再起動
七〇機以上のリンクスによる全力射撃。
隠れる場所の無いスタジアム、グラウンドの真ん中にいる《FK075 バイター》はすぐに爆煙に飲み込まれた。
アサルトライフルの連続した砲声。ガトリング砲の繋がって聞こえる射撃音。滑空砲の重たい砲音。
コクピットにいても身体の底まで震動するほどの砲音だ。
途切れない射撃の中、チハヤは機体をスタジアムの屋根に着地させる。
「これだとあれ……スクラップになりませんか?」
通信を専用に切り替え、《ウォースパイト》に繋げる。
『普通に考えればそう思いますよね。―――まあ、機体の一部でも回収出来れば、等と思っているかもしれませんね』
部品一つでも残れば解析ぐらい出来るでしょう、とはHALは続けて答えた。
レーダーから《バイター》の熱源反応が消え、
『全機射撃止め!』
その号令と共に銃撃が収まり、ビルの反響を経て辺りは静かになった。
《バイター》がいた位置は黒煙で見えないが、しばらくするとそれは風で流れていく。
弾痕でぼこぼこになったグラウンドと、元が何だったわからないスクラップが、そこにはあった。
『やった! 倒したぞ!』
その声と共に、沸き立つリンクスパイロット達。
『はあーー』
それとは別に、脱力する人もいた。
「どうしました? カルメさん」
『―――何でも』
どこか素っ気なくカルメは答える。
「……気はすみましたか? その復讐心は」
『―――はあ、よくわかったわね』
「経験してますので。元いた世界で。するのも、されるのも」
そう言ってチハヤはあの十一ヶ月の一部を思い出す。
物資を求め、殺され殺しあうだけの日々。
『……変な気分よ。終わったはずなのに、終わった気がしない。嬉しくも悲しくとも、なんともない。虚しい、足りない。そんな気分』
「復讐なんて、そんなものですよ。まだ、相手が人ではなく機械だからいいかもしれませんが」
人ならこれで復讐される側になりますからね、と続けて答える。
その繰り返しの果てがあの出来事であり、結果的にチハヤがこの世界に来た理由なのは黙っていたが。
『―――チハヤユウキ。構えて下さい』
HALからの通信。相変わらず抑揚のない話し方だが、その内容に眉をひそめる。
「どうしましたか? HAL」
そう答えながらも、言われた通りに《プライング》の状態をチェック。損傷はあるが、交戦が不可能という訳でもない。念のためにライフルを構える。
『ジェネレーターの駆動音を捕らえました。《FK075》はまだ戦闘可能です』
その言葉を聞いた瞬間だった。
『熱源探知』
《ヒビキ》のアナウンスが入ったのは。
『…………! マスタングリーダーより各機! 熱源探知! まだ奴は生きてる!』
ベルナデット団長の声が通信回線を駆け巡った。
それと同時に、白い装甲をまとったリンクスが煙の中から飛び出してくる。
大腿部、両肩、胸部、背中に大型の装甲を持ち、それ以外は華奢なフレームを持つリンクスだった。
頭部は《XFK039/N53》こと《プライング》と似ていて、X字に並んだ四つの光学センサがバイザー越しに明滅する。
《FK075》はそのまま飛翔。信じられないほどの速度をもって比較的近い、スタジアムの屋根にいる《マーチャーD1型》に接近する。
『えっ……?』
それが、そのパイロットの最後の通信だった。
《FK075》は最高速度で《マーチャー》に肩からぶつかる。
弾かれる《マーチャー》。あまりの衝撃に、胸部装甲が凹む。すぐに右腕を捕まれ、それ以上離れる事はなかった。
胴体の装甲の隙間を《FK075》は抜手で貫く。《マーチャーD1型》はそのスリット型のセンサーアイを暗転させ、機能を停止させた。
捻って右腕を引抜き、その機体が装備していたライフルとブレードを奪い取る。
次の目標を正面に見据え、スラスターがプラズマを噴いた。
ライフルが掃射され、また一機を黙らせる。装備をまた強奪し、予備の弾薬まで手に入れる。
そしてまた次へ。
その後を、黒い影が追いかける。
「ラファール00より各機! 全力で後退しないさい!」
チハヤは通信にそう叫んで、《プライング》を飛ばす。
あの機体と、《マーチャー》の単純なスペックに、差がありすぎる。《プライング》のブースターを組み込んだ《E2改》ですら速度が足りないのである。
速度差、反応速度―――だろうか。無人であることを生かした、殺人的な機動を平然としているのである。
『照準警報』
《ヒビキ》の警告。モニターには《FK075》が振り返り、こちらに両手のライフルを向けている姿が写っていた。
クイックブーストで急制動と右斜め上に回避。
反撃のライフル掃射。
《FK075》は建物に隠れてこれを回避。
その後を追いかけるように追撃。曲がった先で両背部の短砲身滑空砲を構え、射撃。
これも回転して避けられた。
「なかなか良い動きをしますね……」
反撃を右へ避けて、追いかけながら呟く。
《FK075》は交戦よりも逃げに徹しているようにも思える。
反撃が甘い気がするのだ。
こちらが攻撃を仕掛けて、弾切れを狙うつもりだろうか。
なら、無駄弾を撃たずに追いかけるだけにする。
「ヒビキ。出力上げ。追いかけますよ」
『了解。ジェネレーター出力、最大』
その声を聞いて、チハヤはペダルを踏み込んだ。
他のリンクスが介入出来ない速度で、《プライング》と《FK075》が市街地を飛んで行く。
道路を沿っていったり、はたまた建物の壁を蹴り、急激な方向転換したり、市街の空を飛んだりしている。
そして、その時は来た。
『《FK075》反転。こちらへ向かってきます』
《ヒビキ》の言う通り、《FK075》が逃げるのをやめてこちらへ銃口をむけてきた。
『逃げれないと思って撃破に切り替えたようですね』
「狭い市街地を追いかけるのも大変ですよ……!」
状況を冷静に把握したHALに対して、常時時速1000キロ以上で追いかけ続けたチハヤは呻き声を上げる。
昔ゲームセンターでやったような自動車のレースゲームと比べること自体がおかしいようだが、それ以上のデッドヒートである。
何せ、一つ判断を間違えれば機体ごとぶっ飛ぶからだ。
速度を維持したまま二〇〇メートルごとに90度ジグザグに曲がったり、百八十度反転して来た道を戻ったりと目が回りそうな機動しかしてないからだ。
さながら空のF1とも言われるエアレースのようだった。
これからの戦闘はそれ以上になるのは想像に難くない。
いっそのこと、と呟いて《プライング》を上昇させ、建物より高く飛ぶ。
隠れる場所はないが、機動力は活かせる。
それは相手も同じだが。
やるのは、削り合いだ。
残弾は両方のライフルともワンマガジンと半分ずつ。滑空砲も残り右が四発と左が二発。
「あとは戦い方次第ね」
そう言って、ペダルを踏んだ。




