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【物語紀行】――主役も悪役も、役割を辞めたがっている。  作者: Taku
第1章 Season3【人魚姫編】「声は沈んだ。想いは浮かんだ。」

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第2話(後編)「声を失った者たち」

―――しばらくの沈黙―――


三人は、リラと他の人魚たちの間の静かな緊張を、ただ見守ることしかできなかった。


「……記録できないものを、どう記録するのか」


カレシが、自分の端末を見つめて呟く。


「彼女の『終わりたくない』という想いを、どうやって記録すればいいんだ」


「外からは見えないよ」


カノジョが、ぽつりと言った。


カレシが、顔を上げる。


「……え?」


「だって、心の中だもん。でもね──」


カノジョは、リラの方を見た。


「──一緒にいれば、わかるよ」


その言葉に、カレシは何も言えなかった。


(一緒にいること……か)


彼は、自分の端末を置いた。画面が、泡の光を反射して、ゆっくりと暗くなる。


カレシは、リラの前に歩み寄った。しゃがみ込んで、リラと同じ目線の高さになった。


「……あなたの話を聞かせてくれないか」


リラは、驚いたように目を見開いた。


カレシは、自分の手を差し出した。


「記録じゃない。ただ──僕が、君のそばにいる」


リラは、しばらくカレシの手を見つめていた。そして──ゆっくりと、自分の手を重ねた。


彼女の指先が、かすかに震えている。


その瞬間──リラの青い泡が、二人の目の前で揺らめき始めた。


泡の中に、映像が浮かんだ。声が出せず、誰にも届かず、それでも伝えようとし続けた少女の記憶。


カレシの端末は記録できない。でも──カレシの心には、確かに刻まれた。


「……伝えたいことを、泡じゃなくてもいい。僕が、ここにいるから」


その時、スターが、静かにギターを抱えた。


「いいんじゃない」


「ここでは僕のスイートボイスより、君たちの心の響きだ」


――ジャラン。


低く、優しい音が、海の底に広がった。


その音が鳴った瞬間──海水がわずかに薄くなった。泡が呼吸するように膨らみ、縮む。暗闇が、ほんの少しだけ退いた。


それは、「声のない歌」だった。


リラの青い泡が、音に合わせてかすかに揺れる。


その青が、ほんの少しだけ、薄らいだ。代わりに──かすかに、桃色が混ざり始めていた。


―――会議室・並行―――


博士が端末を睨んでいる。


「カレシの端末のデータが、ここに届いていない。……記録ができないのか、それとも送信が妨害されているのか」


「後者だな」


青年が、自分の端末を確認しながら言う。


『……青年さん』


学生の声が、ノイズ混じりで聞こえる。


『泡のデータが『記録保留中』に変わってます。システムが──泡の色の意味を学習し始めているみたいです』


青年は、窓の外の暗闇を見つめた。


「……どうやら、この世界では、観測者と被観測者の立場が揺らぎ始めているようだ」



―――海の底・リラのそばで―――


スターのギターの音が、静かに続いている。


リラは、カレシの手を握ったまま、ゆっくりと泡をなぞった。


今度は、青だけではなかった。その泡に、確かに桃色が混ざっていた。


『……ありがとう』


その泡は、そう伝えていた。


カノジョが、その様子を微笑みながら見つめている。


リラの泡にそっと手を触れた。


その瞬間──リラの泡に、ほんの少しだけ光が増した。


「……うん。一緒が一番だね」


カノジョは、自分の手のひらを見つめた。そこには何もない。でも──さっきまで、確かに誰かの温もりがあった。


(この世界でも、私は、光を見つけられる。だって──)


カノジョは、顔を上げた。


(──だって、私には、みんながいるから)



【システムログ:人魚セクター・観測記録】


現実確率:68.3%

歪みレベル:中


――若い人魚リラの「終わりたくない」という意思を確認(泡の色:青=未完)。


――リラの泡に初めて桃色が混ざる。


――集落の外周にて、虹色の泡(コード:0612)の浮遊を再確認。カノジョのみが視認。泡は下層へ沈降中。


――中継セクターより:システムが泡の色の意味を学習中。観測者の反転の兆候。



観測を継続します。


──次回予告──


「泡の住人たちの物語」


リラは、なぜ「泡になりたくない」のか。

その理由が、この世界の秘密を解く鍵になる。


「私は、まだ……誰かに届いていない」


次回、雇い主が過去の記憶と向き合う。

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