謁見、それと驚愕
僕はアルフィーネ殿下に連れられて、実に洋風な廊下を歩いていた。
今いる場所はストラスールの王族、シェーンフィルダー家の王宮、そのアリア氏の部屋がある棟だ。
ここもなかなか凝った造りの廊下で、それなりに広い庭を右手に見つつ進む。
「……そう言えば、アルペジオを始めとするシェーンフィルダー家の家族構成を知らないな」
今の今まで全く気にしてなかった事だ。アルペジオが王族であるのは、それこそこの世界に来てしばらくたってからで、その家族構成なんぞ気にしなかった。
いや、僕自身が相手の家族構成、その人間関係を知る気もなかったのが原因か。
異母姉、という言葉が出たから、現在のストラスールの国王は男で正妻一人と側室何人かいるということ。さらにその子供が最低でも三人。その内アルペジオとアルフィーネは同じ母親。―――という推定は出来るか。
「アルペジオ姉様とよく話していると伺ってましたが、聞いていなかったのですか?」
僕の呟きにアルフィーネが訊いてきた。
「人ん家の事なんかフツーは訊かないよ。人によっちゃあプライバシーでデリケートな問題だから」
僕とあいつの事情が正にそうだ。孤児院に引き取られた、その理由も。
「思えば、王族たるアルペジオが何故戦場にいるのかがおかしいか」
つい最近になって疑問になってきたなぁ、これ。訊かないけど。
「……疑問に思って当然ですよね……」
「まあ、何かあるんだろうが、知らないのが吉ってこともあるし。しかし―――」
そう言ってあるものに視線を向ける。
そこにはまだ十代中頃かそこらの女の子が、メイド服を着てせっせと働く姿が見えた。まだ働きはじめて日が浅いのか、教育係の先輩と共に衣類を運んでいる。
「この世界は何歳から大人扱いなんだ」
騎士団にはアルペジオを始めとする十代中頃の少年少女が何人かいる。僕らの世界では考えれないような環境だ。
「世間一般は、十四歳から大人だとしておりますが……。そちらの世界は?」
そう考えるとアルペジオは早くて十四歳から軍、もしくは騎士団に所属しリンクスパイロットとして活動してるって事か。少年兵か何かか。
良識ある人ならなんだかんだ言い出すだろうが、ここは異世界。風習、文化、思想が違う世界の人間に自分の世界の常識を語ったところで、馬耳東風だろう。
「十八か二十のどっちか。選挙権が十八からだから前者でもいいかもね。―――十四歳から大人ねぇ……。もう自分で考えれる歳だと思えば妥当か」
自分の世界では、十四となれば中学二年か三年あたりか。先を考え、進学先を決める年頃だ。そう考えればそこから大人だと、一人の人間だと言えるのかもしれない。
―――なら、あの時の僕はどうなのだろうか。先を考えれず、その日、その瞬間しか考えれなかった僕は。
そして、今は? 流されているにすぎないような生活を送る僕は。
「それよりも―――何の話だっけ?」
考えてしまった事を、かき消すように話を戻す。
「シェーンフィルダー家の事でしょう」
そうでしたと僕はころころと笑う。
「とりあえず王様がいて、王妃様がいて、あとは側室か?」
「はい。公式には五人と。非公式はまだいると……。正確な人数はわかりません」
ここは中東の王政か。
壁ドンせねば。やらないけど。
あともげろ国王。口には出せないけど。
「……手短に聞くよ。正式な子供は何人?」
「私も含めて九人です。男三人、女六人。アルペジオ姉様と私は同じ母親です。……側室の」
「……だろうと思った。目元とかよく似てるし。将来は美人で確定だ」
「ありがとうございます。チハヤ様も綺麗ですよ?」
「……やめてくれ。僕は男だ」
好きで可愛い女の子な容姿じゃない。
「それで、これから会う『アリア』って人は?」
そろそろ、その人の部屋だろう。階段を上りきり、角を曲がって二十メートルは離れたその先のドアにメイドが二人立っているのが見えた。話もすぐ終わるよう、最低限の事を訊ねる。
「王妃様の長女で二十六歳で……その……」
急に口ごもるアルフィーネ。その表情から、なにか申し訳なさそうな事でもあるのかと察する。
「……人柄があまりよろしくない? 素直な方に嘘言って遊ぶような?」
僕みたいに性別がわかりずらいことをいい事に、好き放題やるような。例えば女性と偽って、とある芸能プロダクションのオーディションを最終選考まで残るとか。
「そんなことありません! アリア御姉様はとてもお優しい方です! この国の将来を担う為に日々勉学を怠らず、国内各地の諸問題に対して率先して取り掛かる真面目な方です!」
怒られた。でも、憤慨しつつもその人について語ってくれた。
「なら、どうしてそんな人を説明するのに口ごもる? いい人なんだろう?」
「そうですが……その……」
アルフィーネはまた口ごもり、そしてその理由を告げてくれた。
「王位継承権が……その、最下位なのです」
メイドさんに扉開けてもらい、僕とアルフィーネとケンさんはアリア殿下の自室へと入室した。
白を基調とした部屋で、かなり広い。僕が使ってきた部屋と比べるのがおこがましいと思えるほどだ。
各種棚やテーブル、イス、ドレッサーから何から何まで全ての家具が徹底して白で眩しい。各種棚と言ってもそのほとんどが本棚で、そのスペースだけ見ると図書館の一角かと思う。
窓もそれなりに大きく、ベランダも広そうでそこから覗く庭を見ることが出来たなら、なかなかいい景色が見れるのではないだろうか。
そして南側の窓際に天涯つきの大きなベットがあり、
「……来ましたね」
そこに、パジャマにカーディガン姿の女性が身を起こして座っていた。
外観年齢は二十代前半に見える。髪はアッシュブロンドでセミロング。どこか儚げでまるで人形かのように整った容姿。色白で体つきも僕なんかよりも華奢。少し触っただけでも壊れるのではないかと見ただけで思ってしまった。
彼女は僕を見て、何か見覚えがあるようなみたいな怪訝そうな表情を見せた。当然の如く、僕は初めて会う人なのだがどうしてそんな表情されるのかが分からない。
「アリア御姉様。もうお体はよろしくて?」
「はい。ここ最近は調子がいいの」
「先週、意識が回復したばかりなのですから、無理しないで」
「大丈夫」
「そう言って熱出したではありませんか……」
微笑ましいやり取りをする二人。
成る程。この人がアリア殿下ということか。そう思いながらも先程アルフィーネが言った言葉を思い出す。
『生まれつき病弱で、熱を出すと一週間は寝こみ、最悪は意識がない状態が続く人で、妃様の長女で生まれた時は継承権一位だった。後にそれが分かり、弟妹が生まれる度に継承権が下げられている』
確かに、一目見て病弱な方に見える。
けれど何か、違和感を感じるのだ。
アルフィーネと何か話したあと、その人はこちらに視線を向け、
「初めまして。私、アリア・シェーンフィルダーと申します。貴方が異世界人の?」
そう優しく微笑みかけ、自己紹介するアリア殿下。
「はい。お初にお目にかかります。チハヤユウキと申します。三ヶ月ほど前に、この世界に」
片膝つき、頭を垂れる。
文法的に、作法的にあっているだろうか? 残念ながら異世界の作法は知らない。
「チハヤ……ユウキ……」
僕の名前を聞いて、何か記憶を刺激したのか顎に左の人差し指を当て、天井を見上げるアリア殿下。疑問に思う表情を見せたが、すぐにこちらに微笑を向ける。
そして僕の一生で多分、最大級の衝撃の一言が発せられた。
「チハヤユウキ様。……貴方、お知り合いに『フランチェスカ・フィオラヴァンティ』というお方をご存知ですか?」
「―――――――!」
その名前は、あいつを除けば、一番大切で一番好きだった、死んだシスターの名前だった。