再戦、降下開始
降下用ハンガーに固定された《プライング》が火花を散らしつつ開いたスロープへと滑っていく。
まるで放り捨てられるように《ウォースパイト》の後部から吐き出されて、重力に従って落下を開始する。
爆砕ボルトが固定金具を弾き飛ばす。落下する《プライング》に当たって余計な損傷を与えないよう、計算された角度をもってハンガーが離れていき、機体が自由を得た。
「ラファール00、パージ完了!」
『了解。全機、降下開始!』
その言葉を合図として、《マーチャーE2改》が六機が出てきて、《E2型》が続いていく。
それを振り返りつつ見届けて、チハヤは正面を向いた。
眼下には破壊された市街地が黒煙を上げている光景が広がっていた。
北には同じく破壊された城壁の集積基地があり、そこから南下するように破壊の跡が続いていく。
正面の映像が一部拡大される。そこには弾痕が多く遺された瓦礫の中に撃破されたリンクスが埋もれており、激しい戦闘の最中だというのを思い知らされる。少し視線をずらすとそこには瓦礫の中から人の手だけが生えていた。場所によっては瓦礫と血溜まりまである。
南方向の映像が正面に、小さなスクリーンとして投影された。逃げ惑う人々が映っていて、中には子供を連れて必死に走る人もいる。怪我をして担架に乗せられている人も。親とはぐれたのか泣いて逃げる先もわからず北に歩いていく少年も。
「さっさと始めないと」
降下が始まった今、することは一つ。
不快な気持ちを押し殺してペダルを再度踏み込み、ブースターを噴かす。
機体を水平にしつつ緩やかに降下を始め、《FK075 バイター》を視界に捕らえる。
《FK075 バイター》は驚くほどに姿を変えていた。
翼部のパルスキャノンを内蔵したユニットや本体である中央ユニットは等はほぼそのままだが、後部にはコンテナが接続されいた。四つほど武骨なアームが動いており、その先端にはミサイルコンテナやらガトリング砲やら滑空砲やら保持されている。頭部ユニットには、
『何よあれ……! 《マーチャー》!?』
アルペジオの驚く声がコクピットに鳴り響く。
彼女の言う通り、頭部ユニットは反転させられて、背中の装甲板代わりにされていた。その頭部ユニットの代わりに《マーチャーE2型》が背中辺りから接続され、右手にはガトリング砲が三門くくりつけられたような武装と、左手には155ミリ滑空砲が握られていた。
脚は手が加えられており、人らしさの微塵もない多関節のアームへと変貌していた。接近された時の対処用になのか散弾砲らしき物が取り付けられている。
『《FK075 バイター》を確認。―――かなりアレンジされていますね。さしずめ、《FK075 バイター改》、でしょうか? あのリンクス、《マーチャー》でしたか。今回は仮称で《マリオネッタ》と呼称するのがいいかもしれませんね』
HALのそんな呟き。あの形態はデータベースには無かったのだろう。
『目視出来る範囲では、火力が増強されているようです。迂闊に飛び出せば蜂の巣ですね』
「隠れる場所がない空中では格好の的ですね。―――引き付けます」
チハヤはそう言って、左右の背部サブアームが保持した短砲身の滑空砲を構え、発砲。
サブアームの稼働範囲の広さもあって、肩に担いだような位置でも下方向へ撃てるのはありがたい。
二発の155ミリのAPFSDS弾が砲口から飛び出した。
《FK075 バイター改》はこちらを見てすぐに回避する。
《マリオネッタ》がガトリング砲をこちらへ向けて、僅かな空転の後に濃密な弾幕が放たれる。
右へ避けつつ両手のライフルで牽制射撃。
「当たったら一瞬で蜂の巣ね。――――っ!」
モニターに滑空砲を構える姿を捕らえた。
とっさにクイックブーストしてこれを回避。
『フォントノア騎士団か! こちら、メニヘテル防衛部隊だ。よく来てくれた! すまないが手を貸してくれ。劣勢なんだ』
防衛部隊の一人からの通信。これにはチハヤは答えず、団長が答えた。
『こちらフォントノア騎士団団長、ベルナデットだ。指揮官は?』
『私が指揮官だ。正確には現在生きている将校で私しか既にいないんだ』
『コールサイン、及び残り戦力は?』
『リバー03です。残りのリンクスは《D系列》。合計で30機ほど』
『こちらの指揮下へ入ってくれ。作戦がある。君たちの戦力も必要だ』
『了解。指揮下に加わります!』
なんとか指揮下に加わってくれたようだった。
降下前のブリーフィングでは、今回は待ち伏せを使った討伐戦となる。
《バイター》を惹き付け、メニヘテルの北西部にある民間のスタジアムに誘き寄せ、待ち構えていた団長以下《マーチャーE2型》部隊とメニヘテル集積基地部隊が包囲し射撃する。
いくら動きが素早くとも、全方位を囲まれて撃たれてはひとたまりもないだろう。
状況は《マーチャーE2型》が降下中。
空中で動ける《プライング》や《マーチャーE2改》がこれを援護しなければならない。
「惹き付けて、《E2型》の降下の手助けしないと」
《E2型》はそこまで空戦能力があるとは言いがたい。先ほどチハヤが呟いたように、隠れる場所のない空中では格好の的になりかねないのだ。
だからこそ、こちらが惹き付ける意味がある。
『ラファール各機、《バイター》を惹き付けなさい! ラファール00に遅れを取らないで!』
アルペジオの指示が無線を駆け巡り、《マーチャーE2改》が空中でブースターを噴かして動き始めた。
『こちらラファール08! ミサイル警告! 狙われた!』
ラファール08が焦りにも聞こえる声をあげた。
それと同じくして、《バイター》のミサイルコンテナが展開され、多目的ミサイルが撃ち出された。
「ラファール00。援護します」
チハヤはそう言って飛来するミサイルを狙い、FCSがミサイルにマーカーを合わせる。
両手のライフルをセミオートで射撃。一発一発丁寧に落としていく。
『ありがとうございます!』
「ミサイルぐらいならなんとかしますけど、それ以外は自力でお願いね?」
そう言って、チハヤは《プライング》を《バイター》へ突撃させる。
作戦上、目立つべきは自分なのだから。
《プライング》が派手に《バイター》と交戦し、《マーチャーE2改》小隊がこれを援護する。
ベルハデット団長やマリオン副団長が率いる《マーチャーE2型》部隊は降下を優先し、ECM(電波対抗手段、もしくは電波妨害)展開後、相手のレーダーから隠れながらスタジアムまで速やかに移動。その場で待ち構える。
そして囮として自分やアルペジオがそこまで連れていかななければならない。
「楽な仕事じゃありませんね」
そう呟くのと、《バイター》の持つ滑空砲が火を噴くのが同時だった。
左へ回避。さらにブースターを噴かして急降下。
ガトリング砲から放たれた砲弾が《プライング》を追いかけるように通り過ぎていく。
着地前にクイックブーストによる急制動。強引に左前に跳ぶような機動で着地の隙を消す。
そこは《バイター》のほぼ目の前で、パルスキャノンの射程の内側だ。
《バイター》の翼部パルスキャノンのカバーが開いた。
『全機! 今っ!』
その合図と共に六機分のライフルの砲声が鳴り響いた。
《プライング》も慌てず、両手のライフルと両背部の滑空砲を同時発砲する。
射撃前の隙をついた、パルスキャノンへの攻撃。
驚異的な攻撃範囲を持つパルスキャノンは既に警戒ずみ。なら狙う隙を演出し、タイミングよく狙い、破壊する。
一斉に撃たれたパルスキャノンは、エネルギーの行き場を失い爆発を起こした。
『やった!』
『これで戦いやすくなる!』
歓喜にも等しい声が無線を駆け巡る。
『油断しない! まだこれからよ!』
エリザさんからの叱責の声。
『ラファール02の言う通りよ。見てみなさい』
続くアルペジオの言葉に誰もが《バイター》を見た。
《FK075 バイター》は翼部のユニットの破壊されたパルスキャノン部と破損した箇所だけを外し、後ろのコンテナから予備の武装を取り付けていた。
三〇ミリのガトリング砲が左右2門ずつ、そこに元々あったかのように取り付けられた。その光景に誰もが唖然とする。
『嫌になるわね。―――予定通り、囮としてポイントまで誘導するわよ。チハヤ、メイン頑張って』
捨て台詞を吐いて、そう指示を飛ばした。
「了解。―――うっかり撃破してもよろしくて?」
『出来るならどうぞ。私は手伝わないけど』
「なら、陽動頑張りますか」
そう言ってペダルを踏み込むのと同じタイミングで《バイター》のガトリング砲全門が火を噴いた。




