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永久の、その先  作者: 天澤榧乃
第一章 はじまり
7/7

7 夜遅く

 伶那のクリニックに呼び出された二階堂は、やや遅い時間になってから顔を出した。

 彼女はいつものように電子カルテに何か入力していた。


「……前々から気になってたんだけどさ、センセって……ここに住んでる?」

「住んでないわよ」

「けどさぁ、いつも……夜遅くまでいるよね、ここに?」


 螺旋を休ませる際も、その決行は夜遅い時間になってからだ。日中は日中で、表向きのクリニックの診療をしているはずである。

 伶那はやっとカルテから二階堂に目を移し、


「ただの偶然ね。大体、室長さんが業務外でここに来るのは螺旋の件の日だけでしょ。で、その件に関しては決行可能な時間帯が夜に限られるってだけ。あたしだって家に帰るときは帰ってるわよ」


 素っ気なく答えた。


「ふぅん……?」

「……で、今日呼び出したのは、他でもないその件についてなんだけど」

 巧く話を逸らされた気がしたが、二階堂はそのまま続きを待った。

「これ以上の継続が難しくなるのよね」

「……ああ、確かに」


 二階堂はすぐにその意味を察した。


 これまでの強制休養が成立していたのは、退勤後の螺旋が一人で暮らしていたから、そこに尽きる。人と会うと言えば伶那くらいだったし――そしてその手段は伶那によるかなり強引なものだった。待ち伏せからの強制連行である――二階堂が整えるべき記憶も螺旋一人のものだけだった。


 ――が。


「そう。高瀬くんがいるとなると、さすがにこれまでみたいにはいかない。この件を高瀬くんに気付かれるのはマズいし。けど……室長さんもそこまでの記憶操作はしないでしょ? ポリシー的に」

「……だねぇ」

「とりあえず、螺旋が生活まで魔力で回さなくなれば、つまり食事も休養もちゃんと取るなら、魔力回路への干渉をせずに済むわけ」


 腕を組んだ伶那を見て、二階堂は微笑を浮かべた。


「――なら、そこは心配要らなくない? 高瀬くんならその辺は自然に任せられると思うけど?」

「…………」

 伶那はしばし二階堂を無言で見やって、

「……高瀬くんへの評価まで重い」


 ぼそっと言った。


「えぇー?」

「いや、だってライバルっていうか……一応室長さんって、長年想ってた相手を奪われた……っていう言い方はあれだけど、状況的にはほぼほぼそんなようなもんじゃないの? なのに――」


 珍しく言葉を選ぶ伶那に、二階堂はからからと笑った。


「あっはは、センセって面白い人だよね、確か昔……万が一螺旋ちゃんが僕に靡きそうになったら、全力で阻止するって言ってなかったっけ?」

「……確かに言ったわよ、言ったけど、にしても室長さん、あなた……」

「それに螺旋ちゃんが選んだわけだし」

「…………うわあ。何よ、こないだだって、失恋したかもとかどうとか言ってうだうだ居座ってたくせに」

「ははっ、センセはまたそうやって塩を塗り込む……」


 オーバーな仕草で肩を竦めて二階堂が言うと、

「……相変わらず胡散臭いわね」


 伶那は半眼で返し、続けた。


「……ま、室長さんがそう言うんなら、高瀬くんに任せましょうか。まあ――代償のこともあるし、あの二人がいつまで続くか判らないけど……もしその時はまた、こっち――」

「いやぁ? 僕は多分――あの二人は最後まで一緒だと思うよ?」


 二階堂はどことなく確信に満ちた様子で、伶那の言葉を遮った。最後まで、という言葉で、螺旋の払った本当の代償をこの人も理解しているのだ、と彼女は悟った。


「……室長さんって、真山ちゃんみたいに未来視できるんだっけ?」

「さあ?」

「……本っ当、相変わらず胡散臭いわね、あんた」


 伶那は長く息を吐いた。


「……センセ、それってさ、褒め言葉――」

「なわけないでしょ」

「えぇ……じゃあ、悪口?」

「どっちかって言うとね」


 ばっさりと斬り捨てる伶那に、二階堂は苦笑する。


「……センセ、じゃあ僕、仕事終わりに呼び出されて、面と向かって悪口言われてるって認識でいい?」

「…………」


 二階堂の口調は完全に冗談めいていたが、伶那はそこで黙った。


「……確かに言い方が悪かったわ。ごめんなさい」

「えっ? いや、ごめん、軽口のつもりだったんだけど――」


 改まった口調の伶那に、二階堂は急に慌てる。


「口が悪いとは言われるの。気を付けてはいるつもりなんだけど」

「っはは、センセって実は真面目だよね~」

「うるさい」

「あ、もちろん褒めてるよ?」

「うるさい」

「あ、もしかしてセンセ、真面目って言われるの嫌――」

「うるさい、帰れ!」

「えぇー、用があるって呼んだのセンセなのに?」

「帰れ!!」


 伶那は電子カルテに向き直り、二階堂を完全に無視する体勢に入った。


 その様子に噴き出しそうになりながら、

「はーい、じゃ、お邪魔しました」

 二階堂は軽やかに言って去って行った。

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