見学、食事。
「チハヤ様。そこまでするともはや女性にしか見えないのですが」
ホテルまで迎えに来たアルフィーネ殿下が、朝の挨拶もほどほどにの次の一言がこれだった。
「どうしてかね、化粧したらこうなったのよ。何故化粧品まで支給されているのか不思議だけど」
もう振り切れた。実質的な女装するのに。
翌朝。つまりは首都旅行二日目。
アルフィーネとケンさんのお迎えで、僕はシェーンフィルダー
王家の王宮へと来ていた。
先ずは王宮の見学と、アルフィーネ殿下に僕がいた世界の話の話を交えつつ昼食。その後、首都の散策が本日の予定である。
アルペジオは別行動。知り合いに会いに行くとしか聞いていない。騎士団員なのとヒューイがついて行っているので、もしもの時があっても大丈夫だろう。
「この王宮は今から二百年ほど前に旧王宮の老朽化に伴い建築されました。当時の各方面の腕利き職人達による技術の結晶とも言える装飾や建築技術が所々にあるんですよ。何度か補修工事もしていますが、ほとんど当時のままです」
アルフィーネの解説を聞きながら、大理石で出来ているだろう廊下を歩く。柱の彫刻も当時の職人が手掛けた物らしく、素人が見てもそれは素晴らしいと言えるだろう。
「僕が居た世界にも似たような建造物があったね。別の国だけど」
「貴方の居た国には?」
日本で、大理石の建物ねえと記憶を辿る。国会議事堂ぐらいだろうか? それ以外はあるだろうけど、どうしても明治以降の建物がほとんどだろう。
「古い建物となると、大理石による建築物はあまりないかな。木造建築が主体だね。建築学は全く分からないけど、確か木材はかなり長く使えるのは間違いない。表面加工と管理次第じゃ、ニスとか塗らないでずっと使える。何度か再建されているとはいえ、ざっと千年前の木造建築が残ってるほどだ」
「そんなに長く!?」
「大雑把な数字だよ。実際はもうちょい少ないかも。そもそも日本は湿気がすごい国で、雨が降ると丸一日パラパラと降るような気候の国だ。大理石じゃ長くは持たないだろうね。それに―――えっと地面が揺れる事をフロムクェル語でなんて言う?」
地震なんて単語あったっけ?
「地面が揺れる……? そんな現象があるのですか?」
アルフィーネは何か怪訝そうな顔で訊いてきた。この地域では地震とかないのだろうか?
「1500年ほど前に『地揺れ』なる現象が、近くてもここから飛行機で六時間ほど東にあるハーレという国の資料にあるぐらいです。さらに探せば火山のある遥か南西にあるカニャシケぐらいです」
後ろを歩いていたケンさんがそう答えてくれた。
「地揺れ、ね。単語を教えてくれてありがとう。まあ、日本じゃ大陸プレートの組み合わせ的に地揺れが毎日のように起きる地域でもあるんだ。だからムカシカラ地揺れに対して強い建物を建てる必要があった」
大理石の柱を見ながら古都の京都、奈良や各地にあった城を思い浮かべる。
「昔の建物は、中心に大黒柱って言って、一本の大きな柱を支えにして建物を建てるんだ。これが揺れに対して笹のように揺れる」
「それで揺れが収まれば元に戻る、と?」
「大体は。そんな建物が全国のあちこちにある。新しい物でも二百年はある建物だろうね。まあ、大半は第二次世界大戦で焼かれて壊されてるけど。―――僕がいた時代になると、建物の下に免震ゴムとかいうものの上に建てたりする。これは物がその場に留まろうとする力、つまりは慣性を使って揺れから免れるって設計の物。後は構造的に強くするって考えのものか」
これまた見事な彫刻だなぁとその柱を見上げる。
「そこまでするぐらい地揺れが多いのですね」
「そんな条件下の国だからね。あと、海に囲まれてるから、海の下で地揺れが起きると津波ってものが押し寄せてくる」
「ツナミ……ですか?」
「波の一つだ。海底のプレートがはね上がった時に出来る。これが脅威で、津波に飲まれた海岸沿いの町が文字通り瓦礫の山に変わった。テレビで見たが、あの時は場所によって十メートルの波だったそうだ。耐震性なんて物がすべて無意味の光景だったね」
あの震災はある意味衝撃的だった。物心ついた頃にその映像を見たが、はっきり言って巻き込まれたら生きている自身はない。
「大自然の力に対して、人間が無力って事がよくわかる映像だろうね。見せれるなら見せてあげたいよ」
「では、貴方から見てこの建物は地揺れに耐えれると思いますか?」
アルフィーネからの質問。
「専門家でもないし、建築学者でもないからなんとも言えないけど、揺れの強さ次第じゃ最悪旧石器時代に戻されるんじゃないかな」
「旧石器時代に戻される?」
「要するに瓦礫の山に変わる」
地揺れなる現象を経験していないのなら、多分そうなるだろう。
王宮自体はかなり大きい。それなりには耐えるかもしれない。
けれど、王宮の中でも小さい建物は崩れるかもしれないなぁと思う。
「この王宮が瓦礫の山に!?」
驚くアルフィーネ殿下。ケンさんもサングラスの下で驚いているに違いない。
「素人考えだから、参考程度だよ。首都のビル群は鉄筋コンクリートだろう? あっちは耐震性考えているか知らないけどある程度なら耐えると思う。高速道路は―――」
「高速道路は?」
「多分、折れる」
西暦1995年の阪神淡路大震災の写真を思い出しつつ答える。根元辺りから折れた高速道路はなかなか衝撃的だろう。聞いた話だが、これを教訓に高速道路の橋桁の補強として五ミリの鉄板を巻いたって話だ。
「凄い力なのですね……」
もう出る言葉が無さそうなアルフィーネの感想。
「この辺り結構な平野っぽいしねぇ……。以外と災害とは無縁そうだし、想像できないだろうね。―――それよりも」
話がかなり脱線している。大体は僕が原因だけど。
その事を指摘したらころころとアルフィーネが笑う。
「その話は後にしましょうか?」
「いや。今はこっちの世界の話を聞きたい。案内の続きを頼めますか?」
この世界の歴史もある程度知りたいしと、僕は続けて言った。
昼。
王宮内のちょっとした食間。
僕の目の前には牛肉のステーキ(昼でこれって重たくない?)やサラダ、ミネストローネのようなスープが置かれており、一見は美味しそうに見える。
とりあえず目の前の皿に盛られた肉をナイフで切り、口に運ぶ。
「…………」
うん。ホテルよりもいい具合に焼いているけれど、僕が塩コショウを振ったほうが良さそうだ。そう思えるほど塩コショウが微妙である。
アルペジオや騎士団の良家のお嬢様方に勧誘される訳だなぁと納得する。王宮の料理も、どうやら日本の主夫には敵わないらしい。
「どうですか? 料理長自慢の一品は」
「うん。なかなか上手に焼けてる」
アルフィーネの問いに僕は無難な答えを返す。実際塩コショウの塩梅だけだし。
「こちらの料理を見てると、海鮮物を使った料理は少なそうに見えるね」
食事中の話となると、やはり食文化の違いを話すべきかなと思う。僕はそう話を振る。
「ストラスールは内陸国なのでほとんどの魚介類は輸入品になります。魚の産地になると、首都から南西に300キロほどのところにある湖で淡水魚の養殖程度です。魚はあまり店でも扱わないですね」
あとは各地に流れる川で漁をするぐらいだと彼女は説明してくれた。魚はあまり食べないらしい。
「じゃあ、魚を生で食べるとかないのか」
実にさらりと言う。
「な、なま?」
ちょっと引くように表情を引き吊らせるアルフィーネ。生食はこの辺りの文化ではないらしい。
「うん、生。さっき僕が暮らしていた国、日本は海に囲まれてるって言ったよね? 要は海洋国家な訳だけども、短い運送時間で新鮮な海鮮類が手に入りやすい。年中雨が降るのと、土壌の面から水も綺麗で豊富。熱湯殺菌などの徹底的な衛生管理が出来たから生食文化が多くてね。魚を切り身にして食べる事があるんだ」
「水が豊富、ですか」
「うん。国土のほとんどは森林などの山岳地帯だから山が水を蓄えるんよ。地域によっては地熱で温水が沸く。湯船に浸かるということが日頃から出来たりする」
ホテルじゃバスタブだったけど、この辺りは水が少ないのかな? と聞いたらアルフィーネはそうですと肯定した。
「この地域―――オルレアン連合地域では水は運河や川からしか引けないですから、大量に使えないのです」
「だからこそ火を使う事で殺菌し、衛生面の担保を取る、か。水が貴重であるという事実による当然の帰結だね」
僕が生きてた世界でも、ヨーロッパとかがそうだ。生食文化はサラダを除いてあんまりない。イタリアでカルパッチョぐらいか?
母国とは食文化が違う。―――が、どこか西洋とよく似ている。
まあ、僕は日本食よりも洋食での生活がメインだったので平気だけど。パン食万歳。
「あと僕はそうじゃないけど、米が主食って人がほとんど」
「米……ですか? あのパエリアとかリゾットとかで使う」
「ここのは長粒だろう。元いた世界も長粒が主流だけど、母国は短粒米っていう、種子の全長が短い米が主流だった」
水田による栽培法や、米の味の特徴、漬物といったお供の話をしていく。
やはり、というかこういう話はなかなか進む。昼を食べながらでもだ。
「梅干しとか納豆とかこの世界の人に食べさせてみたいね」
面白い反応を見せてくれそうだとニヤリとした表情で言う。
「ウメボシ……ですか」
「うん。梅っていう木からなる実をシソの葉と塩で漬けて作る物。かなり酸っぱい。納豆は……見た目のインパクトはあるんじゃないかなー」
大豆から作る糸を引く発酵食品。日本人ですら好みが別れるものだ。僕は苦手―――どころか嫌いな物だ。まあ世界にはこれ以上に強烈な発酵食品もあるが。シュールストレミングとか。
前菜やメインディッシュを食べ終わる頃にはデザートも出て、それも食べ終わった頃。
「さて、これからは街に出て観光か」
食後の紅茶を飲みながら、アルフィーネ殿下にこの後の予定を確認する。
「そうですね。―――よく似た都市だ、と言われては見る必要がないかもしれませんね」
「見るものはいろいろあるよ。それによければ買い物もしたいし」
支給品でも構わないものはいいけど、私服とかは支給されない。そういった物を買いに行きたい。
「なら、ちょうどいい所が―――失礼」
場所を言いかけて、アルフィーネのポケットに入っているだろう携帯端末『アイサイト』が鳴り出した。
「もしもし。どうされましたか御姉様」
御姉様? アルペジオだろうか。でも、彼女の予定では今ごろ知り合いか友人と昼食でもしているのでは?
「―――え、どこでそれを? う、アルペジオ姉様から内緒に……あう」
何かやってしまったような、反省の表情をするアルフィーネ殿下。
この会話から察するに、アルペジオ以外の姉がいるのだろう。これは、その人からの電話ということだ。
「わかりました……」
そう言って電話が切られた。
「……聞きましょう」
僕から話を振る。
「……貴方にお会いしたいという方が現れまして……」
引きつった笑顔を見せながらアルフィーネが答えた。あまり関わりたくない人なのだろうか?
「…………異母姉のアリア姉様が」
「異母姉、か。苦手な人?」
つまりは腹違いということ。なら、王位継承権絡みで何かあるのだろうか?
「いえ、尊敬出来る人です。心配なのは、その……。アルペジオ姉様に怒られそうで……」
頭を抱え出すアルフィーネ。そっちなのか。でも、今聞こえた会話からして、
「まだ大丈夫だろ。向こうはアルペジオが妹に異世界人を会わせる為に仲介役やったってだけじゃないかな?」
「……ほえ?」
「アルペジオが帰ってきてるって話はしてないでしょ? ならまだセーフだよ」
バレなきゃセーフである。もしバレたらご冥福をお祈りするとでもしよう。いや、お菓子を作ってアルペジオに食べさせればいいか。胃袋押さえた人間は強いのだ。
「このあとの予定なんて街を散策するだけだし、僕は別に構わないよ」
僕はそう言って、アリアなる人物に会うことにした。




