄棒で逆さまになり腹筋する人もいるが、そんな人に限って腹筋がバキバキに割れているのである(アルペジオやエリザさんを始めとする若年層はまだ“締まってる”方だが)割れてない人を数える方が少なくて楽かもしれない。



 一番ヒートアップするのは近接格闘訓練だ。怪我で医務室へ行く人もいるぐらいである。当然のように男性陣は見たくない訓練として上げる内容だったりする。


 プロテクター付けているとはいえ、可憐な女の子同士がその顔面へキレのあるストレートを叩き込み合う訓練なんぞ、軽く引ける。

 僕だって最初、初手からの顔面狙いは度肝を抜かれた。いや護身術なんて『相手を無力化できればいい』だけど、実際は生死問わずの無力化である。容赦無くて当然だ。

 僕が相手なら、怨念すら籠ったパンチやキックが炸裂し続ける。


「なんで女の子の私より可愛いのよチハヤは!」


「それただの嫉妬じゃん! アルペジオも美人の枠だよ充分!」


 ―――そんな感じで殺意満天のパンチを避けては一本背負いからの、拘束程度の腕ひしぎ十字固めをきめけたりするのだけれど。


 一番怨念を籠めてやるのは副団長のマリオンさん相手の団長のベルナデットさんである。


「私より先に世帯持ちやがって畜生! 子育てに集中しろよ! この筋肉ダルマ!」


「そんな事言ってるから結婚出来ないのよ! 愚痴ってる暇があるなら自分を磨きなさい! この負け犬!」


 ―――これは最早、ただの私闘です。本当にありがとうございました。さらにヒートアップしては困るので参加者が全力で止めにかかるのである。医務室送りの主な原因はこれだったりする。

 僕も、団長に殴られて服の下に痣が出来ているのだけれど。



 自室には、


『……お帰り』


 イオンさんが机の前で、新聞を読み漁っていた。

 何故、彼女が僕の自室にいるか理由は単純で明白だ。言葉が通じるから。それ以外何があろうか。


「―――ただいま」


 イタリア語(イオンさんはチェアーノ語だと言うが)で声をかけられたものの、僕はフロムクェル語で返す。彼女のフロムクェル語の勉強の一環のつもりだ。


 しかし、どうして僕の自室なのか。年頃の男女が同一の部屋とは気難しいところがある。フロムクェル語の勉強も出来て、彼女と同一の言語が喋れるとはいえだ。

 隣室でもいいだろうと抗議はしたものの、やれベッドは空いてるだろとかお前だって教えれるだろとか聞き耳持たずだ。


「女の子と同室だぞ? 喜べよ」


 ――とはベルナデット団長談だ。セクハラかパワハラか、それとも別の何かでしかない。今度、訓練で乗機をペイント弾まみれにしてやろうと思う。

 気持ち仏頂面とはいえ、イオンさんも騎士団の皆様と変わらないぐらい容姿は整っている。だからと言って口説く理由はは無いし、それをする気もない。


「チハヤ殿は、厳しい。チェアーノ語を、喋れるのに。合わせてくれない」


 たどたどしいフロムクェル語で不満を口にされた。母語を理解してくれる人がいないのはストレスになったりする。僕自身、使える言語全て使っても通じなかったのがいい例だ。

 そんな中で、言葉(母語)が通じる人がいる、というのはかなり気が楽になる。


「イオンさんにはこれから異世界での生活があるんだから、文句は言わない。それに、僕なんかイオンさんより酷な状況からスタートだぞ?」


 何せ通訳なしだったんだからと肩をすくめる。


「早い。ゆっくり」


 注文の多い賢者様だ。先程言った内容をゆっくりと言って、荷物置き場と化した二段ベッドの開いた空間に座る。

 ベッドに置かれた段ボールの中身は、騎士団の皆様が着なくなった、もしくは着る機会がない服である。つまりは女物。この世界に来て早々、私服が着の身のままで他に何もなかった僕に提供された服である。

 性別がほとんどの人に知られてない時期の物がほとんどで、性別が知られた後も返さなくていいと言われてそのままなのである。いつか着てくれる事を楽しみにしているんじゃないかと邪推しているこの頃だ。


 まあ僕と同じように、着ていた服と手荷物以外何も持っていなかったイオンさんの着替えとなるのだけれど。


「チハヤ殿。この、単語は、なんて読む?」


「はい?」


 座ったばかりなのに、と思いながらもイオンさんの隣へ立ち、手元の新聞を見る。


 一面には、『メニヘテル半壊。ノーシアフォールから現れた暴走自立兵器による被害。連合軍第八騎士団、《フォントノア騎士団》がこれを撃破』と大々的に報じていた。


 二週間ほど前の新聞か、と呟きながらもイオンさんが指差した文章を読み上げる。


「―――該当の機体は《フォントノア騎士団》所属のリンクスが激戦の末に撃破。その英雄は名乗る事もなく人命救助に奔走し、後から来た救助部隊に役目を引き渡したあとに空飛ぶ戦艦に乗り基地へ帰投した―――だって」


 フロムクェル語で先ず読んで、次にイタリア語で読んだ内容を翻訳する。


「では、ここは?」


「―――当紙はこのパイロットに取材をするべく、現在フォントノア騎士団と交渉中である―――って」


 こんな報道されてたのか。そういえばこの記事、当事者だからそこまで詳しく読んでいなかったなと思いなおす。でも、二週間前に交渉中で、僕に話が来ていないと言うことは上の方で断ったのかもしれない。


『なるほど』


 イオンさんはそう短く欠伸(あくび)混じりに言って新聞を読み進める。


「先にシャワー浴びてくるけどよろしくて?」


 まだ新聞を読みそうな気配から、先に浴びてきた方が良さそうだと思いそう訊ねる。近くに置いたバスタオルと、替えの下着。後は寝間着を手に取る。


「構わない」


 こちらに目もくれず、イオンさんは短く答えた。


 その返事を聞いて、僕はバスルームへと入っていった。



 

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