第31話 ソウル・アヴェンジ
憎悪に燃えた目で、魔王フェリエラが俺を睨んでいる。
「……何の話だ?」
『とぼけるでない。ここに産まれた魔の者達は、我が生み出した我が同胞。それがどうした事か一切呼びかけに応じぬ。何者かに殲滅させられた以外になかろう。そして、今それが出来そうなのは……』
魔王がゆっくりと俺を指さした。
『我が貴様に殺意を抱かぬのと同様に、我が同胞たちも貴様に殺意を抱かぬのとすれば、だ。そのようなことが出来るのは貴様しかおるまい。我らとは違い、下級の魔物たちは目で見るのではなく、人間の魂を見ておるのだからな』
「……ああ、そうだ、俺がやった」
さすがに誤魔化しきれない。俺はそう思い、白状した。
『そうか、無抵抗のものを、一方的に蹂躙するのはさぞかし楽しかったであろうな!』
魔王が吠えた。まるで正義の味方みたいなことを言いながら。
おいおい、随分と身勝手な言い分だな。
「……魔王よ、俺がここにいる事で既にお前も気づいていると思うが、ここは俺の家だった。人間として育った俺のな。そして、俺の大切な家族はお前の同胞に皆殺しにされたんだ。圧倒的な力で一方的にな。敵にそれを上回られたからといって、その力を非難するとは、随分と身勝手だな」
もう良い、どうせここからは戦いになる。ならば相手を挑発して、その冷静さを欠くしかない。
と、思ったが、魔王は意外な反応を示した。
『ふむう、確かに、貴様のいう事は一理あるな。我が同胞たちは人間を喰らおうとし、そして貴様に返り討ちにされた。そこに非難するのは筋が通らぬな。すまぬ、そこは詫びよう』
お、バトル以外の選択肢が見えたか?
やはり、フェリエラは思った以上に話が通じるようだ。
『であれば、我も筋を通して、我が同胞の仇討ちとして貴様をここでしかと葬り去ろうではないか! よもや文句はあるまいな?』
……いや、残念ながら、そんな選択肢は見えなかった。
くそ! 変なところで律儀な。
魔王をブレイクするにも、出来ればもう少し油断させて、背後から首を落とす予定だったのに。真正面からでは分が悪いかもしれない。
なに、腐っても俺もこの領地最強の剣士だ。そして多分まだ腐ってはいない。いくら相手が魔王とはいえ、いくら魔法が使えないとはいえ、そう易々とやられてなるものか。俺はフェリエラに剣を構えた。
『残念だ、ヴァルクリス。貴様ならば、敵対さえしなければ、殺さずとも良かったのだがな』
魔王は右手を俺に向けた。そして一瞬、風、のようなものが吹いた。
いや、それは、フェリエラを中心に発せられた真空の衝撃波のようなものだった。
そして、その一瞬後。
俺の上半身がぐらりと傾き、地面に崩れ落ちた。
(あれ? 何が、おこ……)
地面に転がった俺の視界が天井に向く。
そこには、意志を失い、ただ惰性で立っている俺の下半身があった。
一瞬で切断……された?
(ははは、なんだよ。規格外の強さじゃねえかよ)
俺は、パーティーを組んで魔王を狩ろうなどと考えていたかつての自分を恥じた。
仮にカートライア辺境伯領以外に魔王が現れても、俺のその無謀な試みで、結局ミューやロヴェル達を巻き込んで全滅していたに違いない。
『ヴァルクリスよ、貴様の名前、覚えておこう。再び別の姿で蘇り、我の前に姿を現したならば、その時は友好的な関係を築こうぞ』
(人を真っ二つにしておいて、友達宣言かよ……)
そして、口から逆流してきた血を吐き出して、俺は最後に思った。
(すまない、エフィリア、ミュー。俺もすぐそっちに逝く)
こうして、俺、ヴァルクリス・カートライアはあっさりとその生涯を終えたのであった。
******
そして……。
『おれ』はめをさました
(ん?)
軽い既視感。
そこは、白いモヤに覆われた、無の空間だった。
空も地面も無く、なんとなく全体的にオレンジっぽい、ピンクっぽいグラデーションがかった世界。なんかそんな感じ。
「は! まじかよ! もしもここが例のアレ、つまり、転生する前の、待合室的なアレだとしたら、世の中の異世界転生ファンタジーラノベ作家の人たち、超的確な表現してんじゃん! すげえな!」
確か前にそんな事を言ったはずだ。いや、寧ろ今でも言いたい。
「お疲れさまでした、広瀬雄介。その様子ですと、今回は元凶は絶てなかったようですね」
急に何もない空間から声を掛けられる。聞き覚えがある声に懐かしい名前を呼ばれた。その方向に目をやると、ふわっと温かい光が瞬き、その声の主が姿を現した。
「……ベル様」
そこにはかつて、ミッションを与えて、俺をラルアー大陸に送った女神の姿があった。
「俺は、何故ここに?」
『何故、とは?』
ベル様が首をかしげている。
ベル様はさっき、気になる言葉を発していなかったか?
『今回は、元凶を絶てなかった』と。
今回は?
……あ。
俺はかつてベル様が俺に言った言葉を思い出した。
『あなたの魂だけは私の管轄。つまり魂を入れ物に送るところまでは私の管轄ですので、どの家のどの者として産まれるかは、私が指定出来るでしょう』
『あなたの魂はこちらのものなので、特殊な存在となりますが、何か特別な力を与えるという事は難しいでしょう』
あなたの魂はこちらの管轄。
あなたの魂はこちらのものなので、特殊な存在となる。
つまりはそういう事か。
「僕が、つまりヴァルクリス・カートライアが死に、魂が抜けた時点で、再びここに引っ張って来てくださったという事ですね」
『はい、あれ? お伝えしてませんでしたっけ』
いやいや、聞いてない。
まあ、ベル様のことだ。魂は『こちらの管轄』ということが伝わった時点で、もう伝えたと思ったのかもしれない。
いやまて、という事は、だ。
「ベル様は初めから、あの世界を救う、その元凶をブレイクするために、俺を何回もやり直させるつもりだったのですか?」
ベル様が初めにそれを伝えたつもりだった、と言うのならばそういう事だろう。
『ええと、少し違います』
ベル様が、少し悩み、そして口を開いた。
「少し?」
『はい、あなたが一回でその元凶を絶てるのならばそれで構いませんでした。初めからやり直しを前提とはしていません。それに、私はあの世界に干渉できません。つまり、やり直しは不可能です』
なるほど、そういう事か。まあ、前提云々は置いておくとして、やり直しは出来ない。つまり、時間軸を戻したり、と言ったようなタイムリープ的なことは出来ない。
賭博の破壊録的な表現をするならば「やり足し、続行」ってヤツだ。
つまり、別人間として産まれ、俺の死んだ王国歴743年以降の世界を生きる、とそういう事か。
『ですので、もしも、あなたが続きを生きたくないと言うのならば、それも仕方ありません。きっとつらい思いもしたでしょうから』
ベル様が少し悲しそうに言った。
確かに、辛い思いもした。最愛の人たちの命を守れなかったのだから。
でも、逃げ出せるはずなどない。
例え彼女たちが居ない世界でも、俺は、彼女たちの居たあの世界を救いたい。ミューやエフィリアの生きたあの土地を、魔物たちから取り戻したい。何もかも捨てて逃げ出すことなどありえなかった。
それに……。
「ご冗談を、ベル様」
俺は言った。
「まだ、一つ一つのピースを集めている最中です。全てを解き明かすまで、俺はやめません。必ずや、あの世界を救って見せます」
『そうですか、ありがとう』
ベル様が安心したように笑った、そう見えた。
あの世界はどこかおかしい。
何かが歪んでいる。
それを明らかに出来ずに、それを確かめずに尻尾を巻いて逃げ出すなんて、性にあわない。なんてったって、俺は推理小説家だ……に、なりたかった男だ。
そして、俺はルールブレイカーであり、そして魂の復讐者、ソウルアベンジャーなのだから。
恥ずかしい名前を付ける事よりも、こういう時、リベンジとアベンジ、どっちが正しかったんだっけ? とか考えてしまうのは俺の悪い癖だった。
それに、再び転生してもやれることはある。
ミューやエフィリアの魂がベル様の管轄だったら良かったのだが、残念ながらもうミューやエフィリアに会うことは出来ない。でも、あの時、ヒューリアだけは逃がすことが出来た。ヒューリアやロヴェルは大丈夫だろうか。この先、カートライア領が魔王城になってしまったら、隣のリングブリムとパリアペートはかなり厳しい戦いを強いられるかもしれない。
……ん?
ミューやエフィリアの魂の管轄??
あれ?
ひとつ、疑問を閃いた。
(ちょっと待てよ?! ひょっとすると)
しかし、その疑問を口にする前に、確認しておくべき事項があった。
「ベル様、以前、ここで質問させて頂いたと思うのですが、僕がここでどれだけベル様に時間をかけて質問しても、問題ない、時間制限は無いと、そう仰いましたよね?」
『はい。そうですね』
「もしも、ここで、一年の時間を過ごしたとしても?」
『はい、その時間はあくまでもあなたの体感。あちらの世界の時間では一秒にも満たなくすることも可能です。事実、今、あちらの世界は、貴方が死んでから瞬きほどの時間も過ぎておりません』
「することも可能、という事は、その『一年を十年間にすることも可能』という事で宜しいですか?」
『はい、それも可能です』
やはりそうか。
おかしいとは思っていた。
だって、もし本当にあちらの世界が、地球の異世界転生作品を参考にして作られた世界ならば、それら自体が流行り始めたのはせいぜいここ10年かそこらだ。それらを参考に作った世界が、800年以上の歴史を刻んでいるはずがない。
であるとすれば、その設定が嘘か、或いは時間感覚が違うしかあり得ない。
設定自体が嘘だと、これまでの推理が全てご破算になってしまうところであったから、時間軸の方で良かった。これで一応のつじつまが合う。
よし、ならば、本題だ。
(ベル様は、俺の魂はベル様の管轄だと仰った。では、あの、ラルアー大陸の人たちの魂は、いったい誰の管轄なのだろうか?)
実はこの質問はふんわりと前回に聞いている。
ラルアーの生い立ちを聞いた時だ。
ベル様の成功例に目をつけた、(俺的な表現で言うところの)別の女神様だったはず。
つまり、その女神様さえいれば、ミューやエフィリアの魂をここに連れてくることが可能なはずだ。
そして極めつけが、女神様たちの時間軸の自由さである。
人間の死は全ての終焉ではない。
少なくとも俺自身の存在が、正にそれを証明している。
いや、きわめて例外なのは分かっている。
でも、その例外を押してまで、女神さまは俺に頼みごとをしてきたのだ。ラルアーの女神さまにだって、多少の融通を聞かせる余地はあっても良いはずだ。
(諦めない。こうなったら俺は、全てを諦めない。あの世界を救うことも、ロヴェルやヒューリアの幸せも、ミューも、エフィリアも、父上は母上の事も。全てを諦めない!)
こうして、俺の、女神様からの情報を聞き出すミッション。
続・メガミッションが再びスタートしたのであった。
(第32話『続・メガミッション』へつづく)
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