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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第三章]異世界観光
32/439

墓所にて、これから



 雑談すること30分ほどして。


 渋滞に巻き込まれる事なくリムジンは北西区の霊園へと到着した。


 確かに、話に聞いていたようにかなり広い墓地のようで、辺り一体を埋め尽くすほどの十字架が建てられている。

 一つ一つが綺麗に彫られ、同じものとて一つもない美しい模様ばかりが描かれていた。


 添える花束を持ち、アリア殿下の案内でシスターの墓へと歩く。



「彼女のお墓はこの先です。とても見晴らしのいいところにあります」


 そう言って僕らの先頭に立ち、階段を上っていく。

 夜に歩いたら肝試しになること請け合いだが、残念ながら今はまだ日中である。


「アリアお姉様が時々出かけている理由、初めて知りました」


 アルフィーネが回りの墓を見渡しながら思った事を口にした。意外と短期間でお墓参りに来ているのだろうか。


「私の恩師ですから」


 短く答えるアリア殿下。


「彼女のお墓は、ここに見える墓と同じようなものが?」


「いえ。フランの遺言で、丸太のような粗末な物にしてくれと。でも―――」


 そう言いかけて、立ち止まる。


 そこは、確かにこの墓所では一番見晴らしのいい所で北西の方角がよく見える場所でもあった。そこに建つ墓も北西に向けられており、建てた人がどれだけ気を使ったのか、が僕にはよくわかった。

 

 そして墓である十字架には、《フランチェスカ・フィオラヴァンティ》と刻まれていた。

 墓自体も、ここにある他の墓よりも確かに“粗末な物”だと素人でもわかった。


「―――私の恩師で、大切で大好きな人のお墓です。そんな事は、とても出来ない。フランが言っていた粗末な物にはできなかった」


 アリアの言う通り、墓は大理石で出来ていて、シンプルに装飾すらない十字架だった。


「……いや、充分すぎるぐらい立派な物ですよ、アリア殿下」


 でも、僕にとっては羨ましかった。

 元いた世界では、なんとか入手出来た丸太で組んだ十字架を墓標として埋葬したのだ。僕にとっては恩人で、大好きな人だから出来る限りで弔ったが、出来ればもう少し立派な物にしたかったと後悔している。

 だからこそ羨ましい。


 片膝をつき、花束を墓前に置き、胸元からロザリオとロケットを出して、手に握る。


 そしていつものように黙祷を捧げる。




 私は、貴女(シスター)が知る本人ではありません。


 でも、ある一点から先が違うだけの平行世界から来たチハヤユウキです。


 限りなく近い別人ですが、ほとんど同じ同一人物だと思ったのでここに来ました。


 アリア殿下からお聞きしましたよ。貴女が抱いていた私に対する気持ちを。


 それが私自身に言ったものあり、そうではないのだろうけど、平行世界の私として言わせて下さい。


 まずは感謝の気持ちを。


 そして。


 私も、貴女が好きです。

 同じものを見ながら、生きてみたかった。




 長くも短くもない黙祷を捧げ、目を開ける。


「それではシスター。また」


 そう告げて、ゆっくりと立ち上がる。


「もういいのですか?」


「長くいると、ずっとこの場にいたくなってしまいそうで」


 まだ祷りを捧げているアリア殿下からの問いに、僕はそう答える。


「まだ、あれから歩き出した訳でもないからね。ただ、立ち上がって周りを見だしたぐらいだろうさ。―――これからを、どう生きていくかなんて大層な理由も目的もないし、考えてもいない」

 

 だから。


「だから―――それが決まってから、またここに来ます。ここに来て、それまでの事を、やって来たこと、見てきたこと、そしてこれからの事をその時に彼女に話しましょう」


「…………」


「そうしなきゃ、ここにいるシスターも、僕の世界のシスターも怒りますから。それはあの人対して失礼だしね」


 体を伸ばしながら答える。まだ、これからどう生きるかなんて決まっていないけど。

 時間はあるのだ。それからでも遅くは無いだろう。


貴女(シスター)に会えて、本当によかった」


 安らかに、平行世界のフランチェスカ・フィオラヴァンティ。




 アリア殿下も立ちあがり、


「フランは素晴らしい人ね。死んでもなお、慕い続ける素敵な方と巡り会えて」


 そう告げる。まるでそこに彼女が居るかのように。

 そして、僕に視線を向けて、


「ねぇ、チハヤ樣。貴方はこれからどうするのですか?」


「……どういう意味?」


「この世界に来て三ヶ月。普通なら、規程的にも適当な街へ行き、そこで暮らしていく事が出来るはずです」


 確かにそうだ。この世界に来て、なんとか覚えたフロムクェル語で片言ながら聞いた事だ。だけど。


「今はフォントノア騎士団の一員ですよ?」


「除隊ぐらい出来ますよ。その規程を使えばすぐにでも貴方は軍から除隊出来ます」


 確かに、出来ない事はないだろう。


「普通なら、成り行きとはいえ、騎士団所属する必要なんて貴方にはない。なのにどうして貴方は所属したのですか? どうして戦場にいるのですか?」


 どうしてそこにいるのか。

 彼女はそう訊ねてきた。


 その質問の根幹にはきっと、シスターが語った元の世界の、《ノーシアフォール》出現前の情勢から、どうして危険な場所にいようとするのかという問いだ。


「《ノーシアフォール》出現後の無法で無秩序な瓦礫の世界のことは、シスターから聞きましたか?」


「……はい。そして、貴方が皆さんを守る為に殺しに来た相手を殺し続けたことも」


 そこも、シスターから聞いていたようだ。それだけ、シスターは僕が率先して人を殺すのに何らか思うことがあったのだろう。


「貴方に、人を殺させることに、フランは大変申し訳なかったと、語っておりました。孤児院に来る前に、正当防衛だっ―――」


「アリア殿下。それは言わないで下さい」


 途中で割って入り、語る口を止める。


「それは、仕方なかったことなのです。そうしなければ、僕もあいつも、死んでいた。だから、もういいんです」


 そう、過ぎたことなのだ。遥か昔、中学一年生だったある日起きた事件。ただそれだけの事。


「……そう、ですか」


「それで―――戦場にいる理由ですよね」


 それはきっと。


「昔みたいに平穏な所で暮らす、なんて事が出来そうにないからですよ。僕はあの場所で、人を殺しすぎた。生きる為に、やり過ぎた。普通なら、やらない事までした」


 何から何までしたか。そんな事ぐらい、よく覚えている。

 生きる為には必要な事だらけ。でもそれはあの極限環境下だからでしかない。

 なのに。


「平穏な所で暮らすのに、手が汚れてすぎてる。自己防衛の考え方が、殺さないとって脅迫観念に囚われてる。―――とても、普通の街で暮らせると思えない」


「…………」


「この世界で街に出て、それでまた“同じ事”が起きたら? また、僕だけが生き残ってしまったら? ……それが怖いんです」


 何度か、考えたのだ。これからどうするか。

 でも。出てくる答えがそれだけしか出てこないのだ。

 その観念が怖い。それしか考えれない自分が、嫌だ。


「あの場なら、気が楽なんです。酷いようだけど、戦場なら誰が死んでも、仕方ないと割り切れそうで」


 アルフィーネが一歩、下がった。引く内容なのは間違いないだろう。


「それが、あの場所にいる理由です」


 きっと―――いや、間違いなく酷い理由だ。狂いに狂った理由だ。

 帰る場所は無いし、行く先はいくらでもあるが、どこかへ行く理由が、ない。



 それがレドニカにいる理由だ。



 アリア殿下はこちらをじっと睨んで、シスターの墓に視線を向けた。


「……離れれますよ。その気持ちはずっと抱えていくものだったとしても、貴方はあのフランが好きだった人です。あの人の関係者なら、その場から離れれない訳がありません。出来なくとも、誰かがきっと、その場所から引っ張り出してくれますよ」


 優しい笑顔だな、と僕はその表情を見て思った。シスターに、よく似ているとも。


「そこまで強くないよ。それに、そんな変り者とかいますかね」


「フランが目の前で死んで、施設の子供たちが全滅しても生き続けているから、貴方は強い人です。なんなら、私が引っ張り出して上げましょうか?」


 笑顔をこちらに向け、アリア殿下はそう手を差し出してきた。


「……このまま騎士団から引っこ抜かれそうだね」


「そのつもりです。フランの知り合いを戦場で死なせたくありません。そんな事をしたらフランに叩かれてしまいます」


 思った通りの言葉が帰ってきた。


「それで、どうしますか?」


 その問いには、僕は。


「まだ、こちらに居させて下さい。これからの事を、考えてみたい。落ち着いたら、やりたいことが出来たら、きっと騎士団から離れますから。―――もし、僕が動けなくなって、立ち止まってしまったら貴女が判断するなり、僕が連絡したりしますので、首に縄をかけてでも連れ出して下さい」


 アリア殿下の目を見て、そう答えた。


 まだ、考えていたい。気持ちの整理もある。時間はありったけ使おう。

 それからでも、遅くは無いだろう。


「……分かりました。私の判断でそう思ったらそうしますからね?」


「いいですよ。それで」


 そう話して、シスターの墓を見て、


「それでは。平行世界のシスター。またいずれ」


「それではフラン。また来ますね」


 そう告げて、僕らはフランチェスカ(平行世界)()フィオラヴァンティ(シスター)の墓を後にした。



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