補給、休憩
「こうして見ると、かなり大きいですね。この艦」
そう私は駐機姿勢の《プライング》のコクピット内で呟いた。
目の前には今にも着陸しようとするフレームウェポン運用艦、《ウォースパイト》が艦尾をこちらに向けて降下している。
その様は、もはや山が動いているかのようだ。
壮観とも言うか。
艦底の各所が開き、中から降着用のランディングギアがせり出し、艦尾の物資搬入か、それともリンクス乗降用のなのかわからないが巨大なハッチが開いて、静かに基地の滑走路に静かに着陸する。
『なんだこりゃあ……』
誰もが圧倒される中、ゴーティエさんの声をマイクが拾った。
素直な感想というよりも、圧倒されて漏れ出た心の声かのようだ。
『どうぞ、お入り下さい。速やかにお願いします』
どこからかわからないが、《ウォースパイト》の外部スピーカーからHALが言った。
それを聞いても誰も動かない。
圧倒されているのと、乗降ハッチ先に誰もいないことによる困惑だろう。
その困惑をさらに助長させるのは、中から出てきた機械達だ。
ロボットといっても過言では無いのだけれど、様々な姿形すぎて逆に表現に困る。
基本的には弁当箱のような基部を中心にタイヤ付きの三脚だったり四脚だったり六脚だったり、作業用のアームやらクレーンやら何やら付いているのである。もはや工業用ロボットで作った合成獣、だろうか。
『どうされましたか?』
誰も動かない光景を見て、HALが訊ねた。
「皆、信じられない光景で、圧倒されているの」
日本語で答えて、《プライング》を立たせて乗降口へと歩き出す。
「皆、戸惑うのはわかるけど早くしましょう。増援に行けないし、補給も出来ないわ」
『え、あ、そうだな。全員搭乗!』
ベルナデット団長の割れた号令で、皆が動き出す。
まずはリンクスが歩いて《ウォースパイト》の格納庫に入る。
艦という、容量の限られた格納庫、というものだからそれなりに狭いと思っていた私は、その広々とした格納庫を認識を改める。
余裕を持って並べられたハンガーと、整備補給や装備換装する作業用アームなど、おおよそリンクス整備で必要な機材は揃っているように見えた。
フレームウェポン運用艦とは聞いてはいたが、少数どころかかなりの数を収容出来そうでもある。具体的には、現在のフォントノア騎士団が抱えるリンクス数ぐらい。
『チハヤユウキ、翻訳お願いします。そのままハンガーに背中を預けて駐機して下さい。固定はこちらで自動的にやります』
「―――だそうですよ? 皆さん」
『丁寧にどうも。余計に気味が悪いわ』
『人に仕えるのが趣味でありまして。チハヤユウキ。《カレンデュラ》は専用ハンガーがあります。そのままお進みください』
「趣味だって―――。《カレンデュラ》?」
通訳していたら、HALにハンガーが違うと言われてしまった。それにしても初めて聞く名前である。
『《XFK039》の我々がつけたペットネームです。日本語ではキンセンカ。他にもポットマリーゴールドとも言いますね。原産地は地中海沿岸。貴方の母国、日本では花壇に植えられますが、ヨーロッパではハーブの一種。食用花とされたようです。花言葉は「別れの悲しみ」。「悲嘆」。「寂しさ失望」。私の知るチハヤユウキが、「別ればかりの私達に最適な名前」としてつけました』
細かな所まで教えてくれた。
別れの悲しみですか、私にも最適な花言葉ですねと思う。
あまり聞きたいものでもないが。
「嫌な花言葉ですね。―――この機体は《プライング》という名前だとAIの《ヒビキ》が言ってましたが……?」
確かに最初起動したとき、《ヒビキ》は当機は型式番号 《XFK039/N53》、機体名は《プライング》と言っている。
『《Praying》……? 「祈っている」、ですか。搭載されているのは《ヒビキ》。機体の製造番号はわかりますか?』
「先行量産、127号機、だったかしら?」
そう答えつつ、コンソールをいじって機体の詳細に関する記述を探す。
確かにその通りの番号だ。
『こちらの記録では、該当する機体は存在しますが、詳細が異なります。搭載されているのは《ヒビキ》と名付けられてはおりませんし、先行量産127号機は《N53》仕様ではありません。―――推測ですが、その機体は私にとって並行世界上の同一機体なのでしょう』
次から次へと話を進めてしまうのも大変だ。こっちの理解が追い付かない。
「とりあえず、貴方の知る機体でも、別の機体というのはわかったわ。……《N53》仕様?」
《XFK039/N53》が制式なものだと思ってた私にとって、その言葉は不思議そのものだ。
『まず、《XFK039》の概要を説明する必要がありますね。―――《XFK039》、《カレンデュラ》は男性が乗る事を前提とした機体だというのはチハヤユウキも知っていると思います』
「ええ、《ヒビキ》が言ってましたね。直接脳に必要プログラムを書き込まれましたが」
『生きていて幸いです。―――話を戻します。《カレンデュラ》―――その機体は《プライング》だというのでそちらに合わせましょう―――頭部やコクピット、中枢部を中心とするコアをベースに、ユニット化された内骨格やフェーズジェネレーター、ブースターや外装を装着し、フレームウェポンとして運用することを想定した機体です。フレームウェポンが持つ汎用性をより特化したカタチへと採ることが可能で、特化型の仕様は通常フレームウェポンの性能を悉く凌駕します。《/》以降は仕様の詳細を意味します。《N》は通常フレームウェポン、もしくは人型を意味し、《5》は設計されたフレーム番号、《3》は高機動型を意味する記号です。《N53》仕様とはつまり、人型で高出力高機動型機の仕様という意味となります』
息継ぎしてるか怪しいぐらい喋って説明するHAL。
話を聞いているうちに、《XFK039》専用らしいハンガーに来ていた。背中からハンガーに入り、自動的に固定される。
『次に、統合型汎用OS《那由多》の説明しましょう。これはありとあらゆる数多のOS、ドライバを統合し解析アプリケーションを搭載した、「どんな物でもこれ一つで動かすことが出来る」夢のようなOSです。その謳い文句の割には容量はかなり少なく、50ギガバイトに収まります。《XFK039》の仕様上、何にでもなれて、何でも出来て、ありとあらゆる装備を使用する必要がありました。ドライバを片っ端から入れてしまえばいずれメモリ容量を超えてしまいます。その問題を一挙に解決するために作られた野心的なOS、それが《那由多》です。その結果として、相手の特殊な装備や武器を奪い使用する、なんていうことも可能となりました。これが市場に出たら全てのOSがこれに置き換わる可能性すらありました』
それを聞いて、私の記憶が刺激された。
いつかの訓練で、220ミリ滑空砲や球形UAVの不完全なプログラムをOSが自ら最適な物に置き換えた事を。
それが当たり前に出来るOSなのだ。
数多のOSとドライバを統合したOS。『たくさん』を意味する那由多の名に相応しいかもしれない。
『《XFK039》は、中枢ユニットを中心とする多様に渡る装備とOS《那由多》が組み合わさることで、従来のフレームウェポンを凌駕する兵器となりました。―――欠点は、パイロットを男性限定にしたこと。段階的とはいえ脳に直接、強制的にプログラムを書き込み脳への多大な負荷によるパイロットが死ぬ可能性』
「段階的って、最初のインストールだけではないの?」
起動した時、確かに脳へプログラムをインストールされたが、他にもあるとは。
『一度に全部書き込んでしまったらパイロットの脳が焼ききれてしまいますからね。当然の措置扱いだったようです。話を戻します。そんなパイロットへのデメリットから、2000機ほど生産されて次の機体へ開発が進みました』
次の機体。それは。
「それが、《FK075 バイター》?」
なんとなく、の問いだ。Xの字を抜けば、同じ型式番号が使われているのである。
何らかの関係を考えるだろう。
『いくつかの試作機と量産機を経てから、ですが。開発系列としては《FK075》は《XFK039》の後継機となります』
「じゃあ、使われているOSも……」
『お察しの通り《那由多》を使用しています。《FK075》の仕様と合わせて、《XFK039》のデータがふんだんに反映されているようです。―――整備班が到着した模様』
そこまで話して、ゴーティエ達整備班が《プライング》の左腕を引っ提げてやって来た。続いて推進剤やフェーズ資源を詰め込んだタンクローリーが二台。
武器弾薬を積んだトレーラーはまだ来てないが、じきに来るでしょう。
「《プライング》を停止させます。通信も切れますよ?」
そう、当然の事をHALに伝える。
『わかりました。それでは後程』
返事を聞いて、《プライング》のフェーズジェネレーターが停止したのを確認してから電源を落とし、コクピットハッチを開放して機外へ出る。
「ゴーティエ! 左腕、肩からお願いします! 各種電子機器のチェックも!」
「おう! わかった! 全員急いでかかれ!」
野太い声が響いて、整備班が《プライング》を取り囲む。
ハンガーから降りて、水が入ったボトルを受け取り、口に含む。
温まった体には程よいほど冷たい。すぐに空にしてしまいそうだ。
「チハヤ! 大丈夫?!」
パイロットスーツ姿のアルペジオが駆け寄って来ました。
「機体は左腕を持ってかれたけど。皆さんは? 特にカルメさんの様子は?」
それが気がかりだ。目の前で親友を亡くしたのだ。ショックで落ち込んでいるに違いない。
アルペジオは表情を曇らせて、答えてくれる。
「……彼女は、ヒュリアのことで相当落ち込んでる。出撃は避けさせたいわね」
予想通りの回答が返ってきた。
「新人達全員、そんな感じよ。想定外の実戦。まさかの戦死者。心構え無しでこんな状況は普通は耐えれないわ」
「……でしょうね」
「チハヤは、予想はしてたけどいつも通りね。―――その胆力を見習いたいわ」
はぁ、とため息をついて彼女は付近のベンチに座る。
表情からして、アルペジオは無理しているように見えた。
「アルペジオは、参ってる感じだね」
「……そうよ。隊長として初めての実戦で、いきなり新人二人死なせたのよ? ―――あの時、私やエリザ、パトリシアさんとチハヤで殿すれば良かったんじゃないか、って思ってる」
先に新人を逃がせば良かったんじゃないか、アルペジオはそう呻いた。
命令した私の責任だとも、言った。
「あの命令は、間違ってたのよ。そうしなければ、ヒュリアもブリジットも―――!」
「そんなの、わかりませんよ。もしかしたら彼女らの代わりにその四人の内誰か死んでました。そうでなくとも、この艦に助けられた人はいなかったかもしれない」
彼女の言葉を遮って、僕の考えを伝える。
「そんなもんですよ。なにもかも後になって、こうすれば良かった、ああすれば良かったなんて後悔する。それは人として当然のことだよ」
僕 にだってあると、距離を開けて座る。
あの十一ヶ月で死んでいった施設の人達は、誰のせいで死んだのかなんてものはないけれど。
あの時、共に行動すればあの人は死ななかったのでは。
あの時、別れて行動していれば死ななかったはず。
あの日、あれを逃がさなければ施設の子供達は死ななかったはずなのに。
その考えは今も、頭の中を巡っている。
「この場合、そうかどうかなんてわからないけど―――。後悔よりも反省する事が大事だそうで」
いつか見たお話の、とある台詞だけど。
「後悔は人をネガティブにする、そうで。―――まあ、その通りだななんて思いもするんだけど」
「後悔するなと?」
「そうは言ってない。後悔があるからこそ、反省が出来る。それが大事という意味なんだと思うよ」
「………まるで、死んだ人を何とも考えてないような言いぐさじゃない」
確かにこれだけでは、その人の死は無視されているような話の仕方だと思える。
人の死は、誰しもが簡単に整理出来る訳ではないのだ。親しい人であればあるほど。手塩かけて、可愛がった部下であるほど。
「それは、その人の死をどう捉え、乗り越え、自分の糧にするかだよ。貴女がやるべきはそれを考え、これからどうやって人を死なせずに戦い、勝つかを考えること。ある意味『後悔と大事な反省』だよ」
そう諭して、アルペジオの前に片膝立ててしゃがむ。
「僕は、貴方の判断が間違っていたなんて責めないよ。僕だって、きっとエリザさんだって後悔してる。あの時、別の行動とっていれば、なんて」
その考えは、同じなのだ。僕も、彼女も。
「僕はそこで後悔を止めてる。過ぎてしまったことだから」
それはどうしようもない。決まってしまった過去だ。
「それにまだ、終わってない。立ち止まるのはまだ早いよ。アルペジオにだってやってもらう事がある。僕と《ヒビキ》と《プライング》だけじゃ、《バイター》は破壊出来ないからね」
「……休む暇なんて無いのね」
ため息を吐きつつ、ゆっくりと立ち上がるアルペジオ。
「そういう場所に、貴女は立ってるんですよ。僕もね」
僕なんかもう七年ぐらい後悔の念がありますよ、なんて肩を竦める。振り切れていそうで、そうでもないような過去だけど。
「……ありがとう。気が楽になったわ」
律儀に頭を下げないあたり、自分の身分がわかっているようで。
だからといって、要求する気もないけど。
「とりあえず第四基地と通信開いて、団長と作戦会議ね」
そう言って来た道を戻るアルペジオ。
僕もそれに参加するために続いた。




