来訪者、一人目
「今回は基地に近いねぇ……」
そう僕は呟きながら、瓦礫の山を探索していた。
本日もフォントノア騎士団はコーアズィ対応だった。
今回は僕が呟いた通り、基地に近い所で発生しており、当然ながら帝国とは戦闘する事なく信号弾を上げて回収作業に移っていた。
いつかのような無人機の暴走なぞなく、いたって平穏無事な回収だった。いつもこうであって欲しいと思ってしまう。
あとは天気も雨季のわりに、からっと晴れていて暑いぐらいだ。風が吹けば心地よいのだが、それもない。全体的に黒く、サブカラーに赤のカラーリングが施された先鋭的なシルエットを持つリンクス―――《プライング》の冷房の聞いたコクピットに入って涼んでいたいと思うほどだ。あとは鬱陶しく思えるのが腰辺りまで伸びた髪か。
どういう訳か、僕の髪は数週間で肩に当たるぐらいの長さから腰に届きかけねないほどに伸びている。人間の髪は大体一ヶ月で一センチ程度伸びるのだが、それを超えた速度で髪が伸びてしまっているのである。
ここまで伸びると僕自身、女性寄りの容姿と合わさってただの美少女にしか見えなくなってしまう。この数週間で何度性別違うだろと言われたことか。
誰かが僕のシャンプーやリンスに育毛剤でも混ぜたのでは無いかと疑ってたりもするのだが、その程度でここまで伸びる訳でもない。ホントにどうしてだろうかと思う今日のこの頃である。
『チハヤ。何かめぼしい物とかあった?』
少しうんざりしていると、イヤホンから《マーチャーE2改》に乗ったアルペジオの声が聞こえてきた。彼女は現在、僕の二十メートルほど後ろでリンクスのセンサを使って周囲を探索している。リンクスの高度なセンサならば人間大の動体探知もお手の物。赤外線で人の吐く息も、僅かな物音だって拾う。《ノーシアフォール》から落ちて来た人が生存していたら見つけるのに役立つのだ。
ただ、十数メートルある機体がほっつき歩くのも、もし人がいたら踏み潰しかねないので、誰かが生身で徒歩で先に探索しなければならないが。僕が人型で黒い尖鋭的なリンクス、《プライング》から降りて探索するのも、そうした理由からだったりする。
他にも理由はあるのだが、まあここで話しても仕方ない。
「暑い。冷房の効いたコクピットに籠ってないで出てきたらどう?」
なんて僕は思ったが、口には出さなかった。
「一面瓦礫の山だね。高そうな家具が木片になりかけてるのが気になったぐらい」
喉元のスイッチを押して、彫刻の素晴らしい白い食器棚を見つつ答える。中の食器も全て粉々になっていて、触れたら怪我をしそうだ。一体いくらしたのだろうと考えてしまう。
足元には拳銃が転がっていた。拾い上げて、ぐるりと状態を確認する。安全装置が外れたままなのでレバーを上げて暴発しないようにする。傷はあるが、それも小さな擦ったような傷だけだ。そこまで酷い状態ではない。
「ベレッタ……かな?」
その形状はよくゲームや映画に出てくるような銃で、既視感のある物だった。
確か口径は九ミリだったなぁとか思いつつも弾倉を引き抜くと弾が入ったままで、重さからしてそれなりに入っているようだった。安全装置を外してスライドを引くと、中から一発だけ出てきた。安全装置も外れたままだった事を察するに、外れた状態で降ってきたのかもしれない。
弾を弾倉に入れて、グリップに入れる事なくスライドを再度引いて、引き金を絞る。
カチン、とハンマーが落ちる。意外と動くようだ。
『拳銃? なかなかいいデザインね』
「規格の合う弾あるかな? 確か……9×19ミリパラベラム弾のハズ」
オルレアン連合の正式採用の拳銃は8.5ミリだったので、もしかしたらこれに合う規格の弾は無いかもしれない。
『さあ……? 無かったら技研に送って作ってもらえばいいのよ』
「なるほど」
そんなやり取りをしつつ、足を進める。とりあえずベレッタは左の太もものポーチに弾倉、銃本体と分けて仕舞っておく。
さて、と思って周りを見渡して正面の瓦礫の小山の隅、コンクリートの柱に視線が定まる。
「…………?」
柱の陰、左から布のような物が見えた気がしたのだ。
「アルペジオ。何か近くにいない?」
『えっ? センサには何も反応無かったけれど?』
一応訊ねてみたが、アルペジオは変化は無いと答えた。
「気のせいかな……。でも、もし人間なら救助対象だしな……。アルペジオ、援護よろしく」
そう言ってその小山に近付く。コンクリートの柱を曲がった先には、勿論誰もいない。
『誰か居たかしら?』
「いや、何も―――」
アルペジオの問いに何も無いといいかけて、そこで止めた。
小山の斜面には、明らかに誰かが小走りに走ったような跡があったからだ。
「ラファールリーダー。その場で待機をお願いします」
拳銃を引き抜いて安全装置を外し、スライドを引いて初弾を籠める。
『え、あ、わかったわ。ラファール00』
アルペジオはその様子と真面目な声に少し戸惑いつつも了承してくれた。これで何かあってもアルペジオがなんとかしてくれる保証ができた。
ゆっくりと、確実にその跡を追いかける。
そして、足跡のような物が途切れて、その近くには運よく壊れてなさそうな上蓋の閉じたグランドピアノがあった。
鍵盤側に周り、適当な鍵盤を叩いてみる。音は鳴らなかった。中身は壊れているのかもしれない。よく見ると蝶番が壊れていて、ピアノ本体とずれて蓋をしていた。持ち上げればそのまま外れるだろう。
「高いピアノだっただろうなー、これ」
そう言って、天板を思いっきり開いた。蝶番は仕事する事なく180度開いて、上蓋は地面に激突する。
そして中には。
「…………」
「…………はろー」
同年代の、貫頭衣のような衣服に身を包んだ表情の読み取りにくい少女が居た。
色の抜けたような金髪を結い上げていて、整った顔立ちをしている。目の色は灰のかかった青、というところか。背は僕と同じぐらいで、女性として見ると背が高いだろう。
垂れぎみの目を見開いて、こちらを凝視していた。
予想通りの所に人が入ってるもんだとか、どこぞこの蛇じゃあるまいしとか思っていたら、少女がこちらに手をかざした。
「――――」
聞き取れないほど小さく、そしてどこの言語かわからないほど早く呟いた瞬間、目の前に魔法陣が現れた。
ファンタジーな、等と思ったのもつかの間。その魔法陣の輝きが強くなって――――。
「―――――っ!」
僕はすぐさま振り返って地面に身を投げ出し、頭を抱えて伏せた。
その瞬間、ボンッという音と衝撃が背中を駆け抜けていった。
身を捻って体を起こすと、同じ魔法陣がまた出現していた。
『待って! こちらは貴女に危害を与える気はない! それを下ろして!』
思わずフランス語で、拳銃を安全装置を掛けてから投げ捨て、両手を上げてそう言った。いや、ホント、なんでフランス語で言ってしまったのだろう。通じるかわからないのに。不思議ったらありゃしない。
でも、武器のような物は手放し、それ以外は武装してなさそうに見える僕の姿を見て彼女は、
『何を言っているかわからない。こちらの通じる言葉でお願いする』
垂れぎみの目を睨みきかせて、少女は口を開いた。淡々とした口調で余計に恐く聞こえる。ただ、その言葉は。言語は聞き覚えがあった。
『……イタリア語? 貴女は、イタリア出身の人?』
そう、イタリア語だ。最近になって、HALと地球の言語でフランス語や英語、イタリア語で話すので会話の勘を戻した所である。また言葉の通じる人が来たとは。
とりあえず、そう聞く。自分が相手と同じ言語で話せる事のアピールだ。
『……イタリア語? チェアーノ語ではないのか?』
彼女は魔法陣は消さなくとも、警戒心を少し緩ませる。
『この際、言語が同一なら何語でも構わないと思うけどね。とりあえず、それ消してくれないかな? そんな物騒なもの向けられたらびびってしまって、落ち着いて話せないよ』
『それは貴方が、もしくは貴方達が無害であることがわかってから』
『一応、貴女のような人を保護するのも任務の中にあるから危害なんて加えないよ。貴方の置かれた状況に対してならば、必要な情報はあるから。だからそれを下ろして下さい。腹を割って話しましょう。わかって?』
HALが聞いたら、『そのあと「OK!」とか言われて殺されそうなセリフまわしですね』とか言われそうである。よくよく思うとかなり小物のセリフまわしだな。
それでも彼女は警戒心を解くことなく、魔法陣をこちらに向けている。イヤホンからは、
『チハヤ! 大丈夫?! 返事しなさい!』
と、アルペジオの声が聞こえている。今さっきの音と、わからない言葉で話してることに、流石に気にしたのだろう。
右手だけ首もとに当て、スイッチを押す。
「大丈夫。そのまま待ってて」
そう答えて、またイタリア語に切り替える。
『実は、僕自身も貴女と同じ身の上だ。黒い球体に飲まれて、ここに来たんだろう?』
それは確実なこと。服装やファンタジーな魔法見せられては、明らかに異世界の人間だとわかるだろう。
『…………!』
『なら詳しい話を話すから、それを下ろして』
その言葉で、やっと魔法陣は消失した。これで一安心である。
深々とため息を吐いて両手を下ろし、無線を繋ぐ。
「ラファール00より各員。生存者一名発見。なんとか警戒を解いたところ。ヘリよろしく」
そう言って右の太もものポーチから発煙筒を取り出し、擦って煙を発たせて小山の頂上に置いておく。
近くにはアルペジオの《マーチャー》もいるので、僕の詳しい位置は判ると思うのだがヘリは判りにくいだろう。目印なる狼煙を上げて置けばそれを目印に飛んで来てくれる手筈である。
『そこね。誘導は任せて』
アルペジオの《マーチャー》が片手を上げて、こちらに手を振る。
「ヘリのみなさん、喜べ。可愛い美少女だ」
マイクを押して、無線に呼び掛ける。
『そりゃ、急がねぇとな! もっと速度出ないか?』
『無理ですって機長!』
「しかもポイントには美少女が二人いる。目の保養になるぞ」
『内一人はチハヤじゃねぇーか!』
無線がたちまち賑やかになる。
『何をしている?』
そう言って少女が僕の隣にきた。正面に見えるリンクスを珍しそうに見ている。
『仲間を呼んだ。大丈夫。危害を加えるような人たちじゃ無いから。―――そう言えば僕も、こんな感じで保護されたっけな』
あの時はアルペジオだったなぁ、と呟く。思えばもうこの世界に来て五ヶ月近くになるのかと思う。
長かったような、短かったような月日だ。
『それで、ここはどこだろうか?』
簡潔に訊ねられた。それよりも、僕としては聞きたい事が一つある。
『その解答の前に。僕の名前はチハヤユウキと言います。あの黒い球体によってここに来たしがない人間です。貴女のお名前は?』
まだ訊いてないと言って促す。
『イオン・リヴィングストンという。賢者見習いにして、歴史の探究者を目指ている』
彼女―――イオン・リヴィングストンはそう名乗り頭を下げた。握手でもするのかと思ったけど違ったらしい。彼女の世界ではそういう礼儀作法が基本なのだろうか。
『これからよろしく、イオンさん。―――それで、ここはどこか、だよね』
そう言った時、視界の片隅に兵員輸送用のヘリが飛んできたのが目に映った。そう長く話せそうにないかもしれないな、と思いながらも、事実を告げる。
『ここは、この世界は。貴女が生きていた世界とは全く異なる別世界だ。言葉も元居た世界の言語は基本通じない人たちしかいない。―――ようこそ、異世界へ』
詳しい話はまた後で、と付け加えて。




