リネ平原救援①
予定外のスクランブルとなれば騒がしくなるのは彼らにとってはいつもの事だった。
準備していた事はそのまま進めることが出来ても、全く準備していない事だってある。
それが必要であるならば、尚更に。
ただ、そういう事態を何度も経験しているからこそ、その手際は驚くほどに早い。
実際はHALの見立てで機体の準備が前もって進められていたからだが。
カタパルトデッキに繋がる昇降エレベーターの前に、一機の尖鋭的なシルエットを有する白いリンクスが立ち止まった。
前後に長い胴体と肩部装甲。
その胸部には円柱状のパーツが左右に二つずつ埋め込まれており、肩部も同様。
特に肩部には機体本来の物を上から覆うように追加のユニットが取り付けられており、その後ろよりの側面には幅広の大剣のようなユニットが取り付けられていた。
脚部は空気抵抗を考慮したのか鋭角な形状をしている以外に特徴は無いものの、下脚は追加のブースターユニットを履かされておりその全高をより高くしている。
そのユニット全体としては飛行することを重視しているものの、接地の為のソールユニットが前回のランディングギヤとしての役割しか求めていない簡素なものとは違い、頻繁に着地できるように人の足のように接地面積のあるものに換装されている。
腰部の正面には股関節を保護するスカート状の装甲はなく大腿部の付け根は剥き出しで、後進用のブースターユニットが大腿部に直接取り付けられていて、大型のブースター付きのバインダーが後ろへと伸びる。
左右の大腿部には片刃式の実体剣を装着したライフルが二丁、折り畳まれたアームで懸架されている。
後腰部には鶏卵を縦に割ったような形状のユニットが上にある背中のユニット寄りの位置に取り付けられており、その裏面にはブースターのノズルが大小二個づつ覗いている。
そのメインブースターユニット上部には一つのユニットと一対のアームが取り付けられおり、そのアームには各部にスラスターが覗いた幅広の大剣のようなユニットが鋭利な先端を後方へと向けて接続されている。
フルフェイスの兜の面頬だけを取ったような頭部で額部分には角ばったコーン状のパーツが前へ伸びるように付いている。
その先端から後ろへ広がりつつ伸びるようにV字の大型ブレードアンテナが取り付けられていた。
奥に見えるフェイスエクステリアはツインアイ方式で凛々しく、されどもの悲しげな表情を見せている。
右手には機体の全高にも匹敵する長さの、大剣に似た火器を保持しており、左腕には細長く湾曲した面を持つ小型盾を装備していた。
改修された電撃侵攻攻撃装備 《フロイラインⅡ》―――改め《カーテンコール》だ。
『ジュピターワンよりストレイドへ。エレベーターへ移動を』
「りょーかい」
HALの指示を受けて、専用の操縦服とバイザーを身に着けたチハヤはアサルトライフルに似た操縦桿を押し込む。
物理的入力機器からの信号と、《linksシステム》によって読み込まれた思考がOSによってすり合わせられ、《アルテミシア》は歩行による前進を始める。
緩慢な足取りでエレベーターに乗り込み、落下や侵入防止の柵が展開されてからエレベーターが上昇を始める。
全天周モニターが下へ流れてく壁面を背景に、チハヤは最終確認で武装リストを呼び出す。
一〇五ミリ口径磁気炸薬複合式超電磁投射砲 《カノープスⅡ》。
功性防盾システム《ヨイヅキ》。
八五ミリ口径のライフルと、七〇ミリのアサルトライフル。
肩部のフタヨ内部には画像認識型の分裂ミサイル。
下腕部の格納部には高周波ナイフ。
それと、
「―――自律攻撃端末 《セルヴァン》を四基装備。贅沢ね」
各部に装備された剣状のユニットの文字を見てシオンが感想を言う。
前に砂海で使ったものと同じそれが四基に増設されているのはあちらの構成が簡易型だったからで、こっちが本来の仕様だからだ。
「前回の倍の数を扱うことになりますけど、大丈夫ですか?」
「そこは使ってみてからね。元々プログラム制御だったのを《那由多》が勝手に書き換えたやつだったし。今回も上手く調整されるかもしれないけど」
そう言うシオンの言葉にチハヤはそうですよねぇ、と漏らす。
セルヴァンの操作は独特であり、操縦していない側の人格による思考制御だ。
思い描いたように動く代物ではあるものの、コントロールしきれるかは未知の領域だ。
「口径は―――八五ミリと九七ミリが二門ずつ、か」
「七〇ミリでも十分だと思ってますが、重装甲相手だと威力不足かと思って」
「カノープスで撃ち抜けるでしょ?」
「カノープスも装弾数が増えてるとはいえ有限ですから。一撃で撃破できるならそれがいいでしょう?」
「でも、牽制とか火力拘束の為に連射が効くのも欲しくない?」
今回の選択―――もとい、事前に決めていたセルヴァンの口径について二人は確認するように話し合う。
銃身、機関部と弾倉は規格化しているので交換は容易だが―――それは作戦中に出来ることではない。
手札が増えるのはいいことかもしれないが、それは使いこなせることが前提の話だ。
「全部ばらばらだと頭がこんがらがってしまいません?」
「それもそうね……。今回使った感覚次第かしら」
そう話している内に、エレベーターが減速して―――左右を壁に挟まれた、二本のレールが舳先へと進むカタパルトデッキに到着する。
フェンスが開いて、《アルテミシア》はエレベーターから出る。
既に天井が開いていて―――鬱蒼とした曇り空が覗くその空間を誘導員の指示の下、《アルテミシア》はレールの上で停止。
爪先をレールの向きに合わせて、カタパルトのシャトルが接続される。
『ティターニアよりエグザイル小隊へ』
発進準備が着々と進んで行くその最中。
通信にフィオナの声が入った。
『今作戦の目標は敗走したラファール中隊、及びノールから退避する住民と講和派勢力の撤退の援護、救出よ。現在、彼女達はミミル街道沿いを進んでいるけど、ストラスール主戦派の追撃を受けてる』
スクランブルであるが故にミーティングルーム等でブリーフィングを行えないのを補うべく作戦内容が通達される。
それに合わせて《ウォースパイト》とのデータリンクで件の地域近辺を写す地図が表示される。
今チハヤ達がいるラスペード市から南西に直進して一五〇キロほど離れた地域―――リネ平原と表記されたそこがマークされる。
ノールという都市から西に進んで、その先にあるセットという街へと進んでいる途中だ。
等高線の広さや色合いからして場所は丘陵地帯。
ノールからセットは六〇キロほどという距離であり、リンクスの速度ならすぐの距離になる。
しかし、人や車といった乗り物に当てると逆に相応に長い距離とも言える。
アスファルト等で舗装されてなかった場合はもっと長く感じる距離になるだろう。
生憎、チハヤには車でそれだけ移動する経験が少ないので想像の範囲に留まるが。
『護衛部隊が多くないのと逃走ルートが簡潔なこともあって先回り―――包囲されようとしてるそうよ』
「つまり、救援以外にも逃走ルートの安全確保も並行して行う必要がある、と」
『そういうこと。今回はあなた達だけじゃなくてコトネ達近衛も参加するから戦力に不足はないはず』
相対するだろう部隊の情報も急行する最中で説明してくれるとフィオナは続けて言う。
とにかくリンクスを出すのが先決という状況であるが故の後回しだ。
周囲のデッキ要員の旗信号を把握して、
「プライマルアーマー展開」
そう宣言すると同時に《アルテミシア》の周囲に紫電が走る。
フェーズ粒子を用いた防御膜の展開だ。
「敵戦力の詳細は重要だと思うけど……。了解」
『レールカタパルト、全システムオールグリーン』
了承すると同時に、通信担当のリーアのアナウンスが入る。
壁面に備えられた表示灯はどれもが正常を示す緑が点灯。
そしてモニターの片隅にカタパルト制御の権限が移譲されたというアナウンスが表示された。
『《アルテミシア》の発進後、後続も速やかに発進させていくわよ。―――エグザイル小隊、出撃。最適の健闘を』
『発進権限をストレイドに移譲します! 発進、どうぞ』
スクランブル故の簡潔な出撃命令と、カタパルト発進の権限移譲の表示がモニターに映る。
「発進権限の移譲を確認。―――ストレイド、《アルテミシア》出ます」
チハヤはそう宣言して、フットペダルを踏み込む。
膝を軽く曲げて前傾姿勢を採った《アルテミシア・カーテンコール》各部のブースターで推進剤に電流が流されてプラズマ化する。
それはノズルから吐き出されてその反動が機体を押す。
同時にレールカタパルトが作動して火花を散らせながら機体を加速させていく。
速度を上げて後ろへと流れていくカタパルトデッキの無機質な光景を見つつ、踏み切るラインを捉えてフットペダルを踏み込む。
小さく跳躍するようにカタパルトから離れて―――《ウォースパイト》の外へと飛び出す。
ソールユニットは可能な限りの空気抵抗を軽減するつもりか、爪先立ちするよう形になる。
飛び出したそこは―――今にも雨が降りそうな平原だった。
左には空港と街が広がっており、その向こうには川が流れている。
所々に軍用車が並んでいること以外はありきたりな風景だ。
チハヤはすぐに地図を見て、《アルテミシア》に両腕を持ち上げて前傾姿勢を採らせるという巡航姿勢へと移行させて、進路を南西へと向ける。
そして、フットペダルを再び踏み込む。
ブースターが咆えて一気に時速二〇〇〇キロメートルまで加速する。
二度目となる音速超過の加速は周りの風景を一気に後方へと押し流していく。
現地までは五分足らずの空の旅だ。
向かう先に暗雲が漂っているのを見ながら、
「もう戦闘モードに切り替えてしまいましょうか」
「賛成ね」
そう言い合ってシステムを切り換える。
もう戦闘が起きてるのは確かなのだ。
視認した瞬間に攻撃すればそれは奇襲になるし、敵の態勢を崩せるだろう。
それが速く行えるならそれに越したことはない。
そう思ってあることを聞いていないことに。
もしくは、提供されていないことにチハヤは気付いて口を開く。
「そうそう、ティターニア?」
『何かしら?』
「一応、友軍の通信チャンネルを貰えるか確認して貰っても?」
―――
そこは既に雨の中だった。
視界を遮る程の雨ではないものの、二キロ先は霞んでしまっているぐらいの降雨だった。
―――リンクスで交戦するならばさほど影響は受けない気候だ。
「―――この!」
エリザは肉薄した重装甲型のリンクス―――《クレイモア》のフレームを転用した派生機である《バスタード》の腹部に対して左手に持った散弾砲を接射する。
発射する弾種はスラッグ弾と呼ばれる一発弾であり、徹甲弾だ。
九五ミリというリンクスが運用する火器の中では大口径火器になるそれの、文字通りのゼロ距離射撃は防御力を重視した装甲をも貫いて見せる。
装甲の内側にある駆動系や回路系を弾体や衝撃が歪め、破壊してしまえばどのようなリンクスであっても擱座する。
エリザが駆る《フランベルジュⅡ》は射撃の反動を利用するように後ろへクイックブースト。
左前方から牽制射撃を行ってくるオルレアン連合第三騎士団 《シャルル》仕様の角型ブレードアンテナを装備した《クレイモア》へ右手で持ったアサルトライフルを向けて応射。
相手を引っ込ませつつ―――敵部隊からの射撃をジグザク機動で躱しながら下がっていく。
長く降っていることもあって地面はぬかるんでおり、リンクスほどの重量物が大地を踏みしめるだけで滑る。
それをブースターの推力でねじ伏せて、鋭い戦闘機動を続ける。
自機の正面に映っているリンクスは全てシャルル騎士団所属機という敵機のみであり、その数は減る気配がない。
大隊クラスであるシャルル騎士団、そのリンクス部隊が相手なのだから一機二機撃破したところでたかが知れているが。
それでも、正面―――撤退するこちらの位置から見れば後方から迫ってくる三個中隊規模い、リンクス数機で相対するには多すぎる。
「救援はまだなの?!」
何度も送った救援要請の返答を確認すべくエリザは敵部隊へ応射しながらも僚機に尋ねる。
通信の入る電子音に続いて、そろそろのはず、という返答が来た瞬間だった。
『こちら、独立傭兵部隊ミグラント。アリア・シェーンフィルダーの依頼の下、エグザイル小隊を当戦闘に参戦します。ラファール中隊、援護します』
ブツリと。
凛とした。
女性の声ではあるがエリザにとってはどこか記憶を刺激する声が通信に割り込んだ。
聞き覚えはある。
だが、妙に思い出せない―――そんな声。
そう考えた視線の先。
データリンクでメインモニターの片隅に表示された早期警戒管制機のレーダーに一つの光点が見えた。
識別不明の白いそれはレーダー更新に合わせて大きく移動する。
移動速度が高速であることの証明だが、その移動距離はエリザにとって見る機会の少ないものだ。
アフターバーナーを焚いた友軍の戦闘機とコトネの《ルゥ》ぐらいしかない移動距離なのだそれは。
速い、と思いながらエリザは目の前の事に集中する。
動きを止めた敵機へ散弾砲を撃ち、回避機動を行わせる。
着地の隙をアサルトライフルの掃射で追撃。
七〇ミリというリンクスの火器では普遍的な口径のそれは《クレイモア》の脚部装甲を穿ち、敵機はもんどりうって倒れる。
一機を迎撃している間に、次の二機が距離を詰めて来ていた。
距離は一五〇メートル。
接近戦の距離だ。
左腕を持ち上げ、弾種をスラッグ弾から散弾へと切り換える。
弾倉チューブを二種付けているからこそできる機構であり、その無情さを左から近づく《クレイモア》へと叩きつける。
容赦のない二連射に、敵機は全身に穴を空けて転倒する。
すぐにエリザは視線を右へ―――ブレードを構えた《クレイモア》へ向けつつ、右手の得物を突撃銃から両刃式の実体剣へと持ち替える。
上段から振られたそれを横薙ぎで弾いて、返す刀で二撃目の斬撃を逸らす。
そのまま右下の切り上げ、左下の切り上げと素早く繰り出して相手の得物を手から弾き飛ばす。
武器を失った《クレイモア》は素直に後ろへ跳躍し、
「―――っ!」
エリザは敵機の背後にいた《バスタード》が大口径ライフルを構えている姿を見た。
その九五ミリ口径の砲口は正確に《フランベルジュ》を捉えており、あとは照準用赤外線レーザーの照射に合わせて発砲するだけの状態であり、彼女の耳に照準警報鳴り響く。
―――間に合うか?
そう戦慄しフットペダルを踏み込むエリザの耳に援護要請に応じる電子音のピンと音を立てた。
それとほぼ同時に視線の先で《バスタード》の胸部装甲が爆ぜる。
正確には、被弾の衝撃に耐えれず内部のフレームから破砕するという破壊がそこで起きた。
遅れて聞こえる乾いたような轟音は、妙に聞き覚えの無い砲声であり、決して軽くはないが、重いかといえば微妙な砲声だ。
口径でいうなら一〇〇ミリクラスの砲声に近いが、それほど甲高くもない。
「―――え?」
右斜め後ろへのクイックブーストの終わりでその結果を見てエリザは声を漏らす。
《バスタード》は《クレイモア》と基礎フレームを同じくしながらも装甲防御力を重視した機体だ。
普遍的なリンクス用の火器ではその装甲は貫くには時間を取られるし、散弾では近距離でも防御力と重量で効きが悪い。
スラッグ弾の至近距離射撃や一〇五ミリクラスの砲弾でやっと刺さるぐらいだ。
そんな相手が、一撃で葬られる。
それが出来る兵器など、ストラスール軍では限られる。
何が、と思った瞬間に再び救援要請に応じる電子音が鳴る。
同時に、背後からの接近警報。
「―――!」
咄嗟の左へのクイックブーストと視線だけでその方角を見る。
見えたのは白い影だった。
掻き消えるかのようにそれは飛び去って、回りながらエリザの《フランベルジュ》の前に出る。
それは尖鋭的な装甲を白く染めたリンクスだった。
細部に差し色として青紫色の線が走っているものの、関節部を除いて白を基調とした機体だった。
特徴的なのは飛行を重視したような脚であり、大型のブースターがソールユニットの後ろに来ている。
スカートのような側腰部のバインダーにもブースターが付いており、なおさらに飛行と速度を重視しているのが如実にわかる。
後腰部と前に突き出た形の肩部側面には剣状のユニットが装備されているし、いかにも早そうだ。
見える武装は、脚部に懸架した銃剣付きのライフルと、右腕に持つ大剣のような大型のライフル。
あとは構えた左腕の小型盾だが、その先端からはワイヤーに繋がれた板がいくつも連なっていた。
それを白いリンクスは横薙ぎで振るう。
範囲にして―――二〇〇メートルほど。
―――正面にいたリンクス八機を例外なく両断した。
「―――」
目の前で起きた不可解な光景にエリザが驚愕している、その間に。
たった今、敵機を切断してみせた武装を盾に巻き戻した白いリンクスは一度 《フランベルジュ》へ振り向く。
そして―――通信が繋がる雑音がコクピットに流れて、
『ラファール00改め―――ストレイド。原隊復帰はしませんが、ただいま戻りました』
お道化たような口調で、乗り手が誰かを彼女に告げた。




