7 夜遅く
伶那のクリニックに呼び出された二階堂は、やや遅い時間になってから顔を出した。
彼女はいつものように電子カルテに何か入力していた。
「……前々から気になってたんだけどさ、センセって……ここに住んでる?」
「住んでないわよ」
「けどさぁ、いつも……夜遅くまでいるよね、ここに?」
螺旋を休ませる際も、その決行は夜遅い時間になってからだ。日中は日中で、表向きのクリニックの診療をしているはずである。
伶那はやっとカルテから二階堂に目を移し、
「ただの偶然ね。大体、室長さんが業務外でここに来るのは螺旋の件の日だけでしょ。で、その件に関しては決行可能な時間帯が夜に限られるってだけ。あたしだって家に帰るときは帰ってるわよ」
素っ気なく答えた。
「ふぅん……?」
「……で、今日呼び出したのは、他でもないその件についてなんだけど」
巧く話を逸らされた気がしたが、二階堂はそのまま続きを待った。
「これ以上の継続が難しくなるのよね」
「……ああ、確かに」
二階堂はすぐにその意味を察した。
これまでの強制休養が成立していたのは、退勤後の螺旋が一人で暮らしていたから、そこに尽きる。人と会うと言えば伶那くらいだったし――そしてその手段は伶那によるかなり強引なものだった。待ち伏せからの強制連行である――二階堂が整えるべき記憶も螺旋一人のものだけだった。
――が。
「そう。高瀬くんがいるとなると、さすがにこれまでみたいにはいかない。この件を高瀬くんに気付かれるのはマズいし。けど……室長さんもそこまでの記憶操作はしないでしょ? ポリシー的に」
「……だねぇ」
「とりあえず、螺旋が生活まで魔力で回さなくなれば、つまり食事も休養もちゃんと取るなら、魔力回路への干渉をせずに済むわけ」
腕を組んだ伶那を見て、二階堂は微笑を浮かべた。
「――なら、そこは心配要らなくない? 高瀬くんならその辺は自然に任せられると思うけど?」
「…………」
伶那はしばし二階堂を無言で見やって、
「……高瀬くんへの評価まで重い」
ぼそっと言った。
「えぇー?」
「いや、だってライバルっていうか……一応室長さんって、長年想ってた相手を奪われた……っていう言い方はあれだけど、状況的にはほぼほぼそんなようなもんじゃないの? なのに――」
珍しく言葉を選ぶ伶那に、二階堂はからからと笑った。
「あっはは、センセって面白い人だよね、確か昔……万が一螺旋ちゃんが僕に靡きそうになったら、全力で阻止するって言ってなかったっけ?」
「……確かに言ったわよ、言ったけど、にしても室長さん、あなた……」
「それに螺旋ちゃんが選んだわけだし」
「…………うわあ。何よ、こないだだって、失恋したかもとかどうとか言ってうだうだ居座ってたくせに」
「ははっ、センセはまたそうやって塩を塗り込む……」
オーバーな仕草で肩を竦めて二階堂が言うと、
「……相変わらず胡散臭いわね」
伶那は半眼で返し、続けた。
「……ま、室長さんがそう言うんなら、高瀬くんに任せましょうか。まあ――代償のこともあるし、あの二人がいつまで続くか判らないけど……もしその時はまた、こっち――」
「いやぁ? 僕は多分――あの二人は最後まで一緒だと思うよ?」
二階堂はどことなく確信に満ちた様子で、伶那の言葉を遮った。最後まで、という言葉で、螺旋の払った本当の代償をこの人も理解しているのだ、と彼女は悟った。
「……室長さんって、真山ちゃんみたいに未来視できるんだっけ?」
「さあ?」
「……本っ当、相変わらず胡散臭いわね、あんた」
伶那は長く息を吐いた。
「……センセ、それってさ、褒め言葉――」
「なわけないでしょ」
「えぇ……じゃあ、悪口?」
「どっちかって言うとね」
ばっさりと斬り捨てる伶那に、二階堂は苦笑する。
「……センセ、じゃあ僕、仕事終わりに呼び出されて、面と向かって悪口言われてるって認識でいい?」
「…………」
二階堂の口調は完全に冗談めいていたが、伶那はそこで黙った。
「……確かに言い方が悪かったわ。ごめんなさい」
「えっ? いや、ごめん、軽口のつもりだったんだけど――」
改まった口調の伶那に、二階堂は急に慌てる。
「口が悪いとは言われるの。気を付けてはいるつもりなんだけど」
「っはは、センセって実は真面目だよね~」
「うるさい」
「あ、もちろん褒めてるよ?」
「うるさい」
「あ、もしかしてセンセ、真面目って言われるの嫌――」
「うるさい、帰れ!」
「えぇー、用があるって呼んだのセンセなのに?」
「帰れ!!」
伶那は電子カルテに向き直り、二階堂を完全に無視する体勢に入った。
その様子に噴き出しそうになりながら、
「はーい、じゃ、お邪魔しました」
二階堂は軽やかに言って去って行った。




