心が削られていく
いつも通り、お犬様たちにわんわんと盛大に見送られながら家を出る。
俺が毎朝、王族でもなんでもないのにこんな行列じみた見送りを受けているのは、もはや日常と化してしまっている。
「なあ、俺はいつまでこんな生活を続けるんだ?」
通学路の途中、半透明の使い魔みたいなやつがぬっと現れて問いかけてくる。
「知らん。お前らが勝手に俺を監視してるだけだろ。やめたきゃやめればいい」
「でもな……お前、絶対怪しいしな。監視する価値はあるよな」
「……じゃあ、勝手に続けてくれ」
やれやれと肩をすくめて玄関を閉める。
――と、その瞬間。
「お待ちしておりました、我が王!」
玄関先で片膝をつき、恭しく頭を垂れる亜里坂さんの姿があった。
朝の住宅街の真ん中で、まるで中世の騎士みたいなポーズ。
登校する小学生が、目をまんまるにしてこちらを見ている。
「やめろォォォ! 近所の目ってもんがあるだろ!!」
「怖いんだけど……王じゃないし」
俺が必死に否定しても、亜里坂さんはどこ吹く風。
「でもさ、それっぽい人他にいないんだよね。当面は悪魔王として扱っていこうかと思って」
「悪魔王・渡瀬……やはりここで死んでもらうしかないな」
「待て待て待て! 悪魔王“風”なだけで全然悪魔王じゃないからな!? 今の会話だと“扱い”だけだぞ、扱いだけ!」
「……まあ確かに。精霊王の可能性もあるようだし、もう少し様子を見てやるか」
「なんだろうな……俺悪くないのに、“特別に譲歩してやった感”を出されるのがめちゃくちゃ腹立つんだが」
「だいぶ譲歩だぞ? そもそもお前がはっきりしないのが良くない。精霊なのか悪魔なのか、それともただの人間なのか。中途半端に“超能力”とか言い出してるのも良くない」
「超能力は事実だからな! そこを否定するなよ!」
「さあ、悪魔王。学校へ行きましょう」
「その呼び方やめろって!」
「なんでだ? せっかく敬意を払ってやってるのに」
「恥ずかしいんだよ! 特に悪魔王じゃなかったときに最悪に恥ずかしいんだよ!」
「……めんどくさいやつだな」
――今日は朝から会話が不毛だ。
そして放課後、生徒会室。
なぜか悪魔の亜里坂さんまで当然のように参加している。……これは精霊会議じゃなかったのか?
まあ、それはさておき――そもそも論だ。
「そもそも出てこないなら、精霊王とか探さなくて良いんじゃない?」
「確かにそれはありですわね。精霊王を殺す手間も省けますし、悪魔もそれでいいんじゃなくて? 皆さん自由にやったらいいんですわ」
「なんてことを言うの!? 精霊王の指示がなかったら、私たち何をしていいかわからないじゃない!」
「何もしなきゃいいじゃん」
「馬鹿を言うな! 悪魔だって悪魔王の指示があってこその悪魔なんだぞ!? とんでもない暴論だ」
「本当よ! 精霊も悪魔も、王の指示がなかったら何も出来ないんだから! その辺理解してるの?」
「……考える力が足りなすぎるだろ」
「なんだと!! 考えてんだよ! 俺たちだって考えてんだ! 考えた結果――“王の指示を待つ”って結論に至ってんだ!」
……これはダメだ。思考停止にも程がある。
「わかった、わかったよ……探そう。探す。探すよ! 全力で探す!」
「わかってくれた? 良かったぁ~」
「いや~悪魔王が乱心したのかと思ったよ」
「……発言には気をつけろよ」
――またしても俺の立場だけが悪化していく。
「私は意外と賛成なんですけど……まあ、“探す”という前提で話を進めましょうか」
「そもそもなんで精霊王と悪魔王は出てこないんだ? なんか思い当たる理由はないのか?」
「さあ? 私も王の誕生なんて初めての経験だから、出てこないとか意味がわからないわよ」
「悪魔も一緒だ。……なんで王にならないんだよ、おまえは?」
「おれ? いや絶対俺じゃないと思うが……」
「やっぱりもう一回脱がして確認したら、“悪”の紋章が背中にあるんじゃないか?」
「無いよ無い! 昨日風呂に入った時もなかった!」
「実は小さくあるとか?」
「無い」
「もう一回脱がします」
「だからなんでパンツまで脱がすんだ!!」
(バサッ)
「……ないわね」
「本当にないわね。残念な男だわ」
「常に期待を裏切りますわね」
「勝手に期待して辱めたあげく、勝手に失望しないでくれ!!」
――今日も俺の尊厳は削られる一方だった。
「本当に不思議ですわよね。精霊石も相変わらず“精霊王だ”って示しているようですし」
「でも違うのよね?」
「精霊王感はない。急に“俺、精霊だ!!”みたいな事も起きてないし」
「あー……行き詰まったわ」
「何とかしろよ! お前のせいでみんな困ってるぞ!」
「いやいや! いろんなことに巻き込まれてる俺が一番困ってるから!」
「そういう考え方は良くなくってよ。“自分だけが困ってる、自分だけが大変”……負の思考の連鎖が続くダメな考え方ですわ」
「そもそも私らのほうがよっぽど困ってるわよ。当事者だし。所詮、渡瀬君にとっては他人事でしょ?」
「だよな。精霊の未来がかかってるっていうのに他人事だもんな」
「本当だよ。悪魔の都合とか全然考えてないし」
「いやいや! その“他人事”にがっつり巻き込まれてる俺の都合はどうなるの!?」
「……出た。“俺の都合”とか言い出したよこいつ」
「いやだねぇ、自分勝手でさ」
「そんな人だとは思いませんでしたわ。ちょっとだけ失望しましたわ」
――もうやめよう。反論するのは止めよう。
味方がいなさすぎて、心が削られていく……。




