出棺、これから
その日の天気は、あまりよろしくなかった。
どんよりとした雲が青空が見えないほどに覆っており、今にも雨が降りそうだった。
アルペジオによると暦上、レドニカは一ヶ月程度雨季へと入るらしい。この辺りの雨季は大抵の場合、二日間ほど雨が降り、一日晴れるというらしく、ジトジトする日々が続くのだとか。
まあ、梅雨というか生まれてずっとを日本の気候で暮らしていた僕にはそこまで気になるほどの湿気ではなかったけど。
この日は、殉職したヒュリア・バラミールさんとブリジット・アルドンスさんの出棺の日だった。出来れば晴れの日にしたかったそうだが、通常業務であるコーアズィの対応があるためそれは実現しなかった。
方法は空輸。速やかに遺族の元へ送らなければならないからだ。
輸送機に二つの棺が収容され、後は出発するだけだった。
「チハヤさん」
「うん?」
珍しく軍服姿(※支給品の女性物。僕に男性物の軍服は支給されない。ズボンなだけマシ)の僕に、カルメさんが話しかけてきた。
彼女はヒュリアさんの遺族の元へ特例として騎士団代表兼同僚として同行が許可された。親友の葬式には参加させるべきというアルペジオの要望が、多数の支持を得て実現したのである。
まあ、もう一人の方は副団長とエリザさんなのだけれど、それはこの話には関係ないだろう。
「……ヒュリアの夢、聞いてますか?」
ヒュリアさんの夢。それは。
「一族の故郷へ行きたい。美しい海を見たいって言ってたな」
いつかの、屋上で聞いた話だった。とてもいい戦う理由だと思っていた。親からの貰い物でもなく、復讐でもなく。
「君にも、カルメさんにも見せたいとも言ってたかな。約束、だったっけ?」
「そう。もう、叶わないけど……」
そう言って彼女は表情を曇らせる。軽率な発言だっただろうかと僕は不安になる。
「私は、それを見たい」
その不安は、どうやら杞憂だったようだ。
「約束を果たせないと心残りになるって、昨日言ってましたよね」
「うん、言ったね」
「なら、私の心残りになるものはなんだろう、って考えたんです」
そう言ってカルメさんは輸送機の中にある棺に視線を向ける。
「彼女、ヒュリアが言っていた『一族の故郷へ行きたい。祖母が言っていた海を、友達と見たい』って約束。―――彼女が見たかったものを見に行きたい」
「……ヒュリアさんが見れない分を、か」
「そう。彼女の分も、生きないとね。―――いつまでも凹んでたら、ヒュリアに怒られそうだから」
「そうかもね。いや、そうだろうな」
彼女の性格なら、もしここにいたらそう言うような気がした。
「けっこう口にしてたみたいだし、さぞ綺麗な海なんだろうな」
話してたら興味が湧いてきたな、と続けて言う。元いた世界でも海は見たことあるけど港だし内海だしと、砂浜の方の海岸やら海やらは見たことないと述懐する。
「なら、この約束、手伝ってくれますか?」
「……悪くない、けれど。それはちょっと無理、かな」
「…………?」
無理、という言葉に少し糾弾されるかと思ったけど、意外にもカルメさんはそんなことはしなかった。
「……怒られると思ったんだけど」
「いえ、その、表情が真面目といいますか、神妙と言いますか……。チハヤさんの今の表情が、本当に申し訳ないという表情で。何か理由があるのかと」
そこまで表情に出てたらしい。
「――まあ、まずは親しい人が四十人ぐらい死んでるから―――というのもあるんだけど。この理由はどうでもいいか」
最初にそう断っておく。この後の言葉は、言えない。今の僕と、今までの自分の行動と剥離している言葉だからだ。他にもあるのだが、そんなことよりもである。
その数にカルメさんは目を見開く。思ってた解答より違う解答で、想像以上の数の隣人が死んでいることに驚いたのだろう。
「その約束は、貴女とヒュリアさんの物だ。当然だけど、そこに僕はいないし、含まれていない。だから親友である貴女が達成するべきなんだよ」
「…………」
「―――でも、その話を聞いて放っておけるほど不人情ではないんだよね。何かあった時には、力を貸せる時は貸す。それぐらいだよ」
「それを、手伝う、では?」
「一から十は手伝えないってことだよ。要所要所程度だ」
それを聞いてカルメさんはクスクスと笑う。
「ありがとう。いろいろ」
「礼は早いよ」
そう言って出発の時間だと、機長から胴間声が聞こえてきた。早く離れないとジェット噴射で吹き飛ばされるかもしれない。
「それじゃ、行ってらっしゃい」
「はい、それでは」
そう交わして、カルメさんは機内へ歩いて行くのを見届けてから、僕は基地の方へ走っていった。
輸送機は滑走路で速度を上げていく。ゆっくりと浮き上がり、次第に機首を上に向けて上がって行くのを、基地にいる全員がその場持ち場で敬礼し、輸送機を見送っていく。
滑走路の片隅では、僕を含めたリンクスのパイロット達が並んで敬礼していた。
パラパラと雨が降りだしたと思ったら、すぐに土砂降りに変わってしまった。いつかのゲリラ豪雨みたいだ。
それでも彼女らは、敬礼し続けている。輸送機が見えなくなるまでするのだろう。
次第に輸送機は土砂降りの中に消えていく。それを僕らは見送った。
死んだ二人を惜しむように、見えなくなってもしばらくそこで敬礼し続けていた。
どうも、機刈二暮です。
『並行異世界ストレイド』、ここまで読んでいただきありがとうございます。
要するに、ここからは先はあとがきです。今後のネタバレはありませんよ? たぶん。
つたない文章、ストーリーですが如何だったりするでしょうか?
暴走AIとの戦闘というよくあるシチュ、やってみました。
いいですよねぇ、人間が自ら造り出したのに制御出来ないとか。科学の狂気、素晴らしい。
早く義体技術進歩しないかしらん。義体技術が確立したら手術受けて痛い関節を部品交換で治したいし。治りにくいなら交換しちゃえばいいじゃない思考です。
話を戻しまして、相棒ポジな自称人間も登場。
初期プロットじゃ、次から次へと人がやってくる予定だったのに、何故かコイツが先頭バッターに……。一応人間だしいっか(震え)。
さて、この事件を経て物語は次へと向かい始めます。
これから何が待ち受けているのでしょうか。
どうぞお付き合いを頂けたらと思います。
それでは次のあとがきでー。