番人
明らかに不自然ということがわかる。少なくとも、人がいる街はここから100kmほど離れている。
私はキッチンらしき所に居る老人に声を掛けた。
「貴方たちは何処の誰ですか?何故こんな所に建物があるのでしょう」
老人は年季の入った声で答えた。
「私らはこの地の番人です。千年ほど前から、この地を守ってきました」
「…番人?」
「はい。千年前、私達の祖先がですね、此処を守れと命じましてね。今は…36代目になります。もう、暫くです」
私は老人の言葉を聞いて呆気に取られていた。
じっとしていると、隣近くの地べたに横たわっている若者が、私の前に立った。
「そんなことより兄ちゃん。何で此処に居るんだんべ?此処には普通、来れねぇはずだが」
『来れねぇ』って… 何故だ? 私は此の地の調査に来ただけだ。何かを変に飛び越えたりはしていない。なにしろ、窓の外にある自分の車がそれを証明している。
そう考えていると、背後が突然、光った。部屋に人の影が出来ていたので、すぐに分かった。すぐさま窓の方面へと顔を向ける。其処で見たものは、暗黒であった。
「あれ?何故暗いのでしょう。先程光ったというのに」
私は何がなんだかよく分からなくなっていたので、老人をすぐさま睨み付けた。老人は茶を淹れているところであった。
「光ったとは、不思議なことをおっしゃいますね。そういえば、たまに此方へといらっしゃる方々も似たようなことを云うものでした。気の毒でなりません」
「此処へ来た人が他にもいるのですか?」
「ええ。それはもう沢山でございます。ですが、ここ30年は見ませんな。こいつは知らんもので、許してやってください」
老人はちゃぶ台へと向かう傍ら若者の肩に手を置き、またすぐに離した。若者は小っ恥ずかしそうに下を向いた。
「さあ、これも何かの縁でしょう。折角ですしお茶を飲んで行かれませんか」
ちゃぶ台の先へと視線を変える。お茶と茶菓子が丁寧に置かれていた。私は茶を飲むことに決めた。
暫く話していると、すぐに自分の半端な記憶は偽物だと気付いた。私はある扉に入って此処に来たこと、そして本当の記憶は一切覚えていないことも思い出した。
「奥に進んでいくほど、偽物の記憶は濃くなります。そうなったら、本当の自分を思い出すのも難しくなるんです」
「奥というのが有るのですか」
「ええ。此処は始まりの地に過ぎません。…いや、違いますね。貴方はある扉から此処に来られたのではありませんか?」
「…はい」
「何故といった感じですね。貴方と同じような境遇の方々は、その扉からこの地にいらっしゃるんです。例外はありません。そのような方々は、必ず記憶を持って此処にやってきますが、すぐそれが偽物だと気付きます。私とこうやってお茶をするからですね」
「そうなのですか… 驚きです。それで、その奥というのは?」
「まあまあ、そんな慌てずに…」
老人は年に似合わない顔をして、両の掌を私に見せた。
「奥というのはあくまで聞いた話です。昔、私が十五の時ですね、ある男が此処にやって来ました。特に珍しいことではないのですが、なにか様子がおかしいのです。心配になったので、話しかけてみたら、その男は云いました。『私は奥に進んだ。恐ろしいものが待っていた。沢山の人が其処にいたが、全ては呑まれていった。私は幸運なことに、“気付くこと”ができたのだが、終焉に辿り着くことはできなかった。私は怖い』と。私は何とかその男からさらに聞き出そうとしましたが、奥に行くにつれて偽の記憶が濃くなることと、本当の自分を思い出すのが難しくなることだけを言い残して去ってしまったのです。それ以降は、来た人全員にこの話をしています」
言葉が出て来なかった。
「私はその…『奥』に…これから行くのでしょうか」
「この地の番人でない限り、此処を出て行かねばなりません。出て行く先がその『奥』という確証は持てませんが、おそらくそうであろうと思います。なので、その認識でいてください」
茶菓子も全て食べ終わった時、老人は若者へ声を掛けた。若者はすぐさま奥へと入って行き、またすぐに戻ってきた。
「それはお守りみたいなものです。常につけておいてください」
差し出されたのは、青い青いペンダント。何故こんなにも、見たことのある気がするのだろう。私は妙に懐かしさを覚えた。
「ありがとうございます」
「そのペンダントは正しい記憶を思い出す時に使ってくだされ。奥に進むほど難しくなると思いますが、きっとそれは大きな助けとなるでしょう」
「ありがとう…ございます」
気付けば、目に涙が溜まっていた。
私は扉の前へ立った。後ろを振り向き、会釈をした。
「またいつか…必ず戻って来ます」
そう言って扉を開け、思いっきり飛び込んだ。
それもまた一瞬であった。




