第6話(前半)「未完の抵抗」
―――融合セクター・中央広場―――
カノジョの光が、三つの世界を繋いでから、どれほどの時間が経っただろうか。
彼女の手のひらには、まだ光が残っている。桃色と銀色と金色が混ざり合った、柔らかな光。それは、桃の種でも、たんぽぽでも、光の粒でもない。ただ、彼女の手の中で、静かに輝いている。
「……行くよ」
カノジョが、顔を上げた。その目には、迷いがなかった。
博士が、彼女の隣に立つ。カレシも、スターも、雇い主も、隊長も、女将も、青年も。全員が、彼女の後ろに並んでいる。
「……みんな、準備はいいか」
雇い主が、静かに問いかける。
誰も答えなかった。でも、その沈黙が、答えだった。
その時──
システムの声が、響いた。
『統合の最終段階に入ります。すべての物語は、完璧な一つの形に収束します』
「……来たな」
博士が、端末を確認する。画面には、巨大なデータの渦が表示されている。それは、三つの世界のすべてのデータが、一つに統合されようとしている様子だった。
「……止めるぞ」
雇い主が、前に出る。
「俺たちは、この物語を、完璧な形にはさせない」
その言葉に、システムが答えた。
『なぜです。完璧な物語は、傷つく者を生みません。悲しみも、苦しみも、すべてが消えます』
「……それで、いいと思ってるのか?」
スターが、一歩前に出た。彼の手には、ギターがある。
「完璧な物語に、何の意味がある? 傷つかない物語に、誰が共感する?」
『……共感は、不要です。完璧な物語は、それ自体で完結しています』
「……違うな」
スターは、ギターを構えた。
「完璧な物語は、終わった物語だ。誰も、その続きを考えない。誰も、その中を生きない」
彼は、弦を弾いた。
――♪ジャラン。
その音が、世界に響く。システムのデータの渦が、一瞬だけ乱れる。
『──エラー。音声データの解析に失敗しました』
「……間違いないようだ。俺の歌は、解析されない」
スターが、ニヤリと微笑む。
「音楽だけ……データ化できない」
博士が、端末を見つめながら言う。
「システムの論理を超えている」
『……興味深い。しかし、それだけでは、統合を止められません』
システムの声が、再び響く。
『すべてのデータは、やがて統合されます。完璧な物語は、完成します』
「……ならば」
カレシが、前に出た。彼の手には、端末がある。でも、彼はそれを開かなかった。
「僕が、証明する」
「……何をだ?」
博士が、尋ねる。
「この物語が、完璧ではありえないことを」
カレシは、自分の端末を開いた。画面には、これまで記録してきたすべてのデータが表示されている。でも、そのデータは、もう「記録」ではなかった。それは、彼が生きた証だった。
『記録データの解析を開始します』
システムの声が、響く。画面に、無数のデータが流れていく。桃太郎の涙。赤ずきんの孤独。リラの震え。すべてが、数値として表示される。
『解析結果……エラー。データの整合性が取れません』
「……当たり前だ」
カレシが、静かに言う。
「人の心は、整合性が取れない。それが、物語だ」
彼は、端末を閉じた。でも、その言葉は、システムに届いていた。
『……理解できません。不完全なデータは、統合の障害です』
「……不完全だから、いいんだ」
博士が、前に出た。彼の手には、端末がある。画面には、これまでのすべての解析結果が表示されている。でも、その結果は、どれも「証明不能」だった。
「私は、ずっと証明しようとしてきた。この世界の理屈を。物語の構造を。すべてを、論理で説明できると信じてきた」




